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    ∵松本のおかんとタイタニック

    ∵今世紀最大夢のゴルフ対決2+24時間浜田雅功営業中

    ∵100m走対決+24時間耐久鬼ごっこ

    ∵競泳50mリベンジ対決+一人ぼっちの廃旅館一泊二日

    ∵世紀の走り幅跳び対決+早朝松本レンジャイショー

    ∵ノーリアクションパイ地獄

    ∵4対1変則ボウリング対決
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    ∵ウラジオストクのウラジオストク中学の
          体育館裏で裏番長に裏拳で殴られてくる

    ∵わさび寿司ロシアンルーレット対決
          +絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅in湯河原

    ∵ビリビリコンセント・ロシアンルーレット対決
          +絶対に笑ってはいけないハイスクール

    ∵タライアンルーレット対決+絶対に笑ってはいけない警察24時



  ▼ハイテンション



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矢部 浩之(やべ ひろゆき、1971年10月23日 - )は、日本のお笑い芸人。漫才コンビ「ナインティナイン」のツッコミ担当である。、大阪府吹田市出身。吉本興業所属。矢部家の二男。最新の健康診断によると、身長173.2cm、体重58.1kg。独身。

愛称は「やべっち」、「ベーヤン」(堀内孝雄の愛称と同じだが、こちらは矢部から)、「ヒロくん」、「一郎(「花嫁は厄年ッ!」の役名)」。相方・岡村隆史からは以前は「矢部」だったが、最近は「矢部さん」や「相方」と呼ばれている。(高校時代は「矢部ジュニ」(岡村など先輩が呼んでいた)) 相方は「岡村さん」こと岡村隆史で、実兄は元・お笑いコンビ「チャンネルズ」のメンバーでファンタスタープロモーション代表取締役社長の矢部美幸(よしゆき)である。


来歴・人物

小学生4年の時にサッカーを始める。当時の夢は、ヤンマーディーゼルサッカー部(現セレッソ大阪)に入団する事か、動物園のオオカミの飼育員であった。サッカーの腕前は本物らしく「めちゃイケ」においていくつかの大学からの誘いがあったと紹介されている。
勉強はあまり得意ではなく、大学受験に失敗し進学を諦めてお笑い芸人の道を選んだという経緯がある。「めちゃ×2イケてるッ!」のテスト企画では、常に最下位から数えて3番目。このため、同番組ではことあるごとに「プッチバカ」「御三家」等と言われている。特に英語が苦手とされ、それを示す具体例として、国際線の機内で機内食の希望について『肉か魚か』と英語で質問され、矢部は『鮭(salmon)』を頼むつもりで『Japanese shake(シャケ)』と答えたため、意図と全く無関係な『日本酒(sake)』を出され、訂正することもできずに仕方なくその日本酒を飲み、同行していた周囲のスタッフらから不思議な目で見られた、というエピソードが相方から度々紹介されている。
後輩の芸人たちに対して面倒見のいい親分肌であり、羽振り良く食事に連れて行くことが多い。後輩たちからは「兄様(にいさま)」と呼ばれ慕われている。
「ホアッ」という明石家さんまのような笑い方(引き笑い)をする。
爪を噛む癖がある。なので、手を口の前に持ってきたまま笑っている姿がよく見られる。また、甲高い笑い声が特徴的で、よくものまねの対象になる(原口あきまさ、山口智充ら。また、岡村に対する「岡村っさ〜ん」という呼びかけもよくものまねされる)。
以前は高校の先輩である岡村に対し敬語で喋っていたが(「岡村さん」という呼び方もその名残である)、先輩芸人からのアドバイスを受け、タメ口にした。しかし、高校時代の思い出話になると途端に敬語に戻ってしまう事をタモリに突っ込まれていた。
髪の色を茶色に染めているが、これは若白髪で白髪染めを使用しているためである。また以前は八重歯があったが、差し歯にし歯列矯正を行なった。
自身のラジオ番組では、時期外れの映画の話題作を賞賛したり、突然「落ち武者を見たことがある」「俺は身体が柔らかい」「俺ソーセージは焼かなあかんのよ」などと口走るなど、奇妙な言動をしては相方やリスナーたちにからかわれている。
大のサザンオールスターズファンで、好きな曲は「マンピーのG★SPOT」。カラオケでは最後に桑田佳祐のモノマネをしながら「旅姿六人衆」を歌うらしい。
好きなファッションブランドは 「Number(N)ine」「SOPH.」「HYSTERIC GLAMOUR」。
ホイチョイプロダクションが手掛けた、いわゆるホイチョイムービー「メッセンジャー」で平成11年(1999年)第23回日本アカデミー賞 話題賞 俳優部門を受賞。
ラジオ「ナインティナインのオールナイトニッポン」のコーナー「矢部浩之のどりちんクラブ」では青少年の悩みを聞いて真剣に答えている。得意な体位は「立ちバック」。
「モーニング娘。」の「。」の部分は矢部浩之の提案。また「ほっしゃん。」の「ほっしゃん」の部分も矢部の提案によるものだが、この場合の「。」の部分はつんく提案によるものである。
2006年7月から9月まで放送されたドラマ「花嫁は厄年ッ!」でドラマでは仲の悪い親子役だったが、母・安土幸恵役を演じていた岩下志麻とメル友になり、2007年のバレンタインデーにチョコメールをもらった。
第二の石原裕次郎オーディションの書類審査を突破したことがある。
布施明や錦野旦と同じ美容室に通っている。
彼女のヒトミちゃんとは10年以上付き合っているが、未だ結婚していない事を他の芸人や岡村に度々いじられている。
「ドラマで共演している篠原涼子と仲良くなれない」などと行きつけの美容室で漏らしていた、と番組で暴露された。
矢部浩之が中心の矢部会なるグループがあり、合コンを良く行っているらしい。無類の合コン好きとして有名であり、合コンでの醜態をテレビでよく放送されている。お持ち帰りも多々ある。


プロフィール

受賞歴・出演歴についてはナインティナインを参照されたい。好きな食べ物は納豆。
兄・美幸(当時・高2)が相方・岡村隆史(当時・高1)を自宅へ連れてきた際に知り合う(当時・中3)その後大阪府立茨木西高等学校に進学し、サッカー部に入部。ここで岡村と再会する。
介護福祉士をしている14歳下の弟・龍弘(たつひろ)もおり(大阪在住)、2006年11月18日放送の「めちゃ²イケてるッ!」に兄・美幸と出演し、何も知らされていなかった浩之を驚かせた。また、母・富江(とみえ)のVTRもたまに流れる。
自宅は港区にある六本木ヒルズ内の高級マンションであり、いわゆるヒルズ族の一人である。
愛車はメルセデス・ベンツ E55AMG


おしゃれについて

相方・岡村隆史から「ステューシーさん」、「ポロラルフローレン君」「ローレックス」「吉本のブラピ」 「ヒステリックグラマー」などとネタにされている。


ドラマ

天気予報の恋人 (テレビドラマ)(フジテレビ系:2000年4月-6月、田口正二役)
花嫁は厄年ッ!(TBSテレビ系:2006年7月-9月、安土一郎役(主演))


映画

メッセンジャー


CM

JRA (2000年) 競馬記者役として出演。岡部幸雄騎手(当時)、蛯名正義騎手、和田竜二騎手らと共演している。(相方の岡村は騎手役で出演)
KIRIN NUDA (2006年)
明治 プッカ
任天堂 DS マリオシリーズ(2006年)

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木村 祐一(きむら ゆういち、1963年2月9日 - )は、京都府京都市左京区出身のお笑いタレント、放送作家、コラムニスト。

吉本興業所属。愛称は「キムキム兄やん(キム兄)」「キム」。 現在の妻は女優の辺見えみり、義兄(妻の兄)はミュージシャン・音楽プロデューサーの辺見鑑孝。

血液型はAB型。京都市立西京商業高等学校(現・京都市立西京高等学校)卒。

口癖は「考えられへん!(声を裏返して叫ぶ)」「ありえへん!(左同)」いずれも、秩序や常識、段取り、気配りなどを無視する人間に向けて発せられる(ダウンタウン松本の「おちょこぶり」に対して発した事も。)。常にそういう物に怒っている男でもある。


人物

ホテルマン、染め物職人を経て、中学校の同級生(栩野進)と漫才コンビ「オールディーズ」を結成。
順調に人気を獲得していた矢先の1990年9月7日、相方が不祥事を起こし逮捕。これにより相方は所属事務所を解雇されコンビは解消。木村は予想もしない形でピン芸人の道を進むことになる。

当時、公私ともに行動をともにしていたいわゆる「二丁目軍団」は、リーダー格のダウンタウンをはじめとしてほぼ全員が、吉本の養成所NSC出身であるが、その中においては異例の、劇場の裏方(幕引きや進行)出身であり、その仲間外れ感をネタにすることもあった。

その後、交流のあったダウンタウンらを慕い1994年に東京進出。『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)で構成作家としてもデビューする。

現在に至るまで、松本人志の優秀なブレーンであるとともに、写真を使ったネタなどの多彩な芸風でピン芸人として活動を行っている。自分で撮った写真にコメントをつけて笑いをとる「写術」など。

松本を中心とした芸人の集まり(いわゆるダウンタウンファミリー)では兄貴的存在である。実際、松本より学年で一つ上であるため、私生活でも松本に指南する立場であるようだ。吉本興業では東野幸治はデビュー時期が近く、今田耕司や130Rは1年先輩となるが、年齢的に木村の方が年上(今田とは3つ、130Rとは1つ)であるため、テレビでの仕事でも露骨な後輩扱いはしていない。ちなみに、当初東京に進出したばかりの頃は東野幸治とコンビで仕事をしていたことがある。

ダウンタウンの後輩であるにもかかわらず年齢が一つ上のため、初期のころはダウンタウンに「さん付けさせて欲しい」と言われた。が、木村本人は「後輩ですからいいですよ〜」と言い断った。木村本人は「ダウンタウンと同い年である」と主張している(「1月1日で年が明ける、という区切りがあるのに、4月1日で線引きするのはおかしい」と、ある番組で言っていた)。

松本をして、「俺のために生まれてきたような男」「何回人生やってきたんや」と言わしめるほどよく気がまわり、器用で芸人ばなれした知識と行動力を持つが反面、自分が出来るゆえに出来ない後輩には非常に厳しく、後輩からは怖い先輩として恐れられてもいる。だが、時にはズレた所で怒ることがあり苦笑する場合もあると松本が語った。松本グループでのその母親的な面倒見と気遣い、料理の腕などから今田・東野らからは「松本人志の嫁」、高須光聖からは「松本の第一夫人」とからかわれる。松本本人も「嫁にするならキムのような人がいい」とラジオで発言している。

気遣いの出来る繊細な性格ではあるが、その反面、短気でルールやモラル面が特に厳しく、ルールやモラルを守れない人間には粗暴なまでに怒ることから、(真偽は別としても)「伝説」には事欠かない。

過敏すぎる例として以下のようなエピソードがある。加湿器が欲しいため、千原ジュニアをつれて家電店へ買い物に。そこで気に入った加湿器を買おうと店員を呼び止めたところ、ブルーとピンクの色があると紹介されキレる。「いい年したおっさんがなんでピンクの加湿器を欲しがんねん!」と説教した。が、そのとき木村は真っピンクのシャツを着ていた。それに気づいたジュニアが慌てて止めに入ることに。このように、後輩だけでなく誰にでも説教をするが、ときにピントがずれていることがある。

趣味は料理でプロ並の腕前。『アフリカのツメ』『浜ちゃんと!』(いずれも日本テレビ系)などでその料理の腕を披露した。『めちゃイケ』の「やべっち寿司」でもコンビーフを使ったちらし寿司を作って殿堂入りしたが、作る前にもフリッターなどをナインティナインに振る舞い、絶賛された。ファミリーマートでは期間限定でコラボ商品が発売されることがある。木村の作る鍋料理は「キム鍋」とも呼ばれ、寸胴や材料持参で時間をかけてつくられるため味は絶品なので、予約を入れないと食べられないほど人気らしい。

結婚して子供をもうけたが2005年に2度目の離婚。2006年1月9日に『ダウンタウンDX』で出会ったタレントの辺見えみりと婚約。 同日、合同記者会見を行い、入籍(自身3度目)を報告。 ちなみに、婚約指輪は0.93カラット。ティファニーで購入。 プロポーズは新宿外苑の外周の車中でした、とのこと。

辺見とオススメのハンバーグを食べに行ったとき、辺見がそのハンバーグに感激して細かく崩して愛おしく食べる姿を見て結婚しようと決めたらしい。

妻のことはテレビなどでは「えみりちゃん」だが、家では「えみちゃん」と呼んでいるらしい。辺見は自身のブログで木村を「旦那はん」と呼んでおり、木村は辺見のブログに時々写真で登場する。また、『ダウンタウンDX』の特番などで夫婦共演することもある。ちなみに、2006年には自身の浮気騒動が報じられたが辺見えみりはその報道に対し全く相手にしてなかった。

「キムキム兄やん」と呼ばれるようになった由来は、大阪時代に出演していたダウンタウンがパーソナリティの『ヤンタン』のコーナー名で使われていたのをそのまま使われるようになったため。最近では義父の西郷輝彦にも「キム兄」と呼ばれて驚いたことがある。また先輩の明石家さんまも最初は「木村君」と呼んでいたが最近は「キム兄」と呼んでいる。

無類の地図好きであることを辺見えみりが新婚旅行先のハワイでの出来事として『ダウンタウンDX』の番組で紹介した。

街中でふと気にした場面を写真に撮って木村独自の目線でツッコミを入れたり漫談をする「写術(しゃじゅつ)」がライフワークとなっており、年に1度のペースでライブを開催している。『めちゃイケ』の「笑わず嫌い選手権」でもそれを披露し、和田アキコや久本雅美を唸らせた。

服を買うことが大好きで、要らなくなった服は多くの後輩芸人に譲っている。時々、後輩芸人を集めて時間制限つきで選ばせる内輪向けのイベントを開催している。要らなくなった服とはいえセンスの良い服がタダで手に入れられるため、後輩芸人からはそのイベントを「キムコレ」と呼ばれている。

以前は髪型をリーゼントなどにしていたが、ここ数年は専ら五分刈りにしている。

『ヨシモトファンダンゴTV』で放送されていた「木村web堂」では先輩芸人やニュースで話題になった人のモノマネを披露したことがある。

好きな酒は「GT」。バーでよく注文するらしい。しかし最近は体の調子を崩しあまり強いアルコールはドクターストップがかかっているらしい。

映画「ゆれる」での検察官役が北野武に評価され、彼が審査委員長を務める東スポ映画大賞、第16回の新人賞に選ばれる。


ドラマ

野ブタ。をプロデュース セバスチャン(体育教師)役
新選組! そば屋の主人役
氷点 北雪牛乳販売所店員役
その5分前「ラスト・ファイト」(2006年12月27日、NHK総合)
おかわり飯蔵(2007年、テレビ東京)


バラエティ

進め!クリフハンガー冒険隊(CBCテレビ)
新どっちの料理ショー(よみうりテレビ)
浜ちゃんと!
木村とご飯
キムミシュラン(毎日放送)


情報番組

ラジかるッ(日本テレビ)
情報ライブ ミヤネ屋(よみうりテレビ)


ラジオ

ブジオ!(TBSラジオ、2005年10月〜2006年3月)


CM

ファミリーマート
黄桜
JR西日本


映画

誰も知らない
下妻物語(2004年)
ALWAYS 三丁目の夕日(電気屋の親父役)(2005年11月公開)
花よりもなほ(2006年6月公開)
ゆれる(2006年7月公開)
劇場版 どうぶつの森(リセットさんの声)(2006年12月公開)


著書

キムラの目(シンコーミュージック)
木村料理道 THE NABE キム'sスタイル(実業之日本社)
木村料理道2 THE SARA キム'sスタイル(実業之日本社)
キムラの目(実業之日本社)
キム兄の感じ。(マガジンハウス)


ディスコグラフィー

虹色橋(1997年。つんくプロデュース、キムラ・チャン名義で山田花子とデュエット。つんく、高山厳、富永美樹との競作でリリースされた)

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原西 孝幸(はらにし たかゆき、1971年3月5日 - )は大阪府寝屋川市出身のお笑い芸人。身長174cm、血液型A型。大阪府立東寝屋川高等学校卒業、奈良大学文学部地理学科中退、NSC8期生。FUJIWARAのボケ担当、相方は藤本敏史。愛称は「ラリーゴ」「はらにっちゃん」。


概要

クイズプレゼンバラエティー Qさま!!の「10m高飛び込み」では相方・藤本のあまりの不甲斐なさに「自分ならすぐに飛べる」と急遽参戦、言葉通り1位の柴田英嗣を凌ぐ0.96秒で飛んだ(しかし、これは公式記録扱いにされていない)
なかやまきんに君の名付け親である。
母・尚子(なおこ)はその強烈且つ陽気なキャラクターで「吉本超合金」など数々のバラエティ番組に出演。2006年、「ロンドンハーツ」で全国デビューを果たした。リンカーンに出演した際にはさまぁ〜ず・大竹一樹とデートしたり、水着姿やブルマ姿を披露し水中で49秒間息を止めたりした。リアクションやカメラ割りを意識したりと若手芸人を凌駕するプロ根性の持ち主。ダウンタウン松本は原西の母のことを「プロ(の芸人)」と呼んでいる。相方の藤本曰く、本気で売れたいと思っているらしい。
最近頭髪が薄くなりかけており、「ハゲてる」といわれても、「ハゲかけているのであって、断じてハゲではない」と主張している。そして、「ハゲカケタール・オブ・ザ・イヤー」を受賞した(もちろん、そんな賞はない)、「ハゲカケタール配合や」、「ハゲカケタール・5ヘクタール」、「ハゲカケタール・ドット・コムを参照せい」、「ハゲタールは完了形で、ハゲカケタールは進行形や」などと語っている。真相はハゲカケタールドットコム。
しかし、どうやら最近増毛をしたらしく、薄毛に見えなくなっている。ちなみに母・尚子もハゲかけており、相方の藤本からよく「お前ハゲとるやないかい!」とのセリフを食らっている。
既婚者である。仕事では明るく振舞っているが、普段は家が好きで遊び歩いたりせず、無口で暗いらしい。猫好き。
結婚前は女性と接するのが極度に苦手だったため、芸人仲間からは「チェリーボーイ」と呼ばれていた。このことがネタになり吉本超合金では全裸の女性をモデルに絵画をするという男なら誰もが喜びそうな企画が行われるも終始困惑した表情で挙動不審な様子だった。
短気なところがあり、仕事が終わるとさっさと帰宅してしまうので、宮迫博之などにネタにされている。
「ギャグを2兆個持っている」と豪語したことで知られる。
とんねるずのみなさんのおかげでしたでは石橋貴明からめちゃイケと同じように「ハラニシさん!」と呼ばれた時に間違えて「オカム」と一瞬言いかけたが、すぐに「イシバシさん!」と返している。
大の金八好き。
おぎやはぎの小木博明と一緒にゴルフに行くことがあるらしいが、プレイ中は一切会話をしないらしい。ちなみに現地集合・現地解散である。
相方曰く、「根が真面目」


主なギャグ

最初はグー!(ギー)
よっとあらよっとよっとあらよっとハッピーかい!?
ポクチン(一休さんのように「ポクポクポク、チ〜ン!」を段々早口にしながら繰り返し、最終的に「チンポチンポチンポチンポチン〜!」「ポクチン〜!ポクチン〜!ポクチンポクチンポクチン〜!」とリズミカルに歌いながら踊る。芸人が一緒に出演すると伝染するギャグである)
○○祭りでワッショイワッショイ(祭りじゃダンス)
俺はとてもおもろい〜とてもとてもおもろい
ちゃんちゃちゃんちゃ♪ちゃんちゃちゃんちゃちゃんちゃ♪ちくびの席替え〜♪
なるほどな、なるほどなるほどなるほどな!
ハト胸ネコ背は〜…、ハト胸の勝ち! ※ほぼ100%でハト胸が勝つが、本人曰く5分5分らしい
ロイロイロロイロイロイロロイロイ
まいど、押切もえです!
ホンマにホンマにすんませ〜ん
背骨を引っこ抜いたら立ってられへん
みんな俺やで!
ウンコとチ○コ、1文字違い〜、お尻とメガネ〜は…3文字違い

※ヘンデルの「見よ、勇者は帰る」のメロディー[1]に乗せて歌われる。また、「鼻毛と輪投げは1文字違い」など別バージョンの歌詞もある。

(織田信長ギャグ)こんなぁなるんやったら、本能寺行かんかったら良かった

他多数。特に祭りじゃダンスはめちゃ²イケてるッ!のシンクロナイズドテイスティングにて岡村隆史とのコンビで目を瞑ったままキレのある動きを披露。コーナーの目玉となっており、FUJIWARAのライブでも一番の盛り上がりを見せる。

東・西・南・僕ぅ〜?


テレビ

めちゃ²イケてるッ!
笑いの金メダル(不定期)
リンカーン
フジケン(SKY PerfecTV!275chEXエンタテイメント)


過去に出演した番組

吉本超合金
吉本超合金F
スピルバーガー
べえぇす!
すぽーつアミーゴ
妖怪ブッサイくん
大阪フジワラリゾート


ドラマ

危険なアネキ(2005年10月17日〜12月) (フジテレビ)


映画

岸和田少年愚連隊
浪商のヤマモトじゃ! 喧嘩野球編

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極楽とんぼ (ごくらくとんぼ) は、吉本興業に所属していたお笑い芸人の二人組で、北海道小樽市出身の加藤浩次と広島県広島市出身の山本圭一で構成される。結成当初は三人組(トリオ)であった。1989年に結成。めちゃイケで共演しているナインティナインは後輩にあたる。また、同年齢の雨上がり決死隊(加藤は宮迫博之、山本は蛍原徹と同じ)は先輩にあたる。

2006年7月19日午後、山本が起こした不祥事(後述)を受けて吉本興業が記者会見し、山本の芸能活動停止(契約解除)、及びコンビ解散が発表された。ただし、コンビ解散は吉本興業側から発表されたもので、加藤は「解散は自分と山本が決めること」と解散を否定している。尚、加藤浩次はピン芸人として芸能活動を継続することとなった。


概要

暴力的で下ネタが多く、ふとした弾みでコンビ間で喧嘩を始めてしまい大立ち回りを演じる芸風で主に若年男性の支持を集めた。あくの強い芸風のため好き嫌いがはっきり別れるとされる。

二人が出会ったのは、1989年2月に佐藤B作が主宰する劇団東京ヴォードヴィルショーの研究所で、加藤・山本と同期だった櫻庭博道と三人でコントの真似事をしていた。その後、劇団研究所の学費滞納などもあり、加藤・山本は退団するが櫻庭は劇団に留まり俳優として現在も活躍している(なお、櫻庭は2006年6月に劇団を退団してフリーで活動中)。劇団東京ヴォードヴィルショーを退団後、吉本バッタモンクラブの第1期オーディションに合格しデビュー。

ヴォードヴィル所属時には公園で練習している光景がニュースで取り上げられたことがある。

グループ名は加藤の発案だった。当時山本の出した「なまけものブラザーズ」という名前の案が気に入らず、「極楽とんぼ」という名前にしたかった加藤は、「実は、松田優作のお墓の後ろに『極楽とんぼ』と書いてあるのはあまり知られてない」という根も葉もない嘘をつき、それに興奮した山本に同意させ現在のコンビ名となった。

2004年春、TBSラジオ『極楽とんぼの吠え魂』(毎週金曜深夜25:00〜27:00)の中で、山本が加藤の巧みな話術にはめられた形で大量のリスナープレゼントを自腹で放出したことがきっかけとなり、山本は「たまらん兄さん」という新たなキャラを獲得した。

また、歌手の鈴木亜美に自転車をプレゼントし、気をひこうとするが、デートは母親や妹同伴と、信用されていなかった。番組内で糞太郎ことよゐこの濱口優とどっちが本当に鈴木亜美を好きか投票する企画が行われ、両者の演説の後にリスナーが投票した。また鈴木亜美本人も投票に参加し、鈴木亜美票は100票換算と決めた結果見事、山本が当選。極楽とんぼの吠え魂(ほえだま)での公式な見解として、糞太郎(濱口)より山本の方が真の鈴木亜美ファンということになった。

東京スポーツはこの時間枠(月〜金の25時〜27時帯のJUNKという枠)をニュースソースとすることもしばしば。山本のチン事件や女性との不祥事などの事件が重なり、極楽とんぼの危機であるということから、加藤は本来はあまり公開したくない結婚や出産などをテレビでネタにして好感度アップを図ったとされている。加藤の絨毯訴訟の顛末もラジオで語られ、リスナーからは好評だった。

尚、解散直前での2人のピン活動としては、加藤の方が多く、山本の方は数少なくなっていた。

また、山本は2005年9月9日放送、ウッチャンナンチャン司会の番組、『史上最強の人間ドック"ザ・快傑ドクター3"』で「寿命・あと3年」と診断され、ショックを受けた。その後にやった『極楽とんぼの吠え魂』で、オープニングトークから加藤にけちょんけちょんにされた。更に山本はラジオの生放送中に加藤がハマッてるという脳力トレーニングソフトをやりだしたが、結果が散々なものでまたショックを受けた。

2006年7月16日、山本が茨城ゴールデンゴールズの一員として、北海道函館市に遠征中、未成年の少女数名をチームの仲間と宿泊するホテルに連れ込み酒を飲ませた上、強姦したとして7月18日に所属する吉本興業を解雇される。相方の加藤は、司会を務める朝の情報番組『スッキリ!!』の7月19日放送の冒頭で号泣しつつ相方の不祥事をファンや関係者に謝罪した。同日中に吉本興業が会見で極楽とんぼの解散を公式に発表(会見に山本本人は現れていない)。茨城GGの萩本欽一監督はこの件を受けてその日のうちにマスコミと会見し解散まで示唆する声明を発表した(解散については後日撤回された)。


メンバー

加藤浩次(かとう こうじ、本名:加藤浩二 1969年4月26日 - )

北海道札幌市生まれの同道小樽市育ち。通称:「コージ」、「カトちゃん」
北海道小樽潮陵高等学校卒業。

山本圭一(やまもと けいいち、本名:同じ 1968年2月23日 - )

東京都生まれの広島県広島市育ち(厳密には東京には3歳までしか住んでいなかったため雑誌などのプロフィールでは「広島県出身」と表記されることが殆ど)。大の広島カープファンである。通称:「山さん」、「紅の豚」、「デブハゲ」。
瀬戸内高校卒業。同校出身の後輩にプロゴルファーの田中秀道がいる。瀬戸内高校が何度か甲子園に出場した時、スポーツ新聞に載る「甲子園出場校一覧」の主なOBの欄が、いつも田中秀道なので毎回悔しい思いをしている。なお野球部在籍は20日間である。


出演していた番組

極楽とんぼとしての出演番組を記載。個別での出演番組は加藤浩次、山本圭一を参照。


テレビ

新しい波 (フジテレビ系)
とぶくすり(フジテレビ系)
殿様のフェロモン(フジテレビ系)
とぶくすりZ(フジテレビ系)
めちゃ×2モテたいッ!(フジテレビ系)
最大公約ショー(TBS系)
タモリのネタでNIGHTフィーバー!
マチャミの全部いただきっ!!(日本テレビ系)
森田一義アワー笑っていいとも!(フジテレビ系)
ジパング大決戦!(TBS系)
つよチャン堂本舗(日本テレビ系)
恋ボーイ恋ガール(フジテレビ系)
極楽とんぼのとび蹴りヴィーナス(テレビ朝日系)
今田・極楽のエンタ(毎日放送)
極楽とんぼのとび蹴りゴッデス(テレビ朝日系)
ミナミ極楽堂(朝日放送)
本能のハイキック!(フジテレビ系)
天才てれびくんワイド(NHK)※山本の事件により降板させられる
極楽とんぼのバスコーンだろ!(テレビ朝日)
極楽とんぼのバスコーンつってんだろ!(テレビ朝日)
ぶちぬき(テレビ東京系)
トリハダ 〜感じるボロ〜ン〜(朝日放送)
スキバラ・極楽とんぼのこちらササキ研究所(テレビ東京)
めちゃ×2イケてるッ!(フジテレビ系)
ハジメちゃん〜あなたの大人年齢は?〜(朝日放送)


単発

ハゲタカウォーズ!!(テレビ東京)

ラジオ

オレたち×××やってま〜す月曜日(1998年4月〜2001年3月:毎日放送)
もうすぐオレたち×××やってま〜す月曜日(2000年4月〜2001年3月:毎日放送)
オレたち×××やってま〜すネクスト月曜日(2000年4月〜2001年3月:毎日放送)
MBSオレたちやってま〜す月曜日(2001年4月〜2002年3月:毎日放送)
MBSオレたちやってま〜す金曜日(2002年4月〜2002年9月:毎日放送)
(4〜9月)TBSラジオ ザ・ベースボール
おしゃべりやってまーす月曜日(インターネットラジオ K'z Station)2003年5月〜2005年10月
極楽とんぼの吠え魂(2000年10月6日〜2006年7月21日:TBS系)全301回
ゴチャ・まぜっ! 火曜日(MBSラジオ)(2006年7月12日まで)


映画

ゴジラ×メガギラス G消滅作戦
ONE PIECE THE MOVIE カラクリ城のメカ巨兵


ビデオ

極楽とんぼのテレビ不適合者 上下巻

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キャイ〜ンは、日本のお笑いコンビ。浅井企画所属。


メンバー

ウド鈴木(1970年1月19日 - )山形県鶴岡市出身。ボケ担当。本名は鈴木 任紀(すずき ひでき)。愛称は「ウドちゃん」「ウッディー」。
天野ひろゆき(1970年3月24日 - )愛知県岡崎市出身。ネタ作り・ツッコミ担当。本名は天野 博之(あまの ひろゆき)。愛称は「天野君」、「アマノッチ」。日本大学国際関係学部卒。


来歴

2人共にお笑い芸人として浅井企画に入る。当初はそれぞれ別々にコンビを組んでいたが、解散・単独活動を経て、山中伊知郎の助言により1991年にキャイ〜ンを結成。捕らえ所の無いウドのボケと、それを転がす天野のコンビネーションにより、キャイ〜ン独自の笑いのスタイルを作り上げる。登場する時に行う「キャイ〜ンポーズ」で一般によく知られるようになり、数々のバラエティ番組に出演。

コンビ名は漫画のセリフからとったもので、天野が命名。「〜」の部分だけウドが考えたという。

ウドの天野に対する溺愛ぶりが有名で、「お笑い界一仲の良いコンビ」と称される(詳細はウド鈴木の項を参照)。

デビューしたての頃にテレビで競演したことがきっかけで出川哲郎と親しくなり、今でも「隊長」と呼び、 自分たちのことを「出川ファミリー」と称するほど慕っている。

「キャイ〜ン」の言い方だが、初期はキャイ〜ンポーズをする瞬間に言っていた。しかし2000年代に入り、「キャ」と「イ〜ン」のあいだに間を置くようになり、「イ〜ン」を言いながらキャイ〜ンポーズをするようになった。現在では「キャッイ〜ン」という感じである(ライブビデオやDVDを見ると明らかである)。


現在出演中の番組

火曜
はなまるマーケット(TBS系 8:30〜9:55) ※天野のみ
リンカーン(TBS系 22:00〜22:54)
マンガノゲンバ(NHK衛星第2 23:30〜24:00) ※天野のみ
プレミアの巣窟(フジテレビ 26:08〜26:33) ※天野のみ
木曜
徳光和夫の感動再会"逢いたい"(TBS 18:55〜20:00) ※天野のみ
金曜
いまあま(日本テレビ 25:54〜26:09)
土曜
ウドちゃんの旅してゴメン(メ〜テレ 9:30〜10:00) ※ウドのみ
もしもツアーズ(フジテレビ系 18:30〜19:00)
日曜
特上!天声慎吾(日本テレビ系 16:25〜16:55)

※『プレミアの巣窟』と『いまあま』は放送時間を変更する日が多い。


過去に出演していた番組

テレビ

ウッチャンナンチャンのウリナリ!!(日本テレビ系) 1995年4月〜2002年3月
天才てれびくん(NHK教育) 1996年4月〜1998年3月
新装開店!SHOW by ショーバイ!!(日本テレビ系)
新装開店!SHOW by ショーバイ2
小園総研(中京テレビ)
めざせ!総・楽・天(中京テレビ) 1996年10月〜1997年9月
森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビ系) 1997年〜1998年
これがキャイ〜ンだ!?(フジテレビ系) 1997年10月〜1998年9月
キャイ〜ンのギャロンパ(中京テレビ) 1997年10月〜2000年9月
アイドルハイスクール 芸能女学館(フジテレビ系) 1998年4月〜1998年9月
これがキャイ〜ンだろ!?(フジテレビ系) 1998年10月〜2000年3月
100%キャイ〜ン!(フジテレビ系) 2000年4月〜2002年3月
MUSIX!(テレビ東京系) 2000年12月〜2003年3月
ザ・レターズ〜家族の愛にありがとう(フジテレビ系) 2002年5月〜2002年9月
恋のバカヤロー!(TBS系) 2002年10月〜2003年9月
ミラクルC(テレビ東京系) 2003年10月〜2006年3月
LIVE BANG!(テレビ東京系) 2005年10月〜2006年3月


ラジオ

ヤンマガ伝説キャイ〜ンDAあ゛〜ん(TBSラジオ) 1995年〜2003年3月
キャイ〜ン天野ひろゆきのMEGAうま!ラジオバーガー!!(ニッポン放送) 1995年 ※天野のみ

雑誌

こちらもしもツアーズ(TVぴあ)
もしツアまんが?道場!!
もしツアについて僕らが語ろうか
キャイ〜ンライブに出張 ※フジテレビ系列の番組を題材にしたコラムシリーズ。過去には「100%に賭けるキャイ〜ンの戦記」「ザ・レターズ〜みんなの愛にありがとう」を連載。


映画

2001年 天野ひろゆきがオムニバス映画『マネーざんす』の6作品のうちの1つ『B5』で映画監督デビュー。
2002年 ウド鈴木は映画『ナースのお仕事 ザ・ムービー』に出演。
2004年 天野ひろゆき監督作品『CAGE』(ウド鈴木出演)が夕張映画祭に入選。
2006年 ウド鈴木は映画「ピーナッツ」に出演。
2006年秋 天野ひろゆき監督作品『一億の猫』(『-PET BOX-』の6作品の1つ)、2006年11月18日〜同年11月24日テアトル新宿にて上映。
『一億のネコ』出演者 - 純名りさ、宮本真希、吉井怜、高橋克典、哀川翔


舞台

キャイ〜ンLIVE
カンコンキンシアター『クドい!』(関根勤主宰)
2003年 天野ひろゆきはミュージカル『天使は瞳を閉じて』に出演。
2006年 『現代狂言』(東京:2006年8月6日・8月29日・8月30日 / 大阪:2006年7月2日)


ビデオ・DVD

キャイ〜ンライブフルエアロバージョン
キャイ〜ンLIVE2004 キャイ〜ンがシークレットライブやりました
キャイ〜ンLIVE2005 キャイ〜ンがまたシークレットライブやりました
キャイ〜ンLIVE2006 キャイ〜ンがまたまたシークレットライブやりました


その他

1995年に、ウドはウッチャンナンチャンの内村光良と千秋とともにユニット「ポケットビスケッツ」を、1997年に、天野はウッチャンナンチャンの南原清隆とビビアン・スーとともにユニット「ブラックビスケッツ」をそれぞれ結成。1998年には、「ポケビ&ブラビ スペシャルユニット」として『NHK紅白歌合戦』に出場した。代表曲は「イエローイエローハッピー」・「レッドエンジェル」(ポケットビスケッツ)と「スタミナ」・「タイミング」(ブラックビスケッツ)。現在は両者共に活動休止中。
1995年に、谷口宗一とユニット「3LDK」を結成し、マキシシングルをリリースしている。
2002年〜2006年に、小池栄子と共に競輪の統一CMキャラクターを務めていた。


同年代のお笑い芸人

くりぃむしちゅー
ナインティナイン
ネプチューン
よゐこ

など

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小木 博明(おぎ ひろあき(本名の読み方は「こぎ」)、男性、1971年8月16日 - )は、お笑い芸人でおぎやはぎのボケ担当。相方は矢作兼。


プロフィール

東京都板橋区ときわ台出身。血液型B型。
東京都立北野高等学校卒
2006年10月10日に元歌手の森山奈歩と結婚・入籍。森山良子は義母、森山直太朗は義弟になる。


人物

1995年コンビ結成。変わった芸風で、コンビ両方が眼鏡をかけている。苗字の発音は「おぎ」で通しているが、本来は「おぎ」ではなく「こぎ」である(子供時代、父親がコギという発音だと小汚いからオギに改めようと提案したことによる)。
コント(ライブやリチャードホールなど)でホモキャラを演じることが多かったが、実際は女遊びが激しい。
現在の所属事務所である人力舎に所属する前は会社員でテレビで言えないような仕事もしていたらしい。
過去に大手CDショップに就職した際は、面接で「クラシックが大好きです」とハッタリをきかせて見事就職した。(実際にはクラシックはほとんど聞かないらしい)
事務所内では相方以外にアンジャッシュの児嶋一哉と仲がいいらしいが、渡部建やアンタッチャブルの柴田英嗣など人力舎の芸人には楽屋でふざけたりするいたずら好きが多い為、特に何もしてこない児嶋を下に見ていることもあるらしい。
最近はいろんな種類の眼鏡をかけている。
加藤浩次に嫌われている。(第一印象が悪かったらしい)
同期に北陽がいる。
趣味はゴルフ。ベストスコアは87。
特技はフォークボールと言い張り、今までも何回かテレビで披露したことがある。サッカーも上手い。
リンカーンのロケで眼鏡が壊れたので昔の眼鏡などを色々かけている。
ボードゲームスコットランドヤードを「ボードゲームの王様」として愛してやまない。(さんまのまんまより)
「小木じらし」「小木45度」「一人おぎっち」など、数多くの得意技があることを番組内で告白している。
品川祐は、小木と矢作の見分け方を「(人間として)ダメな方が小木、ちゃんとしてるのが矢作」だと某番組で発言していた。
バナナマンと出演している「epochTV square vol.1」や、バナナマン・ラーメンズと出演している「ライヴ!君の席」でバク転を披露している。本人曰く「“何か”をいきなり挑戦しても、一度も失敗したことがない」
爆笑問題の検索ちゃんではあまりにも珍解答ばかり出す為、井上聡、庄司智春とともに「バカ3人組」と呼ばれている。矢作が「小木が答え出した後に俺に説明を求めるのはやめてくれ。」と言ったほど。
2006年10月10日、歌手森山良子の長女で元ミュージシャンの奈歩と結婚したことを報告。(10月13日のTBSラジオJUNK「おぎやはぎのメガネびいき」にて。)
最初に知り合ったのは吉本興業とのジョイントライブで、まちゃまちゃから紹介されたことからである。
お付き合いから結婚まで6年かかっての入籍となった。
「さんまのまんま」で以前恋人がパグ似だと発言していたが、それは奥さんのことであることも暴露。
小木は新居が見つかるまで森山家に「居候」(いわゆる「マスオさん」)している。
小木の部屋は森山直太朗が以前に使用していたものであり、CS放送が見放題だという。(そのため新居にはCSアンテナが設置できることが条件らしい。)
その森山家での居候のため、森山家に婿入りしたと何人かに勘違いされた。
小木は森山良子を「ママ」と呼んでいる。
森山良子が「オレオレ詐欺」に遭いそうになった。直太朗は(ギャグであるが)小木を犯人と疑っている。
2007年3月9日にFRIDAYに宝月ひかるとの密会している所を撮られる。以前から宝月ひかるとはアンジャッシュ児嶋の紹介で仲が良かったもので何も無かったと弁明した。これについて森山家の皆からブーイングを買い、森山良子からは「脇が甘い」、森山直太朗からは「ダサい」と言われた。
実家は開業医で芸能人の常連も多いという。
「リンカーン」のドッキリ企画ではトイレに置き忘れられていた(設定の)100万円入り封筒を見事ネコババした。その後楽屋にいる相方のところに持っていって「どうしようか」と尋ね矢作が「山分けしよう」という会話もしていた(冗談であるが)。その後置き忘れた設定の人が封筒を探しに楽屋へ入り無事阻止した。


主な出演番組

大人のコンソメ
笑いの金メダル
くりぃむナントカ
リチャードホール
リンカーン
ゴッドタン
X'smap〜虎とライオンと五人の男〜
くりぃむしちゅーのたりらリラ〜ン
ポイチョ!

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有田 哲平(ありた てっぺい、1971年2月3日 - )は、熊本県熊本市出身のお笑いタレント。くりぃむしちゅーの主にボケ担当(デビュー当時はツッコミ担当)。血液型はO型。相方は上田晋也。プライム所属。身長173cm、体重70kg。


来歴

熊本大学教育学部附属中学校卒。熊本県立済々黌高等学校卒。在学中、ラグビー部の同輩として現在の相方上田晋也と出会う。現役時に明治大学二部に合格していたが、上田に「一緒に早稲田に入ろう」と言われ浪人。一浪を経て、上田は早稲田大学に合格するも、有田は不合格。有田は上田がまた浪人してくれると思っていたが「お前は立教がいい」と言われ立教大学法学部に入学。一旦は弁護士を目指したが、芸能界に進む為中退(共にお笑いへ進む為、上田が一方的に有田の退学届けを出したらしい)。幼少の頃は裕福な家庭で育っていたが、この時父親が営んでいた広告代理店が経営破綻に追いこまれた事から大学の授業料を滞納しており、それに関する父親の報告と有田の中退の報告(父親は厳格な人物であった為有田本人は勘当覚悟の報告であったが「学費を納めなくていいなんてお前は孝行息子だ。それにやりたい事を見つけるなんて素晴らしい! 」となぜか絶賛されてしまう。後で考えるとその時点で会社が傾いていたということらしい)とが重なったと言われ、何度かネタにしている。また、弁護士を目指したのは元々父親の影響によるものだったからと言う。因みに、広告代理店の経営破綻後両親が離婚し、有田が実家へ帰ると有田家の表札が「長谷川」にいきなり変わっていたという。更にこれだけではなく同時期に祖母の病死、カード破産、セクハラで訴訟を起こされると身内で不運が連続し、止めを刺すかのように父親も亡くなる。そして上田晋也からの誘いを受けお笑いコンビ・『海砂利水魚』を結成。
コント山口君と竹田君の付き人としてスタートする。
後にTBS『ウンナンの気分は上々。 』にてさまぁ〜ずと改名を掛けた3度目の対決に敗れ、ウッチャンナンチャンの内村光良に『くりぃむしちゅー』と命名され改名、現在に至る。


人物

中学2年生のときにアメリカにホームステイしていたことがある為、日常会話程度の英会話なら出来る。だがズバリ言うわよ!(TBS系)では細木数子によく馬鹿呼ばわりされる。しかし、それはお笑いでのキャラであり実際は秀才で、熊本有数の進学校である済々黌を卒業、大学は中退したとはいえ立教大学出身である。実際ズバリ言うわよ!でも他の売れないお笑い芸人の相談の際に細木は『あんたも上田や有田みたいに本当に馬鹿になれたらきっと売れるようになるわよ』と言うように細木も彼の馬鹿については十分承知しているようである。
初体験は高校1年生の夏。
相方上田とはラグビー部で知り合ったが、試合では上田がレギュラーで有田はベンチ要員だったらしい。しかも、ラグビーのルールをよく理解しておらず、ある試合で上田がボールを持ちトライする為ラインに向かって走ると、有田は何を思ったかチームメイトである上田にタックルをしてきたと言うエピソードがある。
『笑いの金メダル』(テレビ朝日系)で笑金オールスターズとしてCDデビューが決まって『HEY!HEY!HEY! MUSIC Champ』(フジテレビ系)に出演した際、高校時代にラグビー部の皆で将来の夢を話していたという話題になり、他の部員は真面目に将来の夢を語っていたが、有田にいたっては「俺は光GENJIに入る」と真顔で言っていたという。その時、ダウンタウンの浜田雅功が笑った後に有田の顎を掴み「この顎でか! この顎でか! 」と詰め寄った。そして、有田は浜田に「すいません浜田さん、顎は急所です。」とツッこんだ。
高校時代、上田が応援団長で有田が副団長だった。
『海砂利水魚のオールナイトニッポンスペシャル』で上田と対決し負け、勅使川原昭によって放送終了後、丸坊主にされる(2005年7月からは『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』としてレギュラーパーソナリティに昇格)。
母は水泳のオリンピック候補になる程の選手だった。現在も熊本県内にある室内プールの管理者の傍ら、子供達に水泳の指導を行なっている。
3人兄弟の次男。弟は放送作家の有田真平。兄は熊本で教師をやっている。
主な持ち芸はアニマル浜口、長州力や高田延彦、アントニオ猪木などプロレスラーのものまね。大のプロレスファンで多くのプロレスグッズを所有し、毎週欠かさず週刊プロレスを愛読(第一号から全て)している。2006年6月18日に開催された「ハッスル・エイド2006」では、オープニングで自前の「高田総統」のコスプレをして登場した。
テレビ番組『銭形金太郎』(テレビ朝日系)で、相方・上田のプライベートを暴露し司会の名倉潤の風貌を痛烈に批判する歌を歌い(今現在11曲)、同番組のエンディングテーマにもなっていた。また名倉潤の事を細身の顔立ちから時々ガイコツ・ラクダ・ナシゴレン・パクチー等と言う。
クリームシチューが大好きと豪語していたが、『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日系)の“1週間でクリームシチューを500杯食べきるコンビ”でかなりの野菜嫌いだったことが判明(人参、ブロッコリー、南瓜、椎茸、マッシュルーム)し、クリームシチューの殆どを相方・上田に食わせていた。
ラジオ番組でニッポン放送での通称は「有田先生」(2005年6月24日放送『目からウロコ!24』まで)、TBSラジオの番組(『極楽とんぼの吠え魂』)では「タップ哲平」とも呼ばれたこともある。
テレビやラジオ等でたまにTake2(主に東貴博)の悪口を言ったりしている。
顎が年々、左の方へと曲がっている。
好きな音楽ジャンルはヒップホップ。その為ヒップホップアーティストZEEBRAとも親交がありZEEBRAが司会として放送する番組『シュガーヒルストリート』では一緒に「ALI-T」という名前で司会として参加する。また、ZEEBRAのStop Playin’A WallではPVにも出演している。
ネタ的によく語られる「親戚にいる大学教授のオジサンを見習えと言われていたが、その人セクハラで訴えられた」というのは、政治学者の矢野暢(日本初のノーベル賞の選考委員・スウェーデン王立アカデミー会員を務めた人物)。
いとこは小説家の鵜波美布で代表作『武運』等。
パワプロ9のサクセスモードを熱く語っていた為、パワポケ7には有田をモデルにした、「有田修吾」が登場した。また、サカつくも好きなようである。
中学時代の2年先輩にラジオパーソナリティの荘口彰久がいる。
「H/K(話変るけど)」という若者言葉を作った人物。『銭形金太郎』(テレビ朝日系列)の深夜放送時代にVTRの前フリで使用していた。芸能人が作った言葉は数あれど、若者限定で広まったその様な言葉は珍しい。
最近痔らしい。
アンタッチャブルの山崎弘也と住んでいるマンションが同じである(山崎は後輩のため有田より下の階に住んでいる)。
仮面合コンに参加したことがある。
指1本でタクシー代を請求されたことがある。


エピソード

アントニオ猪木の引退試合の観戦の際、入場時に熱いエールを送っていたが肝心の試合の時、居眠りをしていた事をダウンタウンDXのコーナー「視聴者は見た」で暴露される。ちょうどその収録に猪木本人も参加していたため、すぐにビンタ制裁を受けた。
2001年6月、相方と共にMCとして出演していた瀬戸内海放送(KSB)の若者向け人気深夜番組ばちこい!内の企画でBachicco!という地域限定アイドル(ロコドル)をプロデュースし、見事デビューさせた。なおデビュー曲『ばっちり恋しよう!』には彼のラップパートが収録されている。現在もBachicco!のプロデューサーを務めている。
2004年8月、深田恭子とのお泊まりデートが写真週刊誌にスクープされ、更に8月19日発売の週刊誌で山崎弘也と合コンを行った帰りにラブホテルに入る所を撮影され、別の女性とも同棲しているとも言われ、ルックスに似合わずプレイボーイとして有名。しかし深田恭子との一件以来モテなくなったと発言している。これは業界内で「有田には気をつけろ」と言われ始めアイドル事務所が所属アイドル達に事前注意を行い始めたからである。
写真週刊誌の一件以来、合コンなどを自粛する一方で何故か相方の上田晋也の2人の姪っ子にハマり、二人と遊ぶ為に休みの日にわざわざ熊本まで帰っているという(上田抜きで)。理由としては「どんなにユルいことを言ってもウケるから気分がいい」とのこと。因に二人とも小学校低学年で、有田のことを「ありぶす」と呼び、「ありぶすお前顎伸びたな〜。」等散々なことを言われるらしい。
『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)において、以前番組内で天然パーマをストレートパーマにさせられた相方・上田が「合コン好きの有田を懲らしめてほしい」と番組に依頼し、騙しの合コンをセッティング。この企画は3回行われたが、全て番組が仕掛けた落とし穴に落下している。女の子と2人きりになった時、「クルトンって呼んで♥」と言ったことから、ロンドンハーツでは「クルトン」(クルトン有田、因みに悪いワルトンもいる)と呼ばれるようになった。因みに現在は裏番組である『ズバリ言うわよ!』に出演中の為、『ロンドンハーツ』の出演はない。
『内村プロデュース』(テレビ朝日系)において、性格診断テストを受けた結果、内村光良に対してライバルである、番組を乗っ取ろうとしている等と診断された。その後『内村プロデュース』のレギュラー放送が終了し、『くりぃむナントカ』がその時間に時間変更されて、本当に番組を乗っ取ったようにも見える。
2005年6月11日深夜に放送されたテレビ朝日の深夜番組『くりぃむ・鶴瓶・ロンブーのゆく年くる年への道SP』によると上田に対して「『おしゃれカンケイ』終わらせやがって、お前は……」と言ったのに対し、上田に「いや、別に俺が終わらせたわけじゃねーし」と言われたり、「(おしゃれカンケイを)とったんですよ、こいつ。」と言って上田に「とったわけじゃないよ。」と返されていることから、相方の上田が『おしゃれイズム』に出演しているのが信じられないらしい。
2005年7月5日、山崎弘也、矢作兼と共に夜に中華料理屋へ行き、後輩のその2人から酒を勧められ、その後の仕事で『オールナイトニッポン』(この日が初回放送だった。)があるからと言い断ろうとしたが、後輩のその言葉に負け、その後仕事があるのにもかかわらず、飲み、オールナイトの本番で相方の上田に叱られる。
2006年4月5日放送の『くりぃむしちゅーのたりらリラ〜ン』特番『ガンバレくりぃむ!恋の赤恥ベタベタSP』内で公開された有田哲平監督・脚本・主演『ベタドラマ』『101回目のベタポーズ』では、意外に高い演技力を見せた。
2006年8月3日放送の『Qさま!』で、山崎チームとして参加したもののプレッシャーに弱く、情けない姿をさらした。
番組収録の合間に後輩芸人(山崎弘也やおぎやはぎ、次長課長等)を集めて芸に対するアドバイスやダメ出しを行う事が多いが(「有田塾」と呼ばれている)、内容は「全くタメにならない話ばかり」しているらしい(『アメトーク』で土田晃之が暴露していた。因みに土田は有田に「『銭形金太郎』のロケで泣け」というアドバイスを受けたことも話していた)。
アンタッチャブルの山崎が大便をすると有田に「しました。」とメールが来る。(2006年内に終了)


単独の出演番組

目からウロコ!21→目からウロコ!24(ニッポン放送) - 出演終了
内村プロデュース(テレビ朝日)
とんねるずのみなさんのおかげでした 博士と助手 〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜(フジテレビ)
ピーナッツ(映画 内村光良監督作品 2006年公開)
テキトーTV(テレビ朝日、単発・深夜)
ぐるぐるナインティナイン(日本テレビ系)主に「かぶっちゃや〜YO!」など
シュガーヒルストリート(日本テレビ)

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よゐこ(よいこ)は、松竹芸能所属のお笑いコンビである。ともに大阪府大阪市出身。両名とも大阪市立汎愛高等学校卒。


メンバー

有野晋哉(ありの しんや、1972年2月25日 - 、ボケ担当)
濱口優(はまぐち まさる、1972年1月29日 - 、ツッコミ担当)


概要

濱口と有野は同級生。中学生の時に仲良くなり、有野の方が成績が良かったため濱口は必死で勉強して同じ高校に進学する。1990年コンビ結成。初舞台当時のコンビ名は「有野&濱口」。その後コンビ名を「なめくぢ」にするが、それでは売れないと事務所と北野誠に改名を促された。「ゐ」の字を使ったのは事務所へのささやかな反抗。
「ゐ」の字についてイジられることがあり、「クレヨンしんちゃん」では主人公の野原しんのすけに「よぬこ」と言われ、「笑っていいとも!」の「テレフォンショッキング」に出演したときにはタモリからは「よるこ」と言われた。
1992年1月、第13回ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞。
一般にコントにおいてはボケとツッコミという構成が定式であり、よゐこの場合、本来は濱口がツッコミ担当なのだが、彼自身が極度の“天然ボケ”であるため、結果的に「よゐこには、ボケ・ツッコミの観念が無い」との認識がなされており、それが彼ら独自の芸風になっている。現在ではほとんどライブでしか見ることができないが、質はやはり一流である。なお、よゐこ自身は「有野がボケ、濱口がそれに対する戸惑い」であることを公言しているが、世間的には「濱口がボケで有野がツッコミ」という認識が広くなされている。テレビに徐々に映り始めた頃には不仲を売りにし、すぐコンビを解消してやるとお互い言い合っていたが現在はその芸風を引っ込めた。今は「いきなり!黄金伝説。」などでも見られるように、むしろ絆の深さを表に出している。
あまり売れてない頃には「ラスタとんねるず'94」のジャイアント将棋に主に濱口が出場していたことがあった。有野は顔出し程度だったが2度出場がある(1度目は「スモウ」対決で女子プロレスラーの井上京子に勝利。2度目は「ドロレス」対決で同じく女子プロレスラーの神取忍に濱口と2人がかりで挑むも敗北)。由来は不明だが番組内で濱口を「よゐこ・弟」有野を「よゐこ・兄」と呼ばれることもあった。これについてはアニメ「クマのプー太郎」にて双子の兄弟の声優をやっていた為だと思われる。
また、ある日大阪に来ていたスチャダラパーがよゐこの存在を知り、生で見たいという理由から友人である渡辺満里奈のラジオ番組にゲストで呼ばせた。この後「満里奈がファンらしいから使ってみるか」という風になり、全国ネット進出の足がかりを掴んだ。
テレビでは「気配を消す達人」と言われていた彼らだがラジオのトークには定評があり、MBSラジオ「MBSヤングタウン」(ヤンタン)や同「オレたちやってま〜す」等で固定のファンを掴んでいる。特に「オレたち-」では様々な伝説を残している。最も有名なのが番組で共演していた椎名へきるへの番組本番中告白事件である。それ以外にも、ラジオ業界では一番力を入れるスペシャルウイーク(聴取率調査週間)であるにもかかわらず、濱口は彼女とのデートのために生放送を遅刻してくるという伝説も残している。
更に「オレたちやってま〜す」では有野以外のメンバーが酒に弱いのに本番中に飲酒。苦情が殺到し、翌週の放送では反省会をやるつもりが放送自体を無かったことにされたことも。
また、“ヤンタン”時代からの友人であるaikoが休業中によゐこは「aikoの@llnightnippon.com」(また、この番組は仲の良いナインティナインもパーソナリティを務めている。)で一夜限りのパーソナリティを務めた事もある。「悪口」の音源をオンエア中に、有野が得意の茶々を入れた。すると、数通の「面白い」「最高!!」のメールやファックスを除いて、大半のリスナーから「よゐこ最低!!」「aikoの声が聴けないからせめて曲くらい聴きたいのに…」「aikoの歌の邪魔をするな!!」などバッシングが殺到、有野はベコベコに凹んだ。
1998年 テレビ連続ドラマテレビ朝日系「スマートモンスターズ」を主演。よゐこ初主演ドラマ。だが当時の有野は演技があまりにも下手すぎたらしく、当時のスタッフにけずられたこともあるらしい。
よゐこの漫画・アニメ好きは、かなり有名で最新アニメの人気ランキング番組などでもなんなく付いていき、更には解説まで入れられるためその手の番組に呼ばれることも多い。また、単独ライブのコントのネタのテーマを、全てアニメ絡みにする程。特に「ガンダム」のファンであることは加藤浩次とともに芸能界でも有名。
更に、アイドル好きで知られる有野は、アイドル雑誌「BOMB」(学習研究社)で連載記事を書いている。
1999年12月25日に、コナミから二人がプロデュースしたゲームボーイ用ソフト『おわらいよゐこのげえむ道〜オヤジ探して3丁目〜』が発売。セールスについては「びっくりするほど売れなかった(ゲームセンターCX内での有野のコメント)」。
2001年ごろまではテレビ番組に出演の際、登場時には「はいはいはいはい!すべりましたよ!」と言って登場していた。(すべった時の挽回用ギャグとして使用)
ちなみに売れない時代にテレビ番組の企画で当時無名だった、オセロ・Take2・オアシズと共に無人島生活を共同で行ったことがある。
2005年2月27日、有野は北村祐子と入籍。3月1日に披露宴。この模様はめちゃイケで放送された。
2005年5月16日、ニッポン放送「デーモン小暮 ニッポン全国 ラジベガス」において、ミュージカル出演中のデーモン小暮の代理で出演。新婚生活をのろける有野に対して濱口が「糖尿病になっちまえ」と発言し、放送中ニッポン放送へ猛抗議が殺到。番組の最後に謝罪した。もっとも、ニッポン放送に出入り禁止となったわけではない(平成18年10月10日更新の「おしゃべりやってまーす火曜日」)。
2005年10月3日から毎日放送でスタートのゴチャ・まぜっ!金曜日で久々によゐことして地上波ラジオに復帰。
有野はナインティナインのマネージャーやナインティナインのオールナイトニッポン(ナインティナインの@llnightnippon.com)(木曜25:00-27:00)のディレクターあだ名の名付け親でもある。
ゲームボーイアドバンス用ソフト「クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ オマケの都ショックガーン!」において、CMキャラ&ミニゲームのキャラとして登場。また、これに伴い2006年4月14日のクレヨンしんちゃんスペシャルに声優として特別出演した。
昔、陸上のスタートの時のポーズで「位置について、よ〜い…こ!」と言うギャグがあった。最近は使わなくなったが2006年6月と9月に「笑っていいとも!」に出演した時に久々に披露した。また、濱口が「まんとら」にゲスト出演した際にも行った。
2006年8月10日放送のクレヨンしんちゃんスペシャルに声優として特別出演した。
2006年8月24日、濱口優と小倉優子の親密交際が発覚した。週刊誌「女性セブン」が2人のデート現場を報じている。また、その記事の中では、以前よゐこが出演していたMBSラジオのオレたちやってま〜す番組内のコーナー、よいこの芸能日記で取り上げた濱口と小倉との会話を引用している。
2006年12月15日放送のクレヨンしんちゃんスペシャルに声優として特別出演した。
2007年1月16日のTBS系で放送された「リンカーン」の一コーナーであるフレンドリーダウンタウンに「機動戦士ガンダム」のコスプレ姿で登場。二人の好みのスポットである秋葉原に招待し、親交を深めようとしたが、濱口は自分の方向オンチや猫舌ぶりを松本人志にからかわれたり、また有野は濱口がトチるごとに浜田雅功(実質的には松本・浜田双方から)からビンタをくらったりと、散々な目に遭った。


主な出演番組

よゐことしての出演番組を記載。個別での出演番組は濱口優、有野晋哉を参照。


出演している番組


テレビ番組

めちゃ2イケてるッ!(フジテレビ系)
アッコにおまかせ!(準レギュラー TBS系)
いきなり!黄金伝説。(濱口のみ)(有野は特番週間などの大型企画の時のみ担ぎ出される テレビ朝日系)
よゐこのボロキャス(ドスペ2枠、テレビ朝日系)
虎の門(テレビ朝日系)※不定期
よゐこのKIDSぱらだいす!(CS276chキッズステーション)
よゐこ人物伝! (CS276chキッズステーション


ラジオ番組

おしゃべりやってま〜す火曜日(K'z Station)
ゴチャ・まぜっ!(MBSラジオ)
よゐこのアキパラ(ラジオ日本)


過去の出演番組


テレビ番組

おはスタ(テレビ東京系)
ウッチャンナンチャンのウリナリ!!(出演は1996 - 2001年 日本テレビ系)
森田一義アワー笑っていいとも!(出演は1995 - 1997年 フジテレビ系)
めちゃ×2モテたいッ!(フジテレビ系)
ラスタとんねるず・ジャイアント将棋(フジテレビ系)
とぶくすり → とぶくすりZ(フジテレビ系)
スマートモンスターズ(テレビ朝日系)
クマのプー太郎(声優(双子の兄弟の役を担当)、フジテレビ系アニメ)
UN FACTORY カボスケ(フジテレビ系列)
てんこもり(テレビ朝日系)
前略ヒロミ様(フジテレビ系)
怒涛のくるくるシアター(よみうりテレビ)
よゐこのわるぢえ(TBSテレビ)
よるこ (毎日放送)


ラジオ番組

MBSヤングタウン(MBSラジオ)
オレたちやってま〜す(MBSラジオ)
オレたちのヒーロー(MBSラジオ)
チベットそろばん塾(TOKYO FM)
YOUNG PARK2(濱口のみ MBSラジオ)
シャカリキ!延長戦V3(濱口のみ MBSラジオ)
よゐこのおもしろ革命ィ〜ッ!委員会(文化放送)


連載

よゐことよいこのせいぎのみかた!(小学三年生 小学館)  2006.04 〜
よゐこのクイズアドベンチャー(漫画:嵩瀬ひろし 小学一年生 小学館)  2006.04 〜
それゐけ!アリ☆ハマ!!(原作:よゐこ/漫画:いかりん 小学六年生 小学館)  2006.04〜
よゐこの名作文學(小学六年生 小学館)  2005.04 〜 2006.03
よゐこのギョーカイ王(キング 小学三年生 小学館)  2005.05 〜 2005.09
よゐこのよい子の作り方っ!!(小学三年生 小学館)  2005.11 〜 2006.03


書籍

よゐこの芸能日記(学研 BOMB特別編集) ISBN 4054033245

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やるせなすは、ワタナベエンターテインメント所属のお笑いコンビ。 結成は1995年。日本大学櫻丘高等学校の同級生で結成。最近ではお互いに単独での活動が多い。


プロフィール

石井康太 1975年3月16日生まれ 東京都出身 ボケ担当。通称「石井ちゃん」血液型はB型
日本大学卒業。
持ちギャグ「どうも、石井ちゃんです!」で有名。
ドラえもんの声優オーディションに応募したが、見事に落選した。
ドラマにも出演しており、2000年「合い言葉は勇気」、2002年「人にやさしく」にレギュラー出演していた。
視力が悪く、コンタクトレンズを使用している。
中村豪 1975年3月22日生まれ 東京都出身 ツッコミ兼ネタ担当。血液型はO型
日本大学経済学部卒業。
芸人で最も霊感が強いことで有名。数々の心霊現象を体験している。江原啓之も認める憑依されやすい体質らしい。そのため心霊スポットなどのロケで本当に憑依されしまったことが数多くあり、最近はほとんど参加していない。
合コン必勝法をまとめたコミュニケーション本も出版している。
世界的に有名なアコーディオン奏者coba主催のライブ[BellowsLoversNight]に友情出演している。


出演番組


バラエティ

爆笑オンエアバトル(NHK)
給与明細(テレビ東京)
晴れたらイイねッ!Let'sコミミ隊(フジテレビ)※中村のみ
いきなり!黄金伝説。(テレビ朝日) ※石井のみ
ばちこい!(瀬戸内海放送)
世界バリバリ★バリュー(毎日放送)
やるヌキッ!(テレビ東京)
明石家マンション物語(フジテレビ)
クーパカポカポ(テレビ神奈川)
なまおん(札幌テレビ)※中村のみ(準レギュラー)


テレビドラマ

※すべて石井のみ

合い言葉は勇気(フジテレビ)
人にやさしく(フジテレビ)
美女か野獣(フジテレビ)
火消し屋小町(NHK)
銭湯の娘!?(毎日放送)
次郎長背負い富士(NHK)
ダンドリ。〜Dance☆Drill〜(フジテレビ)
きらきら研修医 第5話(TBS)
翼の折れた天使たち 第1夜「衝動」(フジテレビ)


ラジオ

L.A.V.(JFN)※中村のみ


CM

資生堂「uno」

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宮川 大輔(みやがわ だいすけ、1972年9月16日 - )は、吉本興業所属のお笑いタレント、俳優。京都府京都市出身。身長172cm、血液型B型。


略歴

1991年3月に星田英利(現・ほっしゃん。)とチュパチャップスを結成。同年より吉本興業の若手6組によるグループ「吉本印天然素材」に参加。
1999年にコンビ解散。解散後も元相方・ほっしゃん。とは舞台やテレビで共演をしている。
大阪NSC9期生でナインティナインとは同期である。
現在はルミネtheよしもとの吉本新喜劇など舞台に出演している。
『やりすぎコージー・土曜婦人』のルミネの楽屋隠し撮りコーナーで、後輩芸人をハンガーで吊るし、プロレス技をかけまくるという相当なSぶりを隠し撮られている。
父親が桑原征平(元関西テレビアナウンサー)の同級生。父親は喫茶店を経営していた。「人志松本のすべらない話」シリーズでは、得意の擬音やアクションを巧みに利用し父親の話など多数すべらない話を披露している。
また、事務所の先輩である宮川大助・花子の宮川大助とは同音異字である。しかし、爆笑問題の検索ちゃんに出演した際には、太田光に「宮川大助・花子さん」と呼ばれる。
母校が甲子園に出た際応援団だった彼は、NHKのアナウンサーにインタビューされ、お名前はと聞かれて「宮川大輔」ですと真面目に答えたら、ふざけないで下さいと突っ込まれた経験あり。
2006年の年明けにテレビ東京系で放送された「2006年最も売れる吉本NO.1伝説」にて、占い芸人小笠原まさやによる占いで「2006年最も売れる芸人1位」に選ばれた。
最近はメガネをかけることが多い。
黒縁セルフレームでレンズが大きく、若干ゴーグルのような形をしている。ちなみに、なんでんかんでんフーズの川原ひろし社長も同型の眼鏡をプライベートで愛用している。
2002年1月1日に放送されたドラマ「救命病棟24時 新春スペシャル」に、記者の一人として出演している。


人物

自他共に認めるドSで、元ナメリカの安住をよく殴ったりしたりする。ゲイではない(既婚である)のだが、男性の体を衝動的に触りたくなるときがあるらしく、元相方のほっしゃん。とネタ作りをしてきた時に、ほっしゃん。の家に泊まることになり一緒に寝ていたところ、寝ているほっしゃん。の顔を見て「こいつ、がんばっとんなぁ」と思い、ほっしゃん。にキスをした。また、憧れの先輩だった宮迫(雨上がり決死隊)と吉本印天然素材で一緒に活動することになり、仲良くなって家に誘われ、初めて宮迫の家に泊まったときに、隣で寝ている宮迫を見て「これが、宮迫さんかぁ」と思い、たまらなくなりチンコを触ってしまった事があるらしい(その時宮迫はまだ起きていて、気づいていたらしい)。宮迫の影響を強く受けており、後輩を殴ったり激しく罵倒したりとその手の話題には事欠かない。
「新どっちの料理ショー・腹ペコ芸人SP 豚肉の生姜焼き定食VSレバニラ炒め定食」(2006年3月9日放送)に出演。これはタイトル通り芸人たちが48時間断食した後で参加するというもので、結果は〔8-1〕で宮川を除く全員一致で終了。一人だけ食べられなかった。負けた腹いせに「馬鹿野郎!!」と暴言を吐いた。即刻謝罪した。


擬音師匠

あるエピソードに「擬音」をつけて話すのが宮川の特徴だが、その擬音の当て方と発音、しゃべり方の独特のセンスでいつしか「擬音師匠」と呼ばれるようになり、同氏の展開する話は「擬音話(ぎおんばなし)」と言われている。
「やりすぎコージー」にて「擬音師匠」として数々のシチュエーションにて秀逸な擬音を当てることを披露した。
千原兄弟のトークイベント「チハラトーク」ではワンコーナー設けられた。
発せられた擬音の例は以下の通り。
「バグ〜ン」→バッファロー吾郎の竹若元博がガードレールの柱にぶつかった時の音
「バイクから降りようとしてバランス崩した竹若さんがガードレールの柱に”バグ〜ン”ってぶつかって…」
「ジュシュウ〜」→小学生のとき、友達が木から滑り降りる時に枝に引っ掛けてしまった腕が傷つく音。
「(木の上から)シュルシュルシュルシュル〜と下りてきたときに、手を“ジュッシュウ〜”切りよったんです」
松本人志が2006年に発表したコント「Zassā」にも出演。擬音をあてる「SE」として参加している。


テレビ


地上波

(上記以外)

めちゃ²イケてるッ!(フジテレビ系列)
人志松本のすべらない話(フジテレビ系列)
Channel a(tvk等UHF系列)
浜ちゃんと!(日本テレビ)
みこん六姉妹(TBS系列)
上海大腕(テレビ東京系列)
タモリ倶楽部(テレビ朝日系列)※不定期
世界の果てまでイッテQ(日本テレビ)


CS

ヨシモト∞(CSヨシモトファンダンゴTV)


CM


タウンワーク


映画

岸和田少年愚連隊(1996年)
集い(1999年)


インターネット配信

ザッサー(2006年、第2日本テレビ)


舞台

吉本新喜劇(ルミネtheよしもと)(2001年〜)
BOYS TIME(2000年、2001年)演出:宮本亜門
THE WINDS OF GOD(2000年)キンタ役
贋作・桜の森の満開の下(2001年)演出:野田秀樹
MAKOTO"〜ゆく年くる年 Hello,X'mas〜(2002年)主演:今井雅之
0.5ミリの遠距離恋愛(2003年)主演:一色紗英
パルコ劇場プロデュース GOOD(2004年)主演:西村雅彦
だめんずうぉ〜か〜(2006年)演出:鈴木おさむ

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松本 人志(まつもと ひとし、男性、1963年9月8日 - )とは、日本のお笑い芸人である。通称は「松ちゃん」、子供の時のあだ名は「まっつん」。兵庫県尼崎市出身。血液型B型。左利き。3人兄弟の末っ子(次男)。現在、独身であり未婚。身長172cm。

お笑いコンビ・ダウンタウンのボケ担当。相方は「浜ちゃん」こと浜田雅功。1983年デビュー。吉本興業(大阪本社)所属で、吉本総合芸能学院(NSC)の第1期生。


概要

1990年代以降、お笑い界のみならず世間一般の「お笑い」そのものに対する考え方や価値観に大きな変革をもたらし、今なお絶大な影響力を与え続けるお笑い芸人。その攻撃的かつアーティスティックな笑いを職人の様に作り出す姿勢から、同業の芸人にはもちろんのこと、ミュージシャンや俳優、作家など各界著名人にも多くの熱烈なファンを持つ。

瞬間的な発想力に長け、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ)でのフリートークにおける、視聴者からの質問にその場で思いついた解答を出して笑いを取るというスタイルは、いわゆる創作的なニュアンスが強い「漫才」そのものの概念を壊し、立川談志や笑福亭鶴瓶から「ダウンタウンが漫才を殺した」と逆説的な賛辞を受けた。また、同番組の制作会議ではスタッフとの何気ない会話から自身が思いついたことを次週の企画として決定することがしばしばあり、同番組プロデューサー・菅賢治は自著(「菅ちゃんの笑ったもん勝ち」1996年/ごま書房)の中で「色んな芸人さんを見てきたけど、彼(松本)は別次元の芸人」と評している。また、漫才出身だがコントの評価も高く、演じ方にも身が入っており、そのスタイルを自らのラジオで「憑依芸」「憑依芸人」と名づけて語った。他に志村けん、内村光良の名を挙げている。

既存の言葉を独自の意味・用法で使うセンスに優れる。松本が広めたと言われる「笑えない、面白くない」意味での「寒い(サブい)」や「落胆する」意味の「ブルーになる」、自分の非を咎められキレることを意味する「逆ギレ」、痛々しい様や哀れを意味する「イタイ」、また性癖に限らず人をとSとMに分ける発想などは、今や日常レベルの日本語として定着しつつある。

自身のレギュラー番組や舞台などには演者としてだけでなく、制作にも積極的に関わる。「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ)やその他ソロで行ったコント制作においては、放送作家が書いた台本を基にして内容を構築していくという従来のコント制作とは一線を画し、松本の発想により作り上げられたものが多い。数々の共演を果たした東野幸治によると、作られた台本も現場において更に変更され、共演者は事前に台本は読まず、松本の口伝により台詞を覚えるという事が、松本コントの常道であったと語る。

過度の編集によりウソで形作る番組制作の手法(いわゆる「やらせ」の一種)を嫌っている。かつて演芸番組に出演した際、ある若手の芸人がネタが滑っていたのにも関わらず「ダウンタウンのライバル」扱いされており、本放送の中でもダウンタウンがネタをやったときと同じくらいの拍手が編集で足されていたことや、1994年10月に放送された「FNS番組対抗!なるほど!ザ・秋の祭典スペシャル」(フジテレビ)の編集で映像をつなげて他の芸人のネタに松本が爆笑しているかのように見せる編集などに憤りを感じた、と自著の中で語っている。

また、時折身内をネタにし、自身の出演するテレビ・ラジオ番組にも出演させることがあり、漫才やコントまで披露した事もある。


略歴

1982年に兵庫県立尼崎工業高等学校を卒業後、中学時代からの友人であった霤腸躙に誘われ、開校間もない吉本興業のタレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)に入学。同校の1期生となる。霤弔肇灰鵐咾魴訐し、1983年にデビュー。NSCの同期にトミーズ・ハイヒール・内場勝則らがいる。
デビュー後数年はなかなか芽が出ず、同期の芸人たちに遅れをとったものの、1987年から始まったレギュラー番組「4時ですよーだ」(毎日放送、関西地区ローカル)で人気を博した。それから程なくして東京に進出し、フジテレビの深夜番組「夢で逢えたら」などを経て全国区の知名度を得る。
1989年10月から「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ系列)、1991年からは「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ系列)と冠番組が次々スタート。松本自身は出演のほか番組の企画・構成も担当し、お笑い芸人としての腕を磨いていった。
1994年から1995年にかけて、松本が週刊朝日に連載していたエッセイを単行本化した「遺書」「松本」がタレント本としては異例のベストセラーになった。「遺書」は250万部、「松本」も200万部の売り上げを記録。これにより1994年度の高額納税者番付でタレント部門の1位に輝く。それ以来現在も、相方・浜田と共に番付の常連として毎年必ず上位に顔を出している。
1990年代後半にはコンビを離れて個人での活動も目立った。テレビ番組「一人ごっつ」シリーズ(フジテレビ系)、入場料1万円のコントライブ「寸止め海峡(仮)」、観覧後観客に値段を決めてもらうという異例の料金後払い制ライブ「松風'95」、オリジナルコントビデオ作品「松本人志VISUALBUM」など、精力的に作品を作り続けていった。
1997年10月、「ダウンタウンのごっつええ感じ」スペシャルが、プロ野球・ヤクルトスワローズの優勝決定試合の生中継に急遽差し替えられた。出演者に全く事前連絡がなかったことに対して、松本はフジテレビ側に強く抗議し、「番組に対するボルテージが下がった」として自ら突然の打ち切りを発表。これ以降、フジテレビとの関係悪化も懸念されたが、他の仕事に影響はなかった。この事件に関して松本は「最終的には打ち切ったのは自分。これでおあいこ。フジに恨みは無い」と語っている。
1998年夏、「ガキの使い」内のトークコーナーにおいて「髪を坊主にしたい」と宣言し、その直後に実際に頭を丸め周囲を驚かせた。これ以降松本は坊主頭がトレードマークとなっている。これ以降、著書などでついてしまったイメージを良くも悪くも一新した。
相方の浜田が時折テレビドラマに出演する一方で、松本はドラマに出ない姿勢を貫いていたが、2000年に自身の原案で『伝説の教師』(日本テレビ系、SMAPの中居正広と共演)に主演。松本本人のキャラクターと重なる型破りな教師を演じ、高い評価を得た。
2001年10月12日、復活スペシャルと題して放送された「ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル」が9.0%という低視聴率に終わり、雑誌等のインタビューで「本当に面白い事はテレビではもう出来ないと悟った」「需要がないのにやっても仕方ない」と語った(ちなみに同番組は後にDVD化されヒットセールスを記録)。また、2006年4月から第2日本テレビにおいてVODにて新作コント「Zassa(ザッサー)」を配信している。
近年は、構成作家の高須光聖と出演しているラジオ番組「放送室」(TOKYO FM)において、私生活や自身の昔話などを赤裸々に語っている。中でも2003年12月には「高須ちゃん生誕40周年祭り」として武道館での公開録音(無料)を行い、共通の幼馴染3人(サプライズで浜田も登場)も参加し、3週に渡って放送された。
2006年1月、さまぁ〜ずの三村と組んでコントを披露したが、シュールなネタであり、会場の客に女性客が多かったためか、ブーイングを受けた。当人は勿論、審査員であった志村けんも何故ブーイングが起こったのかわからない様子であった。


お笑い芸人としての原点

少年時代に漫画「天才バカボン」(赤塚不二夫作)が大好きで、自身も真似して漫画を描いていた。また赤塚の弟子であるとりいかずよしの「トイレット博士」にも影響を受けたという。

父親の仕事の関係上、様々な公演チケットがよく手に入る環境にあり、吉本新喜劇などの舞台をよく観に行っていた。テレビのバラエティ番組も好きで、ザ・ドリフターズなどの番組もよく観ていたほか、笑福亭仁鶴らの落語も聴き、これらでお笑いの基礎を自然に学んでいった。また観るだけでなく学校の友人と漫才コンビを組んで実際に人前で演じるなど、小中学校の多感な時期をお笑い漬けの環境で過ごした。

あまり裕福な家庭ではなかったため、家庭の用事を手伝うなど手が掛からない子供であり、限られたものを使って自分で遊びを発明するなど創意工夫の中で発想力や想像力が鍛えられた。また兄の影響で早い時期から大人の文化に触れる機会が多かったという。

高校卒業後は印刷会社への就職が決まっていたものの、友人であった浜田が競艇選手の試験に落ち、その同時期にNSCの開校という偶然が重なり、お笑いの世界に飛び込んだ。吉本に入った当初は漫才ブームの過渡期であったこともあり、様々な舞台で多くの先輩らの漫才を見て学んでいった。


人物像

特技は自動車の運転、縦列駐車。趣味はビリヤード、ゲーム。
フィンセント・ファン・ゴッホとアンネ・フランクを敬愛している。事実、松本に密着したドキュメンタリー番組『松本人志の本当』(1999年/NHKBS)では実際にオランダへ出向き、アムステルダムにあるゴッホ美術館とアンネが実際に「アンネの日記」を綴った場所であると言われている隠れ家を訪れている。

尊敬する芸人は志村けん、島田紳助、大竹まこと、そして相方の浜田雅功。志村けんについては「年をとってもコントが出来るんだから凄い」「お笑い一筋で浮気をしない」、島田紳助については「引き芸だから損はしているだろうが他人を面白く見せる技術は凄い」と絶賛している。大竹まことに関しては、「あの犯罪者のような毒気、畳の上では往生できないような雰囲気は芸人として見習うべきだ」と述べた。また、自身の著書「遺書」には「ダウンタウンDX」で紳助と共演した際に「ダウンタウンに漫才では負けた」と素直に負けを認めたところが格好良い、と書かれている。また「松本」に藤山寛美を絶賛する記述も見られる。

アダルトビデオ好き。写真週刊誌FLASHにてアダルトビデオを借りる姿が掲載されたこともある。掲載された写真がカメラマンが撮影したものではなく、店舗の監視カメラ映像を掲載したことに怒り、FLASHの発行元の光文社らを訴え、2006年3月31日に勝訴した。監視カメラの映像で報道される前例を作ると、芸能人は完全にプライバシーを失ってしまうため訴えた、とプレイボーイで連載しているコラムでその理由を述べた。松本紳助でも「テレビでアダルトビデオを買ったりしているのも言っているのに撮る意味がわからない」と怒りを露にした。

AV女優・松本コンチータの名付け親(松本のファンである本人が「松本」姓をもらう許可を得た。コンチータは”立チンコ”を並び替えたもの)である。松本コンチータの名前の一件は「ダウンタウンの素」に素人としてハガキを送ってきたコンチータのネタが採用され、生電話で決まったもの。

風俗好き。1日に3軒をハシゴして自己嫌悪に陥ったことがあるとガキのトークでギャグにしている。しかしながら、ソープランド等の女性と直接性交渉をすることを目的とする風俗は好まず、性感マッサージ一辺倒で、性感嬢は職人だと絶賛している。また、以前コントの衣装から毛じらみをうつされた経験があり、一時期自身の番組などで何度もネタにしていたためか、「毛じらみ」が彼の代名詞になった。完治したはずの今でも、ごくたまに毛じらみを発見する事があるらしい。

売れる芸人の三要素、として「ネクラ」「貧乏」「女好き」を挙げている。「自分はこの三つを満たしているからここまで凄い芸人になった」、という発言もしている。

若手時代にやすし司会のザ・テレビ演芸に出演したところ、親を小馬鹿したネタについてやすしに壁に叩きつけられ「そんなもん漫才やない。チンピラの立ち話やないか!」と言われた事に対して、自著で「あの時殴っておけば良かった」と発言。後に「ごっつええ感じ」においてコント「やすしくん」が好評となり、シリーズ化されたものの、最終話放送数日後にやすし死去。このため、やすしの芸を認めるファンや、やすしの身内から、コント「やすしくん」が松本によるやすしへの報復と敵視され、マスコミからも大変なバッシングを受けた。テレビ番組のひとつのコントに対して、制作著作のフジテレビでもなく、同じく制作著作にかかわる吉本興業でもなく、冠であり所属するダウンタウンでもなく、発案者であり演技者であるとはいえ、一出演者に過ぎない一個人である松本人志が集中砲火を浴びたというのも、彼の存在感ゆえの出来事だったと言える。ちなみに当時、この件については一切ノーコメントを貫いた。後に「どんなに論理的に説明することができても、一度生まれた悪意は消えないから」と対マスコミに対して会見をひらかなかった心情を吐露している。

いわゆる「長者番付」の常連でありながら、安価な食べ物を好み、どん兵衛とペヤングソース焼きそばが大好物。また、後輩芸人たちと食事に行き、数百円のチャーハンを食べて「世界一うまいなぁ」と感動し、雨上がり決死隊の宮迫博之から「やっすい舌!」と呆れられた事もある。後輩たちと旅行に行った先での夕食がどん兵衛だったこともある。これを逆手に取って「超ドケチ芸人」「おちょこ」(器が小さいという意味)と自虐ネタも披露している。ガキの使いで「松本ドケチ裁判」が開かれ、松本のドケチぶりが暴露、その裁判で自腹で百万円分の打ち上げ花火を購入し打ち上げることになった。その背景には、幼い頃、裕福な家庭ではなかった事や「4時ですよ〜だ。」でブレイクするまで苦労があった為である。しかし一方では、高級車を2週間で買い換えたり、イタリアの高級家具カッシーナの数百万円のソファーを購入したり、後輩への引っ越し祝い(テレビ、冷蔵庫、洗濯機、ソファー等)は欠かさない。また大先輩西川きよしの新築祝いには、一枚ものの立派な卓を送り、大変感激したときよし師匠自らテレビで発言している。また島田紳助が出資しているお好み焼き屋の開店祝いには、紳助から請われた名前入り青海苔を進呈している。

プロ野球嫌いで有名だが、小学生の頃は中日ドラゴンズの帽子を被っていた。これは、周囲の子どもが皆巨人の帽子を被っていたからという天邪鬼な性格故の理由のほかに、当時中日で活躍していた“まつもとるきつら”という自分と同じ苗字で変わった名前の投手の、捕手からボールを受けたらすぐに投げる投球スタイルが好きだったから。ちなみに“まつもとるきつら”とは松本幸行(まつもとゆきつら)のことである。

どちらかというとインドア派だったが、2005年の誕生日にメールが一件しか来てなかったことにショックを受け、一念発起。「これからはアウトドアになる」という松本の発言に島田紳助は「やっと来たか!」と感動していた。

ファッションについてもこだわりがあるようで、夏はBVDの白いTシャツにジーンズだけという非常にシンプルなもの。番組では相方浜田のラフな服装に対して、松本はスーツを着用することが多く、ネクタイの先をズボンに入れるのが独自のスタイルとなっている。1995年には、番組が用意したアディダスのジャージを着用する松本を、爆笑問題太田光が「アディダスの広告塔」と揶揄したことがあり、今田耕司や板尾創路らが激怒。太田を呼び出し「土下座するか、芸人を辞めるか、今すぐ鉄パイプイスで殴られるか、どれか選べ!」と三択をせまり、土下座させたと週刊誌に書かれたこともある(週刊誌に書かれた記事については、太田夫人であり爆笑問題が所属する芸能プロダクションタイタンの社長でもある光代夫人自ら、記事内において完全否定)。デビュー当時は、当時流行っていたDCブランドのスーツが大好きで、ラジオ番組でファンと登山に行くという企画のときもスーツで現れ、スタッフやファン、浜田を引かせたという逸話がある。東京進出のころからジーンズにジャンパーなどのラフな服装にシフトし、その後は「ガキの使い〜」の収録などではジャージ姿で出演することも少なくない。坊主にしてからは、BVDのTシャツにジーンズが、彼のトレードマークにもなっている。冬季にはBVDの上にアディダスやナイキのジャージがおなじみである。しかしながら2006年夏、7年続いたBVDファッションも少し変えて行きたいと発言している。

かつてはヘビースモーカーとして有名で、嫌煙家協会から毎年禁煙啓蒙のために発表される喫煙者ランキングの常連であり、著書などにも禁煙に対しての激しい怒りをつづっていたが、心機一転2003年に禁煙成功。禁煙のきっかけを、一時期禁煙に成功していた島田紳助の勧めと勘違いされてるが、本当のきっかけは日本テレビの土屋氏。ちなみに2006年現在紳助氏、土屋氏ともに禁煙を断念したが、松本は現在も全くタバコを吸っていない。また、2005年には嫌煙家協会から卒煙表彰の申し出があったが、松本からのリアクションは全くない。

THE HIGH-LOWS(元THE BLUE HEARTS)の甲本ヒロトと親交がある。滅多にテレビに出ない甲本と自身の番組中で何度も共演しており、また松本も、ハイロウズのアルバムジャケットのデザインを手がけたり、CMに出演するなどしている。ヒロトが作詞した「日曜日よりの使者」は松本のことを歌っているといわれている。

佐野元春について自身のラジオ番組で「(日本の音楽界への貢献を)もっと評価されていい人」と語り、TV番組「4時ですよーだ」では佐野の楽曲「Young Bloods」を歌唱するなど好意的。またデビュー間もない頃の舞台での出囃子に同じく佐野の楽曲「ダウンタウンボーイ」を用いていたことがあるなど、少なからず関わりがある。

好きなアニメは「怪獣王ターガン」(特にヒューヒュー・ポーポー)「宇宙の騎士テッカマン」「科学忍者隊ガッチャマン」。特撮では「仮面ライダー」「スペクトルマン」「超人バロム・1」。バロム・1については、懸賞で実物大ポスターが当たり部屋に貼ったところ、「これチンコふくれとるがな」と父親に指摘されたことが心の傷となる。

あだち充作の野球漫画「タッチ」もお気に入り。描かれている世代がちょうど同世代の為、わが青春を彷彿すると語る。

好きではないカラオケだが、付き合いで行くと必ず歌うのが、さだまさしの道化師のソネット。詩に共感を覚えると語っている。

いがらしみきお作品については自分に似た世界観を認め、「似てると言われるのもわかる」「ぼのぼのみたいな路線に行ってしまったのもしょうがない」と理解を示している。


作品

松本人志個人での出演、監督作品を記載。ダウンタウンとしての出演作品はダウンタウンの作品の項目を参照。


アニメ

きょうふのキョーちゃん

フジテレビ系の番組ダウンタウンのごっつええ感じ内で放送されたアニメ。詳細は別項目で参照。


映画

サスケ(2001年)

日本テレビ系のバラエティ番組「進ぬ!電波少年」にて企画されたショート・ムービー。あるアメリカの一般家庭にベビーシッターとしてやって来た、松本扮する忍者「サスケ」が一騒動巻き起こすというもの。アメリカ人を笑わせる事を目的として制作されたため、松本自身が求めているお笑いとは全く異なる作品であり、松本自身も全編英語で話している。そのことを松本自身は「自分の力の65%くらいでやるとちょうど良い。ただ、手を抜いてという事ではなくて、65%を本気でやる」と語っており、たとえ外国向けであっても松本の笑いに対する真摯な姿勢がうかがえた。この「サスケ」は現地のアメリカ人200人に向けて上映し、「個性的で面白い」「今までに見たことのない笑い」と好評を得た。

松本人志と高須光聖が出演するラジオ番組「放送室」によると松本が監督を務める映画が進行中であるが、詳細は伏せられたままである。すでに判明してる事項は以下の通り。
クランクインは2005年12月、東京タワーで撮影。
監督の松本も出演し、放送作家の倉本美津留、高須光聖らも参加。
公開は遅くても2008年以前。


インターネット配信

ザッサー (2006年)

第2日本テレビで配信されるVODオリジナルコント。企画構成・松本人志。出演は松本人志、板尾創路、宮川大輔。


ビデオ

ダウンタウン松本人志の流 頭頭(とうず)(1993年7月9日)

オリジナルビデオ作品。松本が監督・主演を担当。

寸止め海峡(仮)(1995年1月20日)

同名の松本人志1万円ライブのビデオ。

松本人志のひとりごっつ 其ノ一〜其ノ九(1997年)
松本人志 VISUALBUM Vol.りんご「約束」(1998年)
松本人志 VISUALBUM Vol.バナナ「親切」(1998年)
松本人志 VISUALBUM Vol.ぶどう「安心」(1999年)
わらいのじかん(2000年)
わらいのじかん2(2000年)


DVD

松本人志自選集「スーパー一人ごっつ」Vol.1〜5(2002年 - 2003年)
HITOSI MATUMOTO VISUALBUM 「完成」(2003年)

松本人志のオリジナルコント集「VISUALBUM」全3巻をDVD化。メイキングや会議風景、「ZURU ZURU」ロングバージョン、「日影の忍者勝彦」のPVなどを収めた特典ディスク「Vol.メロン」と合わせて4枚組の限定版BOX仕様。


HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.りんご「約束」

「VISUALBUM」第1弾。「システムキッチン」「げんこつ」「古賀」「都…」「ミックス」を収録。

HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.バナナ「親切」

「VISUALBUM」第2弾。「ZURUZURU」「マイクロフィルム」「む゛ん」「いきなりダイヤモンド」「ゲッタマン」を収録。

HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.ぶどう「安心」

「VISUALBUM」第3弾。「診療室にて…」「寿司」「巨人殺人」「荒城の月」「園子」を収録。

働くおっさん人形(2003年)
人志松本のすべらない話(2006年6月28日)


音楽作品

作詞家としてデビュー作は夢で逢えたらで作られた「甘茶でかっぽれ」
1993年に番組の企画で作詞し、所ジョージが作曲したバラード・「ラブハンター」を唄・浜田雅功でCDリリース。
坂本龍一・テイトウワのプロデュースで相方の浜田雅功と「GEISHA GIRLS (KEN&SHO)」として、1994、1995年にCDを発売する。
浜田が小室哲哉と組んだユニット「H jungle with t」で「NHK紅白歌合戦」に出演した際、松本が突如GEISHA GIRLSの衣装で現れ、思わぬ紅白初出場を果たす。ちなみにギャラは5万円だったらしい。
1997、1998年にはダウンタウンを中心としたユニット「エキセントリック少年ボウイオールスターズ」「日影の忍者勝彦オールスターズ」で作詞を担当。
2001年には吉本興業所属のお笑い芸人によるユニット「Re:Japan」の一員として、CD「明日があるさ」を発売する。
2004年11月17日、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(フジテレビ系)から生まれたユニット「浜田雅功と槇原敬之」のデュエット曲「チキンライス」の作詞を担当。歌詞は松本が幼少時代の出来事を歌詩にしている(作曲は槇原敬之が担当)。この歌詞の内容を見た槇原は、感動して泣いたほど。


食玩

松本人志 世界の珍獣(2003年)


キャラクター

サザエボン

サザエさんとバカボンのパパが合体したキャラクターを「4時ですよーだ」のワンコーナーで考案。数年後、このキャラクターを無断で使って商売をする心無い業者が現れ、この業者は長谷川町子・赤塚不二夫サイドに著作権法違反で訴えられた(この裁判と松本は関係ない)。このほか、松本は大喜利コーナーなどでぐったりしたパンダを書いたこともあるが、その数年後に「たれぱんだ」というキャラクターが商品化され、「あれは絶対オレのパクリや!」と激怒したが、「本当に訴えるのも恥ずかしいな」と訴訟はしていない。ちなみにその回で松本が回答したネタは「ぐったりパンダ」「首とれかけパンダ」「パンダの半ちゃん(内臓が見えている)」


出演

松本人志個人での出演作品を記載。ダウンタウンとしての出演作品はダウンタウンの出演の項目を参照。


テレビドラマ

竜馬におまかせ!(1996年、日本テレビ、「町娘」役;友情出演)
伝説の教師(2000年、日本テレビ、南波次郎役)
明日があるさ(2001年、日本テレビ、「謎の男」役)


バラエティー

一人ごっつ(1996年 - 1997年、フジテレビ)
新・一人ごっつ(1997年、フジテレビ)
松ごっつ(1998年、フジテレビ)
わらいのじかん(1999年 - 2000年、テレビ朝日)
わらいのじかん2(2000年、テレビ朝日)
松本紳助(2003年4月から松紳)(2000年 - 2006年、広島テレビ→日本テレビ)
M-1グランプリ(2001年 - 、朝日放送)
サイボーグ魂(2002年 - 2003年、TBS)
働くおっさん人形(2002年 - 2003年、フジテレビ)
モーニングビッグ対談(2003年、フジテレビ)
人志松本のすべらない話(2004年 - 、フジテレビ系)
ちちんぷいぷい(スタジオ乱入)


舞台

寸止め海峡(仮)(1994年)

入場料1万円の「演者が客を選ぶ」ライブ。今田耕司・板尾創路らが出演。

松風'95 (1995年)

スライド写真にコメントを付ける形式の単独ライブ。入場料を観客の評価に委ね、見終わった後に出口で払ってもらう「料金後払い制」をとった。


ラジオ

放送室(2001年 - 、JFN)


CM

コカコーラ、缶コーヒー「ジョージア ZOTTO」(1996年)
ツーカーカンパニーイメージキャラクター(2003年 - )
サントリー、ビール「スーパーブルー」(2005年)
玉姫殿
ザ・ハイロウズ、ベストアルバム「FLASH 〜BEST〜」(2006年)


著書

遺書(1994年、朝日新聞社)ISBN 4022568097
松本(1995年、朝日新聞社)ISBN 4022568984
松風'95 HITOSHI MATSUMOTO 4D-EXPO(1996年、朝日出版社)ISBN 4255960097
「松本」の「遺書」(1997年、朝日新聞社、上記2作の文庫化)ISBN 402261191X
松本人志 愛(1998年、朝日新聞社)ISBN 4022573007
松本坊主(1999年、ロッキング・オン)ISBN 4947599626
伝説の教師(2000年、ワニブックス)ISBN 4847013506
図鑑(2000年、朝日新聞社)ISBN 4022575506
松本紳助(2001年、ワニブックス)ISBN 4847014154

テレビ番組「松本紳助」50回分の放送内容を収録。

松本シネマ坊主(2002年、日経BP社)ISBN 4822217337

日経エンタテインメントで連載する映画批評を単行本化

哲学(2002年、幻冬舎)ISBN 4344001664

松本紳助の第2弾。

松本裁判(2002年、ロッキング・オン)ISBN 4860520025
裏松本紳助(2002年、ワニブックス)ISBN 4847014731

テレビ番組「松本紳助」51回〜103回分の放送内容を収録。

プレイ坊主 松本人志の人生相談(2002年、集英社)ISBN 4087803643
放送室(2003年、TOKYO FM出版)ISBN 4887450834

2001年10月開始。高須光聖をパートナーに現在も続くラジオ「放送室」のトーク集。

放送室の裏(2003年、ワニブックス)ISBN 4847015150

トークに頻繁に登場した尼崎の同級生3人が、人間・松本人志を語る。高須光聖が徹底取材。

定本「一人ごっつ」(2003年、ロッキング・オン)ISBN 4860520246
松紳(2004年、ワニブックス)ISBN 4847015592
好きか、嫌いか - 松本人志の二元論(2004年、集英社)ISBN 4087804011
放送室 その2(2005年、TOKYO FM出版)ISBN 4887451199
シネマ坊主2(2005年、日経BP社)ISBN 4822217442
好きか、嫌いか2 - 松本人志の最終裁判(2005年、集英社)ISBN 4087804224


関連書籍

吉本興業・松本人志未公認

怪人・松本人志の謎(1995年、コアラブックス)ISBN 4876932611
怪人・松本人志のホンマごっつ(1998年、コスミックインターナショナル)ISBN 4885328500
松本人志ショー(1999年、河出書房新社)ISBN 4309263712
松本人志 尼崎青春物語(2003年、コアハウス)ISBN 4898091393


連載

松本人志のプレイ坊主(週刊プレイボーイ、集英社)
松本人志のシネマ坊主(日経エンタテインメント!、日経BP)

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矢作 兼(やはぎ けん、1971年9月11日 - )は、東京都豊島区池袋出身のお笑い芸人である。おぎやはぎのツッコミを担当し、相方は小木博明。血液型はA型。プロダクション人力舎に所属する。 東京都立北野高等学校卒。本名は松嶋 兼(まつしま けん、旧姓:矢作(母親の再婚相手が「松嶋」姓。「矢作」の姓は母親の実家の姓。3歳までは実父の「渡辺」姓だったので「渡辺兼(わたなべ けん)」であった)。3歳年上の姉が居る。


人物

1995年コンビ結成。彼も小木と同じで芸人になる前は会社員であり、英語が必須である海外と取引のある商社に勤務していた。だが英語が苦手で、両替の際、"Change my life"と言ったことがある。
役割はツッコミでネタ作りも行う。独特なスピードで展開されるので、低いトーンでつっこむのが特徴。お互いを褒めあう姿がよく見られる。
立ち位置は右で背の小さい方であり、滑舌の悪い方でもある。
眼鏡を外したら老けて見えるので一瞬誰だか分からないことがある。(風見しんごに微妙に似ている)だが、学生時代は意外にも端正な顔立ちであった。
実父は山梨県富士河口湖町在住。兼(けん)を「動物園に連れて行く。」と言って競馬場に連れて行く程のギャンブル好きで、それに愛想を尽かした母親が兼が3歳の時に離婚。
一時期、矢作の母親の再婚の際にコンビ名が「おぎまつしま」になりそうなことがあった。
母親によく「池袋でお母さんの恋人に会ってくれない?」と言われるそう。
須藤理彩が矢作のファンで、親友の寺島しのぶをライブに連れていったが、寺島はあまりのつまらなさにずっと寝ていた。
加藤浩次とは1990年代半ば以来の仲である。
加藤と仲良くなったきっかけは、素人時代に、行きつけの居酒屋でバイトしていた加藤に、矢作がいろいろ相談をしていた為である。
「おぎやはぎ」に「2人とも眼鏡をかけろ。」とアドバイスしたのは加藤である。
加藤のことを「コージ君」と呼んでいる。他には有田哲平らと仲が良い。
ゴルフ・サッカー・テニスも趣味にしていて、ゴルフのベストスコアは89(2006年11月現在)。
素人時代に、「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の「幸福の黄色いハンカチ」というコーナーに出演し、テレビで愛の告白をしたことがある。
極楽とんぼの吠え魂で「化けレポーター」として2000年12月に一度登場したが、2005年8月26日放送で再び登場し、心霊現象をリポートした。
上田晋也に対して陰口を言っている。チューボーですよ!に出演していた時に、堺正章に「俺、上田さん大嫌いなんですよ」と言った。その後、上田晋也から電話で「お前、あれはないだろう。俺がいる所で言え。」と怒られた。
また、ビリヤード暦18年でプロ級の腕前を持ち、リンカーンではビリヤードが趣味という松本人志に圧勝した。(浜田は一度も球を打てないまま終了。)
愛車はボルボ・XC90を所有。
2006年5月11日、彼女が出来た。出来る前は耳が汚れていたらしい。
彼女と日光に紅葉を見に行ったが、助手席で寝てしまい紅葉を見ることができず、ドライブしていた彼女に起こしてもらえなかったことを嘆いていた。
バナナマンの設楽統いわく「ナンバーワンのナンバー2」。「ナンバー2」とは自らが目立とうとするのではなく、他を光らせながらとてつもない存在感を出すことのできる芸人のこと。
準レギュラーの『くりぃむナントカ』ではプチドッキリのような形で何の前触れもなくビンタされたこともある。ナントカ1ミニッツに友近が挑戦したが失敗し、罰ゲームとして本来なら音声のスタッフによる強烈なビンタを喰らう所だが、有田哲平が友近は女性だから可哀想と判断し、別の話で寝て待っていた矢作(寝起き)は友近の代役としてビンタされた。
アメトークに出演した時、テレビ欄で「おぎ」と省略されて、不機嫌になったことがある。
2006年11月1日、第46回ACC・CMFESTIVAL テレビCM部門演技賞受賞(NTTドコモFOMAのCM演技に対して)。
「生まれ変わったら桜井さんになりたい」と発言する程Mr.Childrenの桜井和寿に憧れている。理由は、歌が上手くてカッコイイから。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONのファンでもあり、彼らのラジオ番組に出演したことがある。
2007年1月30日放映「リンカーン」(TBS)中の自らの企画・演出・プロデュース(という番組内での設定)のショートドラマで、水野美紀と40回キスをした。
アトピーを患っているが、自らそれをネタにする事がある。


単独の出演

テキトーTV(テレビ朝日、深夜単発枠)
怒りオヤジ3(テレビ東京、レギュラー)
ラブカツ(日本テレビ系、レギュラー)
とんねるずのみなさんのおかげでした(フジテレビ、オレとヤハギと、時々アンザイ・レギュラー)

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ますだおかだは岡田圭右と増田英彦からなる松竹芸能所属の漫才・お笑いコンビである。略称は「ますおか」。2002年M-1グランプリ王者。


メンバー

岡田圭右(おかだ けいすけ 1968年11月17日 - )大阪府大阪市中央区出身。血液型O型。
増田英彦(ますだ ひでひこ 1970年2月9日 - )大阪府守口市出身。血液型O型。


来歴

1988年大阪府枚方市にある関西外国語大学短期大学部穂谷学舎で同じクラスになり、出会う。

二人が2回生の時、増田が岡田を「芸能界」に誘うが、岡田が嫌がり、卒業後、増田は関西外国語大学に3年編入学、岡田は国際外語専門学校へとバラバラになる。
増田は4回生で学園祭実行委員となり、イベントの司会などをしているところを、松竹芸能のマネージャーの目に止まり、スカウトされる。再び岡田を芸能界に誘い、なんとか2人で松竹芸能タレント養成所に通うが、3ヶ月後、岡田がやはり嫌がり、増田は広告代理店「大広」、岡田は文具メーカー「クツワ」へと、内定していた就職先に就職し、再び2人はバラバラになる。
就職して4ヶ月たったある日、短大時代の友人の結婚パーティーで久しぶりに2人は再会。「サラリーマンの仕事がおもしろくない」ともらした岡田を増田が遂に口説き落とした。

1993年1月、2人は脱サラして、正式に松竹芸能タレント養成所に入所し、コンビを組む。
1994年1月、第15回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞。
1994年2月、第24回NHK上方新人コンテスト最優秀新人賞。

(松竹芸能の芸人初の最優秀新人賞獲得。)

1994年8月、GAHAHAキング(テレビ朝日)で10週勝ち抜き、第3代チャンピオンの座に輝く。グランドチャンピオン大会では爆笑問題と同点優勝し、「(関)西の爆笑問題」と呼ばれたことがある。
1994年4月8日、超若手の時代に特別番組としてオールナイトニッポンの2部(25:00〜27:00)を担当し、当番組のプロデューサーに「いいね!ますだおかだ!秋から2部のレギュラーパーソナリティをやろうか!」と言われ、それが初の東京でのレギュラー番組の仕事となるはずであった。ところが、プロデューサーが人事異動となり、オールナイトニッポンのレギュラーパーソナリティを逃している。さらに、1998年ごろにも特番として担当した際にもプロデューサーから「4月からやろうか」と言われたが、またもプロデューサーの人事異動によりレギュラーを逃しており、2006年4月にようやく念願のオールナイトニッポンのレギュラーパーソナリティーを務めることになった。
1996年、「ボキャブラブーム」や「吉本2丁目芸人ブーム」に挟まれ、東京移転や吉本興業移籍さえ真剣に考え始めた頃、スタートした爆笑オンエアバトル(NHK)に参戦し、正統派漫才を武器に連勝を重ね、1999年には史上初となるパーフェクト(545キロバトル)を達成。その後も高得点を連発し、17戦全勝の記録を樹立した(後にタカアンドトシが18戦全勝の記録を樹立)。
2001年、M-1グランプリ準決勝で、松竹芸能所属芸人として初めてなんばグランド花月の舞台に立つ。
2002年、本命と言われた第2回M-1グランプリの最終決戦でフットボールアワーを破り(決勝ではフットボールアワーに次いで2位通過だった)優勝。デビュー後10年以内の制限(現在は10年目までだが、当時のルールでは事実上9年目までだった)があり、これが最後のチャンスだった。優勝直後のシャンパンファイトでコメントを求められた増田は、「テレビに出てるだけが面白い芸人じゃありません。ライブにはいっぱいおもろい芸人がいます! テレビだけでなく、皆さんライブを見に来てください!」という熱い名言を残す。同年本格的に東京進出。
漫才の冒頭で「吉本興業のますだおかだです」とボケたり、「松竹芸能のますだおかだです」と皮肉っぽく自己紹介することがある。2001年、2002年M-1グランプリでもこれを連発し、審査員からは逆に好評だった。これは松竹芸能と吉本興業のライバル関係を意識したものであり、それだけに、吉本興業が主催するM-1グランプリで彼らが優勝したことは、松竹芸能にとっては記念碑的な出来事ともいえる。
安田大サーカスの名付け親でもある。結成当時の3人を見た岡田の「サーカスが来た」との発言がきっかけ。
餃子の王将堺浜寺店・若江岩田店に、彼ら考案の「ますおか丼」がある。
増田が浜田省吾の大ファンであり、浜田本人とも交流がある。浜田はますだおかだの漫才を「トラッドでラディカル」と評している。
バラエティー番組で島田紳助と共演すると「こいつら松竹やで」等と所属事務所が松竹芸能であることをよくネタにされる。
globeのKEIKOがますおかのファンで交友関係があり、小室哲哉との結婚披露宴に呼ばれ2人は出席したこともある。
aikoは昔、ますおかの出待ちをしたこともあるくらいファンだった。
2007年2月27日放送の第7回お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャルで、決勝で神奈月を破り、悲願の初優勝を果たす。


受賞歴

第15回「ABCお笑い新人グランプリ」最優秀新人賞(1993)
第24回「NHK上方漫才コンテスト」優秀賞(1994)
第29回「上方漫才大賞」新人奨励賞(1994)
第36回「上方漫才大賞」奨励賞(2001)
第30回「上方お笑い大賞」話題賞(2001)
平成13年度「咲くやこの花賞」大衆芸能部門(2001)
第37回「上方漫才大賞」大賞(2002)


その他

GAHAHAキング(テレビ朝日)第3代チャンピオン(1994)
爆笑オンエアバトルにて史上初となるパーフェクト(545キロバトル)達成(1999)
第1回「オートバックスM-1グランプリ」第4位(審査員票のみでは第2位)(2001)
第2回「オートバックスM-1グランプリ」優勝(2002)
爆笑オンエアバトルゴールドバトラー,最多連勝記録


出演している番組


テレビ番組

笑いの金メダル(ABC系列)
金曜かきこみTV(『B&S』(2005年までは「ボケル・スベル」と呼ばれた)で出演、NHK教育テレビ)
ますおかの完パケましょう(CS放送・ファミリー劇場)    
晴れ・どきドキ晴れ(CBCテレビ、中京ローカル)
ますだおかだ角パァ!(ABC朝日放送)
野球狂のネタ(関西テレビ)
アッコにおまかせ!(準レギュラー、TBS)
双方向TV 地球☆ゴーラウンド(準レギュラー、NHK BShi)
小倉智昭の特命調査隊!国民は怒っているぞ!血税バラまき真相SP(特番、テレビ朝日)


岡田単独

ラジかるッ(月曜日、日本テレビ)
テキトーTV(深夜単発枠、テレビ朝日)
晴れたらイイねッ!Let'sコミミ隊(日曜日、フジテレビ)


ラジオ番組

ぷらっと☆ホーム(水曜日MBSラジオ)
ますだおかだのオールナイトニッポン(オールナイトニッポン金曜日、ニッポン放送)


岡田単独

目からウロコ!24(金曜日、ニッポン放送)


連載コラム

「ますだおかだ増田のセンターマイク」(毎週日曜日発売デイリースポーツ全国版)


出演していた番組


テレビ番組

爆笑オンエアバトル(NHK総合)※545KBパーフェクト達成、オンエア率17/17 ゴールドバトラー達成

ますだおかだとしては勿論の事、前述「金曜かきこみTV」の企画で「青空プレタポルテ」として挑戦した事も。

エンタの神様(日本テレビ、キャッチフレーズ:漫才界のエース)出演2回 
ガハハKING(テレビ朝日)
BAN!BOO!ぱいん!!(よみうりテレビ)
いつでも笑みを!(関西テレビ)
ガラパゴス〜絶滅危惧品種保護委員会〜 (関西テレビ)
Jリーグ図鑑(関西テレビ)
森脇健児の切磋たく丸!(ABCテレビ)
にっぽん愉快家族(NHK総合)
F2スマイル(金曜日、フジテレビ)
ますだおかだのこれイチ!(よみうりテレビ)
っちゅ〜ねん!(金曜日、MBSテレビ)
銭形金太郎(テレビ朝日)
みんなの星(テレビ東京)
恋愛脳℃(TBS)
GIRLS A GOGO!(テレビ朝日)
テレビでラジオ!?土曜はパヤパヤ(チューリップテレビ)
ますだおかだの出たぁトコ勝負!(CSファミリー劇場) 


テレビドラマ

東京ミチカ
恋愛内科25時


ラジオ番組

ますだおかだのお笑いトルネード計画(TBSラジオ)
ヤンタンあそびのWA!!水曜日(毎日放送ラジオ)
MBSヤングタウン水曜日(毎日放送ラジオ)
OBCブンブンリクエスト火曜日(ラジオ大阪)
M-1通 ※2003年10月〜12月の期間限定(ABCラジオ)
ゴチャ2(火曜日、MBSラジオ)
どーだ!ますだおかだ(MBSラジオ)
ますだおかだのオールナイトニッポン(ニッポン放送)


増田単独

OBCブンブンリクエスト火曜日(ラジオ大阪)
知ってる?24時。(月曜日〜木曜日、ニッポン放送)


CM

カードローンRapido(北海道銀行・北海道ローカル)
ファースト引越センター
宝塚ファミリーランド
ワンダモーニングショット(アサヒ飲料:岡田のみ)
お笑いTYPHOON!(期間限定)


映画

レーシング・ストライプス(日本語吹き替え版)


舞台

丹下左膳(大阪松竹座)


著書

「ますだおかだの漫才タイガース」(2004年1月発売、宝島社)
「ますだおかだのお笑い大阪案内」(2004年3月発売、角川書店)
「ますだおかだの漫才詩」(2004年4月発売、幻冬舎;増田著)
「漫才少年」(2004年10月発売、ベストセラーズ)
「チクる!」(2003年8月発売、河出書房新社)
「爆笑オンエアバトル」1・2・3・4・5
「お笑いTYPHOON!」vol 1・2・3・8・12・14(エンタ-ブレイン)
「お笑いポポロ」vol 2・3


ディスコグラフィー

(CDは発売していない。以下はすべてDVD)

「爆笑オンエアバトル ますだおかだ」(2001年4月発売、ポニーキャニオン)
「M-1グランプリ2001完全版 〜そして伝説は始まった〜」(2003年12月発売、R&C)(一部のみ)
「M-1グランプリ2002完全版 〜その激闘のすべて〜」(2003年12月発売、R&C)(一部のみ)
「LIVE! チクる JAPAN TOUR 2004」(2004年12月発売、ソニーミュージックディストリビューション)(一部のみ)
「Shochiku Kadoza Live 松竹角座ライブ」(2005年7月発売、バップ)(一部のみ)
「Live!チクる 笑いのEXPO 2005」(2005年12月発売、ソニーミュージックディストリビューション)(一部のみ)


関連項目

漫才
日本お笑い史
お笑いタレント
大塚由美

関西で活躍するラジオパーソナリティ。2人と同じ関西外国語大学の出身で彼らの後輩にあたり、ちょっとした親交もある。

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藤本 敏史(ふじもと としふみ、1970年12月18日 - )は、大阪府寝屋川市出身のお笑い芸人。血液型はAB型。NSC8期生。お笑いコンビFUJIWARAのツッコミ担当で、相方は原西孝幸。愛称はフジモン。


来歴・人物

高校の同級生だった原西孝幸とともにNSCに入学したが、当時は原西とコンビを組むつもりは無く、ビジュアルの良い相方を探していたらしい。お笑いの賞レースの本番前日にネタ合わせをしようと原西に電話したところ、原西がやる気のない態度をとったためショックを受け号泣したこともある。

高校時代のあだ名はおとち。フジワラリゾートのコーナー名で使われた。
吉本印天然素材時代、メンバー内で人気のあった宮迫博之・宮川大輔にくっついて一緒にファンの声援を浴びていた。そういう態度を矢部浩之にたしなめられたり、また藤本が騒がしかったため、「お前うるさいねん」とキレられたりして泣いたことがある。また当時、ナインティナインにボケのつもりで暴言を吐き、岡村隆史が藤本を相当嫌っていた時期がある。現在は「めちゃイケ」に度々ゲスト出演するなど関係も修復され、岡村の方から買い物に誘うなどプライベートでの仲も良いようである。

大阪ローカルの看板番組(吉本超合金・大阪フジワラリゾートなど)では、本来ボケ担当の原西を凌駕するほどキレ味の良いボケ発言をし、おいしい所を残らず持っていくほどのパワーを有している。しかし、東京の番組ではなぜか本来の力量を発揮できておらず、共演者からは「寒い」「スベる」キャラ扱いされている。

母・勝子(かつこ)はリンカーンに出演した際、感想文を書くつもりが、あらすじを書いていた。
根は“気のいい兄さん”で、後輩からも慕われている。
キングコングの梶原雄太が休業した際、何度も梶原の携帯に電話し、家に呼び寄せた。「誰もいませんか?」と念を押す梶原を、「大丈夫やから」となだめ、泣き出した彼の悩みを聞いてやった。この当時のことは、キングコングが復活した際の「ナンバ壱番館」で藤本自身も話している。
ディズニーが大好き。東京ディズニーランドへ数え切れないほど行き、グッズも山ほど所有している。(レアグッズもあり)
プチ整形(鼻横の黒子を除去や眉毛部分に墨を入れる等、最近は鼻筋を通らせるために鼻にヒアルロン酸を注入している)を繰り返す程、美に対する執着心が人一倍強い。時に自分の顔を岩に例え「こんな岩みたいな顔して〜…って誰が岩だか言ってみなさいよ!」と一人ボケツッコミをすることもある。
ちなみにこのプチ整形には60万円以上費やしているらしい(本人談)。しかしめちゃイケの「恋のかま騒ぎ」のネタ作りのために行ったという説もある。
以前は黒門市場の一角にある2LDKのマンションに住んでいた。自転車を立ち漕ぎして仕事場に向かう姿が目撃されている。
KABA.ちゃんに本気で告白されたことがある。関西系テレビ番組の中でKABA.ちゃん自らが告白している。
携帯電話はブルーのSH700iSを所持している(リンカーンで発覚)。
爆笑問題の検索ちゃんで「検索ちゃんぴおん」になったゲストの1人。


TV

『夫婦。』(2004年TBSテレビ)

このドラマの監督は実のところ原西をキャスティングしたかったが、「FUJIWARA=原西1人のピン芸人」だと勘違いしたため藤本にオファーが来たという(めちゃイケ「恋のかま騒ぎ」で暴露された)。

『藤原紀香の1ボトル』(2006年関西テレビ・フジテレビ)

※コンビの仕事は、FUJIWARAを参照。

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浜田 雅功(はまだ まさとし、1963年5月11日 - )は、日本のお笑い芸人、俳優、歌手である。戸籍上の表記は霤 雅功(「浜」の字が異体字)。愛称は浜ちゃん。身長165cm。体重50kg(公称)。

大阪府大阪市浪速区生まれ、兵庫県尼崎市出身。吉本興業所属。日本を代表するお笑いコンビ・ダウンタウンの一人であり、ツッコミを担当。相方は「松ちゃん」こと松本人志。血液型はA型。趣味はゴルフ。

妻はタレントの小川菜摘で、これまでに1991年と1994年に2男をもうける。


人物

出版物や声優などタレント活動以外では「浜田」ではなく、戸籍上の表記である「霤帖廚妊レジットされる。
お尻の調子があまり良くなく(痔ろう)、常時青い座布団を敷いている。これは、テレビ番組やロケ時など、椅子などに座るシーンで確認できる。それが原因かは不明だが、番組中おならをすることが多くよく相方の松本人志から突っ込まれる(しかし松本も負けず劣らずよくおならをする。おそらく芸能界一おならをするコンビで、「芸能界のワンツーヘニッシュ」や「工業団地・尼崎の公害被害が原因」などとネタにしている)。また浜田の屁の臭いは激烈で、松本によると「嗅ぐと記憶が消える(「浜田の屁を嗅ぐ度に思い出が1つずつ消えていく」)」「浜田が屁をした後に家に帰るとその時間で時計が止まってた」「生まれてから一度も日本語を喋ったことのない外国人が『クサッ』と言った」等ギャグにされる程。
インスタントご飯は「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」の「ききインスタントごはん」以外では食べたことがない。ジョージアのCM出演経験があるにもかかわらずコーヒー嫌いでも有名で、子供っぽい食べ物が大好きなため(ハンバーグ、メンチカツ、焼きそば、ミルクティーなど。中でも焼きそばが一番好きらしい)、松本から「味覚バカ」「味覚が中学生」「ハンバーグに目玉焼きがのっていればテンション上がる」などと揶揄されている。
トマトが苦手。
絵が下手で、よく松本から「目がおかしい」と言われ、笑いのネタとして描いた絵を使われる機会が多い。ちなみに松本は、浜田の絵をバカ画伯と笑う一方で「浜田は絵は下手やけど、人の話を聞いた時に頭の中にちゃんと絵がかけてる」と賞賛している。
目が回らないことも有名で、回転椅子に乗って百回椅子を回された時には、口では目が回るとは言いつつも、その直後の走行においてはまったくそれを感じさせないような直進をみせた(実は自律神経が壊れているという疑惑がある)。
松本からは「サルの子」「チンパンジーみたいな顔」「子ゴリラ」「くちびるオバケ」「くちびるゴリラ」などと揶揄される事がある。また、素で不機嫌そうな顔は「ビーフジャーキーの天狗みたいな顔」とも揶揄された。
本人曰く、妻(小川菜摘)からは家で「マーちゃん」と呼ばれている。
先輩でも容赦なく平気でドツいたり、タメ口をきいたり、呼び捨てにしたりして突っ込みを入れることから、志村けんに「俺でもいかりやさんの頭を叩くのに何十年もかかった」と言われた事がある。 ただし勿論収録外では礼儀正しい対応を尽くしている。
ふくらはぎが非常に発達しており、松本に「ガンダム」「焼きタラバ」「石鹸が入ってる」といわれたことがある。
口や鼻、喉の感覚が鋭敏らしく、臭いものを嗅いだ時などはもちろん、鼻こよりや口に異物を入れるなど、ちょっとした事でよくえづく。ガキの使いの罰ゲームとして、このえづきで音階を収録して編集し、気持ち悪いカエルの歌などを作ったことがある。ちなみに、今までの人生で一度も痰を吐いたことがないらしい。
本人はイメージと違い酒が飲めないらしい。しかしビールやブランデーのCMに出演したことがある。
テレビ局のトイレで小便をしていて、隣にいたまったく知らないおっさんが屁をした際に職業病のせいか「おい!!」と言ってしまったことがあるらしい。
テレビっ子だったらしく、昔のテレビ番組や芸能人に詳しい。水前寺清子が「チータ」と呼ばれる由縁を松本に教え、「お前は何でそんな事を知ってるんや…」と松本を驚かせた。
モノマネがほとんどできないが、唯一できるのは萩本欽一で、『欽ちゃんの仮装大賞』では欽ちゃんのモノマネを披露し、欽ちゃんに叩かれた。
自身が司会を務めるジャンクSPORTSを通じて数々のスポーツ選手との親交があるが、かつて「ガキの使いやあらへんで!!」のフリートークにおいて何度も「ブサイク」「妖怪タンコロリン」と発言した谷亮子(田村亮子)は一切の番組で共演した事がない。またアスリートたちが感動的な話をするとジョークとして、「ごめんなさい。この番組ではいい話をするとカットなんですよ」と必ず言う(実際カットされたことは少ない模様)。
浜田個人としては「ADブギ」(TBS系)などのドラマにも出演し、俳優業もこなす。これについては島田紳助に「自分は相方のように笑いだけでやっていくつもりはないんです。」と語っていた事がある。また、俳優を本業としている人間に迷惑を掛けてはいけないと、NGは非常に少ないらしい。だが、脚本を勝手に関西弁に変えてしまうなど、アドリブも多く、共演者は笑いをこらえるのに必死だったとか。「パパとなっちゃん」で共演した田村正和は、浜田の演技は面白いと絶賛していたらしい。
ダウンタウンとしては、後輩であるナインティナインとの絡みは皆無に等しく不仲説が囁かれているが、どちらも番組を抱える立場と事務所の指向でもあり帯番組で共演するメリットが業界的にも無いだけである。浜田個人は「めちゃ²イケてるッ!」の「やべっち寿司」のコーナーに何度か飛び入りで出演したことがある。「フジTV警察24時」のコーナーにも出演し、「ヤクザっぽい」という理由で勝手に容疑者扱いされ逮捕(容疑は暴対法違反)されたが、岡村にタバコを投げつけるなどやりたい放題だった(勿論逮捕というのはネタ)。共演が少ないのは、初めてのからみ(1994年の正月番組)で岡村をシバキまくり、ナイナイにトラウマを与えた事や、松本が自身の著書「松本」で「ナイナイはダウンタウンのチンカス」などとナイナイを酷評したことなどが要因と言われている。実際は、浜田が岡村をシバいたのは「靴下飛ばしゲーム」で力みすぎて中途半端な結果を出した岡村に対する救済処置なのだが、いかんせん加減が出来ない浜田に岡村が本気でビビってしまったのと、松本は後に「あれ(チンカス発言)はゴーストライターが書いた」などとネタにしたが、彼ら以外の後輩への扱いと別段変わるものではない。
恋愛に関する話題が苦手である節がある。過去に恋愛関係の番組をほとんどやっておらず、自身の番組でも恋愛のトークはあまり参加しない傾向が強い。「ダウンタウンDX」でも、杉本彩や梨花などの過激な恋愛論にさすがの浜田もツッコミが冴えず、ただ笑って聞いているだけしかなかった。金子賢にも「浜田さんは人の話を引き出すのは上手いけど肝心の自分の話はちっともしない」と突っ込まれたことがあるように、自ら本心を語る場面も極めて少ない。
1995年よりH Jungle with tで音楽活動を行ったり、その翌年にはドラマ「竜馬におまかせ!」の役作りの為に長髪にしたりするなど、次第にその容姿にも注目が集まるようになり、40代でありながらラフな格好をすることからファッションリーダーとしてファッション誌でも取り上げられるようになった。浜田のファッションを真似る人達は「ハマダー」と呼ばれていた(当時、アムラーやシノラーなど、ファッションリーダーを真似る一般人はその手本となる人物をもじった愛称が付けられていた。相方の松本も対抗し、ネクタイの先をズボンに入れる格好を「ヒトシー」と呼んでいたが、全く定着しなかった)。
芸人よりもタレント、俳優、スポーツ選手といった、別の業種に浜田を慕っている人物が多い。俳優の内藤剛志や袴田吉彦は番組での共演から親交が深い。この2人とは番組企画でCDを発売している。俳優の細川茂樹、金子賢、加藤晴彦は「浜田ファミリー」と呼ばれており、自宅にもよく遊びに来る。遠藤久美子も「『人気者で行こう!』では非常に面倒を見てもらった」と読売テレビ番組「土曜ドカンッ!」で話している。
毎年正月には家族でハワイ旅行に出かける。親交のある星野伸之夫妻、ハイヒール・モモコ夫妻、遠藤章造・千秋夫妻も同行している。
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!の罰ゲーム中に通行人のおばさんに「あんたウッチャンナンチャンの小さい方(内村光良)でしょ」と言われた。
愛用携帯電話はP902i


性格

相方の松本曰く、浜田は努力家だという。現在の縦横無尽なツッコミも努力の賜物である。
短気であり、非常識なファンには激昂することが多くある(ファンに激怒したエピソードの数々をテレビ番組でネタにされる事もある)。グアム旅行に行った際にファンに無断撮影されたことに対して激怒し、喧嘩になりかけたところをたまたま同じ飛行機にのっていた田代まさしに「怒っちゃだめだよ」と止められたこともある。
息子と2人でTSUTAYAでゲームソフトを買いに行った時に、息子がどれを買うか迷っていたため「なにしとんじゃワリャ!はよ決めんか!」と怒鳴っていたと、リンカーン内の企画「芸人大走査線」で、キャイーンの天野がどっきりの際、内山信二が証言していた。
そのくせ意外にもなかなかのビビリ(小心者)。松本が内緒でウンコをしている浜田のトイレのドアを思い切り蹴ったら、中から「ええ〜…?」というか細い声が出たという。
松本曰く、あがり症であるという。1989年4月にダウンタウンが「笑っていいとも!」にレギュラーとして初登場した際、浜田は生放送中にも関わらず嘔吐してしまい、「まだちょっと緊張感あるのかな、一義!」とタモリを本名で呼んで笑いを取っていた。1995年の紅白歌合戦に出た時は目が泳ぐほどあがっていた。また2006年のトリノオリンピックではメインキャスター(フジテレビ)に選ばれたが、多くの記者が集まったその記者会見における表情等でも浜田のナーバスな表情が確認できる。傍目にはわからないが、浜田が大舞台であがっている時はツッコミが異常に痛いらしい。
思った事は包み隠さず口に出すタイプで、ある番組で素人の女性がVTRに映った時、「うわ!ブサイクやな!コイツ」と叫び、松本に制止された。また、深夜の時間帯ではあるが、森三中に対して明らかなセクシャルハラスメント行為をしたことがある。「ダウンタウンDX」でも、有名人の昔の写真を見て、「うわぁ!パンチ効いとるなあ!」などとよく言い、松本にツッコまれている。ゲストに対し「死ねばいいのに」などの強烈な言葉を発することもよくある。勿論これらは全てジョークの範疇に含まれるが、大御所俳優などにもこのようなストレートな発言をぶつけて笑いを取る才能は、松本や島田紳助などから「自分にはない」として高く評価されている。
非常に攻撃的で破天荒であり、「芸能界一の超ドS男」の名をほしいままにするように、TVではふてぶてしい態度を見せるが、実際の彼は気配り上手であり、聞き上手で礼儀正しく、後輩への面倒見も非常によい。また、コンビ単位でも個人単位でも司会をする機会が増えており、初対面のゲストでも自然と親しい者同士のような雰囲気でトークを進めたりする技術力は彼独特のもの。こうした人柄や芸風から、「島田紳助の後継者」という呼び声もある。
子煩悩で教育熱心としても有名。「浜田刑務所」と呼ばれるほど躾に厳しいが、世田谷界隈で、よく家族連れで遊んでいるのが目撃されている。休日には子供にせがまれるでもなく、自ら率先して遊びに連れて行っているようである。また、子供との会話は関西弁が移らないように基本的に標準語で喋っている。その反面、大のアダルトビデオ好きで、自室でヌキ所を編集するのが趣味らしく、妻の小川菜摘も黙認している。
テレビ番組で妻ととある岬(錠前に二人の名前を書き柵につける場所がある)に行った際、錠前に自分の名前と妻の本名を書き、一緒に来ていたハイヒール・モモコ一家らに(妻の名前を芸名ではなく本名で書いた事を)「自分本気やー!」とからかわれた。ちなみに、Wコウジなど浜田と親しい後輩達は後日その事を知り、その惚気っぷりに「こんなん俺らの知ってる兄さんやない!」と嘆いたという。
一度AV女優との浮気が発覚した事があるが基本的に愛妻家で、「リンカーン」では電話で楽しそうに話す様子が放送された。その光景を見た芸人達から「絶対愛人かと思った」と言われてしまう。 
長者番付の常連であったが、新車を買った事がないらしい(W140ベンツも中古車)。
中学校時代には石野真子をおかずにしていたと本人が番組で発言。


略歴


芸人になる前

大阪市でペンキ屋(大阪万博にて太陽の塔のペンキ塗りをしたペンキ屋)に勤めていた父・憲五郎、母・信子の間に生まれ、小学5年に父が独立、尼崎市でペンキ屋を開く。父とヒロミの父とは、鹿児島時代の同級生(二人とも就職の為に出身地の鹿児島を離れた)である。妹は通称カーコ(本名不詳)。浜田は両親が留守の間、妹に「マー坊ライス」を作ってあげたり面倒をよく見たらしいが、濡れタオルでしばいたり、髪の毛をつかんで引きずり回したりと手荒く扱ったりもしたらしい。親友でもある松本人志や高須光聖曰く、実家はひどく貧乏だったらしく、よほど親しい友達でないと家に上げてもらえなかったという。しかし、本人は貧乏であったことは認めるが、生まれたときから貧乏ではなかった、という主張をよくする。本人いわく、「大阪万博までは羽振りが良かった。それからや、ヤクザの取立てが家に来るようになったんは。」と語る。

高校は三重県にある全寮制の日生学園第二高等学校(入学は日生学園第一高等学校。2年次に移動)を卒業。在学時はあまりに厳しい環境のため何度も寮を脱走したとか(本人談)。脱走した際、お金がなく困っていたため松本に電話し助けてもらったらしい。同校の後輩として今田耕司がいる(今田は同校中退)。

高校卒業後の目標は特になかった為、父親の提案で競艇選手の試験を受けたが落ちている。


吉本入り

1982年、小学校から中学校時代の同級生である松本人志を誘って吉本興業入り。同社の若手タレント養成所「吉本総合芸能学院(NSC)」第1期生となる。当初は「松本・浜田」というコンビ名であったが、その後改名により「ひとしまさし」「てるお・はるお」「ライト兄弟」を経て、現在のコンビ名「ダウンタウン」になった。

デビュー当時はそのふてぶてしい態度から先輩達から忌み嫌われる存在であったものの、「4時ですよーだ」(毎日放送)で関西地区での人気を不動のものにする。程なくして上京、「夢で逢えたら」(フジテレビ)などで人気を博し、全国区タレントとして広く名を知られるようになる。1990年前後にはウッチャンナンチャン・とんねるず・B21スペシャルらと共に「お笑い第三世代」として一大ブームを巻き起こした(とんねるずは第三世代にくくられないが)。

東京進出直後、「スーパークイズスペシャル」に出演。「目立たなければいけない」と、全く親交が無く「近くにいた」加山雄三に「おい雄三、コラァ」と喧嘩を売ったことが東京のテレビ関係者にウケた。もちろん加山が芸能界のドンであることは承知の上での行動だったろうが、番組終了後には平謝りだったという。また同じ関西出身で司会を担当していた逸見政孝とのやりとりも見ものであり、逸見の「お前らしっかりせえや!」「何でお前らおんねん!」との言葉に対し「いつみ〜!」「いつみのオッサンだけは! あのガキは!」「逸見、後で裏来い」といった暴言をよく吐いていた。しかし楽屋では非常に仲が良く、逸見が逝去した際は「逸見さんはダウンタウンが売れるきっかけを与えてくれた人です。本当に感謝しています」と涙ながらに話していた。


芸風

突っ込みのパターンは頭をはたく、デコピン、ゲンコツ、回し蹴り、かかと落とし、頭突き、ビンタ、ほっぺに噛み付き、鼻に指を突っ込む、前肩と後頭部を同時に叩く(松本曰くとても痛いらしい)など様々なバリエーションに富み、突っ込む相手もどんな大物であろうが手段を選ばない。火のついたタバコを投げつける事もあり、また素人の女の子に突っ込んで泣かした事もある。特に初期の頃は、相手を分析して突っ込まなかったので、もともと気を使う性格の浜田は、番組内もしくは番組終了後に謝る事が多かった。ただし、明らかに調子に乗っている素人や芸能人には何のフォローもしていない。

「ごっつ〜」「ガキの使い〜」内でのドッキリ企画では迫真の怒りの演技を見せる。ドッキリの為の演技とはいえ、浜田のとてつもない怒りぶりを見てYOUや篠原涼子やココリコ田中直樹らがこのドッキリに引っかかり泣いてしまったことがある。 逆に、浜田自身は「ごっつええ感じ」の「野生の王国」というコントで「ほんこんだと思ってしばいていた着ぐるみの中の人物が、実は坂本龍一だった」というドッキリを仕掛けられたことがあり、坂本だと分かった時にはただただ平謝りだった。 また同じく「ごっつ〜」内の企画で、高校時代に最も恐れていた恩師が「オウ!浜田!」と突然登場した事もあり、本気でビビる姿を見せた事もある。

一時期はハリセンが定番のアイテムであった。今では素人だろうが芸能人だろうが浜田に突っ込まれることがありがたいことになってきているが、これはHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPでまだ売れる前だったシャ乱Qのつんくにどついたところ、その後売れっ子になったことをつんくが提唱したからである。俗に言う「浜田にどつかれるとミュージシャンは売れるジンクス」である。しかし、加賀まりこや泉ピン子など毒舌を得意とする大御所クラスの女性芸能人の前では、さすがの浜田もツッコミが弱くなってしまうことが多い。もちろん、頭をはたくなどのツッコミは絶対にせず、笑いながら言葉でツッコミを入れるのが精一杯である。また、言葉ではトークの当事者にツッコミながら傍らにいる松本の頭を叩く事もある。しかし「ガキの使い」の企画では加賀にゴミ袋を被せるなど(ある意味)体を張って笑いを取りに行くこともある。

大阪時代から東京に進出した後の1992年頃までは、松本・ゲスト・観客に対してキレキャラで接し、どつくことを基本にしていた。しかし、一般に受け入れられるようになり始めた1993年頃から、意識的によく笑うことを新しい芸風にした。この転換は大成功で、その後のダウンタウンのイメージアップに貢献した。

ツッコミのスタイルとしては、中田ボタンをはじめとする多くの先輩芸人から影響を受けている。一般的にツッコミというポジションは「努力と技術がものをいう」と言われており、浜田もかつてコンビを組んだ当初は突っ込みの概念を掴みあぐね、中田ボタンを参考にしたという。(三世代漫才トークより) また、後輩のナインティナインらが出演しているフジテレビ系の「めちゃ×2イケてるッ!」では「やべっち寿司」のコーナーにちょくちょくひやかしに訪れるため、「ヤクザ」とテロップが表示される。

たまに、後輩の千原兄弟と共演するときは千原靖史(せいじ)のことをわざと「やすし」と呼ぶ。当然、千原靖史は「せいじや!!」とツッコむ。


スポーツ

スポーツ好きで、2005年6月25日に代々木のバレーの試合を生観戦した。そして試合前にコメントしたが早くも「凄いすね!この雰囲気」と絶叫。同年12月25日にはフィギュアの試合も観戦。その華麗な美の競演に言葉を失った。
ゴルフ好きとしても有名で、過去にゴルフビデオを何本もリリースしたり、ゴルフウエアブランドを立ち上げたりしている。だが、腕前はいまいち。全英オープンゴルフの特別番組では司会も務めたが、青木功に高飛車な態度で応じたことから強烈な嫌味を言われた。だが、これは放映しているテレビ朝日が番組の方向性を迷っていることが悪く、浜田はお笑い芸人としての役割を果たしただけという擁護する意見も多い。
2000年4月の第1回の放送より、ジャンクSPORTSのメイン司会に起用され、更に2006年2月に開催されるトリノオリンピックではフジテレビ系列の五輪メーンキャスターに抜擢された。金メダルが荒川静香選手の一個のみという戦果に終わった大会だったが、「浜田さんが一番"金"を稼いだ」と松本にからかわれた。
阪神の本拠地・甲子園球場がある西宮市の隣の尼崎市という出身にもかかわらず、大の巨人ファン。
スポーツ新聞はスポーツ報知を愛読している。


作品

歌手としても作品を発表しており、1995年3月15日に小室哲哉のプロデュースで発売された『WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント』(H Jungle with t)は、200万枚を超えるヒット曲となり同年の上半期1位(年間2位)となった(松本も間奏部分でのラップ(?)参加)。以降も、ソロ名義、Re:Japanの一員として、CD「明日があるさ」を発売する。2004年11月には作詞・松本人志、作曲・槇原敬之で松本の幼少時代を歌ったクリスマスソング『チキンライス』を発売した。

また、相方の松本人志とは坂本龍一らのプロデュースで、GEISHA GIRLSとしてシングル、アルバムCDを発売している。


シングル

WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント〜(1995年3月15日)

H Jungle with tのファーストシングル。間奏で松本のしゃべりが入る。HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPでのライブ時、口パクがばれたことがある。

WOW WAR TONIGHT REMIXED(1995年5月24日)

「H Jungle With t」のファーストシングルのリミックス盤。

GOING GOING HOME(1995年7月19日)

H Jungle With tのセカンドシングル。

FRIENDSHIP(1996年4月24日)

H Jungle With tのサードシングル。日本テレビ系ドラマ『竜馬におまかせ!』主題歌。

TK presents YOU ARE THE ONE(1997年1月1日)

小室哲哉企画のチャリティーソングにワンフレーズ参加。

春はまだか(1997年12月12日)

奥田民生プロデュースによる浜田雅功名義のシングル。JR東日本のCMで使われた。

幸せであれ(1999年6月16日)

朝日放送「人気者でいこう!」で企画された浜田のソロシングル。

チキンライス

フジテレビ系「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」で企画されたユニット「浜田雅功と槇原敬之」のシングル。作詞は松本が担当。「HEY!HEY!HEY!」に槇原敬之がゲスト出演した際、浜田が作曲依頼したのがキッカケで作られた。松本が子供の頃のクリスマスに体験した出来事が詞に込められており、槇原は松本のこの詞を見て号泣した。

1995年に浜田がH Jungle with Tとして紅白歌合戦に出場した際、松本がTHE GEISHA GIRLSメイクで飛び入り出場している。


アルバム

TK MILLION WORKS(1996年11月16日)

小室哲哉プロデュースのミリオンセラーを集めたベスト盤。「WOW WAR TONIGHT」を収録。

avex 10th Anniversary Presents 十年百曲〜J-POP HIT(1998年8月5日)

エイベックス設立10周年記念の2枚組100曲入りCD。「H Jungle With t」のシングルを3曲収録。

ラスベガス・ファーストクラスの旅(1999年8月18日)

浜田と内藤剛志と袴田吉彦の3人による、上記シングルを含む番組企画アルバム。

30 MILLION COPIES -THE BEST OF TK WORKS-(2000年3月23日)

小室哲哉プロデュース曲の3枚組ベスト。「H Jungle with t」のシングルを3曲とも収録。


ビデオ

H Jungle With t were born in 3.15,1995(1995年5月24日)

PV&ドキュメント。

2 GOING GOING HOME(1995年9月21日)

PV&ドキュメント。

浜田雅功 勝つためのゴルフ(1995年)
浜田雅功のシングルGOLF Vol.1~6(1997年)

浜田のゴルフレッスンビデオ第2弾。全6巻。

ゴルフ者でいこう! 1~6(1999年)

ゴルフレッスンビデオ第3弾。全6巻。


出演

浜田雅功個人での出演作品を記載。ダウンタウンとしての出演作品はダウンタウンの出演の項目を参照。


テレビドラマ

※「ひとりぼっちの君に」以降のドラマ出演時には「霤腸躙」で出演している

普通の結婚式(1990年、TBS)
夢帰行(1990年、NHK)
パパとなっちゃん(1991年、TBS)
ADブギ(1991年、TBS)
AD・リターンズ(1992年、TBS)
十年愛(1992年、TBS、粟野嵐役)
十年愛スペシャル(1993年、TBS)
もしも願いが叶うなら(1994年、TBS、毛利虎男役)
パパはニュースキャスター 帰ってきた鏡竜太郎スペシャル(1994年、TBS)
もしも願いが叶うならスペシャル(1995年、TBS)
人生は上々だ(1995年、TBS、内藤八郎役)
竜馬におまかせ!(1996年、日本テレビ、坂本竜馬役)
ひとりぼっちの君に(1998年、TBS)
浜田雅功の実験ドラマ 平成ミステリー事件簿(1999年3月18日、朝日放送)
目撃者 - 女探偵 VS 嘘つき少年(1999年、TBS)
伝説の教師(2000年、日本テレビ) - 友情出演
Friends(2000年、TBS)
明日があるさ(2001年、日本テレビ)
「明日があるさ」スペシャル(2002年、日本テレビ)
happy!(2006年、TBS)
happy!2(2006年、TBS)


バラエティー

シングルGOLF(1996年、TBS)
HAMASHO(1997年 - 2002年、よみうりテレビ)
人気者でいこう!(1997年 - 2001年、朝日放送製作・テレビ朝日系)
ゴルフ者でいこう!(1999年、テレビ朝日)
ジャンクSPORTS(2000年 - 、フジテレビ系)
HAMADA COMPANY 弾丸!ヒーローズ(2001年 - 2002年、朝日放送)
ハマラジャ(2002年、テレビ東京)
WINNERS(2002年、テレビ東京)
夢見るタマゴ!熱血浜田塾(2002年 - 2004年・2006年、NHK総合)
浜ちゃんと!(2003年 - よみうりテレビ制作日本テレビ系)
オオカミ少年(2004年 - 2005年、TBS)
ハンサム3(2005年−毎日放送)
世界の浜田プロジェクト(2005年、テレビ朝日系)
THE CHAIR(2005年、TBS系)
ごぶごぶ(2007年、毎日放送・月1回の放送)


映画

ポップコーン LOVE(1990年)
昭和鉄風伝 日本海(1991年、エンボディエント・フィルムズ)
劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕(1999年、東宝)※声のみの出演(ヤドキング役)
スペーストラベラーズ(2000年、東映)
シュレック(2001年、UIP)※声のみの出演(シュレック役)
明日があるさ THE MOVIE(2002年、東宝)
シュレック2(2004年、UIP)※声のみの出演(シュレック役)
シュレック3(2008年、UIP)※声のみの出演(シュレック役)


CM

日本コカ・コーラ、缶コーヒー「ジョージア ZOTTO」(1996年)
JR東日本、「JR Ski Ski」(1997年)
サントリー、ブランデー「V.O」(1998年)
サントリー、ビール「キレ味[生]」(2005年)


著書

読め!(1995年、光文社)ISBN 4334725295
がんさく(1997年、ワニブックス)ISBN 4847012755


関連書籍

おかえりっ! 浜田雅功ファミリーのできるまで(1996年、扶桑社)ISBN 4594019420

妻であるタレントの小川菜摘によるエッセイ。

HAMASHOの本(1999年、ワニブックス)ISBN 4847013050

浜田と笑福亭笑瓶が出演した番組「HAMASHO」をまとめたもの。

エッ!そうくるかぁー(笑) 浜田家式お約束(2000年、扶桑社)ISBN 4594028888

小川菜摘のエッセイ集第2弾。浜田があとがきを寄せている。


観戦したスポーツ

女子バレーボール ワールドグランプリ2005
女子フィギュアスケート 全日本選手権
第20回記念 冬季五輪トリノ大会
ハンガリーGP2006年

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岡村 隆史(おかむら たかし、1970年7月3日 - 、大阪府大阪市東淀川区出身)は日本のお笑い芸人。漫才コンビ「ナインティナイン」のボケ担当である。吉本興業所属。身長156cm、体重48kg。

愛称は「岡村さん」(相方の矢部や、ココリコなどの後輩芸人が使用する)、「オカチン」、「オカちゃん」、「おじいちゃん」、「おかたかリーダー」(ネプチューンの堀内健が命名)、「ダンサー」、「オカム」、「おかっち」、「おかか」、「おかっちFC」(ナインティナインのオールナイトニッポンでサッカーの話題を話すときのみ使用する。由来は相方・矢部が出演している「やべっちFC」からである)。相方は「やべっち」こと矢部浩之である。

身体能力の高さを生かしたコミカルな動きや顔芸などビジュアル的な笑いを得意とする。又、他の芸人のギャグをパクることなどで有名。


プロフィール

受賞歴・出演歴についてはナインティナインを参照。

身長156cmだが、これでも岡村家(ちなみに彼が長男)の中では一番身長が高いという。この低い身長から、少年時代に競馬騎手にならないかと誘われたことがある。後、2000年にJRAのCMキャラとして、新人騎手を演じた。因みに、相方の矢部は173.2cm(番組内健康診断で)と平均的だが、岡村が比較的低い為、矢部は「ナイナイの高い方」と言われている。
普段は口数が少なく、無口な性格である。また「褒められて伸びるタイプ」と言われる。
嫌いな食べ物は納豆、とろろ。
岡村曰く母・悠美子(ゆみこ)はそのまんまの大阪のおばちゃんらしい性格である。
妹・美穂(みほ)に娘がいるため、正真正銘のおっさんになってしまった。
おニャン子クラブの熱烈なファンであり、一番好きな会員番号4番の新田恵利の結婚発表を知り涙した事がある。
自宅は港区にある高級マンション。
運転免許はAT限定であり、愛車はアルファ・ロメオ166。
テレビに出始めた頃はよく「岡本」と間違えて呼ばれていた。
小学生の頃体操教室に通っており、同じ教室に池谷幸雄とソウル五輪でコンビを組んだ西川大輔が通っていた。
実家が歌手の相川七瀬の実家と至近距離にあり、同じ東淀中学である。
2級船舶免許を取得している。


中学生時代

マイケル・ジャクソンをきっかけにブレイクダンスに目覚め西日本で1、2を争う、大阪の強豪チーム「エンジェルダストブレイカーズ」(ガレッジセール・ゴリとのダンス対決企画の際、岡村は当時のチームジャージを着用して登場)に所属し、梅田阪急ナビオ前で毎夜練習に明け暮れて関西2位になる。当時は今のような短髪ではなく、茶色くした長髪で「キッド」の愛称で呼ばれていた。
今でも鋭い身のこなしを見せたり、バック転が得意なのは、先述の体操教室在籍歴とこのダンス経験から。また、『めちゃ×2イケてるッ!』の企画やキリンビバレッジ・NUDAのCM、応援ゲストとして出演した第57回NHK紅白歌合戦等で、切れ味の鋭いダンスを披露している。


高校・大学時代

大阪府立茨木西高等学校に進学し、マラドーナに憧れサッカー部に入部。相方・矢部浩之の兄矢部美幸(ファンタスタープロモーション社長、1年上)と相方・矢部浩之とはここで出会う。その為、岡村は矢部兄弟のことを一番知っている。高校時代の親友とは現在も付き合いがあり、ラジオでも度々話のネタにしている。
大学受験の為に1日10時間の猛勉強。一浪を経て、立命館大学経営学部第二部(夜間部)、関西外国語大学、大阪芸術大学に合格。本人は大阪芸術大学に進みたかったが、父・治雄(はるお)の勧めで立命館大学経営学部第二部(夜間部)へ進学。しかし、相方の矢部に誘われ吉本興業に入った事で中退した。その為、岡村の父・治雄は「隆史をヤクザの世界へ連れ込みおって、矢部を絶対に許さん」と激怒し、矢部の事を最近まで嫌っていた。
茨木市内のローソンで2年間、深夜のアルバイトをしていた。


東京進出

1990年
矢部浩之とナインティナインを結成し、吉本印天然素材に参加し東京進出。
1992年
第13回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞し、感極まっていた岡村は司会の桂三枝にインタビューされると号泣した。
1994年
現在も放送されているニッポン放送系の深夜放送、ナインティナインのオールナイトニッポンが放送開始。
1996年
現在も放送されているフジテレビ系のバラエティー番組、めちゃ²イケてるッ!が放送開始。
1999年
当時のレギュラー番組「ASAYAN」収録中、ハエを捕まえようとして右肩から床に落ちて強打し、右肩骨折。
2000年
スキミングによるカード犯罪に巻き込まれ、60万円相当の被害にあう。
2004年
3月末に港区にある自宅マンションが空き巣の被害にあう。被害品はなかった。しかし、本人の証言によると犯人はまたも岡村宅に侵入しようとしたらしい。管理人のおかげで被害はなかったとか(ちなみにそのマンションには、同じ時期に友人の福山雅治が住んでいた)。
2005年
中年としては珍しい亀頭炎を患う。
2006年
熊田曜子と自宅マンションでの夕方から翌日昼までの日付をまたいだ17時間にも及ぶ深夜密会(岡村曰く未遂)を写真週刊誌に撮られる。岡村は、熊田以外に自分の友人も交えた、夜を跨いでの17時間にも及ぶ鍋パーティーだったと主張。 オールナイトニッポンでは、熊田が部屋を訪れた時点で取材陣に気づき、部屋を出られなかったと明かした。釈明の言葉は、「不徳の致す限りです」であった。だが2人きりではなく、一緒にいたと主張している友人のみを先に帰したと説明しており、何故その時に一緒に熊田も帰さなかったのか、そうすれば2人きりの密会でないことは簡単に証明できた訳で、矛盾を説明できていない。その場に友人などおらず、最初から2人きりの密会だったからだろう、という見方をされても仕方がない状況である。勿論、岡村の主張する、一緒にいたと主張する友人は目撃されていない。
オールナイトニッポン生放送の際、ニッポン放送の駐車場で自宅と愛車の鍵を約2〜3cmの隙間から約15m下の溝に落とす。矢部からは何回も「何メートル下でしたっけ」とふられ、「不注意すぎやからそんなところに鍵を落とすのや」とネタになってしまった。


オールナイトニッポン

2006年現在、ナインティナインのオールナイトニッポン(ニッポン放送系、木曜25:00-27:00)のパーソナリティを務めており、テレビではあまり見せないモノマネを多数披露しており、2時の時報では「2時!」と言うが、殆ど時報と共に「悪い人の夢」のコーナーが開始するため「2時!悪い人の夢」と叫ぶ。

番組終了時に「今週は○○スペシャルと題しまして二時間ぶちぬきでお送りしたわけですけれども」という挨拶をすることも多い。○○に入る語句はその週のメインの話題であったり、ゲストの名前であったり、全く触れていなくとも世間的に旬の話題であったりするが、どちらにしろ特に意味はない。おそらく、その週の放送の総括をしようと、メインの話題に触れる際に、口癖のようになってしまっているフレーズと思われ、その時点であまり岡村が好ましくない話題をしてた場合には、あえて放送では全く触れていない巷の話題をスペシャルの冠に持ってくる場合もある。スペシャルウィークでは「今回もケガも無く無事に終える事が出来」とお決まりのフレーズを発言する。『ナイナイのオールナイトでの出来事』については、こちらを参照。

ラジオ内で「日ハム優勝したの? プレーオフっていまいち盛り上がってませんな。テンションあがらへんもんな」など、野球や、ボクシングなどのスポーツを好まない発言をし騒ぎになる事もしばしばある。「ゆとり教育」を批判する発言も多い。更には、浅い知識で政治批判をする癖がある。

番組初期では、「笑いも好きだが、笑いの歴史も好きです」と言って切り出し、8周期説(8年ごとに、お笑い界のスターが生まれるという説。ちなみに、ナインティナインの8年前は、ダウンタウンであり、この説は、さんまなども語ったことがある。)を話している。また、「引退後、吉本の暴露本を出します」と宣言していた。


おしゃれについて

毎年、年末になると新年に新しく着る洋服を買っている。ご近所に「岡村さんちのボンボン、帰ってきはったわ」と言われる為とのこと。昔は家族で買っていたが、東京に住みだしてからはスタイリストさんに選んでもらっている。本人によれば普段は面倒くさいためジャージ姿が多く、リーバイスのジーンズは夜な夜な自宅の部屋ではいている。最近は、ジーンズが最もオシャレと思い込んでいる。おしゃれさんである相方、矢部浩之を「ステューシーさん」「ポロラルフローレン君」「ローレックス」「吉本のブラピ」などと嫉妬心を抱きながら小バカにしている。しかし、おしゃれには憧れがあり、車を運転する時にはサングラスをかけている。


人見知りの一匹狼

ナインティナインのトークでも散見されるが、岡村は極度の人見知りであり、人間嫌いのところがある。芸能界の友人が多い矢部とは対照的に、他人に対して中々、心を開かないので芸能界の友人は少ない。人見知りについては東京進出後、先輩から受けた数々の理不尽なイジメのような扱いが影響しているようである。その為か、今でも「東京は怖い」と考えている。相方の矢部はそのイジメは受けなかった。また人見知りは女性関係にも現れており、友人・彼女を作るというのが苦痛であるらしい。様々な番組でのコメントから、結婚願望やタレントとつきあいたいなどの夢が全くないわけではないようだが、それも強いものではなく、むしろ自分の生活スタイルや一人の時間を崩してまでは他人と接するということを強く望まない傾向がある。女性については相手の方から半ば無理やり初体験をさせられたトラウマもあるという。
ちなみに初体験の相手は、雨上がり決死隊の宮迫の紹介した女性である。
カメラが回っているとき(アッパー)とそれ以外(ダウナー)との落差が非常に大きく、その差を他の芸人からネタにされることがある。海外生活のため、そのことを知らなかった大橋巨泉から「お前(収録前と)全然性格が違うなぁ」とからかわれたときは必死に否定していた。


岡村の女性に対する考え

上記の様な女性に対する考え方は芸能界に入ってから持つようになったようである。というのも、ある女性タレントの売名行為に利用されたことがあり、それ以来、自分の事を好きだと公言する女性タレントには大方拒否反応を示している。自分がその人が好きかどうかは問題ではなく、自分を好きだと言う人間は全て売名行為なのではないかと言う疑いや、「好きな芸能人のタイプを聞かれると、お笑い芸人の名前を上げておけば無難だから挙げているだけで、心から思っていることはない。しかもそこに自分の名前が使われることは不愉快」という考えがある。
また、岡村が「好きかもしんない」と言う女性のほとんどは彼がいうところの「透明感」を持ち合わせているらしい。このことから、岡村のタイプの大きな要素としては飾らないというものがあるようだ。これは、芸能人の女性でタメ口で話が出来るのはaiko・江角マキコ・黒谷友香などサバサバした人だということからも推測に易しい。

最近は仲間由紀恵や菅山かおるが好きだと言っていたり、『オールナイトニッポン』では綾瀬はるかと長澤まさみなどの若手女優に好意を示していた。

自分の家にいつ同棲してもいいようにと、もう1つベッドを準備してあると「ナイナイサイズ」で語っていた。

安藤美姫や倉木麻衣を一時好きだと自称していたがすぐに言わなくなった。女にあきっぽい一面もある。仲間由紀恵と松下由樹だけは今も公言している


スキャンダル

何度かスキャンダルめいた報道はされている。


橘いずみ

1993年に『とぶくすり』で共演した『ひらけ!ポンキッキ』の元お姉さん・橘いずみと肉体関係にあったという噂まであったが事実ではないようである。


巨乳女釘師

自称・女釘師を名乗る素人女性に、スキャンダルをでっちあげられた。素人の立場であるのに記者に囲まれ、関係をにおわせる発言をしており、全くそんな事実はなく異常に怒った岡村は「今度街で会ったら殴ってしまうかも知れん」と言ったほど。


葉月里緒菜

1998年9月に女性雑誌にて岡村と葉月が交際しているとの記事が掲載された。当時のオールナイトニッポンで岡村が否定し、矢部も「まずありえない」と発言。その後、ラジオにゲストで登場した前田忠明にも強く突っ込まれるが、「(葉月とは)会ってない! 会ったら会ったといいます!」と断言する岡村。しかし、1999年10月の週刊誌にて岡村が葉月をフったと報道される。さらに翌週葉月が『おしゃれカンケイ』内でこれを認めてしまったため、岡村もオールナイトニッポンで「言わなあかんのやろうか…?」と口ごもりつつも「初対面にも関わらず『付き合ってください』と言われ、『無理ですわ…』とお断りした」と記事を認める。尚、相方の矢部や当時のマネージャーには会った事すら内緒にしていたらしい。


熊田曜子

2006年1月には先述の熊田曜子との熱愛報道があったが、この報道により「もう(熊田曜子を)誘われへんわ」とオールナイトニッポン内で告白した。また、熊田の名前を聞くと「名前を言うなや」と激怒する(特に出川哲朗に対して)(2006年3月28日放送の『踊る!さんま御殿!!』に熊田が出演したが、週刊誌のスキャンダルが出て以来、連絡はまったく取っていないらしい)。
しかし、めちゃイケではいじられることがしばしばあり、ついに相方・矢部からもいじられてしまった。


雛形あきこ

2006年3月18日に『めちゃ²イケてるッ!』の雛祭りという企画でサンズの野田義治社長が番組内で「昔好きだった、うちの雛形あきこと事務所公認で付き合ったら?」と言われ、赤面していた。『めちゃイケ』内にて「岡村隆史ヒナにマジ告白」というダマシ企画回が存在したので、馴染みのある話でもある。『めちゃモテ』では、岡村にほっぺをつねられ、本気で怒り出し、拳骨で岡村の顔面を殴り返した事は余りにも有名。


矢口真里

めちゃ²イケてるッ!のスペシャルのテストで当時モーニング娘。のメンバーだった矢口真里が答案に「岡村さん、大好きなのでいい点にしてください。」と書いたとき、無難だから自分の名を挙げたのだろうと決めつけたらしく、怒っている(矢口は謝罪しつつも苦笑とも半泣きともとれる顔をしていた)。


深田恭子

めずらしく岡村の方から好意を持っていた人気女性芸能人。しかし自分の仕事の告知の時のみナイナイの番組に出演して建前だけの話でお茶を濁していく印象を持ったらしく、岡村が有名タレントになるほど腹を割るに値しない相手が多いと考えるきっかけになってしまった。


加藤あい

過去に岡村がタイプだと発言していた。しかし岡村の女性に対する考え方を知り、自身のラジオで「岡村さんの迷惑になってはいけない」と「脱岡村さん宣言」をした。


独身貴族のオナニー伯爵

これらのことから相手が有名な芸能人になればなるほど相手にしない確率が高く、さりとて岡村から女性に話しかけることは数少ないので、岡村をよく知る人物でワイドショーや週刊誌などのスキャンダルを信じる人間は、まずいない。トークなどで「独身貴族のオナニー伯爵」だと自称する(友人・福山雅治は「オナニー公爵」を自称)。

下ネタをおおっぴらに語るのも、性欲を他人の女性と処理することを嫌い、風俗店や一人での処理を好む傾向にあるためで、矢部も岡村の女性関係については、そのあまりの無さを逆に心配している状況。さらに毎年年末になると、矢部以上に心配している出川哲朗が登場し、SEXとオナニーについての熱い討論を繰り広げるのが恒例となっている。もちろんこれらの下ネタをおおっぴらにすることで、興味本位で近づいてくる人物への予防線を張っている側面もある。オナニーを一日一回から3日に一回にすると公言したが、実現しているかどうかは不明。


交友関係

テレビではよく、「芸能人に親友がいない、唯一の親友は矢部浩之だけだ」と言っているが、親友かどうかはともかくかなりの人物との交友がある。お笑い仲間では雨上がり決死隊、出川哲朗、今田耕司、東野幸治、加藤浩次、濱口優(よゐこ)、光浦靖子、品川祐(品川庄司)などとはたまに遊びに行ったりする仲。ほんの何度かだけ先輩の松本人志と飲みに行ったことがあるらしいが、関係を深くするまでには至らなかった。ほかのジャンルでは国分太一、中居正広、福山雅治、加藤晴彦などと遊んだ時期もある。女優の黒谷友香と食事に行ったことも。

めちゃイケでの横峯さくらとの対決企画をきっかけに最近はゴルフにはまり、東野幸治、出川哲朗、蛍原徹(雨上がり決死隊)、田村亮(ロンドンブーツ1号2号)、原西孝幸(FUJIWARA)などとゴルフへよく行く。ちなみにこのメンバーは「東野ゴルフクラブ」と呼ばれている。

特にオセロの中島知子、国分太一とは仲が良く、よく食事をし、泥酔姿を見せるほど心を許している。カラオケなどにも行く。井筒和幸監督とも仲が良い。

2001年10月中旬より加藤浩次、カオリちゃん夫妻の子供が誕生するまで同居していたこともあった。それは極秘結婚を守るためである。第1子だけではなく、第2子、第3子を授かったことを『めちゃイケ』で勝手に発言する。

最近は大泉洋と飲みに行き、珍しく岡村が気を使わずに話せ、しかも普段は暗くしゃべらない岡村が「大阪対北海道」をテーマにケンカコントできる相手とあって、そういう意味で気があうようである。芸能界以外では茨木西高時代の友人で在京の人達とは今でも誕生日を祝いあう仲。また、番組スタッフと飲みに行ったりすることもあるようだ。

また、ananで「ケチなタレント」第2位に選ばれた通り、相方矢部とは違い金銭に関してはケチである。 徹夜続きと疲労のため現場で仮眠をとっているADをわざわざ起こして缶コーヒー(120円!)を買わせているほどのケチさで、番組に取り上げられたりしている。

時々実家から父親が泊まりに来るが、勝手に台所や部屋の掃除をし、岡村の大切にしているものを捨てたりして怒られている。しかし親子仲は良く、岡村は収入を全て親に管理してもらっている。


趣味

漫画
一定期間ごとに、ハマっては、ラジオで熱弁している。
ガンプラ作り
ラジオ番組で中村俊介と一度ガンプラ討論をしたことがあった。
一年戦争が特にお気に入りだそうである。
釣り
父から影響されて始めた。『ぐるナイ』で趣味の釣りをテーマとした企画を年に数回放送するほどである。
ゴルフ
2005年に『めちゃイケ』の企画で横峯さくらと対決して以降、夢中になっている。
スキューバダイビング
沖縄でスキューバダイビングをすることが多い。2006年夏には何度も沖縄に渡り、スキューバを楽しんでいる。
他にもサーフィン、モデルガン、クワガタ飼育にもハマったことがあるが、長続きはしてない模様。
ゲーム
ジャンルを問わず、幅広くプレイしている。一時期『ときめきメモリアル』にハマったこともあり、全く興味を示さない矢部に対し、その面白さについて熱弁を振るったが、すぐに飽きたようだ。
音楽鑑賞
学生時代から久保田利伸の大ファン。また渡辺美里の『My Revolution』が最も好きな邦楽曲である。


口癖

岡村隆史には「オールナイトニッポン」などのトーク中、ある一定の言葉に反応して芋蔓式に口にしておかないと気が済まないフレーズというものがいくつかある。それをそのときに最後までちゃんと口に出して言っておかないとスッキリしないらしい。

「なんていうんですか」、「○○感」→「なんていうんですか○○感」(※「○○感」の部分は「緊張感」、「充実感」、「満腹感」などがあてはまる。DA PUMPのデビュー曲「Feelin' Good」の「なんていうんですか緊張感」という歌詞からきていると思われる)
「〜だろう」、「〜かもしれない」→「だろう運転」、「かもしれない運転」
「m.c.A・T」→「アイムm.c.A・T」
「三浦知良」→「カズ、三浦カズ」
なんちゅうの?(話の途中で適切な表現などを探りながら)

その他、自分が他人から見下されている、高圧的な態度をとられていると感じたときは「僕は○○を逆に下に見ています」と宣言する。ただし、それは基本的に被害妄想の場合が多い。また、トーク中に演技の話になると必ず「僕はブルーリボン新人賞を獲ってね…」とブルーリボンに関することを長々と繰り返し話しだす。


映画

岸和田少年愚連隊(1996年)※ナインティナインでの出演のため、ナインティナインの項目を参照。
ラッシュアワー2(ポスター出演)
無問題(1999年)
無問題2(2001年)
踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!(2003年・東宝)増田喜一 役(犯人)
ゲロッパ!(2003年・シネカノン)
妖怪大戦争(2005年)小豆洗い 役

ドラマには出たがらず、オファーを受けても断る事が多いが、気に入った映画(シリーズ)にはほんのちょっとの出演(チョイ役)でも出たがりであると香取慎吾に番組で言われたことがある。
ドラマ西遊記も最初、岡村に話が来たのだが、それも断っていたらしい。


CM

JRA(2000年) 岡村騎手として出演。和田竜二騎手や河内洋騎手(現・調教師)らと共演した。
KIRIN NUDA(2006年)
明治 プッカ
任天堂 マリオシリーズ(2005年〜2006年)
日清のラーメン屋さん(2006年)


歌手・岡村隆史

1999年に岡村自身が主演した映画『無問題(モウマンタイ)]の主題歌。H2Oの名曲「想い出がいっぱい」をカバーした。


第57回NHK紅白歌合戦乱入

「みんなのうた45年!キッズメドレー」の途中からバックの子供に混じって登場した。ちなみに紅白初出場。
2001〜2005年までの間放送された日本テレビ系の『ナイナイの夢と笑いが丸い地球を救うのだ!!』が放送されない事から出演する事ができた。2007年1月6日に放送されためちゃ×2イケてるッ!の日本一周の企画で大晦日のロケ終了後に中居が「責任もってNHKまで送れ!」と発言し、めちゃイケスタッフとナイナイがNHKの会場まで送り、そのまま中居を追いかけてスタジオの民放カメラ立ち入り禁止区間をも突破して紅白の会場裏で矢部がモニタリングをし、岡村が乱入する事となった。岡村自身もこの直後にニッポン放送で「オールナイトニッポン40周年記念!ナインティナインのオールナイトニッポンずばっと年またぎ!!」(ナインティナインのオールナイトニッポンの特別番組)の生放送があったため急いでいた。最初にこの事が判明したのはその特別番組である。この詳細は2月3日放送のめちゃイケで公開されることが番組内で報道されたが、放送日の日にオープニングで「事情により後日放送します」とテロップに出て、結局3月10日に放送となった。


オナラ王子事件

2007年1月6日、「SMAP中居くんと日本一周 ○○の旅」にて、2006年全国高等学校野球選手権大会で、優勝した早稲田実業が宿泊した宿舎でロケした際、選手らが宿舎で使用した酸素カプセルでおならを連発したり、大会期間中の食事などを笑いの題材に使用したため、日本高等学校野球連盟は「教育の一環として行われている高校野球の目的から著しく逸脱している」との抗議文をフジテレビに提出することを決めた。

その後、2007年1月11日放送の「ナインティナインのオールナイトニッポン」のオープニングトークで岡村はこのことについて「高野連が文句言わんで、中居が抗議文を送ってくるんやったらわかる」と言い、「逆にぼくが遺憾です」と反論、「高校球児がこれを見て腹立ちますというのならぼくが行って説明します」と答えた。概ね岡村の意見に対して世論は同調しており、むしろ高野連の横暴さや旅館に対する対応などが大きな議論の的となっている。

しかし、このことについて、他の報道ではナインティナインおよび岡村隆史の名前が出ることはあっても同行していた中居正広の名前は「同行したアイドル」などと濁す表現で用いられていることが多く、吉本興業の圧力には関係なく表記しているが、ジャニーズ事務所の圧力を恐れた報道機関の行き過ぎた対応といえる。

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上田 晋也(うえだ しんや、1970年5月7日 - )は、熊本県熊本市出身のお笑いタレント。くりぃむしちゅーのツッコミ担当。相方は有田哲平。プライム所属。


来歴

熊本市立城南中学校卒。熊本県立済々黌高等学校卒。高校在学中にラグビー部で有田哲平と出会う。当時の上田はいわゆる学校の番長的存在(童貞番長)で、有田はその上田に付いていくような感じであった。高校を卒業して一浪後、早稲田大学教育学部国語国文学科に入学するも中退。有田哲平を誘い、お笑いコンビを結成してデビュー。当時のコンビ名は、海砂利水魚 (かいじゃり すいぎょ)。由来は、まだ売れなかった頃に伊豆を訪れた際、見つけたカレー屋さんの名前。上田本人がネタを見て1度も笑ったことが無いというコント山口君と竹田君の付き人としてスタートする。名付けられた当初は海砂利水魚というのが落語の「寿限無」から出てきた言葉だということを知らなかった。
数々のライブ経験をこなす。TBS、「ウンナンの気分は上々。」で、さまぁ〜ずとの、グループ名の改名を賭けた対決に敗れる。内村光良によりくりぃむしちゅーに余儀なく改名を命じられる。以降は、コント重視の作家志向な芸風から一転し、バラエティ中心にタレント業で活躍するようになる。
2004年12月に同郷熊本県出身の一般人女性と結婚。なお上田はこの日は赤穂浪士討ち入り事件と同じ日であるという薀蓄を言っていた。しかし実際の赤穂浪士の時代は日時が変わるのは夜明けなので、日付が1日ずれている事を知らなかった。
2006年6月7日に第1子となる女児が誕生していた事を、同月11日放送の「おしゃれイズム」(日本テレビ系列)内で発表。名前候補として数々の下ネタが候補にあがった(くりぃむしちゅーのオールナイトニッポンにて)。結果として、これらとは関係なく上田の奥さんが考えた名前:風花に決定したそうだ。

[編集] 人物

高所恐怖症で、観覧車に乗っただけでも身動きが出来なくなる。また、閉所恐怖症でもある。
現在はツッコミを担当しているが、デビュー当時は、上田の方がボケだった。
トレードマークは天然パーマの髪型であり、番組内で自己紹介をする時には「どうも天然パーマです」と言うほど。一度「ロンドンハーツ」でドッキリ合コンに女の子に騙されてストレートパーマで髪型をストレートに変えられたことがあった。だが、彼の天然パーマの力はもの凄く1時間で元の髪型に戻ろうとしているほど。一時期坊主頭にしていたこともある。
自分より年下の一般人から「おい上田!(男)」、「ねえ晋也!(女)」などと呼び捨てで呼ばれている(ニッポン放送「知ってる?24時。」のジングルからの伝統)。もっとも、相方も「おい有田!」「ねえ哲平!」と呼ばれているため、二人まとめて「おい上田に有田!」となることも多い。
大の長渕剛ファンとしても有名で、2004年8月に横浜アリーナで行われたニッポン放送のイベント「そんなのアリーナ」では観客の前で「ろくなもんじゃねえ」を熱唱。時々ものまねも披露したりする。また仲間由紀恵の大ファンとしても有名。マネージャーに世界遺産のDVDを勝手に注文された。
一時期自ら「お笑いルポライター」と称してナンパをしたことがある(フジテレビ系「クイズ$マジオネア」にて発覚)。
実家はプロパンガス屋。
芸能界きっての「うんちく王」である。
「てぇーい!」、「そっちかーい!」などの上田流の言葉がある。
ラジオではよく言い、テレビでは『銭形金太郎』以外ほとんど言わなかった持ちギャグの「ペローン!」は、「天天パ!」に変わっている。
テレビ朝日系列「虎の門」の1コーナー・うんちく王決定戦で、初代うんちく王になった。以来、トークの巧みさを買われ、執筆、教育番組にも出演。彼の雰囲気を模倣している(であろう)芸人も少なくはない(品川庄司品川、メッセンジャー黒田など)。「天才ビットくん」(NHK)で子供にも人気が集まり、単独でも活躍中。例えツッコミ(例:古い民家を見つけたときに「世界遺産か!」)を得意とし、とっさの切り替えしの速さと巧さ、ボキャブラリーの豊富さには定評がある。またうんちくブームが去る前に、うんちくを披露する機会を減らしネタを従来の「ボケ・ツッコミ」に戻すなど、戦略的な面も持っている。
博学で売っているが椎茸の匂いを嗅いで松茸だと勘違いしたり、「名誉挽回」と言う所を「汚名挽回」と言ってしまったりたまに抜けてる所がある。
催眠術に全くかからない。
ファッションセンスが悪いらしい。
腕時計は右腕にしている。

[編集] エピソード

売れ出した途端に、実兄の啓介(芸人ではなく熊本でCM製作会社を経営。上田にとてもよく似ている)が晋也に無断で番組に出るケースが多くなった(中でも「くりぃむナントカ」では準レギュラー的扱いになっている。ちなみに番組宣伝ポスターも晋也と有田ではなく有田と実兄・啓介の2人がデザインされている。)。尚、銭金等で素人とも接する機会が多いが、一番嫌いな素人は実兄・啓介と公言している。ちなみに啓介は、熊本のローカル局テレビ熊本主催のTKUの日というイベントでヒロシのネタ調のものを披露し、熊本県内に放送された(2006年4月)。また、その直後には熊本日日新聞の夕刊で、インタビューが紹介された。また、自身の経営するCM会社の制作する熊本県民テレビのパチンコ番組『本日開店パチ天国!』では、"上田の兄"名義でナレーションを担当している。
松田優作の大ファンで、無名時代にお墓参りに行った事もあると告白している。松田の物まねもできる。(特に声帯模写)
ニッポン放送「知ってる?24時。」のパーソナリティを2003年3月31日から2005年6月30日の放送まで担当していたが、ニッポン放送のイマジンスタジオにて無断でラジコンで遊んだことから「知ってる?24時。」のパーソナリティをクビに(実際はスケジュールの関係)。上田の人気拡大に、この「知ってる?24時。」は大幅に関わっていただけに(この番組が始まった2003年から露出が増えた)、多くのファンに悔やまれながら最終回を迎えた。新しいパーソナリティにますだおかだの増田英彦が担当することになった。ちなみに相方・有田のラジオ「目からウロコ!24」も、ますだおかだの岡田圭右がやることになった。2005年7月5日からはくりぃむしちゅーとしてオールナイトニッポンの火曜日を担当している。
アンジャッシュの児嶋一哉を居候させていた。その時の児嶋は上田の冷蔵庫から食べ物を勝手に食べていたり、上田のベッドを占領していたりしたが、上田は怒らず寝ている児嶋に毛布をかけてやったという。
ラジオで駒大苫小牧が夏の高校野球(第86回大会)を優勝すると半分冗談で予想するが、なんと的中させる。
2006年のFNSの日に本番中、いきなり太田光を笑いもせずに「マイクもねぇのにうるせぇよ」と本気でどつき、「空気が読めてない」とネットなどで批判を受けた[要出典]。ちなみに太田と上田はボキャブラ時代から仲が良く、あくまで上田に悪気があった訳ではない。
ボクシングジムに通っているため、収録の合間にシャドーボクシングをやって周りから迷惑がられることもしばしば。しかし、調子に乗ってガッツ石松と「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」内の1コーナーでスパーリングをしKOされた。(2006年8月14日放送のHEY!HEY!HEY!より)
上田が18歳の時、熊本市民会館で行われた長渕剛のコンサートで、長渕の投げたハーモニカをキャッチすることに成功。今でも大事に保管している(後年長渕本人にその思い出話をしている)。
テレビ朝日くりぃむナントカの番組企画「第2回長渕剛ファン王決定戦」では、事前に知らされていなかった長渕本人の乱入ライブに感涙し「芸能界に入って今日が1番うれしかった」と話した。

[編集] うんちく王に関して

うんちく王で語られたうんちくの多くが『知泉(ちせん)』という本から出されているとネット上では騒がれていた。雑学本をうんちくの元ネタにすること自体に問題はないが、うんちくそのものだけでなく、文章表現まで酷似していたことがこれに拍車をかけた。結果として上田が深夜放送の「うんちく王慰安会」(ゴールデンSPの直後に放送。ちなみに実質の蘊蓄王シリーズ最終回)の中で酔っぱらった上「知識の泉と書いて知泉という本があるんですが、これを読めばうんちく王になれますよ」とカミングアウトした。しかし、その後は相変わらず「うんちくは周囲の人間から」などとお茶を濁す発言を繰り返している。
また、うんちく王で語られる「うんちくの魅力」が、その本人の生活、仕事や性格などから自然と吸収してきたものであるという捉えられ方をしており、「元ホットドッグプレス編集長で評論家の山田五郎」「放送タレント・コラムニストの松尾貴史」「元落語家、漫画・ゲーム・野球に強い伊集院光」といった当番組以外でもうんちくを生かした活躍をしている面々の中で、上田にはうんちく王らしい背景が無かった。実際、第1回大会では「なんで出てるんだ!?」と出演者に言われるなど、噛ませ犬的存在だった。
この薀蓄の元ネタに関しては雑誌「サイゾー」2005年2月号が取り上げた。
しかしうんちく王に求められるのは単なる知識だけでなく、制限時間内でまとめるプレゼン能力と瞬時にうんちくを語る瞬発力、そしてプレッシャーに打ち勝つ精神力なども必要とされ、上田がこの点で他の出場者に勝っていた点は評価されてしかるべきである。
このうんちくぶりをバラエティー番組で披露すると、周りからは歓声が起こるが相方の有田が不機嫌になる。
たまに上田の勘違いで事実とは違ううんちくを語るときがあるので注意が必要。

[編集] 単独の出演

夏至物語(関西テレビ放送 演出:岩井俊二)
知ってる?24時。(ニッポン放送) 出演終了(現在は番組も終了)
おしゃれイズム(日本テレビ)
天才ビットくん(NHK)
上田晋也と古坂和仁のオールナイトニッポンR(ニッポン放送) 単発
運命の数字(テレビ朝日) 単発
爆笑問題カーボーイ(TBSラジオ)単独でゲスト出演
上田ちゃんネル(SKY PerfecTV! テレ朝チャンネル)

[編集] ものまねレパートリー

長渕剛
松田優作
浅野温子
伊勢浩二
龍虎勢朋

などがある。開き直ったような女優・女性タレントのものまねも知ってる?24時。で披露していた。

[編集] 主な友人

有田哲平(相方・高校の同級生)
明石家さんま
浜田雅功
土田晃之
さまぁ〜ず
ネプチューン
Take2
清水ミチコ
YOU
古坂和仁
児嶋一哉
柴田英嗣
爆笑問題
ますだおかだ
増田英彦(知ってる?24時。の後任)
おぎやはぎ(中居正広の金曜日のスマたちへにおぎやはぎが出演していた際に、プライベートでよく遊んでいると発言していた)

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宮迫 博之(みやさこ ひろゆき、1970年3月31日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優。お笑いコンビ・雨上がり決死隊のボケ担当で、相方は蛍原徹。大阪府大阪市西淀川区出身。私立金光第一高等学校(現・金光大阪高等学校)卒業。[1]NSC7期生であり、吉本興業所属。現在はお笑いタレントだけでなく、俳優活動やDonDokoDon山口智充とのユニット「くず」としての音楽活動も行っている。

血液型B型。


人物
高校卒業後、NSCに入る。1989年、蛍原徹とお笑いコンビ「雨上がり決死隊」を結成。
テレビ等では、常にテンション高くキレることが多いキャラクターで見られているが、実際のところ普段はかなり大人しく、時に「根暗」とまで表現される程であることが、相方の蛍原徹や先輩の松本人志、島田紳助等多数の口から語られている。しかし、後輩芸人の千原JR.やガレッジセールなどにはそれは演出にしか過ぎなく先輩芸人がいなくなると70%は自慢話、30%は人の悪口を言うという。
自己紹介では自分の頬を叩き、両人差し指を前に突き出し「宮迫〜です!」と言う。この一連の動きでは頬を叩くのは2回と勘違いしている人が多いが、実際には1回しか叩いていない。これは元々、自分の頬を叩く「俺はアホかっ」(もしくは「俺のアホっ」)という自虐ギャグが派生したものであり、これに「太極拳の型を加えた(本人談)」ものである。
リーダー格だった「吉本印天然素材」ではジャージ姿で革靴を愛用していた。
コンビとしては宮迫一人が目立つことが多いが、「相方は俺のために身を引いてくれている」と発言したり、ある番組のプロデューサーの「蛍原さんはいつもの様に目立たない感じで」という指示にマジギレする等、相方思いの一面を持つ。その理由としては、かつて自分独りの才能でやっていると主張し独断専行を続けていた宮迫に対し、見かねた先輩芸人の西川のりおが「蛍原を疎かにしていては先は無い」ときつく注意したことが原因であるといわれる(西川のりお談)。
最近頭髪が薄くなって来ていることが気になっており、ヘアメイクに相当時間をかけている。ちなみに父、祖父も頭髪が薄く、見事にその遺伝子を受け継いでしまったようだ。トーク番組において松本人志から「プールから上がると50歳のオッサンに変わってた」とまで言われた。「水に濡れると別人になる」「髪が濡れるともずくみたいになる」「水に潜ると俺がいなくなっちゃう」(本人談)。
仲間の芸人達から時折「ハゲ迫さん」「ハゲかけ迫さん」とからかわれている。『めちゃイケ』では幼稚園児に「ハゲサコ」と言われたことがある。当人も遺伝でハゲると信じているのか、育毛剤を愛用していると言われる。
『めちゃイケ』では、岡村隆史とケンカをしているシーンがよく見られるが、実際は仲が良い。岡村が先輩の宮迫にタメ口を使い、宮迫がキレて岡村と喧嘩をしてそれを止めにいく蛍原にドロップキックするという一連の流れは鉄板である。
「宮迫」という名字は書き間違えやすいのか、小松政夫にクイズ番組で「宮追くん」と書かれたことがある。
妻は元バレリーナで2歳年上(「なんでなん?」が口癖)。恐妻家としても知られ、ある日の深夜、仕事から疲れて帰ってきた宮迫が寝ぼけ眼の妻に「あんた、あたしのヤクルト飲んだやろ!?」と叱責され、暫くの間玄関で平伏したというエピソードはテレビで何度も発言し有名になっている。『徹子の部屋』に出演した際にこの話のオチを黒柳徹子が先に言ってしまったこともまた有名になっている。また彼女は、松本人志が宮迫の招待で家を訪問したときに長男を抱っこし、「いや〜、かわいいやんか。この前掛け」と発言した松本を鬼の形相で睨みつけた事もある。
かなりの漫画・アニメ好きとしても有名で、未だに殆どの漫画雑誌を講読又は立ち読みしている。漫画の種類としては『北斗の拳』の様に、主人公が圧倒的に強いモノが特に好みで、その中でも『月刊少年チャンピオン』に連載されていた『クローズ』は連載第一回の段階から自分好みの漫画として愛読しており、未だに自分の中で最も面白い漫画であると言っている。また、アニメに関してもかなりオタク的で(本人はアニメソング好きと言っているが)、こちらは『機動戦士ガンダム』や『超時空要塞マクロス』等が好きで、劇中の台詞を全て覚えている。実際『マクロス』に関しては、自身がパーソナリティーを務めていた、MBSラジオ『オレたちやってま〜す』木曜日内で何度も熱弁を振るった結果、偶然それを聞いた関係者から実際に『マクロス』のDVD商品のCM出演オファーをもらった程である。本人曰く、初恋の相手は、ミンキーモモだそうである。また、同番組で共演した声優の堀江由衣のマネージャーに「カリンコリン」というあだ名を付けた(尋常でなく痩せていたことから)。
元々は俳優志望であったことも手伝い、2001年の『救命病棟24時』(第2シリーズ)へのレギュラー出演以降、俳優としてドラマ・映画での活躍が目覚ましい。しかし、近頃酒の席で「(芝居は)自然体でやったらええねん」など演劇論を真面目に語ることがあるらしく、お笑いタレントとしてはいささか勘違いし始めている等と芸人仲間から揶揄される事もしばしばである。
「雨上がり決死隊」を組む前に別の相方と「ぴいぷる」というコンビを組んでいた。このコンビはダブルボケでとてもシュールな芸だった為、解散してしまった。この相方は現在、六本木ヒルズに居を構える程に実業家として成功している。
プライベートでは、山崎邦正と家族ぐるみでの付き合いがある程仲がよく、雨上がりの番組となると必ずと言っていい程頻繁に登場する。
雨上がり決死隊出演のラジオ番組『雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!』では、「ギャラクシー兄さん」(略して「ギャラ兄」)の異名を持つ。
息子から「パパ、ドライブに連れてって…」の一言に一念発起し、35歳から自動車教習所に通い、見事合格。愛車はポルシェ・カイエン。その後、『ワンナイ』では、ハワイでドライブをした。しかしその愛車を購入して間も無い頃、プライベートで今田耕司がふざけて行ったフライングボディーアタックにより、ボディを軽く陥没させられている。
持ち歌は『Missing』(久保田利伸)と言われており、女性と飲みに行って、カラオケに行くと口説き文句と共に必ず歌うと言われる。また、ダウンタウン松本とカラオケに行き、『ラブ・イズ・オーヴァー』を歌った際「欧陽菲菲よりも泣けた」と言わしめた。
NSCに入らなかったら、マギー司郎の弟子になりたかったと言い、マギー司郎本人にもそのことを語っている。
「翼こそ生えてないですけど、天使ですよ」と公言するくらい、息子を溺愛している。
体が柔らかい女性が好き(妻は元バレリーナでもある)。
遊園地の絶叫マシーンが大の苦手で、松本人志曰く「東京ディズニーランドのカリブの海賊に乗っている時に女の子のように絶叫していた」という。
自信家として知られ、「自分のことを良くかいた記事のページを折った雑誌を持ち歩いている」と松本人志がラジオで語っている。
知らない人間から呼び捨てにされることを嫌っており、自分に「宮迫」と呼びかけたファンの子供達を一列に並べて説教したというエピソードもある。
かつて小児喘息を患っていた。これは、かつて西淀川区に発生した「西淀川公害」が原因とも言われており、この治療のために、宮迫5歳の頃に茨木市に転居している。
ネタである「宮迫です」という台詞と動きはモロッコで有名である(『寿ナイナイ世界!』より)。


出演
コンビでの出演は雨上がり決死隊を参照。(一部重複あり)


テレビドラマ
演じている役のほとんどが関東出身の設定である為、標準語及び東京弁で演じている。

金曜ドラマ 美しい人(1999年、TBS系)
ただいま満室(2000年、テレビ朝日)
きらきらひかる3(2000年、フジテレビ系、ドラマシリーズ後の二時間スペシャル) - 舞草衆一郎 役
ココだけの話(2001年、オムニバスドラマ、第6話出演)
史上最悪のデート 第19話(2001年4月15日、日本テレビ)
救命病棟24時(2001年7月 - 9月、江口洋介 主演) - 馬場武蔵 役
ミスDJ殺しのリクエスト(2001年、黒木瞳 主演)
北条時宗(2001年、NHK) - 六波羅探題北方 北条義宗 役
反乱のボヤージュ(2001年、テレビ朝日) - 立花 役
いま何待ち?(2002年、オムニバスドラマ、第14話、15話出演)
テレビ朝日木曜ドラマ 婚外恋愛(2002年1月 - 3月、テレビ朝日)
春ランマン(2002年4月 - 6月、関西テレビ・フジテレビ系)
ソーム二課 電話オペレーターの事件簿(2002年、フジテレビ系)
探偵家族(2002年7月 - 9月、日本テレビ系) - 田中大介 役
アシ!(2003年、テレビ朝日)
東京ラブ・シネマ(2003年4月 - 6月、フジテレビ系、月曜夜9時) - 千葉吉成 役
離婚旅行(2003年、西田敏行 主演)
太閤記 サルと呼ばれた男(2003年、フジテレビ]]系) - 明智光秀 役
アットホーム・ダッド(2004年4月 - 6月、関西テレビ・フジテレビ系、火曜10時) - 杉尾優介 役
恋の時間(2005年10月 - 12月、TBS系、日曜夜9時) - 山田昌男 役
Happy!(2006年4月7日、TBS系) - 桜田純二 役
だめんず・うぉ〜か〜(2006年10月 - 12月、テレビ朝日系) - 一ツ橋信 役
Happy!2(2006年12月26日、TBS系) - 桜田純二 役
ゲスト出演
金曜時代劇 しくじり鏡三郎(1999年、NHK、第19話)
彼女たちの時代(1999年、フジテレビ、 第4話、6話)
モナリザの微笑(2000年、第6話 ゲスト出演)
HERO(2001年、第3話) - 宮川雅史 役
初/体/験(2002年1月8日、フジテレビ、第1話)
夢のカリフォルニア(2002年4月12日、TBS、第1話)
天才柳沢教授の生活(2002年、フジテレビ、第4話) - 榎本(空き巣) 役
日韓合作ドラマスペシャル 金曜エンタテイメント ソナギ〜雨上がりの殺意〜(2002年11月1日、フジテレビ)
日曜劇場 夫婦。(2004年、TBS) - 赤井 役


映画
ごんたくれ(1995年) - 映画デビュー作
岸和田少年愚連隊(1996年)
蛇イチゴ(2002年) - 初主演作
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦(2002年) - 声優 彦蔵 役
13階段(2003年)
下妻物語(2004年)
CASSHERN(2004年) - アクボーン(新造人間) 役
Mr.インクレディブル(2004年) - 声優・日本語吹替版、シンドローム / インクレディボーイ=バディ・パイン 役
Tokyo Tower(2005年)
姑獲鳥の夏 (2005年)
妖怪大戦争(2005年)
タナカヒロシのすべて(2005年)
探偵事務所5(2005年) - 成宮寛貴とダブル主演
GOAL!日本語吹き替え版(2006年) -ジダン役
魍魎の匣 (映画)(2007年秋公開予定)


舞台
NODA・MAP『カノン』(2000年4月1日〜5月28日:シアターコクーン・近鉄劇場)


CM
ハウス食品 さわやか吐息
アサヒ飲料 新若武者《ペットボトル緑茶》


受賞歴
2003年度 毎日映画コンクール・スポニチグランプリ 新人賞
第25回 ヨコハマ映画祭 最優秀新人賞
第28回 報知映画賞 最優秀助演男優賞

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なかやまきんに君(なかやまきんにくん、本名:中山翔二(なかやま しょうじ)、1978年9月17日 - )は、福岡県北九州市出身のお笑いタレント(現在休業中)。吉本興業所属。身長177cm・体重78kg。3サイズは104/76/95。血液型はAB型。福岡工業大学附属城東高等学校卒業。

吉本総合芸能学院(NSC)22期生。芸名の名付け親はFUJIWARAの原西孝幸であると言われるが、原西が考えた名前は「なかやま」がない単なる「きんに君」。

2006年の体育の日である10月9日から一年間の予定で芸能生活を休業、現在ボディビルの聖地・ロサンゼルスへ“筋肉留学”の真っ最中である。現地で興行をし、非常に好評だった。下ネタばかりだったが、全米屈指の性に開放的な地域であるカリフォルニアは性表現や下ネタに寛容な地域であるため、客層が下ネタに寛容であったことが、良い結果につながったようだ。


プロフィール
2001年、吉本新喜劇に入団。体は筋肉質で、笑いを取る時は、筋肉アピールをしながら喋ったりする。 また、肉体派を売りにしているだけあって、運動神経は芸能人の中でも1, 2を争う。その筋肉が見せ掛けではない事は、民放で行なわれる「スポーツ特番」(TBSの筋肉番付シリーズ)などで、過去に数々の優秀な成績を収めていることからも見て取れる。

スポーツマンNo.1決定戦芸能人サバイバルバトルにて前人未到の大会4連覇を成し遂げ(2006年10月)、計5回総合No.1となっている。また、元日のプロスポーツマンNo.1決定戦でも総合4位に入賞している。
SASUKEにも過去7回出場しており、2回2ndSTAGEまで進出している。
そんな運動神経抜群の彼ではあるが、実は泳げない。また、バランス感覚も悪い。
スポーツジムで知り合ったアメリカ・シカゴ出身の女性(シカゴの暴れ牛)と熱い一夜を共にして以来、外国人女性出演のアダルトビデオに興味を持つようになったという。また、芸恋リアルでは、ジャスミン茉莉花に告白した事もある。
見かけによらず占いに凝っていて、週に5回通うこともあるとか。
吉本入団前の素人時代、1998年10月30日放送分の探偵!ナイトスクープに「世界一指を早く回せる男」として出演経験した。(探偵ナイトスクープDVD Vol.4 爆笑小ネタ集33連発〜 恐いモノに追われると速く走れる?編 に収録)
2003年1月、第24回ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞を受賞。
2002年4月、タイム誌アジア版の「アジアのヒーロー」のネット投票でなかやまきんに君が一時期上位にランクインされていたが、なぜか名前が「Kinnikun Nakamura」になっていた。
準レギュラーで出演している「せやねん!」(毎日放送テレビ)では、人気企画「ピーンと来たら激写メール」(視聴者から送られた、カメラ付き携帯電話やデジタルカメラで撮影した面白写真を紹介する企画)のリポーターとして、吉本の先輩・たむらけんじと共に番組限定のコンビ「おもしろーず」として活動している。
誕生日が敬老の日になることがある。
高校の同級生に日下部基栄(元福岡県警察官、シドニーオリンピック柔道女子57kg以下級銅メダリスト)がおり、「ナイトシャッフル」(FBS福岡放送制作)のロケゲストとして出演した際、今や同局のレギュラータレントと化した日下部が現場に乱入し、高校時代の行状を暴露された。日下部のテレビにおける発言は歯に衣着せぬところがあり批判も少なくない。それだけにきんに君にとって、その場はさながら地獄のようだった。
2006年6月、大阪府岬町にある「みさき公園」の「ぷ〜るらんどRiO」イメージキャラクターに起用決定。
千鳥のノブとは新喜劇ボンバー!!で「ザ☆元気」というユニットコンビを組んだことがある。
食事は味をあまり気にせず、筋肉をつけるのに役立つことを重視している。例えば「笹身のボイル・青汁がけ」など。
2006年10月1日放送のマルコポロリ!で、最後号泣した。


アメリカ留学後
2006年10月22日(23日早朝)毎日放送ラジオのスペシャルウィークにて放送されたケンドーコバヤシ、サバンナパーソナリティーの「コバンナ」にて、筋肉留学後初のメディア出演を電話で果たした。
2007年2月9日(現地時間)(キンニクの日にかけている)カリフォルニア州サンタモニカで全編英語のライブを行った。当初一回公演の予定だったものの現地の観客が多数詰め掛けたため、急遽二回公演に変更し、およそ100人ほどの聴衆を前にライブを披露した。現地では「nobody knows your comedian style(誰もあなたのコメディアンスタイルを知らない)」と評され好評を博したと報道されている [1]。


主なギャグとネタ
とにかく筋肉をアピールしたがる。九割方一発ギャグである。基本的に失笑を伴うすべり芸だがなぜか憎めない。くせになる芸風である。内村光良や宮迫博之は気に入ってる模様でよく物真似をしている。本ネタよりも前フリのほうが受けていることがよくある。

(腕で筋肉ポーズを取りながら)それは言えません!
(全身でポーズを取りながら)な〜か〜や〜ま〜きんに君です。
ムキムキになって、○度目の夏!!(2000〜2001年の間にムキムキになったらしい。2005年だと5度目)
今日も〜!朝ごはん〜!い〜っぱい食べてきた!
1、2、3、パワー!
拍手を下さいっ!!
さあ来い!さ〜ぁ来い!
健康のためなら〜死んでもいい!
義務!義〜務っ!む〜ぎっ!
ドーナツ化現象!現象化ドーナツ!!
言うな〜〜〜!それ・を・言うな〜〜〜!!(U・N・A、言うな)
・・・・・(嫌なことがあったとき、普段の笑顔とかけ離れた死んだ目・顔になり、反応が極薄になる)
筋肉しりとり!
筋肉じゃんけん!
筋肉三・三・七拍子!
筋肉玉すだれ!
筋肉レーダー
おい!オレの筋肉。おい!オレの筋肉。さあ、やるのかい?さあ、やらないのかい?どっちなんだい!?や〜〜る!!(または、や〜らない!!)
そうです、○○です・・・・・ってこ〜れ〜で〜も〜か!
今あなた、なんて言いました?僕を怒らせるとどうなるか、解ってますか!?この〜、(腕組みして)筋肉プンプン!
(腕を叩かれて)筋肉明太子!
筋肉爆弾!
筋肉時計!12時!3時!6時!9時!
おい おい見せちゃうのかい おい 筋肉ルーレット! オープーン!!
俺がこのタンクトップを脱いだらどうなるかわかるか?(タンクトップを脱ぎ捨て)裸やー!
池乃めだかや烏川耕一が、張り合うことがある。
(池乃)「俺がこの上着を脱いだらどうなるかわかるか?地味な色やー!」
(烏川)「俺がこのシャツを脱いだらどうなるかわかるか?デブやー!」
おい○○!おい○○!(人や物の名前)
(何も使わずに胸を動かしながら喋る)
きんにクリスマス&筋肉ベル
(服を脱いだ状態で立ち去る時)あれ?来た時より寒いなー?
でも、笑いの筋肉は読めません!
それはまてにあたいする!(横丁へよ〜こちょ! 限定)
「ホウレンソウ」を取り出し、「ポパイがホウレンソウを食べると強くなります。ということは、もともと筋肉のある私がホウレンソウを食べれば、最強になります。」などと言ってホウレンソウを食べ、「さあ、かかってこい!」。ところがなぜか思ったように力が入らない。よくよく見ると・・「あ、これ小松菜!母さん間違えてるよ!」他の出演者からは「それ位自分で買ってこい」などと失笑される。そして「(小松菜だけに)困っつなー」と、ダジャレで締めるところは、いかにも島木譲二の後継者らしい。
その島木譲二に張り合って大阪名物パチパチパンチを披露することもある。
など、筋肉を使ったギャグは数え切れない。

ギャグ前の前フリの段階で「オゥオゥオゥ、ダブルバイセップス・・・」等、ポージングの名前を呟いている事がある。

また、自作のイラストを利用したネタもあるのだが、テレビではほとんど披露していない。

ちなみに2005年5月14日放送分「バンド解散の危機!」では、「俺がこのタンクトップ〜」のネタを「俺がこの筋・・・、タンクトップを脱いだら〜」と間違えたため、吉田ヒロに「なぜ筋と言ったんですか?」、小籔千豊に「キンクトップになりますやん」と突っ込まれた。


キャプテン☆ボンバー
2006年イチオシのキャラクター。アメリカの文化を日本に紹介するため、ノースキャロライナ州からやってきた男である。星条旗を施したキャップ、タンクトップ、短パンを身につけ、アメリカンにキメている。常にアメリカンなことを口走り、決め台詞は「ボンバー!!」。R-1ぐらんぷり2006ではキャプテン☆ボンバーとして出場、決勝まで進出。このときは舞台上になかやまきんに君の遺影を置き、きんに君とは別人という設定(きんに君と呼ばれても否定)でネタを披露した(結果は8人中最下位)。

2006年4月からはキャプテン☆ボンバーを主役に据えた新喜劇イベント、「新喜劇ボンバー!!」がスタートした。

レイザーラモンHGがブレイクしたきっかけは、「爆笑問題のバク天!」でのきんに君のコーナーの「筋肉紙芝居」に作画担当として出場したことである。当時無名のHGが今やきんに君をはるかに追い越してしまい、なおかつ筋肉芸人としてかぶってしまった。きんに君は、今になってHGを売り出すきっかけを作ってしまったことを後悔しているらしい。そんな現状に嫉妬したのか、きんに君は“HGは性格が悪い”と噂を流したり、レイザーラモンHGのスケジュールを妙に把握したりしていた時期もあった。しかし、HGの人気にヒントを得て「自分も別人格のキャラクターを編み出せば・・・!」ということで誕生したのがキャプテン☆ボンバーである。とはいえ、HGのように素顔を隠しているわけでもなく、芸風も普段と大差なく、普段のきんに君以上にすべり所が多く、ある意味レイザーラモンRG以上にツッコミ所も多いキャラクターではある・・・が、やはり何故か憎めない。ちなみにキャプテン☆ボンバー誕生の陰にはHG同様ケンドーコバヤシの助言があったとされている。

3月24日の笑いの金メダル日曜お引越しスペシャルのワンミニッツショーでもキャプテン☆ボンバーとして出た(くりぃむしちゅーの上田などに尋ねられても、きんに君であることを否定した)。

4月20日、大阪府立体育会館にて行われたハッスル16でプロレスデビューを果たす。有酸素運動マン(サバンナ八木)をタッグパートナーに島木譲二・ユウキロック組と対戦。試合前、ユウキロックの「なかやまきんに君ですよね〜?」という挑発には「ボンバープンプン!」で対抗、試合ではコーナーに登ったユウキロックに対して秘技、ステルスボンバー(周りの人に見えなくなる)を披露した。 キャプテン☆ボンバーは、アメリカに“帰国”するため芸能界休業と言う扱いになっている。その後、2007年2月にサンタモニカで行われたきんに君のライブで友情出演し日本とは逆に日本の文化をネタにしていた。


主なギャグ(と言うよりお約束)
聞き手「好きな食べ物は?」→
キャプテン「ハンバーガー・・・チーズバーガー・・・チキンナゲット・・・(胸を張り右腕を力強く突き上げ)ボンバーーーーー!!!」
聞き手「一番ほしい物は?」→
キャプテン「エアフォースワン・・・ボンバーーーーー!!!」
聞き手「尊敬する人は?」→
キャプテン「ジョージ・ワシントン・・・ジョン・F・ケネディ・・・ボンバーーーーー!!!」
聞き手「日本に来て楽しかったことは?」→
キャプテン「京都・・・ボンバーーーーー!!!」


受賞歴
「ABCお笑い新人グランプリ」審査員特別賞
「壮絶筋肉バトル!スポーツマンNO.1決定戦」総合第1位
「R-1ぐらんぷり2006」第8位


レギュラー出演番組
なかやまきんに君の筋肉留学 (不定期 ヨシモトファンダンゴTV)
※現在アメリカに筋肉留学しているため、出演番組はほとんどない。


過去に出演していた番組
爆笑オンエアバトル(NHK)
新喜劇ボンバー!! (毎日放送)
スポーツマンNo.1決定戦(TBSテレビ)
SASUKE(TBSテレビ)
よしもと新喜劇(毎日放送)
マルコポロリ!(関西テレビ)(アメリカに留学するため)
せやねん!(毎日放送)(アメリカに留学するため)
いただきマッスル!(中京テレビ)
クイズ!紳助くん(朝日放送)
中川家ん!(毎日放送)
新喜劇フー!!(毎日放送)
ドラバラ鈴井の巣 (北海道テレビ)
第2作目ドラマ「マッスルボディは傷つかない」レギュラー出演
水10!(フジテレビ)
ワンナイR&R準レギュラー出演
BODY(TBSテレビ)
SASUKEエントリーバス企画のナビゲーター
早起きラジオMBS月曜(MBSラジオ)
日曜笑劇場(1、2、駐在さんダァ〜!!以降)(朝日放送)
探偵ナイトスクープ(朝日放送)(依頼者として出演・DVD「爆笑小ネタ集33連発」に収録されている)


広告・CM
2003年奈良県知事選挙
「あなたの一票が奈良県の筋肉になります!」
コカ・コーラ「パワーエイド」
出演タレント紹介では、「なかやまきんに君さん」と書かれている。

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中川家(なかがわけ)は、中川家剛(なかがわけ つよし)と中川家礼二(なかがわけ れいじ)による兄弟漫才コンビである。大阪府守口市出身。吉本興業・大阪本社に所属。正統派漫才師と評判高い。


メンバー
当初は本名で活動。現在も本名の中川名義で出る場合も稀にあるが、基本的には「中川家」を付ける。

中川家剛(なかがわけ つよし、本名:中川剛(なかがわ つよし)、1970年12月4日 - )
ボケ、ネタ作り担当。立ち位置は向かって左。通称「お兄ちゃん」。B型。身長158cm。
中川家礼二(なかがわけ れいじ、本名:中川礼二(なかがわ れいじ)、1972年1月19日 - )
ツッコミ担当。立ち位置は向かって右。通称「礼二」。A型。身長172cm。(←本人談)


略歴
吉本興業の大阪NSC第11期生。同期には陣内智則、ハリガネロック、ケンドーコバヤシ、たむらけんじらがいる。また、松竹芸能のますだおかだ・増田は小学校・中学校の先輩にあたる。
1996年1月、第17回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。その後、関西ローカル番組「すんげー!Best10」などで人気を博する。
関西以外で知られるようになったのは、2000年頃に出演した「明石家マンション物語」がきっかけ。オーディションコーナー(「大部屋」)で注目され、準レギュラー出演するに至った。また、爆笑オンエアバトル(NHK)では10戦9勝と言う高いOA率を誇った。
2001年末、第1回「M-1グランプリ」では大本命というプレッシャーの中、見事初代チャンピオンとなった。その前後に本格東京進出。現在の若手お笑い芸人ブームの初期(2002〜2003年頃)に大ブレイクした。


概要
兄・剛の自己満足的ぼけを弟・礼二が汗をかきながらつっこむスタイル。いわゆる正統派しゃべくり漫才で、「(同じく兄弟漫才コンビである)夢路いとし喜味こいしの後継者」と言われることもある。普段から頼りない『兄』剛は、外見的にも身長が低く童顔で、おっとりしたボケであるのに対し、声も体も大きく「大阪のおばちゃん」的なしっかり者の『弟』礼二がツッコミであるという立場逆転の面白さもあると言える。コント では立場が逆転する場合が多い。
相方を探していた兄が友人・知人にことごとく断られた後、居間で寝転んでいた弟に声をかけたところすんなりとOKされ、コンビ結成に至った。
ネタの打ち合わせはほとんどしていない。
兄・剛がパニック障害を経験し、一時期舞台に立てなくなってしまったことや、弟・礼二が漫才ネタを舞台上で忘れてしまい、漫才をコントロールできなくなったとするエピソードがある(後述)。
礼二は子供の頃から鏡に向かってモノマネの練習をしており、それが今のマニアックなモノマネに繋がった。あまりにやりすぎて父親に病院につれて行かれた経験がある。
ジャイケルマクソンで2人のおじさんがオカマであることを礼二が告白した。2006年の正月に礼二が、そのおじさんに「(オカマであることを)メディアで言っていいか?」と聞いたら、「いいわよ!」と言ったらしい。そのおじさんには70歳の彼氏がいて、「木」と言う漢字を4つ書いて「ジャングル」と読む名前の喫茶店によく行くらしい。
ネタやライブの構成企画は放送作家でもあり二人とは仲のいい柳しゅうへいと一緒に手がけている。


受賞歴
第30回上方漫才大賞新人賞(1995)
第17回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞(1996)
第30回上方お笑い大賞最優秀技能賞(2001)
第1回オートバックスM-1グランプリ優勝(2001)
第40回ゴールデン・アロー賞芸能賞(2002)
※本来なら第37回上方漫才大賞(2002)で奨励賞を受賞することが決まっていたが、M-1で優勝したコンビが二位に相当する賞を受賞するのはM-1を否定することになるという吉本興業の意向により、辞退した。


エピソード
兄弟はよく父親に連れられてなんばグランド花月に行った。礼ニは行くのが嫌だったが、電車に乗れるのが楽しくて付いて行った。いつの間にか漫才にどっぷりはまり、なんばグランド花月の最前列で舞台に釘付けになっていた。
礼二の電車好きはその後も続き、マニアックなモノマネは電車がらみが多い。
剛は小学校高学年の頃には、体格で礼ニに負けてしまっていた。そのため、お下がりならぬお上がりを礼ニからもらっていた。
高校時代は2人ともラグビー部。当時剛は真面目に3年間練習をしていたが、体が小さかった為にほとんど試合に出場しなかった。礼二は真面目に練習せずにチームメイト、監督を盛り上げたり、笑わせたりに徹していた。
現在毎日放送で放送される深夜のハイライト番組、全国高校ラグビー大会の決勝の中継の副音声の解説も務めている。
1997年、「お笑いに新しい風を吹き込むため」と称して、2丁目劇場で漫才禁止令が出された。「漫才出来んのやったら舞台に立つ意味ない」と思った2人と海原やすよ・ともこは、所属劇場がなくなることを顧みず、2丁目劇場卒業を選択。
デビューから5-6年経ちレギュラー番組も増えてきた頃、剛がパニック障害を患った。
人ごみに入ると呼吸を忘れてしまう剛のため、発病当時の新幹線移動では1駅ごとに礼二が剛を下車させ呼吸をさせていた。
漫才中に剛の意識が飛んでしまい、礼二は1人漫談状態で漫才を続けた。
剛が療養中も、礼二は剛が戻ってきやすいよう、1人でレポーターなどを続けた。
今までで一番つらかった仕事として、礼二は剛療養中の1人での営業をあげている。それなりに受けたらしいが、1人なのでマイク前中央に立たなければいけないのに、無意識に普段と同じようにマイクの少し横に立ってしまったことが悲しかったらしい。
SANSPO.COM内のインタビューで英国でのイベントをやりたいと夢を語っている。


出演している番組
ジャイケルマクソン(毎日放送)
大阪ほんわかテレビ(よみうりテレビ)
水野真紀の魔法のレストラン(毎日放送)
リンカーン(TBS系)(準レギュラー)
アッコにおまかせ!(TBS系、不定期)
さんまのSUPERからくりTV(TBSテレビ系、不定期)
痛快!明石家電視台(毎日放送)(準レギュラー)
笑いの金メダル(朝日放送)(準レギュラー)
ヨシモト∞(不定期)
明石家さんちゃんねる(「ニュースの密林」のコーナー、TBS、不定期)


過去に出演していた番組


バラエティ
爆笑オンエアバトル(NHK)
すんげー!Best10(朝日放送:1995-1997年)
PUSH!(朝日放送:1997-1998年)
吉本超合金(テレビ大阪:1997-2000年、一時期準レギュラー)
明石家マンション物語(フジテレビ:1999-2001年、一時期準レギュラー)
感じるジャッカル(フジテレビ:2001-2002年)
人妻温泉(テレビ東京:2001-2002年)
なまあらし LIVESTORM(フジテレビ:2003-2004年)
ロバートホール→ロバートホール水(フジテレビ:2003-2004年)
リチャードホール(フジテレビ:2004-2005年)
中川家ん!(毎日放送:2003年-2005年)
にこいち 〜スーパースター友情列伝〜(朝日放送:2004-2005年)
熱中時間〜忙中“趣味”あり〜線路より愛をこめて/中川家礼二の時刻表(NHK-BS2:2006年)


テレビドラマ
ラブコンプレックス(フジテレビ系ドラマ:礼二のみ、2000年)
グットコンビネーション(NHK大阪ドラマ:2000年)
東京庭付き一戸建て(日本テレビ:2002年)
ずっと逢いたかった。(フジテレビ系金曜エンタテイメント:剛のみ、2005年)
危険なアネキ(フジテレビ系ドラマ6話:礼二のみ、2005年)
よろず刑事(ABCドラマ6話:2005年)
マイ★ボス マイ★ヒーロー(日本テレビ系ドラマ1話:礼二のみ、2006年)


CM
ジョージア(日本コカ・コーラ:2003年1月-)
JR西日本CM(JR西日本:2003年12月-)
親店舗告知(株式会社ソフマップ:2002年3月-2002年6月)
ツーカーホン関西CM(株式会社ツーカーホン関西:2002年11月-2003年3月)
株式会社東京ニュース通信社:2003年4月-2004年4月)
大阪ガス株式会社(2005年7月-)
コロナワールド「中川コロナワールド天然温泉健美効炉」(2006年9月-)


ラジオ
中川家のはまぐり御門お笑いバトル!(KBS京都)
中川家の半時間(TBSラジオ)2002年10月-2003年3月30日
中川家のネコ電(TBSラジオ:JUNK月曜→B-JUNK水曜)2003年4月-2005年3月


DVD
間寛平・中川家 原宿寄席 2006
兄弟喧嘩
中川家/二人息子
M-1グランプリ2001完全版〜そして伝説は始まった〜
〜漫才ファッションショー〜漫服
中川家・ルート33・キングコング in ZAIMAN
ハリガネロック・チュートリアル・ランディーズ in ZAIMAN (コーナー出演)
ZAIMAN「MAN!!」
感じるジャッカル
リチャードホール
リトル・ブリテン※吹替


CD
「阪神タイガース 酒飲み音頭2003」(2003年)-吉本酔虎隊のメンバーとして
「大阪パラダイス」(2006年)-中村玉緒&中川家


書籍
『中川家ガイド』(東京ニュース通信社 、2003年、ISBN 4924566217)


映画
「明日があるさTHE MOVIE」(東宝:2002年10月)
「巌流島 -GANRYUJIMA-」(東宝:2003年10月)
「スクール・ウォーズHERO」(松竹:2004年9月)
「Mr.ディーズ」大阪弁吹替(ソニー・ピクチャーズエンタテインメント:2003年5月)
「木更津キャッツアイ ワールドシリーズ」(2006年)


ライブ
1996年06月22日 - 二人会 (baseよしもと/大阪)
1996年09月22日 - 二人会 (baseよしもと/大阪)
1997年05月01日 - 二人会 (baseよしもと/大阪)
2000年09月23日 - 多重人格 (baseよしもと/大阪)
2002年07月28日 - 兄弟喧嘩 (NGK/大阪)
2002年08月04日 - 兄弟喧嘩〜中川家芸能生活10周年記念イベント〜 (ルミネtheよしもと/東京)
2003年08月03日 - 二人息子 (NGK/大阪)
2005年09月28日 - 中川家の寄席 (新宿末廣亭/東京)
2005年12月22日 - 中川家の寄席 (新宿末廣亭/東京)
2006年03月23日 - 中川家の寄席 (新宿末廣亭/東京)
2006年06月24日 - 間寛平・中川家ライブ2006 (ラフォーレ原宿/東京)
2006年06月25日 - 間寛平・中川家ライブ2006 (ラフォーレ原宿/東京)
2006年09月21日 - 中川家の寄席 (新宿末廣亭/東京)

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仲本 工事(なかもと こうじ、1941年7月5日 - )は、日本のコメディアン・歌手・俳優で、「ザ・ドリフターズ」、「こぶ茶バンド」の一員である。本名、仲本 興喜(なかもと こうき)。

バンドでの担当は、ボーカルとギター。血液型はA型。家系は沖縄の出。東京都出身。酒は飲めない。


来歴
東京都立青山高等学校、学習院大学政治経済学部卒。居作昌果の著書『8時だョ!全員集合伝説』には高木ブーの学生時代のバンド仲間と書かれているが、2人の年齢差を考えると高木が学生の頃からバンド仲間だったとは考えづらい。尚、ドリフに入る前にクレイジーウエストと言うバンドに加藤英文(後の加藤茶)と同時期に参加していたことがある。
東京商工会議所への就職が内定していたが、1964年に高木の誘いでドリフに参加。当初両親が芸能界入りに反対したため、高木と加藤が連日仲本の自宅に通い、説得したという。
芸名の由来は以下に記す二説があり、どちらが正しいかは不明。
高木の証言では、ドリフのメンバーになった直後、当時所属していた事務所の先輩のハナ肇に、「それにしてもお前は、いつも体が(怪我する事が多かったので)工事中だな。よし、お前は芸名を仲本工事にしなさい。」と言われ、そうなったと言う。
いかりや長介と加藤の説によれば、仲本が本名の「こうき」でなく、「こうじ」と呼ばせていたところ、ハナに「こうじはそのままでよい、その代わり道路工事の工事としなさい」と呼ばれ「工事」と言う芸名になったそうである。ちなみに加藤は、ハナが「飯を食っていくんであれば水に関係した名前のほうが良いだろう。工事現場の工事にしろ」と言い、「工事現場で水、使いますかね」と返した所、ハナは「セメント固めるときに水使うだろう」と答えたのだと、『いつみても波瀾万丈』(日本テレビ)で言っている。
1966年、ビートルズ日本公演の前座で『ロング・トール・サリー』(邦題:のっぽのサリー)のボーカルを取ったのも彼である。
1981年には、志村けんと共にノミ屋から馬券を購入(いわゆるノミ行為)していたのが露見し、摘発された事がある。志村に比べて賭け金が大きかった事から、『8時だョ!全員集合』のプロデューサーだった居作昌果共々競馬法違反で略式起訴され罰金刑を受け、芸能活動を1ヶ月半謹慎していた。当時の新聞の社会面やトップを飾り、見出しは『ノミ馬券だョ!全員集合』であった。ちなみにこの事件以降暫く『全員集合』などの出演を見合わせ、当時ドリフターズ全員で出演していた永谷園のふりかけのCMも、志村・仲本を除く3人のみが出演しているバージョンに改められた。この話には裏があり、実はいかりやも「志村、俺もノった!」とノミ行為をしていたが、実際捕まったのは仲本・志村の2人である(『ビートたけしのオールナイトニッポン』より)。
ドラマや舞台にも出演している。
1997年4月8日から6月17日、三谷幸喜脚本の『総理と呼ばないで』で官房事務副長官の役を演じる。
六本木のライブハウス「ボニーラ」にてソロでライブ活動も行っている。
2002年、SMAPの稲垣吾郎とANA全日空のテレビCM、超割「神様編」で共演。
2003年6月下旬、明治乳業「VAAM」のテレビCMで高橋尚子、高木ブーと共演。
学習院大学の後輩、サザンハリケーンのCDのジャケットに出演。
渋谷・センター街で「仲本工事の店 居酒屋 名なし」を経営していたが、2004年で店を畳んだ。この店はよく新日本プロレスの選手たちが利用していた。晩期は2ちゃんねらーの溜まり場と化し2ちゃんねらーの傍若無人な態度のために閉鎖されたといわれている。
2006年6月上旬、1991年に結婚した妻と2004年に離婚していたことを事務所を通じて発表 また、前妻とは1982年に死別している。
RAG FAIRのアルバム『オクリモノ』のテレビCMに出演。


エピソード
中学校の担任の先生が体操の先生であったため、体操をはじめる。中学時代、渋谷区の大会で団体優勝。高校1年のとき、東京都の新人戦で個人総合4位。
学生時代は体操選手として活躍し、ドリフのメンバーとなった後も『8時だョ!全員集合』の体操コーナー等ドリフのコントの中で、得意の体操を披露していた。森末慎二や池谷幸雄はテレビで仲本の体操を見て体操を始めたらしい。
学習院大学は両親に内緒で受験。
ドリフの中ではいかりや、志村、加藤と比べて、一見地味な印象が強いが、仲本とリーダーであるいかりやとの『バカ兄弟』のコントや、サイレントムービーのパロディは仲本のみならず、ドリフのコントの中でも傑作であると言える。また、体を張ったズッコケなどのリアクション芸は定評がある。
私生活では本物のめがねをかけているらしいが、コント等のステージでかけているメガネはレンズの入っていないダテメガネである。そのためか、実際は現在メンバーの中で最も視力が良い(若いころは両眼とも視力2.0を誇っていたという)。その高い視力+ダテメガネはさまぁ〜ずの大竹一樹(最近は視力が悪くなってきたが・・・)、時東ぁみなどに受け継がれている。
コントでは、「要領のいい、リーダーに媚を売る役」、「内心、何を考えているのか分からない役柄」を演じることが多く、床運動(マット体操)での軽快な身のこなしで有名であった。
いかりやの著書によれば、実はネタ作りやコントのギャグの才能もあったが、やる気のなさから埋もれていたという。加藤が交通事故を起こし全員集合を謹慎した時、見事加藤の代役を務めた。
弟子に演歌歌手の三代純歌がいる。2006年6月17日発売の三代純歌が歌う『恋い待ちつぼみ』では作詞と編曲を担当。また、カップリング曲『真夜中のギター』では三代とデュエットする。
高橋英樹は仲本が歌う『いとしのエリー』を聞いて、感動した。
2006年7月13日、高知県内のパチンコ店で財布を盗まれたと思い被害届を提出。その後、財布を拾った男性が高知南警察署に届け、同日手元に戻った。


ギャグ
コ・マ・オ・ク・リ・モ・デ・キ・マ・ス・ヨ (松下電器のビデオデッキ「マックロード」のCM)
じゃんけん決闘(志村とのペア)
バカ兄弟(いかりやとのペア)
「加藤(仲本)さん、○○されましたなぁ」「いや〜、参った参った!」(加藤とのペア。後ろを向きながら自分の後頭部を軽く叩く。初期はこの後に荒井注が「私も○○されましたなぁ、いや〜、参った参った」と言おうとしていかりやに「おまえはいい!」と突っ込まれるパターンがウケた)
かわいい女性アイドルの腕を突然なめる
「二度としません。三度します。」


出演
ドリフとしての出演は、「ザ・ドリフターズ」を参照のこと。


テレビドラマ
水戸黄門第19部(1990年、TBS) - 左甚五郎 役。翌年の1991年には高木ブーもゲスト出演している。
こぶ茶倶楽部
総理と呼ばないで
ラブ&ファイト
太陽と雪のかけら
金曜ナイトドラマ アンナさんのおまめ 第5話(2006年、テレビ朝日) - 坂上次郎 役
三日遅れのハッピーニューイヤー!(2007年、TBS) - 大黒恵三 役


舞台
妻への詫び状 星野哲郎物語(2006年3月9日 - 22日、三越劇場)
天童よしみ特別公演(2006年5月1日 - 26日、御園座)


関係者
ザ・ドリフターズ
いかりや長介
加藤茶
高木ブー
志村けん
荒井注(元メンバー)
すわ親治(元準メンバー)

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長井 秀和(ながい ひでかず、1970年1月3日 - )は、お笑いタレント、漫談家である。タイタン所属。血液型はO型。創価大学文学部卒業。既婚。


来歴
東京都武蔵村山市出身。父は武蔵村山市議(公明党)。創価学会員。
創価大学文学部卒業後、親とは教師になる約束をしていたが、「東洋のチャップリンになる」と宣言して芸人の道を歩む。当初はパントマイム(同じ動きなのに違うもの)を持ち芸にしており、路上パフォーマンスなども行っていた。後に風刺漫談へシフト、現在に至る。しかし登龍門F(生放送)において放送日は他局の生放送を何件か抱えていた為、「喋るのが面倒だから」という理由で全身オレンジ色のつなぎで自身の持ち時間全てパントマイムを行った。
M2カンパニー(現・ホリプロコム)等、何度か事務所の移籍を繰り返す。やがてフリーの身である所をタイタンに拾われ、現在の基盤を作り上げた。1999年からユリオカ超特Qと二人で定期的に都内でライブ「同行二人」を開催( - 2004年)。
伊藤かずえの大ファンであることも有名。好みのタイプは元モーニング娘。の加護亜依らしい。
運動神経はなかなかのもので、バック転も出来る。エアロビクスを愛好している。
1999年に結婚。無名時代は自活することなく妻に食べさせて貰っていたと自認。2005年3月22日には長男が誕生した。
結婚披露宴会場にうまなりクンの収録で井崎脩五郎がやってきた。井崎は、VTRはじめに「永井美奈子さんの結婚式会場にやってきました。」と言って視聴者を驚かせたが、CM明けに「結婚してナガイ(長井)美奈子さんになる人の結婚式です。」と言うオチになった。
爆笑オンエアバトルでは第6回チャンピオン大会に出場。セミファイナルでは1006KB(オンバト史上初)と1位で通過し、かつ史上3位の記録を持つ。セミファイナル後のインタビューで「必ず優勝します!間違いない!」とかっこよくしめくくった。しかし期待されたファイナルでは途中で台詞を間違え、その影響かネタの語りが早くなるなど露骨に動揺してしまい、最下位を喫してしまった。以来、漫談のネタをやる時、間違えたりかんだりして自分で笑うことも多い。
近頃は桜塚やっくんと顔つきや声質が似ているせいか、間違われるケースもある。
「クイズ$ミリオネア」2007年2月22日の放送分に出場(サポーターはさとう珠緒、テレフォンブレーンは5番6番、漫画家・ガラクタコージョー他1名。)1000万円に王手をかけた。


持ちネタについて
地道な活動が花を咲かせ、2003年には決まり文句「間違いないっ!」で一躍時の人となり、以降はバラエティで精力的に活躍。尚、「間違いないっ!」は、劇団ひとりが長井の真似をする時に使っていたフレーズを逆に利用したものである。この言葉は一時期流行したが、前年のノミネートだった為流行語大賞に選ばれることはなかった。
この他に、「○○だから気を付けろ!」「知るかっ!」「続けます」等の決め台詞がある。
スタイルを青木さやかから、ネタをだいたひかるからよくパクッていると公言しており、時々自身のネタにもする。
『エンタの神様』でほしのあきのネタを披露するときに最後に「エイ、エイ、オッパ〜イ!!」と言い、観客にも言わせている(この台詞は、ほしの公認のようで、安全剃刀の販促イベントで共演した際、一緒に「エイ、エイ、オッパ〜イ!!」と言っていた)。最近は「エロオヤジキャラ」を定着させつつある。ほしのあきの話は2006年5月27日で完結させ、6月3日は「女医の西川史子先生の話」に変更したが、最初の1週で終了した。7月8日の放送では、完結させた筈の「エイ、エイ、オッパ〜イ!!」のネタを突然持ち出して数回続けた後に封印し、2006年9月9日の放送で再び披露した。
時折、さとう珠緒についてネタにしている為、天敵としても話題となっていたが、険悪な仲というわけではない。むしろ、さとうは長井のギャグの為にメディア露出が増える等相互に良好な関係を築いている。


バラエティー


現在
エンタの神様(日本テレビ系)番組内でのキャッチコピーは「クールな毒舌スナイパー」。だいたひかると隔週交代でトップバッターを務める。
ここでるTV(山梨放送,信越放送他)
知的冒険ハッケン!!(フジテレビ系)


過去の出演
爆笑オンエアバトル(NHK) 戦績 17戦11勝 最高 473KB
爆笑問題☆伝説の天才(フジテレビ系)
F2スマイル(フジテレビ系水曜レギュラー。「失敗ストに聞け!」をTake2東貴博と担当)
爆笑おすピー大問題(フジテレビ系)
不幸の法則(日本テレビ系)
少女B(日本テレビ系)
スパスパ人間学!(TBS系 主にナレーター)
メンB(日本テレビ系 )
朝は楽しく!(テレビ東京系 金曜レギュラー)
完売劇場(テレビ朝日系 卒業)
クイズ!スパイ2/7(フジテレビ系)
うまなりクン(ウマでもわかる競馬基礎講座に出演)
感じるジャッカル(フジテレビ系 月曜深夜の後期レギュラー)
ザ・ジャッジ!〜得する法律ファイル(フジテレビ系 太田のそーっとやってみよう 実験担当)


映画
アイドルcheck!映画プロジェクト「スプリング★デイズ」ゲスト出演(2006年)


テレビドラマ
FNS ALL-STARS あっつい25時間テレビやっぱ楽しくなければテレビじゃないもん! 「THE WAVE!」テレビレポーター役
富豪刑事(最終話ゲスト)密告者役
富豪刑事デラックス(第3話ゲスト)犯人役
翼の折れた天使たち
87% 主人公小谷晶子の元夫役(電話の声のみ出演)
弁護士 灰島秀樹IT企業社長速水龍人役


CD
お話しさせていただきます。(2003年11月6日)
お話しさせていただきます
美容院
女の話
メタル
アメリカの話
フィクション
リーマンブルース
間違いない
パシリの本懐とは
中年女の話
ダイエットをしたい方に
デブテクノ
男の本懐とは
ダメ人生
いろいろお話しさせていただきます
スロット
スケベなんだ間違いない
バイバイ


書籍
デブはダイエット飲料だと3倍の量を飲む(2003年11月21日)
間違いないっ!―長井秀和オフィシャル・ブック(2004年4月)
マジネタ(2004年12月4日)
多事騒論(小学館)


DVD
monomania《偏執狂》~長井秀和 単独ライブ~(2004年)
爆笑オンエアバトル 長井秀和(2004年)

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ハリセンボンは、吉本興業東京本社所属の女性お笑いコンビ。東京NSC9期生。2003年結成。

実年齢とはかけ離れているおばちゃん顔が2人の特徴。


メンバー
箕輪はるか(みのわ はるか、1980年1月1日-)
東京都北区出身。ボケ担当。ボケというよりも、ボケーっとしてボソッと喋る、という印象。
早稲田大学第二文学部卒業。ちなみに2006年8月23日放送の『ワンナイR&R』にて、奨学金と自分で稼いだアルバイト代のみで卒業したことが明らかになった。
高校時代、バドミントンで都大会ベスト16になったことがある。
趣味はサッカーと剣玉。
あだ名は死神。歯が特徴。
近藤春菜(こんどう はるな、1983年2月23日-)
通称「春菜」(はるかと同じく先輩にそう呼ばれる)
東京都葛飾区出身。ツッコミ担当。ボソッと喋る相方箕輪を汗だくになりながらツッコむ。
桐朋学園芸術短期大学卒業。
趣味は音楽鑑賞とインターネットと、風貌とは裏腹に趣味に関しては若々しい。


略歴
吉本興業所属の若手芸人ユニット「劇団ガッツ」を結成。メンバーはハリセンボンの2人の他にミルククラウン・犬の心・グランジ・もう中学生。


エピソード


箕輪はるか
通称「はるか」。(主にバッドボーイズの佐田や次長課長の河本準一が呼んでいる)
アンガールズの山根良顕に似ていて、テレビに出演し始めた頃は女版山根良顕と言われていた。
相方の春菜には「しゃれこうべ」などと呼ばれることがある。
水道メーターの検針員のアルバイト経験がある。不審者と間違えられたことがある。
『Goro's Bar』の企画で、整形外科医に「とんでもない原石」とコメントされた。
初キスは2006年5月15日放送『アメトーク』のイケメンディレクターと。
大学時代に友達が一人も出来なかったので、性格を明るくする為に芸人を志した。
前歯の一本が黒ずんでいるのは、前歯の神経が死んでいるから。(小学生の頃に道に転がってた鉄パイプに乗って転がして遊んでたら、顔面からこけて前歯の神経が死んだらしい。)
唐揚げを一個食べるのに1時間要すほど咀嚼に時間がかかる。
スレンダーでスタイルが良く、2006年8月3日放送『うたばん』では倖田來未のメイク指南により美人に変身した。その時の本人の発言→「女って綺麗じゃなきゃ意味無いし」
エジプトの壁画の女性の物真似をする。
大喜利系に強く、『ダイナマイト関西』では女性初の決勝進出者となった。女性初の優勝も期待されている。
2007年1月2日放送の『芸能人格付けチェックこれぞ真の一流品だ!!'07お正月スペシャル!』内、本職の映画監督と素人が製作した作品を見極めるという主旨の問題で、素人側として短編作品を製作。本職の方は阪本順治が監督したものだったが、多くの出演者が箕輪の作品を選び、彼女のクリエイターとしての才能を窺わせる結果となった。


箕輪の入国審査トラブル
番組の企画でアメリカに行った時、近藤やスタッフは通過できたが箕輪が入国審査に引っかかり、取り調べを受けた。空港側には「日本人に見えない」「職業は何だ」と疑われていた。
近藤が近づいてみると、空港側が「Are you Mexican?(あなたはメキシコ人ですか?)」と箕輪に聞いていた。箕輪はそれに対し「私は日本人です」と言うつもりで「I'm Japan!(=私は日本だ!)」と言ってしまった。さらに職業を聞かれ「Picture(写真です)」(これは本人曰く「人に見られる仕事だということを言いたかった」)。しかし当然のごとく理解されず、それどころか取調室へ連行されてしまった。
取調室では日本語を少し話せる女性職員が出てきて「本当の事言わないとあなた二度と日本に帰れないよ!」と空港中に響き渡るほど声を荒げたという。挙句の果てに、女性職員がいたにも拘らず男性職員が箕輪をボディチェックし始め、日本人女性であるのにメキシコ人男性と思われていたことが発覚。本人は「もう二度とアメリカに行きたくない」と言っていた。
2007年1月25日のダウンタウンDXと1月26日のライオンのごきげんようでこのことについて語っていた。


近藤春菜
顔はおろか、喋り方もおばちゃんそのものである。持ちギャグは「じゃかぁしいわ」(「〜さんですか?」と聞かれたあとに)「〜じゃねぇよ!」。実年齢より老けて見えるため30代と思われる事も多い。
声は可愛い、と言われたことがある。
外見に似合わず女子高生のような文字を書く。しかも流行に沿った文字であることから、本当に数年前まで高校生であったことがわかる。
相方とは対照的に食べるのが早い。また、食事中に邪魔されることを極端に嫌うらしい。
初キスは2005年12月6日、ヨシモト∞の生放送中の罰ゲームで。相手はリットン調査団の水野透。後日彼女はこの時のことを「ビジネスキス」と呼んでいる。松本人志はこの件に関して、「混ぜるな危険」と発言している。
2006年4月以降、『ロンドンハーツ』では「同じ言葉を返すだけで面白い」として注目されている。
角野卓造、カンニング竹山、サンボマスターの山口隆、マイケル・ムーアの物真似をする。
クイズプレゼンバラエティー Qさま!!の企画・10m高飛び込みでは、2時間悩んだ末リタイアした(女性チャレンジャーのリタイアは番組史上初。男性を含めるとロバート・馬場裕之、スピードワゴン・小沢一敬に次いで3人目)。その後「誰もやったことないことだからいいじゃないですか!」と逆ギレし、進行のアンタッチャブル・柴田英嗣にプールに落とされた。
父親は警察官。
グアムで「スモウレスラー?」と聞かれたことがある。
また近藤、箕輪共に二人とも嵐の二宮和也がタイプらしく、「嵐の宿題くん」で箕輪は妄想デートを楽しんだ。


ものまね
箕輪
死神
エジプトの壁画の女性
山根良顕
近藤
角野卓造
仲本工事
竹山隆範(竹山自身も近藤の顔を見て「他人とは思えない」と言うほど似ている。ちなみに二人はメガネの度も一緒だそうである。)
サンボマスター
マイケル・ムーア
吉村作治


出演している番組
オビラジR(TBS系列、毎週水曜日)
YOUたち!(日本テレビ系列)
Goro's Bar(TBS系、隔週)
oh♪dolly25(テレビ朝日系、隔週)
笑いの金メダル(朝日放送(ABC)製作・テレビ朝日系、不定期)
エンタの神様(日本テレビ系、不定期)(キャッチコピー「ガリ&デブんな珍海魚」)
ロンドンハーツ/格付けしあう女芸人たち(近藤がレギュラー、箕輪は2006年10月17日に初出演)


出演していた番組
アメトーク
誰よりもママを愛す第3話(箕輪はるかのみ)
爆笑オンエアバトル
虎の門ぶっ通しサッカーSP(2006年6月17日、近藤春菜のみ)
プロモーションビデオ・扇愛奈「レベルアップ」
Matthew's Best Hit UV
娘DOKYU!
ゲンセキ
10カラット
スイッチ!
ライオン丸G(ハルナとハルカ役)


CD
『ともだちのうた』(2007年3月7日発売予定)
映画『ちびケロ ケロボールの秘密!?』主題歌


DVD
ダイナマイト関西2006 ~オープントーナメント大会~(R and C 2006年12月6日 )


ライブ
ハリセンボン単独ライブ「ハリセンボンのクリスマスプレゼント」(2005年12月15日)
ハリセンボン単独ライブ「〜第2ボタン〜」(2006年3月25日)
ルミネtheよしもと(舞台)

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中島 マリ(なかじま まり、1962年1月6日 - )は、日本の女優・ものまねタレント。福岡県福岡市出身。本名は村井 範子(むらい のりこ)。

九州造型短期大学卒業後、上京して演劇集団 円の演劇研究所に学び、同研究所卒業後の1988年、映画『マルサの女2』にて女優デビューを果たす。その後、1994年に『日本ものまね大賞』(現・『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル』)でものまねタレントに転じ、以来、テレビ・舞台で活躍している。


ものまねのレパートリー
石川さゆり
伊藤咲子
市原悦子
五輪真弓
鬼束ちひろ
岸田今日子
岸千恵子
黒柳徹子
越路吹雪
ジュディ・オング
椎名林檎
島倉千代子
田中真紀子(国会議員)
ちあきなおみ
テレサ・テン
中島みゆき
中森明菜
中村玉緒
森高千里
松任谷由実
未唯(元ピンクレディー)
森山良子
山本リンダ
浜崎あゆみ
雪村いずみ
松田聖子
野際陽子
都はるみ
美空ひばり
葛城ユキ
小泉今日子
泉ピン子
山瀬まみ
ちびまるこ
桃井かおり
八代亜紀
ペギー葉山
小林幸子
由紀さおり
園まり
天地真理
青江三奈
安藤優子

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なすなかにしは、松竹芸能に所属しているいとこ同士のお笑いコンビである。略称は「なすなか」。


メンバー
中西茂樹(なかにし しげき、1977年9月24日 - /大阪府枚方市出身・血液型B型)ボケ担当。立ち位置は向かって左。
趣味はゲーム。楽屋で一人でしている。
今まで合コンに2回行ったことがあるが、2回とも失敗している(2回目の合コンで可愛い女の子に『自分、声おもろいなぁ』と言われた)。
アガリ症である。
アニメが大好き。
那須晃行(なす あきゆき、1980年12月14日 - /大阪府枚方市出身)ツッコミ担当。立ち位置は向かって右。
趣味はボーリング。たまに二人でやっているらしい。
英会話を習っており、その英会話の男性外国人の先生からひどく愛されている。
中学・高校時代バレー部に所属しており、ヤンチャだった。
ヘルニア、鞭打ち症が持病。若手としては致命的に思われるが、中西が介護福祉士の資格を有している為、あまり心配しなくてもいいらしい。
相方のことをダサいと思っている。
今まで付き合った4人の女の人がなぜか過呼吸になっている。
2人とも枚方市在住。"枚方市出身"はアメリカザリガニのラジオ番組(ABCラジオ)で判明


概要
2000年結成、入社。
2004年春より関西ローカルでレギュラーの仕事が2本増えた。中でもちちんぷいぷいでは、司会の角淳一によって月曜日の陣内智則、火曜日のロザン・宇治原に続く“いじられキャラ”をコンビで確立した。
また、ますだおかだ、アメリカザリガニ以降伸び悩む松竹若手漫才師の中の数少ない有望株である。
共に若手らしからぬ風貌と声質のためしばしばベテランと勘違いされる。
手話漫才をやっている。
2006年9月8日放送の爆笑オンエアバトルでタイムオーバーのため失格となった(どーよに続いて2組目)。タイムオーバーをしていなければオンエアされていただろうと言う声もあった。
中川家礼二のものまねで「賞レースでのなすなかにし」(結果発表を待つとき)というのがある。(ジャイケルマクソン等で披露された)


受賞歴
第33回上方お笑い大賞 新人賞
第26回ABCお笑い新人グランプリ 優秀新人賞
第36回NHK上方漫才コンテスト 優秀賞


レギュラー番組


現在
爆笑オンエアバトル(NHK総合)戦績 11戦4勝
ちちんぷいぷい(MBSテレビ)※木曜日「なすなかにしの『どっから来はったん?』」担当
ますだおかだ角パァ!(朝日放送)
きになるオセロ(朝日放送)
いって、とって。(毎日放送)
ぷらっと☆ホーム(毎日放送ラジオ)
しっとこ!(テレビ大阪)※メイン司会


過去
チョップリン・なすなかにしのめっさGO!(四国放送ラジオ)※名目は卒業
ちりちりドクモちゃん(毎日放送)
なすなかにし ド深夜 生アニソン!(毎日放送ラジオ)※スペシャルウィークのみの不定期

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ナナイロは、プロデューサーハウスあ・うん所属のお笑いコンビ。2005年9月結成。


メンバー
斉藤徹哉(1978年3月13日-) 埼玉県出身。
金子学(1981年3月25日-) 新潟県出身。「白と白のストライプ」というコンビを組んでいたことがある。


出演番組
爆笑オンエアバトル(NHK)成績 オンエア率1/2 最高501KB

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なべやかん(本名:渡辺 心(わたなべ しん)、1970年8月22日 - )はお笑いタレント・元パワーリフティング日本代表。血液型はA型。身長156cm、体重53kg。


来歴・人物
元TBSアナウンサーの雨宮塔子と女優の鶴田真由は成城学園高校の同級生。成績不振で成城大学への内部進学ができなかった。

実父はなべおさみ・実母は笹るみ子。明治大学替え玉受験事件で一躍有名になり、たけし軍団に加入。深夜番組に出演した際に「替え玉受験で大騒ぎになっている時、実は知り合いのマンションに潜伏していたが、そのマンションの目の前が『身代り不動尊』でした」と述懐して師匠のビートたけし・高田文夫両名に「馬鹿野郎!」と突っ込まれた事がある。

芸名も父の芸名なべと明治大学2部(夜間)受験に失敗した事と夜間を土瓶型道具の「やかん」に引っ掛けた事から命名。

ちなみに、本名がフィギュアスケート選手の渡辺心と同名の漢字だが、彼女は「わたなべ のぞみ」と読む。

文化放送「吉田照美のやる気MANMAN!」の番組中、本名が渡辺心であることに対し、ゲストの矢沢心から露骨に不快感を表された。

顔が韓国代表サッカー選手李天秀に似ているため、話題となる。


パワーリフティング
パワーリフティングに傾倒し、世界選手権に日本代表として出場。1998年にアジアベンチプレス大会での優勝や1998年および1999年の世界パワーリフティング選手権のベンチプレス種目での準優勝など、国際大会で活躍。また全日本パワーリフティング選手権でも1998年,1999年,2000年が準優勝、2001年,2002年には優勝と、安定した成績を収めた。「たまたま僕の階級は競技人口が少なく、大会で参加者5人中1番になっただけだ」等、本人がしばしばトークのネタにしている。


コレクター
芸能界でも指折りのグッズコレクターであり、スターウォーズやゴジラなど特撮映画で用いたコスチュームなど、マニア垂涎のグッズを集めている。そのグッズの一部を「開運!なんでも鑑定団」に出品し、高評価を得た。 ライオン丸Gの第10話ではライオン丸の身長が異様に低かったことから「この回でライオン丸の中に入っていたのはなべやかんではないのか」という疑惑が持たれているが真偽は不明。等身大ダース・ヴェイダーを番組で紹介した際には、ビートたけしが「アイツ(なべやかん)、こん中に入って暮らしてるらしいよ。」と飛ばした。


担当番組
インターネットラジオ Klap『なべやかんのエンタメタイムボカン!』出演中。
フィギュアコレクションをネタに、マニアックなトークを展開。ネットラジオなので、過激な話が盛りだくさん?!
文化放送『吉田照美のやる気MANMAN!』「ようかんマンが行く」(14:00〜)の水曜日担当(担当期間は1995年4月5日〜2007年3月28日(予定)。
『お助けマン』として出演する場合、ほとんどが体を張ったネタをやらされる。
エフエム茶笛『ラジオ秘宝館』(金曜日16:00〜)
でる得スタジオ 文化放送(2007年1月7日〜日曜21:00-21:30ナイター期間中は放送日・時間変更の予定)
やるマンを出ての初めてのメインパーソナリティ番組。パチンコ・パチスロの『でるネット』がスポンサーだが、前番組がアニラジ番組だったため、番組編成の不満メールは多く届くらしい。

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なすび(1975年8月3日 - )は福島県福島市出身のお笑いタレント、俳優。本名・浜津 智明(はまつ ともあき)。趣味はお菓子作り。出身高校は福島東高校。最終学歴は専修大学法学部卒業。血液型はO型。ワタナベエンターテインメント所属。


来歴・人物
芸名の通り、30cmの長い顔が特徴。もともと喜劇俳優を目指しており、現在は舞台を中心に活動している。2002年に劇団「なす我儘(がまま)」を立ち上げ、座長をつとめる。

また覇王樹(さぼてん)というお笑いコンビを組んでいた事もあり、当時は本名の浜津 智明で活動していた。

近年はテレビ出演のほとんどが出身地である福島のローカル番組だったが、2005年にはドラマ『電車男』『TRICK新作スペシャル』などの全国放送に出演。

父は警察官であり、自身も役者になれなかったら警察官を目指そうと考えていた。


懸賞生活
1998年から1999年にかけて、日本テレビ系列で放映されたバラエティー番組『進ぬ!電波少年』の中で「運だけが頼りの企画」オーディション抽選でチャレンジャーを決めた。(余談だが、まちゃまちゃもオーディションに参加していた)で合格し、その後「人は懸賞のプレゼントだけで生活をしていけるか」をテーマに掲げて放送された「電波少年的懸賞生活」のチャレンジャーとなり、アパートの一室に監禁され、その上で全裸という状況からスタートし、様々な懸賞に応募。日本と韓国を舞台に1年3ヶ月にわたってそれぞれの目標商品総額(日本では100万円、韓国では日本までの片道飛行機代の81万6000ウォン)をクリアした。懸賞生活をテレビ放映していた事は本人には知らされておらず、気づかない間に有名人になっていた。懸賞生活の日々を綴った「懸賞日記」も出版され、ベストセラーとなった。また、「世界で最も長く懸賞生活を続けた人」としてギネスブックにも掲載された。

ちなみに、企画終了後に行われた記者会見で、「また同じような企画があったらやってみたいですか?」の質問には、「もう金輪際二度とやりたくありません!」とはっきりと答えている。


出演番組
なすびの目八丁耳八丁(テレビユー福島)

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はりけ〜んずは前田登と新井義幸から成るお笑いコンビ。
吉本興業所属。


メンバー
前田登(まえだ のぼる 1970年6月4日‐) 大阪府大阪市阿倍野区出身。ボケ担当。
新井義幸(あらい よしゆき 1971年1月7日‐) 京都府与謝郡与謝野町出身。ツッコミ担当。


芸歴
1988年3月、心斎橋筋2丁目劇場の素人オーディションに合格し前田登と嶋池博のコンビで初舞台。当時ダウンタウンの人気で大ブームだった2丁目劇場のレギュラーになるも早々と解散し前田は東京に進出する。相方を探していた前田はアルバイト先で新井義幸と知り合い、俳優を目指していた新井を説得し1990年にコンビ結成。その後銀座7丁目劇場からルミネtheよしもとまで東京の劇場に出演し続けている。かなりの芸歴を持っている2人だが「永遠の若手」として活躍中。近年はM-1グランプリ、R-1グランプリの東京会場予選のMCとしてもおなじみの存在である。

2人ともかなりのアニメオタクであり、その事もあってかアニメ情報番組関連の仕事が多い。特に前田は普段からアニメキャラクターのTシャツを着たり、多数のフィギュアを所持していたり、自ら声優オーディションを受けて声優デビューするほどの筋金入りである。初めて声優と関わり、初めてラジオを一緒にやったのは川上とも子であり、現在でも稀に「川上とも子のうさぎのみみたぶ」に宣伝絡みでゲスト出演している。近年は前田のアニメ声優ネタオンリーの単独ライブも開催し、アニメオタク漫才師として着実にその地位を上げている。


テレビ
アキハバラ情報局(アニマックス)
Dream Factory(キッズステーション)


ラジオ
声優グラッチェ(ラジオ関西)


アニメ番組
ねとらん者 THE MOVIE #1 ネットのすみでブログと叫ぶ(OVA)
おねがいマイメロディ(テレビ大阪)

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流れ星(ながれぼし)は日本のお笑いコンビである。浅井企画所属。


メンバー
中島 仲英(なかじま ちゅうえい、芸名は「ちゅうえい」、1978年7月29日 - )岐阜県下呂市出身。ボケ担当。血液型A型。身長:168cm。体重:55kg。趣味ビックリマンシール集め。

オールバックに少し長めの髪形が頭に残る。
舞台登場時はほとんど裸足。
リアルな猫のTシャツを着ている。猫が好きなわけではなく、リアルな模様が好きらしい。
磁石の永沢の見舞いに行った時、入院患者との関係の欄に『ライバル』と書いた。
2人の兄がいる。
芋焼酎で体重が10kg増えてしまった。
コミックマーケットでラーメンマンのコスプレをした。
昔、小指を突き指して病院に行ったら「突き指じゃない」と言われ、そのままにしていたら小指が曲がってしまい、今現在も小指は曲がっている。
瀧上 伸一郎(たきうえ しんいちろう、1978年12月12日 - )岐阜県高山市出身。ツッコミ担当。血液型B型。身長:168cm。体重:51kg。趣味読書。

ハマカーン神田が言うには「僕よりも重度の天然ボケ」。
TBSのニュース番組で通行人を対象にした路上インタビューをされたことがあり放送された。
服装は黒、ドクロ模様などが多い。ロックと日本をこよなく愛している。
流れ星と三拍子のトークライブ猫と花で住んでいるマンション名、部屋番号が全て公開されてしまった。
妹がおりかなりの天然。
好きな子をライブに連れてきたり機嫌がいいと相方中島へのビンタが優しい。


略歴
高校(岐阜県立斐太高等学校)の同級生。瀧上が中島を誘いコンビ結成。高校当時は5人で、「INOUT」というグループで(5人の頭文字をとって)文化祭に出ていた。
当初はホリプロに所属していた。


ネタ
主に漫才を行い、持ちギャグとして漫才の締めにやる「はい、流れ星!」という決め台詞とポーズがある。
最近は「歯で演奏」することも始めている。代表する曲は『剣の舞』など。しゃくれ口故にできる技だと本人は豪語している。
ネタの始めに中島の着ている服に瀧上が触れる(プリントされている猫や風景など)。
ネタは99%瀧上が考えている。1%は中島のアレンジであるが大抵すべるらしい。
瀧上の鋭いビンタのツッコミが特徴的であり、高い評価がある。
U字工事が瀧上のビンタを「タッキー三枚刃」と名付ける。


テレビ
爆笑オンエアバトル(NHK) 成績 オンエア率12/12 最高KB 529KB
第7回チャンピオン大会 セミファイナル8位
第8回チャンピオン大会 セミファイナル10位
第9回チャンピオン大会 ファイナル9位
復活☆お笑いサタデーナイトファイバー!(GyaO)
笑うお正月(テレビ朝日)
笑う夏休み(テレビ朝日)


ラジオ
KUSUKUSU(bayfm) ゲスト出演

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