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■ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!
▼対決&罰ゲーム
▼対決&罰ゲーム
∵罰ゲームダイジェスト
∵NYの坂本龍一宅までシャープペンを取りに行く
∵松本のおかんとタイタニック
∵今世紀最大夢のゴルフ対決2+24時間浜田雅功営業中
∵100m走対決+24時間耐久鬼ごっこ
∵競泳50mリベンジ対決+一人ぼっちの廃旅館一泊二日
∵世紀の走り幅跳び対決+早朝松本レンジャイショー
∵ノーリアクションパイ地獄
∵4対1変則ボウリング対決
+絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅
∵ウラジオストクのウラジオストク中学の
体育館裏で裏番長に裏拳で殴られてくる
∵わさび寿司ロシアンルーレット対決
+絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅in湯河原
∵ビリビリコンセント・ロシアンルーレット対決
+絶対に笑ってはいけないハイスクール
∵タライアンルーレット対決+絶対に笑ってはいけない警察24時
∵NYの坂本龍一宅までシャープペンを取りに行く
∵松本のおかんとタイタニック
∵今世紀最大夢のゴルフ対決2+24時間浜田雅功営業中
∵100m走対決+24時間耐久鬼ごっこ
∵競泳50mリベンジ対決+一人ぼっちの廃旅館一泊二日
∵世紀の走り幅跳び対決+早朝松本レンジャイショー
∵ノーリアクションパイ地獄
∵4対1変則ボウリング対決
+絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅
∵ウラジオストクのウラジオストク中学の
体育館裏で裏番長に裏拳で殴られてくる
∵わさび寿司ロシアンルーレット対決
+絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅in湯河原
∵ビリビリコンセント・ロシアンルーレット対決
+絶対に笑ってはいけないハイスクール
∵タライアンルーレット対決+絶対に笑ってはいけない警察24時
▼ハイテンション
∵第一回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第ニ回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵年末恒例・紅白ハイテンション合戦
∵お笑いドラフトハイテンションバトル
∵第五回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第六回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第七回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第八回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第九回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵ハイテンションスペシャル
∵第ニ回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵年末恒例・紅白ハイテンション合戦
∵お笑いドラフトハイテンションバトル
∵第五回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第六回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第七回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第八回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第九回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵ハイテンションスペシャル
▼七変化
■ダウンタウンのごっつええ感じ
∵ダウンタウン松本人志七変化
∵板尾創路勝手に七変化
∵ヘイポーホラー七変化
∵次長課長河本七変化
∵ボブ・サップ七変化
∵構成作家堀部圭亮七変化
∵千原兄弟千原靖史七変化
∵ココリコ田中直樹七変化
∵くりぃむしちゅー有田哲平七変化
∵フットボールアワー後藤輝基七変化
∵腰フリおばちゃん七変化
∵FUJIWARA藤本敏史七変化
∵フットボールアワー岩尾望七変化
∵ふかわりょう七変化
∵大友有一ディレクター七変化
∵木村祐一七変化
∵雨上がり決死隊宮迫博之七変化
∵千原兄弟千原ジュニア七変化
∵磯俣拓生マネージャー七変化
∵雨上がり決死隊蛍原徹七変化
∵ココリコ遠藤章造七変化
∵菅賢治プロデューサー七変化
∵品川庄司品川祐七変化
∵ジャリズム山下しげのり七変化
∵山崎邦正七変化
∵つっつん八変化
∵中村喜伸プロデューサー七変化
∵構成作家高須光聖七変化
∵板尾創路勝手に七変化
∵ヘイポーホラー七変化
∵次長課長河本七変化
∵ボブ・サップ七変化
∵構成作家堀部圭亮七変化
∵千原兄弟千原靖史七変化
∵ココリコ田中直樹七変化
∵くりぃむしちゅー有田哲平七変化
∵フットボールアワー後藤輝基七変化
∵腰フリおばちゃん七変化
∵FUJIWARA藤本敏史七変化
∵フットボールアワー岩尾望七変化
∵ふかわりょう七変化
∵大友有一ディレクター七変化
∵木村祐一七変化
∵雨上がり決死隊宮迫博之七変化
∵千原兄弟千原ジュニア七変化
∵磯俣拓生マネージャー七変化
∵雨上がり決死隊蛍原徹七変化
∵ココリコ遠藤章造七変化
∵菅賢治プロデューサー七変化
∵品川庄司品川祐七変化
∵ジャリズム山下しげのり七変化
∵山崎邦正七変化
∵つっつん八変化
∵中村喜伸プロデューサー七変化
∵構成作家高須光聖七変化
■ダウンタウンのごっつええ感じ
矢部 浩之(やべ ひろゆき、1971年10月23日 - )は、日本のお笑い芸人。漫才コンビ「ナインティナイン」のツッコミ担当である。、大阪府吹田市出身。吉本興業所属。矢部家の二男。最新の健康診断によると、身長173.2cm、体重58.1kg。独身。
愛称は「やべっち」、「ベーヤン」(堀内孝雄の愛称と同じだが、こちらは矢部から)、「ヒロくん」、「一郎(「花嫁は厄年ッ!」の役名)」。相方・岡村隆史からは以前は「矢部」だったが、最近は「矢部さん」や「相方」と呼ばれている。(高校時代は「矢部ジュニ」(岡村など先輩が呼んでいた)) 相方は「岡村さん」こと岡村隆史で、実兄は元・お笑いコンビ「チャンネルズ」のメンバーでファンタスタープロモーション代表取締役社長の矢部美幸(よしゆき)である。
来歴・人物
小学生4年の時にサッカーを始める。当時の夢は、ヤンマーディーゼルサッカー部(現セレッソ大阪)に入団する事か、動物園のオオカミの飼育員であった。サッカーの腕前は本物らしく「めちゃイケ」においていくつかの大学からの誘いがあったと紹介されている。
勉強はあまり得意ではなく、大学受験に失敗し進学を諦めてお笑い芸人の道を選んだという経緯がある。「めちゃ×2イケてるッ!」のテスト企画では、常に最下位から数えて3番目。このため、同番組ではことあるごとに「プッチバカ」「御三家」等と言われている。特に英語が苦手とされ、それを示す具体例として、国際線の機内で機内食の希望について『肉か魚か』と英語で質問され、矢部は『鮭(salmon)』を頼むつもりで『Japanese shake(シャケ)』と答えたため、意図と全く無関係な『日本酒(sake)』を出され、訂正することもできずに仕方なくその日本酒を飲み、同行していた周囲のスタッフらから不思議な目で見られた、というエピソードが相方から度々紹介されている。
後輩の芸人たちに対して面倒見のいい親分肌であり、羽振り良く食事に連れて行くことが多い。後輩たちからは「兄様(にいさま)」と呼ばれ慕われている。
「ホアッ」という明石家さんまのような笑い方(引き笑い)をする。
爪を噛む癖がある。なので、手を口の前に持ってきたまま笑っている姿がよく見られる。また、甲高い笑い声が特徴的で、よくものまねの対象になる(原口あきまさ、山口智充ら。また、岡村に対する「岡村っさ〜ん」という呼びかけもよくものまねされる)。
以前は高校の先輩である岡村に対し敬語で喋っていたが(「岡村さん」という呼び方もその名残である)、先輩芸人からのアドバイスを受け、タメ口にした。しかし、高校時代の思い出話になると途端に敬語に戻ってしまう事をタモリに突っ込まれていた。
髪の色を茶色に染めているが、これは若白髪で白髪染めを使用しているためである。また以前は八重歯があったが、差し歯にし歯列矯正を行なった。
自身のラジオ番組では、時期外れの映画の話題作を賞賛したり、突然「落ち武者を見たことがある」「俺は身体が柔らかい」「俺ソーセージは焼かなあかんのよ」などと口走るなど、奇妙な言動をしては相方やリスナーたちにからかわれている。
大のサザンオールスターズファンで、好きな曲は「マンピーのG★SPOT」。カラオケでは最後に桑田佳祐のモノマネをしながら「旅姿六人衆」を歌うらしい。
好きなファッションブランドは 「Number(N)ine」「SOPH.」「HYSTERIC GLAMOUR」。
ホイチョイプロダクションが手掛けた、いわゆるホイチョイムービー「メッセンジャー」で平成11年(1999年)第23回日本アカデミー賞 話題賞 俳優部門を受賞。
ラジオ「ナインティナインのオールナイトニッポン」のコーナー「矢部浩之のどりちんクラブ」では青少年の悩みを聞いて真剣に答えている。得意な体位は「立ちバック」。
「モーニング娘。」の「。」の部分は矢部浩之の提案。また「ほっしゃん。」の「ほっしゃん」の部分も矢部の提案によるものだが、この場合の「。」の部分はつんく提案によるものである。
2006年7月から9月まで放送されたドラマ「花嫁は厄年ッ!」でドラマでは仲の悪い親子役だったが、母・安土幸恵役を演じていた岩下志麻とメル友になり、2007年のバレンタインデーにチョコメールをもらった。
第二の石原裕次郎オーディションの書類審査を突破したことがある。
布施明や錦野旦と同じ美容室に通っている。
彼女のヒトミちゃんとは10年以上付き合っているが、未だ結婚していない事を他の芸人や岡村に度々いじられている。
「ドラマで共演している篠原涼子と仲良くなれない」などと行きつけの美容室で漏らしていた、と番組で暴露された。
矢部浩之が中心の矢部会なるグループがあり、合コンを良く行っているらしい。無類の合コン好きとして有名であり、合コンでの醜態をテレビでよく放送されている。お持ち帰りも多々ある。
プロフィール
受賞歴・出演歴についてはナインティナインを参照されたい。好きな食べ物は納豆。
兄・美幸(当時・高2)が相方・岡村隆史(当時・高1)を自宅へ連れてきた際に知り合う(当時・中3)その後大阪府立茨木西高等学校に進学し、サッカー部に入部。ここで岡村と再会する。
介護福祉士をしている14歳下の弟・龍弘(たつひろ)もおり(大阪在住)、2006年11月18日放送の「めちゃ²イケてるッ!」に兄・美幸と出演し、何も知らされていなかった浩之を驚かせた。また、母・富江(とみえ)のVTRもたまに流れる。
自宅は港区にある六本木ヒルズ内の高級マンションであり、いわゆるヒルズ族の一人である。
愛車はメルセデス・ベンツ E55AMG
おしゃれについて
相方・岡村隆史から「ステューシーさん」、「ポロラルフローレン君」「ローレックス」「吉本のブラピ」 「ヒステリックグラマー」などとネタにされている。
ドラマ
天気予報の恋人 (テレビドラマ)(フジテレビ系:2000年4月-6月、田口正二役)
花嫁は厄年ッ!(TBSテレビ系:2006年7月-9月、安土一郎役(主演))
映画
メッセンジャー
CM
JRA (2000年) 競馬記者役として出演。岡部幸雄騎手(当時)、蛯名正義騎手、和田竜二騎手らと共演している。(相方の岡村は騎手役で出演)
KIRIN NUDA (2006年)
明治 プッカ
任天堂 DS マリオシリーズ(2006年)
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愛称は「やべっち」、「ベーヤン」(堀内孝雄の愛称と同じだが、こちらは矢部から)、「ヒロくん」、「一郎(「花嫁は厄年ッ!」の役名)」。相方・岡村隆史からは以前は「矢部」だったが、最近は「矢部さん」や「相方」と呼ばれている。(高校時代は「矢部ジュニ」(岡村など先輩が呼んでいた)) 相方は「岡村さん」こと岡村隆史で、実兄は元・お笑いコンビ「チャンネルズ」のメンバーでファンタスタープロモーション代表取締役社長の矢部美幸(よしゆき)である。
来歴・人物
小学生4年の時にサッカーを始める。当時の夢は、ヤンマーディーゼルサッカー部(現セレッソ大阪)に入団する事か、動物園のオオカミの飼育員であった。サッカーの腕前は本物らしく「めちゃイケ」においていくつかの大学からの誘いがあったと紹介されている。
勉強はあまり得意ではなく、大学受験に失敗し進学を諦めてお笑い芸人の道を選んだという経緯がある。「めちゃ×2イケてるッ!」のテスト企画では、常に最下位から数えて3番目。このため、同番組ではことあるごとに「プッチバカ」「御三家」等と言われている。特に英語が苦手とされ、それを示す具体例として、国際線の機内で機内食の希望について『肉か魚か』と英語で質問され、矢部は『鮭(salmon)』を頼むつもりで『Japanese shake(シャケ)』と答えたため、意図と全く無関係な『日本酒(sake)』を出され、訂正することもできずに仕方なくその日本酒を飲み、同行していた周囲のスタッフらから不思議な目で見られた、というエピソードが相方から度々紹介されている。
後輩の芸人たちに対して面倒見のいい親分肌であり、羽振り良く食事に連れて行くことが多い。後輩たちからは「兄様(にいさま)」と呼ばれ慕われている。
「ホアッ」という明石家さんまのような笑い方(引き笑い)をする。
爪を噛む癖がある。なので、手を口の前に持ってきたまま笑っている姿がよく見られる。また、甲高い笑い声が特徴的で、よくものまねの対象になる(原口あきまさ、山口智充ら。また、岡村に対する「岡村っさ〜ん」という呼びかけもよくものまねされる)。
以前は高校の先輩である岡村に対し敬語で喋っていたが(「岡村さん」という呼び方もその名残である)、先輩芸人からのアドバイスを受け、タメ口にした。しかし、高校時代の思い出話になると途端に敬語に戻ってしまう事をタモリに突っ込まれていた。
髪の色を茶色に染めているが、これは若白髪で白髪染めを使用しているためである。また以前は八重歯があったが、差し歯にし歯列矯正を行なった。
自身のラジオ番組では、時期外れの映画の話題作を賞賛したり、突然「落ち武者を見たことがある」「俺は身体が柔らかい」「俺ソーセージは焼かなあかんのよ」などと口走るなど、奇妙な言動をしては相方やリスナーたちにからかわれている。
大のサザンオールスターズファンで、好きな曲は「マンピーのG★SPOT」。カラオケでは最後に桑田佳祐のモノマネをしながら「旅姿六人衆」を歌うらしい。
好きなファッションブランドは 「Number(N)ine」「SOPH.」「HYSTERIC GLAMOUR」。
ホイチョイプロダクションが手掛けた、いわゆるホイチョイムービー「メッセンジャー」で平成11年(1999年)第23回日本アカデミー賞 話題賞 俳優部門を受賞。
ラジオ「ナインティナインのオールナイトニッポン」のコーナー「矢部浩之のどりちんクラブ」では青少年の悩みを聞いて真剣に答えている。得意な体位は「立ちバック」。
「モーニング娘。」の「。」の部分は矢部浩之の提案。また「ほっしゃん。」の「ほっしゃん」の部分も矢部の提案によるものだが、この場合の「。」の部分はつんく提案によるものである。
2006年7月から9月まで放送されたドラマ「花嫁は厄年ッ!」でドラマでは仲の悪い親子役だったが、母・安土幸恵役を演じていた岩下志麻とメル友になり、2007年のバレンタインデーにチョコメールをもらった。
第二の石原裕次郎オーディションの書類審査を突破したことがある。
布施明や錦野旦と同じ美容室に通っている。
彼女のヒトミちゃんとは10年以上付き合っているが、未だ結婚していない事を他の芸人や岡村に度々いじられている。
「ドラマで共演している篠原涼子と仲良くなれない」などと行きつけの美容室で漏らしていた、と番組で暴露された。
矢部浩之が中心の矢部会なるグループがあり、合コンを良く行っているらしい。無類の合コン好きとして有名であり、合コンでの醜態をテレビでよく放送されている。お持ち帰りも多々ある。
プロフィール
受賞歴・出演歴についてはナインティナインを参照されたい。好きな食べ物は納豆。
兄・美幸(当時・高2)が相方・岡村隆史(当時・高1)を自宅へ連れてきた際に知り合う(当時・中3)その後大阪府立茨木西高等学校に進学し、サッカー部に入部。ここで岡村と再会する。
介護福祉士をしている14歳下の弟・龍弘(たつひろ)もおり(大阪在住)、2006年11月18日放送の「めちゃ²イケてるッ!」に兄・美幸と出演し、何も知らされていなかった浩之を驚かせた。また、母・富江(とみえ)のVTRもたまに流れる。
自宅は港区にある六本木ヒルズ内の高級マンションであり、いわゆるヒルズ族の一人である。
愛車はメルセデス・ベンツ E55AMG
おしゃれについて
相方・岡村隆史から「ステューシーさん」、「ポロラルフローレン君」「ローレックス」「吉本のブラピ」 「ヒステリックグラマー」などとネタにされている。
ドラマ
天気予報の恋人 (テレビドラマ)(フジテレビ系:2000年4月-6月、田口正二役)
花嫁は厄年ッ!(TBSテレビ系:2006年7月-9月、安土一郎役(主演))
映画
メッセンジャー
CM
JRA (2000年) 競馬記者役として出演。岡部幸雄騎手(当時)、蛯名正義騎手、和田竜二騎手らと共演している。(相方の岡村は騎手役で出演)
KIRIN NUDA (2006年)
明治 プッカ
任天堂 DS マリオシリーズ(2006年)
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木村 祐一(きむら ゆういち、1963年2月9日 - )は、京都府京都市左京区出身のお笑いタレント、放送作家、コラムニスト。
吉本興業所属。愛称は「キムキム兄やん(キム兄)」「キム」。 現在の妻は女優の辺見えみり、義兄(妻の兄)はミュージシャン・音楽プロデューサーの辺見鑑孝。
血液型はAB型。京都市立西京商業高等学校(現・京都市立西京高等学校)卒。
口癖は「考えられへん!(声を裏返して叫ぶ)」「ありえへん!(左同)」いずれも、秩序や常識、段取り、気配りなどを無視する人間に向けて発せられる(ダウンタウン松本の「おちょこぶり」に対して発した事も。)。常にそういう物に怒っている男でもある。
人物
ホテルマン、染め物職人を経て、中学校の同級生(栩野進)と漫才コンビ「オールディーズ」を結成。
順調に人気を獲得していた矢先の1990年9月7日、相方が不祥事を起こし逮捕。これにより相方は所属事務所を解雇されコンビは解消。木村は予想もしない形でピン芸人の道を進むことになる。
当時、公私ともに行動をともにしていたいわゆる「二丁目軍団」は、リーダー格のダウンタウンをはじめとしてほぼ全員が、吉本の養成所NSC出身であるが、その中においては異例の、劇場の裏方(幕引きや進行)出身であり、その仲間外れ感をネタにすることもあった。
その後、交流のあったダウンタウンらを慕い1994年に東京進出。『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)で構成作家としてもデビューする。
現在に至るまで、松本人志の優秀なブレーンであるとともに、写真を使ったネタなどの多彩な芸風でピン芸人として活動を行っている。自分で撮った写真にコメントをつけて笑いをとる「写術」など。
松本を中心とした芸人の集まり(いわゆるダウンタウンファミリー)では兄貴的存在である。実際、松本より学年で一つ上であるため、私生活でも松本に指南する立場であるようだ。吉本興業では東野幸治はデビュー時期が近く、今田耕司や130Rは1年先輩となるが、年齢的に木村の方が年上(今田とは3つ、130Rとは1つ)であるため、テレビでの仕事でも露骨な後輩扱いはしていない。ちなみに、当初東京に進出したばかりの頃は東野幸治とコンビで仕事をしていたことがある。
ダウンタウンの後輩であるにもかかわらず年齢が一つ上のため、初期のころはダウンタウンに「さん付けさせて欲しい」と言われた。が、木村本人は「後輩ですからいいですよ〜」と言い断った。木村本人は「ダウンタウンと同い年である」と主張している(「1月1日で年が明ける、という区切りがあるのに、4月1日で線引きするのはおかしい」と、ある番組で言っていた)。
松本をして、「俺のために生まれてきたような男」「何回人生やってきたんや」と言わしめるほどよく気がまわり、器用で芸人ばなれした知識と行動力を持つが反面、自分が出来るゆえに出来ない後輩には非常に厳しく、後輩からは怖い先輩として恐れられてもいる。だが、時にはズレた所で怒ることがあり苦笑する場合もあると松本が語った。松本グループでのその母親的な面倒見と気遣い、料理の腕などから今田・東野らからは「松本人志の嫁」、高須光聖からは「松本の第一夫人」とからかわれる。松本本人も「嫁にするならキムのような人がいい」とラジオで発言している。
気遣いの出来る繊細な性格ではあるが、その反面、短気でルールやモラル面が特に厳しく、ルールやモラルを守れない人間には粗暴なまでに怒ることから、(真偽は別としても)「伝説」には事欠かない。
過敏すぎる例として以下のようなエピソードがある。加湿器が欲しいため、千原ジュニアをつれて家電店へ買い物に。そこで気に入った加湿器を買おうと店員を呼び止めたところ、ブルーとピンクの色があると紹介されキレる。「いい年したおっさんがなんでピンクの加湿器を欲しがんねん!」と説教した。が、そのとき木村は真っピンクのシャツを着ていた。それに気づいたジュニアが慌てて止めに入ることに。このように、後輩だけでなく誰にでも説教をするが、ときにピントがずれていることがある。
趣味は料理でプロ並の腕前。『アフリカのツメ』『浜ちゃんと!』(いずれも日本テレビ系)などでその料理の腕を披露した。『めちゃイケ』の「やべっち寿司」でもコンビーフを使ったちらし寿司を作って殿堂入りしたが、作る前にもフリッターなどをナインティナインに振る舞い、絶賛された。ファミリーマートでは期間限定でコラボ商品が発売されることがある。木村の作る鍋料理は「キム鍋」とも呼ばれ、寸胴や材料持参で時間をかけてつくられるため味は絶品なので、予約を入れないと食べられないほど人気らしい。
結婚して子供をもうけたが2005年に2度目の離婚。2006年1月9日に『ダウンタウンDX』で出会ったタレントの辺見えみりと婚約。 同日、合同記者会見を行い、入籍(自身3度目)を報告。 ちなみに、婚約指輪は0.93カラット。ティファニーで購入。 プロポーズは新宿外苑の外周の車中でした、とのこと。
辺見とオススメのハンバーグを食べに行ったとき、辺見がそのハンバーグに感激して細かく崩して愛おしく食べる姿を見て結婚しようと決めたらしい。
妻のことはテレビなどでは「えみりちゃん」だが、家では「えみちゃん」と呼んでいるらしい。辺見は自身のブログで木村を「旦那はん」と呼んでおり、木村は辺見のブログに時々写真で登場する。また、『ダウンタウンDX』の特番などで夫婦共演することもある。ちなみに、2006年には自身の浮気騒動が報じられたが辺見えみりはその報道に対し全く相手にしてなかった。
「キムキム兄やん」と呼ばれるようになった由来は、大阪時代に出演していたダウンタウンがパーソナリティの『ヤンタン』のコーナー名で使われていたのをそのまま使われるようになったため。最近では義父の西郷輝彦にも「キム兄」と呼ばれて驚いたことがある。また先輩の明石家さんまも最初は「木村君」と呼んでいたが最近は「キム兄」と呼んでいる。
無類の地図好きであることを辺見えみりが新婚旅行先のハワイでの出来事として『ダウンタウンDX』の番組で紹介した。
街中でふと気にした場面を写真に撮って木村独自の目線でツッコミを入れたり漫談をする「写術(しゃじゅつ)」がライフワークとなっており、年に1度のペースでライブを開催している。『めちゃイケ』の「笑わず嫌い選手権」でもそれを披露し、和田アキコや久本雅美を唸らせた。
服を買うことが大好きで、要らなくなった服は多くの後輩芸人に譲っている。時々、後輩芸人を集めて時間制限つきで選ばせる内輪向けのイベントを開催している。要らなくなった服とはいえセンスの良い服がタダで手に入れられるため、後輩芸人からはそのイベントを「キムコレ」と呼ばれている。
以前は髪型をリーゼントなどにしていたが、ここ数年は専ら五分刈りにしている。
『ヨシモトファンダンゴTV』で放送されていた「木村web堂」では先輩芸人やニュースで話題になった人のモノマネを披露したことがある。
好きな酒は「GT」。バーでよく注文するらしい。しかし最近は体の調子を崩しあまり強いアルコールはドクターストップがかかっているらしい。
映画「ゆれる」での検察官役が北野武に評価され、彼が審査委員長を務める東スポ映画大賞、第16回の新人賞に選ばれる。
ドラマ
野ブタ。をプロデュース セバスチャン(体育教師)役
新選組! そば屋の主人役
氷点 北雪牛乳販売所店員役
その5分前「ラスト・ファイト」(2006年12月27日、NHK総合)
おかわり飯蔵(2007年、テレビ東京)
バラエティ
進め!クリフハンガー冒険隊(CBCテレビ)
新どっちの料理ショー(よみうりテレビ)
浜ちゃんと!
木村とご飯
キムミシュラン(毎日放送)
情報番組
ラジかるッ(日本テレビ)
情報ライブ ミヤネ屋(よみうりテレビ)
ラジオ
ブジオ!(TBSラジオ、2005年10月〜2006年3月)
CM
ファミリーマート
黄桜
JR西日本
映画
誰も知らない
下妻物語(2004年)
ALWAYS 三丁目の夕日(電気屋の親父役)(2005年11月公開)
花よりもなほ(2006年6月公開)
ゆれる(2006年7月公開)
劇場版 どうぶつの森(リセットさんの声)(2006年12月公開)
著書
キムラの目(シンコーミュージック)
木村料理道 THE NABE キム'sスタイル(実業之日本社)
木村料理道2 THE SARA キム'sスタイル(実業之日本社)
キムラの目(実業之日本社)
キム兄の感じ。(マガジンハウス)
ディスコグラフィー
虹色橋(1997年。つんくプロデュース、キムラ・チャン名義で山田花子とデュエット。つんく、高山厳、富永美樹との競作でリリースされた)
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吉本興業所属。愛称は「キムキム兄やん(キム兄)」「キム」。 現在の妻は女優の辺見えみり、義兄(妻の兄)はミュージシャン・音楽プロデューサーの辺見鑑孝。
血液型はAB型。京都市立西京商業高等学校(現・京都市立西京高等学校)卒。
口癖は「考えられへん!(声を裏返して叫ぶ)」「ありえへん!(左同)」いずれも、秩序や常識、段取り、気配りなどを無視する人間に向けて発せられる(ダウンタウン松本の「おちょこぶり」に対して発した事も。)。常にそういう物に怒っている男でもある。
人物
ホテルマン、染め物職人を経て、中学校の同級生(栩野進)と漫才コンビ「オールディーズ」を結成。
順調に人気を獲得していた矢先の1990年9月7日、相方が不祥事を起こし逮捕。これにより相方は所属事務所を解雇されコンビは解消。木村は予想もしない形でピン芸人の道を進むことになる。
当時、公私ともに行動をともにしていたいわゆる「二丁目軍団」は、リーダー格のダウンタウンをはじめとしてほぼ全員が、吉本の養成所NSC出身であるが、その中においては異例の、劇場の裏方(幕引きや進行)出身であり、その仲間外れ感をネタにすることもあった。
その後、交流のあったダウンタウンらを慕い1994年に東京進出。『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)で構成作家としてもデビューする。
現在に至るまで、松本人志の優秀なブレーンであるとともに、写真を使ったネタなどの多彩な芸風でピン芸人として活動を行っている。自分で撮った写真にコメントをつけて笑いをとる「写術」など。
松本を中心とした芸人の集まり(いわゆるダウンタウンファミリー)では兄貴的存在である。実際、松本より学年で一つ上であるため、私生活でも松本に指南する立場であるようだ。吉本興業では東野幸治はデビュー時期が近く、今田耕司や130Rは1年先輩となるが、年齢的に木村の方が年上(今田とは3つ、130Rとは1つ)であるため、テレビでの仕事でも露骨な後輩扱いはしていない。ちなみに、当初東京に進出したばかりの頃は東野幸治とコンビで仕事をしていたことがある。
ダウンタウンの後輩であるにもかかわらず年齢が一つ上のため、初期のころはダウンタウンに「さん付けさせて欲しい」と言われた。が、木村本人は「後輩ですからいいですよ〜」と言い断った。木村本人は「ダウンタウンと同い年である」と主張している(「1月1日で年が明ける、という区切りがあるのに、4月1日で線引きするのはおかしい」と、ある番組で言っていた)。
松本をして、「俺のために生まれてきたような男」「何回人生やってきたんや」と言わしめるほどよく気がまわり、器用で芸人ばなれした知識と行動力を持つが反面、自分が出来るゆえに出来ない後輩には非常に厳しく、後輩からは怖い先輩として恐れられてもいる。だが、時にはズレた所で怒ることがあり苦笑する場合もあると松本が語った。松本グループでのその母親的な面倒見と気遣い、料理の腕などから今田・東野らからは「松本人志の嫁」、高須光聖からは「松本の第一夫人」とからかわれる。松本本人も「嫁にするならキムのような人がいい」とラジオで発言している。
気遣いの出来る繊細な性格ではあるが、その反面、短気でルールやモラル面が特に厳しく、ルールやモラルを守れない人間には粗暴なまでに怒ることから、(真偽は別としても)「伝説」には事欠かない。
過敏すぎる例として以下のようなエピソードがある。加湿器が欲しいため、千原ジュニアをつれて家電店へ買い物に。そこで気に入った加湿器を買おうと店員を呼び止めたところ、ブルーとピンクの色があると紹介されキレる。「いい年したおっさんがなんでピンクの加湿器を欲しがんねん!」と説教した。が、そのとき木村は真っピンクのシャツを着ていた。それに気づいたジュニアが慌てて止めに入ることに。このように、後輩だけでなく誰にでも説教をするが、ときにピントがずれていることがある。
趣味は料理でプロ並の腕前。『アフリカのツメ』『浜ちゃんと!』(いずれも日本テレビ系)などでその料理の腕を披露した。『めちゃイケ』の「やべっち寿司」でもコンビーフを使ったちらし寿司を作って殿堂入りしたが、作る前にもフリッターなどをナインティナインに振る舞い、絶賛された。ファミリーマートでは期間限定でコラボ商品が発売されることがある。木村の作る鍋料理は「キム鍋」とも呼ばれ、寸胴や材料持参で時間をかけてつくられるため味は絶品なので、予約を入れないと食べられないほど人気らしい。
結婚して子供をもうけたが2005年に2度目の離婚。2006年1月9日に『ダウンタウンDX』で出会ったタレントの辺見えみりと婚約。 同日、合同記者会見を行い、入籍(自身3度目)を報告。 ちなみに、婚約指輪は0.93カラット。ティファニーで購入。 プロポーズは新宿外苑の外周の車中でした、とのこと。
辺見とオススメのハンバーグを食べに行ったとき、辺見がそのハンバーグに感激して細かく崩して愛おしく食べる姿を見て結婚しようと決めたらしい。
妻のことはテレビなどでは「えみりちゃん」だが、家では「えみちゃん」と呼んでいるらしい。辺見は自身のブログで木村を「旦那はん」と呼んでおり、木村は辺見のブログに時々写真で登場する。また、『ダウンタウンDX』の特番などで夫婦共演することもある。ちなみに、2006年には自身の浮気騒動が報じられたが辺見えみりはその報道に対し全く相手にしてなかった。
「キムキム兄やん」と呼ばれるようになった由来は、大阪時代に出演していたダウンタウンがパーソナリティの『ヤンタン』のコーナー名で使われていたのをそのまま使われるようになったため。最近では義父の西郷輝彦にも「キム兄」と呼ばれて驚いたことがある。また先輩の明石家さんまも最初は「木村君」と呼んでいたが最近は「キム兄」と呼んでいる。
無類の地図好きであることを辺見えみりが新婚旅行先のハワイでの出来事として『ダウンタウンDX』の番組で紹介した。
街中でふと気にした場面を写真に撮って木村独自の目線でツッコミを入れたり漫談をする「写術(しゃじゅつ)」がライフワークとなっており、年に1度のペースでライブを開催している。『めちゃイケ』の「笑わず嫌い選手権」でもそれを披露し、和田アキコや久本雅美を唸らせた。
服を買うことが大好きで、要らなくなった服は多くの後輩芸人に譲っている。時々、後輩芸人を集めて時間制限つきで選ばせる内輪向けのイベントを開催している。要らなくなった服とはいえセンスの良い服がタダで手に入れられるため、後輩芸人からはそのイベントを「キムコレ」と呼ばれている。
以前は髪型をリーゼントなどにしていたが、ここ数年は専ら五分刈りにしている。
『ヨシモトファンダンゴTV』で放送されていた「木村web堂」では先輩芸人やニュースで話題になった人のモノマネを披露したことがある。
好きな酒は「GT」。バーでよく注文するらしい。しかし最近は体の調子を崩しあまり強いアルコールはドクターストップがかかっているらしい。
映画「ゆれる」での検察官役が北野武に評価され、彼が審査委員長を務める東スポ映画大賞、第16回の新人賞に選ばれる。
ドラマ
野ブタ。をプロデュース セバスチャン(体育教師)役
新選組! そば屋の主人役
氷点 北雪牛乳販売所店員役
その5分前「ラスト・ファイト」(2006年12月27日、NHK総合)
おかわり飯蔵(2007年、テレビ東京)
バラエティ
進め!クリフハンガー冒険隊(CBCテレビ)
新どっちの料理ショー(よみうりテレビ)
浜ちゃんと!
木村とご飯
キムミシュラン(毎日放送)
情報番組
ラジかるッ(日本テレビ)
情報ライブ ミヤネ屋(よみうりテレビ)
ラジオ
ブジオ!(TBSラジオ、2005年10月〜2006年3月)
CM
ファミリーマート
黄桜
JR西日本
映画
誰も知らない
下妻物語(2004年)
ALWAYS 三丁目の夕日(電気屋の親父役)(2005年11月公開)
花よりもなほ(2006年6月公開)
ゆれる(2006年7月公開)
劇場版 どうぶつの森(リセットさんの声)(2006年12月公開)
著書
キムラの目(シンコーミュージック)
木村料理道 THE NABE キム'sスタイル(実業之日本社)
木村料理道2 THE SARA キム'sスタイル(実業之日本社)
キムラの目(実業之日本社)
キム兄の感じ。(マガジンハウス)
ディスコグラフィー
虹色橋(1997年。つんくプロデュース、キムラ・チャン名義で山田花子とデュエット。つんく、高山厳、富永美樹との競作でリリースされた)
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原西 孝幸(はらにし たかゆき、1971年3月5日 - )は大阪府寝屋川市出身のお笑い芸人。身長174cm、血液型A型。大阪府立東寝屋川高等学校卒業、奈良大学文学部地理学科中退、NSC8期生。FUJIWARAのボケ担当、相方は藤本敏史。愛称は「ラリーゴ」「はらにっちゃん」。
概要
クイズプレゼンバラエティー Qさま!!の「10m高飛び込み」では相方・藤本のあまりの不甲斐なさに「自分ならすぐに飛べる」と急遽参戦、言葉通り1位の柴田英嗣を凌ぐ0.96秒で飛んだ(しかし、これは公式記録扱いにされていない)
なかやまきんに君の名付け親である。
母・尚子(なおこ)はその強烈且つ陽気なキャラクターで「吉本超合金」など数々のバラエティ番組に出演。2006年、「ロンドンハーツ」で全国デビューを果たした。リンカーンに出演した際にはさまぁ〜ず・大竹一樹とデートしたり、水着姿やブルマ姿を披露し水中で49秒間息を止めたりした。リアクションやカメラ割りを意識したりと若手芸人を凌駕するプロ根性の持ち主。ダウンタウン松本は原西の母のことを「プロ(の芸人)」と呼んでいる。相方の藤本曰く、本気で売れたいと思っているらしい。
最近頭髪が薄くなりかけており、「ハゲてる」といわれても、「ハゲかけているのであって、断じてハゲではない」と主張している。そして、「ハゲカケタール・オブ・ザ・イヤー」を受賞した(もちろん、そんな賞はない)、「ハゲカケタール配合や」、「ハゲカケタール・5ヘクタール」、「ハゲカケタール・ドット・コムを参照せい」、「ハゲタールは完了形で、ハゲカケタールは進行形や」などと語っている。真相はハゲカケタールドットコム。
しかし、どうやら最近増毛をしたらしく、薄毛に見えなくなっている。ちなみに母・尚子もハゲかけており、相方の藤本からよく「お前ハゲとるやないかい!」とのセリフを食らっている。
既婚者である。仕事では明るく振舞っているが、普段は家が好きで遊び歩いたりせず、無口で暗いらしい。猫好き。
結婚前は女性と接するのが極度に苦手だったため、芸人仲間からは「チェリーボーイ」と呼ばれていた。このことがネタになり吉本超合金では全裸の女性をモデルに絵画をするという男なら誰もが喜びそうな企画が行われるも終始困惑した表情で挙動不審な様子だった。
短気なところがあり、仕事が終わるとさっさと帰宅してしまうので、宮迫博之などにネタにされている。
「ギャグを2兆個持っている」と豪語したことで知られる。
とんねるずのみなさんのおかげでしたでは石橋貴明からめちゃイケと同じように「ハラニシさん!」と呼ばれた時に間違えて「オカム」と一瞬言いかけたが、すぐに「イシバシさん!」と返している。
大の金八好き。
おぎやはぎの小木博明と一緒にゴルフに行くことがあるらしいが、プレイ中は一切会話をしないらしい。ちなみに現地集合・現地解散である。
相方曰く、「根が真面目」
主なギャグ
最初はグー!(ギー)
よっとあらよっとよっとあらよっとハッピーかい!?
ポクチン(一休さんのように「ポクポクポク、チ〜ン!」を段々早口にしながら繰り返し、最終的に「チンポチンポチンポチンポチン〜!」「ポクチン〜!ポクチン〜!ポクチンポクチンポクチン〜!」とリズミカルに歌いながら踊る。芸人が一緒に出演すると伝染するギャグである)
○○祭りでワッショイワッショイ(祭りじゃダンス)
俺はとてもおもろい〜とてもとてもおもろい
ちゃんちゃちゃんちゃ♪ちゃんちゃちゃんちゃちゃんちゃ♪ちくびの席替え〜♪
なるほどな、なるほどなるほどなるほどな!
ハト胸ネコ背は〜…、ハト胸の勝ち! ※ほぼ100%でハト胸が勝つが、本人曰く5分5分らしい
ロイロイロロイロイロイロロイロイ
まいど、押切もえです!
ホンマにホンマにすんませ〜ん
背骨を引っこ抜いたら立ってられへん
みんな俺やで!
ウンコとチ○コ、1文字違い〜、お尻とメガネ〜は…3文字違い
※ヘンデルの「見よ、勇者は帰る」のメロディー[1]に乗せて歌われる。また、「鼻毛と輪投げは1文字違い」など別バージョンの歌詞もある。
(織田信長ギャグ)こんなぁなるんやったら、本能寺行かんかったら良かった
他多数。特に祭りじゃダンスはめちゃ²イケてるッ!のシンクロナイズドテイスティングにて岡村隆史とのコンビで目を瞑ったままキレのある動きを披露。コーナーの目玉となっており、FUJIWARAのライブでも一番の盛り上がりを見せる。
東・西・南・僕ぅ〜?
テレビ
めちゃ²イケてるッ!
笑いの金メダル(不定期)
リンカーン
フジケン(SKY PerfecTV!275chEXエンタテイメント)
過去に出演した番組
吉本超合金
吉本超合金F
スピルバーガー
べえぇす!
すぽーつアミーゴ
妖怪ブッサイくん
大阪フジワラリゾート
ドラマ
危険なアネキ(2005年10月17日〜12月) (フジテレビ)
映画
岸和田少年愚連隊
浪商のヤマモトじゃ! 喧嘩野球編
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概要
クイズプレゼンバラエティー Qさま!!の「10m高飛び込み」では相方・藤本のあまりの不甲斐なさに「自分ならすぐに飛べる」と急遽参戦、言葉通り1位の柴田英嗣を凌ぐ0.96秒で飛んだ(しかし、これは公式記録扱いにされていない)
なかやまきんに君の名付け親である。
母・尚子(なおこ)はその強烈且つ陽気なキャラクターで「吉本超合金」など数々のバラエティ番組に出演。2006年、「ロンドンハーツ」で全国デビューを果たした。リンカーンに出演した際にはさまぁ〜ず・大竹一樹とデートしたり、水着姿やブルマ姿を披露し水中で49秒間息を止めたりした。リアクションやカメラ割りを意識したりと若手芸人を凌駕するプロ根性の持ち主。ダウンタウン松本は原西の母のことを「プロ(の芸人)」と呼んでいる。相方の藤本曰く、本気で売れたいと思っているらしい。
最近頭髪が薄くなりかけており、「ハゲてる」といわれても、「ハゲかけているのであって、断じてハゲではない」と主張している。そして、「ハゲカケタール・オブ・ザ・イヤー」を受賞した(もちろん、そんな賞はない)、「ハゲカケタール配合や」、「ハゲカケタール・5ヘクタール」、「ハゲカケタール・ドット・コムを参照せい」、「ハゲタールは完了形で、ハゲカケタールは進行形や」などと語っている。真相はハゲカケタールドットコム。
しかし、どうやら最近増毛をしたらしく、薄毛に見えなくなっている。ちなみに母・尚子もハゲかけており、相方の藤本からよく「お前ハゲとるやないかい!」とのセリフを食らっている。
既婚者である。仕事では明るく振舞っているが、普段は家が好きで遊び歩いたりせず、無口で暗いらしい。猫好き。
結婚前は女性と接するのが極度に苦手だったため、芸人仲間からは「チェリーボーイ」と呼ばれていた。このことがネタになり吉本超合金では全裸の女性をモデルに絵画をするという男なら誰もが喜びそうな企画が行われるも終始困惑した表情で挙動不審な様子だった。
短気なところがあり、仕事が終わるとさっさと帰宅してしまうので、宮迫博之などにネタにされている。
「ギャグを2兆個持っている」と豪語したことで知られる。
とんねるずのみなさんのおかげでしたでは石橋貴明からめちゃイケと同じように「ハラニシさん!」と呼ばれた時に間違えて「オカム」と一瞬言いかけたが、すぐに「イシバシさん!」と返している。
大の金八好き。
おぎやはぎの小木博明と一緒にゴルフに行くことがあるらしいが、プレイ中は一切会話をしないらしい。ちなみに現地集合・現地解散である。
相方曰く、「根が真面目」
主なギャグ
最初はグー!(ギー)
よっとあらよっとよっとあらよっとハッピーかい!?
ポクチン(一休さんのように「ポクポクポク、チ〜ン!」を段々早口にしながら繰り返し、最終的に「チンポチンポチンポチンポチン〜!」「ポクチン〜!ポクチン〜!ポクチンポクチンポクチン〜!」とリズミカルに歌いながら踊る。芸人が一緒に出演すると伝染するギャグである)
○○祭りでワッショイワッショイ(祭りじゃダンス)
俺はとてもおもろい〜とてもとてもおもろい
ちゃんちゃちゃんちゃ♪ちゃんちゃちゃんちゃちゃんちゃ♪ちくびの席替え〜♪
なるほどな、なるほどなるほどなるほどな!
ハト胸ネコ背は〜…、ハト胸の勝ち! ※ほぼ100%でハト胸が勝つが、本人曰く5分5分らしい
ロイロイロロイロイロイロロイロイ
まいど、押切もえです!
ホンマにホンマにすんませ〜ん
背骨を引っこ抜いたら立ってられへん
みんな俺やで!
ウンコとチ○コ、1文字違い〜、お尻とメガネ〜は…3文字違い
※ヘンデルの「見よ、勇者は帰る」のメロディー[1]に乗せて歌われる。また、「鼻毛と輪投げは1文字違い」など別バージョンの歌詞もある。
(織田信長ギャグ)こんなぁなるんやったら、本能寺行かんかったら良かった
他多数。特に祭りじゃダンスはめちゃ²イケてるッ!のシンクロナイズドテイスティングにて岡村隆史とのコンビで目を瞑ったままキレのある動きを披露。コーナーの目玉となっており、FUJIWARAのライブでも一番の盛り上がりを見せる。
東・西・南・僕ぅ〜?
テレビ
めちゃ²イケてるッ!
笑いの金メダル(不定期)
リンカーン
フジケン(SKY PerfecTV!275chEXエンタテイメント)
過去に出演した番組
吉本超合金
吉本超合金F
スピルバーガー
べえぇす!
すぽーつアミーゴ
妖怪ブッサイくん
大阪フジワラリゾート
ドラマ
危険なアネキ(2005年10月17日〜12月) (フジテレビ)
映画
岸和田少年愚連隊
浪商のヤマモトじゃ! 喧嘩野球編
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極楽とんぼ (ごくらくとんぼ) は、吉本興業に所属していたお笑い芸人の二人組で、北海道小樽市出身の加藤浩次と広島県広島市出身の山本圭一で構成される。結成当初は三人組(トリオ)であった。1989年に結成。めちゃイケで共演しているナインティナインは後輩にあたる。また、同年齢の雨上がり決死隊(加藤は宮迫博之、山本は蛍原徹と同じ)は先輩にあたる。
2006年7月19日午後、山本が起こした不祥事(後述)を受けて吉本興業が記者会見し、山本の芸能活動停止(契約解除)、及びコンビ解散が発表された。ただし、コンビ解散は吉本興業側から発表されたもので、加藤は「解散は自分と山本が決めること」と解散を否定している。尚、加藤浩次はピン芸人として芸能活動を継続することとなった。
概要
暴力的で下ネタが多く、ふとした弾みでコンビ間で喧嘩を始めてしまい大立ち回りを演じる芸風で主に若年男性の支持を集めた。あくの強い芸風のため好き嫌いがはっきり別れるとされる。
二人が出会ったのは、1989年2月に佐藤B作が主宰する劇団東京ヴォードヴィルショーの研究所で、加藤・山本と同期だった櫻庭博道と三人でコントの真似事をしていた。その後、劇団研究所の学費滞納などもあり、加藤・山本は退団するが櫻庭は劇団に留まり俳優として現在も活躍している(なお、櫻庭は2006年6月に劇団を退団してフリーで活動中)。劇団東京ヴォードヴィルショーを退団後、吉本バッタモンクラブの第1期オーディションに合格しデビュー。
ヴォードヴィル所属時には公園で練習している光景がニュースで取り上げられたことがある。
グループ名は加藤の発案だった。当時山本の出した「なまけものブラザーズ」という名前の案が気に入らず、「極楽とんぼ」という名前にしたかった加藤は、「実は、松田優作のお墓の後ろに『極楽とんぼ』と書いてあるのはあまり知られてない」という根も葉もない嘘をつき、それに興奮した山本に同意させ現在のコンビ名となった。
2004年春、TBSラジオ『極楽とんぼの吠え魂』(毎週金曜深夜25:00〜27:00)の中で、山本が加藤の巧みな話術にはめられた形で大量のリスナープレゼントを自腹で放出したことがきっかけとなり、山本は「たまらん兄さん」という新たなキャラを獲得した。
また、歌手の鈴木亜美に自転車をプレゼントし、気をひこうとするが、デートは母親や妹同伴と、信用されていなかった。番組内で糞太郎ことよゐこの濱口優とどっちが本当に鈴木亜美を好きか投票する企画が行われ、両者の演説の後にリスナーが投票した。また鈴木亜美本人も投票に参加し、鈴木亜美票は100票換算と決めた結果見事、山本が当選。極楽とんぼの吠え魂(ほえだま)での公式な見解として、糞太郎(濱口)より山本の方が真の鈴木亜美ファンということになった。
東京スポーツはこの時間枠(月〜金の25時〜27時帯のJUNKという枠)をニュースソースとすることもしばしば。山本のチン事件や女性との不祥事などの事件が重なり、極楽とんぼの危機であるということから、加藤は本来はあまり公開したくない結婚や出産などをテレビでネタにして好感度アップを図ったとされている。加藤の絨毯訴訟の顛末もラジオで語られ、リスナーからは好評だった。
尚、解散直前での2人のピン活動としては、加藤の方が多く、山本の方は数少なくなっていた。
また、山本は2005年9月9日放送、ウッチャンナンチャン司会の番組、『史上最強の人間ドック"ザ・快傑ドクター3"』で「寿命・あと3年」と診断され、ショックを受けた。その後にやった『極楽とんぼの吠え魂』で、オープニングトークから加藤にけちょんけちょんにされた。更に山本はラジオの生放送中に加藤がハマッてるという脳力トレーニングソフトをやりだしたが、結果が散々なものでまたショックを受けた。
2006年7月16日、山本が茨城ゴールデンゴールズの一員として、北海道函館市に遠征中、未成年の少女数名をチームの仲間と宿泊するホテルに連れ込み酒を飲ませた上、強姦したとして7月18日に所属する吉本興業を解雇される。相方の加藤は、司会を務める朝の情報番組『スッキリ!!』の7月19日放送の冒頭で号泣しつつ相方の不祥事をファンや関係者に謝罪した。同日中に吉本興業が会見で極楽とんぼの解散を公式に発表(会見に山本本人は現れていない)。茨城GGの萩本欽一監督はこの件を受けてその日のうちにマスコミと会見し解散まで示唆する声明を発表した(解散については後日撤回された)。
メンバー
加藤浩次(かとう こうじ、本名:加藤浩二 1969年4月26日 - )
北海道札幌市生まれの同道小樽市育ち。通称:「コージ」、「カトちゃん」
北海道小樽潮陵高等学校卒業。
山本圭一(やまもと けいいち、本名:同じ 1968年2月23日 - )
東京都生まれの広島県広島市育ち(厳密には東京には3歳までしか住んでいなかったため雑誌などのプロフィールでは「広島県出身」と表記されることが殆ど)。大の広島カープファンである。通称:「山さん」、「紅の豚」、「デブハゲ」。
瀬戸内高校卒業。同校出身の後輩にプロゴルファーの田中秀道がいる。瀬戸内高校が何度か甲子園に出場した時、スポーツ新聞に載る「甲子園出場校一覧」の主なOBの欄が、いつも田中秀道なので毎回悔しい思いをしている。なお野球部在籍は20日間である。
出演していた番組
極楽とんぼとしての出演番組を記載。個別での出演番組は加藤浩次、山本圭一を参照。
テレビ
新しい波 (フジテレビ系)
とぶくすり(フジテレビ系)
殿様のフェロモン(フジテレビ系)
とぶくすりZ(フジテレビ系)
めちゃ×2モテたいッ!(フジテレビ系)
最大公約ショー(TBS系)
タモリのネタでNIGHTフィーバー!
マチャミの全部いただきっ!!(日本テレビ系)
森田一義アワー笑っていいとも!(フジテレビ系)
ジパング大決戦!(TBS系)
つよチャン堂本舗(日本テレビ系)
恋ボーイ恋ガール(フジテレビ系)
極楽とんぼのとび蹴りヴィーナス(テレビ朝日系)
今田・極楽のエンタ(毎日放送)
極楽とんぼのとび蹴りゴッデス(テレビ朝日系)
ミナミ極楽堂(朝日放送)
本能のハイキック!(フジテレビ系)
天才てれびくんワイド(NHK)※山本の事件により降板させられる
極楽とんぼのバスコーンだろ!(テレビ朝日)
極楽とんぼのバスコーンつってんだろ!(テレビ朝日)
ぶちぬき(テレビ東京系)
トリハダ 〜感じるボロ〜ン〜(朝日放送)
スキバラ・極楽とんぼのこちらササキ研究所(テレビ東京)
めちゃ×2イケてるッ!(フジテレビ系)
ハジメちゃん〜あなたの大人年齢は?〜(朝日放送)
単発
ハゲタカウォーズ!!(テレビ東京)
ラジオ
オレたち×××やってま〜す月曜日(1998年4月〜2001年3月:毎日放送)
もうすぐオレたち×××やってま〜す月曜日(2000年4月〜2001年3月:毎日放送)
オレたち×××やってま〜すネクスト月曜日(2000年4月〜2001年3月:毎日放送)
MBSオレたちやってま〜す月曜日(2001年4月〜2002年3月:毎日放送)
MBSオレたちやってま〜す金曜日(2002年4月〜2002年9月:毎日放送)
(4〜9月)TBSラジオ ザ・ベースボール
おしゃべりやってまーす月曜日(インターネットラジオ K'z Station)2003年5月〜2005年10月
極楽とんぼの吠え魂(2000年10月6日〜2006年7月21日:TBS系)全301回
ゴチャ・まぜっ! 火曜日(MBSラジオ)(2006年7月12日まで)
映画
ゴジラ×メガギラス G消滅作戦
ONE PIECE THE MOVIE カラクリ城のメカ巨兵
ビデオ
極楽とんぼのテレビ不適合者 上下巻
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2006年7月19日午後、山本が起こした不祥事(後述)を受けて吉本興業が記者会見し、山本の芸能活動停止(契約解除)、及びコンビ解散が発表された。ただし、コンビ解散は吉本興業側から発表されたもので、加藤は「解散は自分と山本が決めること」と解散を否定している。尚、加藤浩次はピン芸人として芸能活動を継続することとなった。
概要
暴力的で下ネタが多く、ふとした弾みでコンビ間で喧嘩を始めてしまい大立ち回りを演じる芸風で主に若年男性の支持を集めた。あくの強い芸風のため好き嫌いがはっきり別れるとされる。
二人が出会ったのは、1989年2月に佐藤B作が主宰する劇団東京ヴォードヴィルショーの研究所で、加藤・山本と同期だった櫻庭博道と三人でコントの真似事をしていた。その後、劇団研究所の学費滞納などもあり、加藤・山本は退団するが櫻庭は劇団に留まり俳優として現在も活躍している(なお、櫻庭は2006年6月に劇団を退団してフリーで活動中)。劇団東京ヴォードヴィルショーを退団後、吉本バッタモンクラブの第1期オーディションに合格しデビュー。
ヴォードヴィル所属時には公園で練習している光景がニュースで取り上げられたことがある。
グループ名は加藤の発案だった。当時山本の出した「なまけものブラザーズ」という名前の案が気に入らず、「極楽とんぼ」という名前にしたかった加藤は、「実は、松田優作のお墓の後ろに『極楽とんぼ』と書いてあるのはあまり知られてない」という根も葉もない嘘をつき、それに興奮した山本に同意させ現在のコンビ名となった。
2004年春、TBSラジオ『極楽とんぼの吠え魂』(毎週金曜深夜25:00〜27:00)の中で、山本が加藤の巧みな話術にはめられた形で大量のリスナープレゼントを自腹で放出したことがきっかけとなり、山本は「たまらん兄さん」という新たなキャラを獲得した。
また、歌手の鈴木亜美に自転車をプレゼントし、気をひこうとするが、デートは母親や妹同伴と、信用されていなかった。番組内で糞太郎ことよゐこの濱口優とどっちが本当に鈴木亜美を好きか投票する企画が行われ、両者の演説の後にリスナーが投票した。また鈴木亜美本人も投票に参加し、鈴木亜美票は100票換算と決めた結果見事、山本が当選。極楽とんぼの吠え魂(ほえだま)での公式な見解として、糞太郎(濱口)より山本の方が真の鈴木亜美ファンということになった。
東京スポーツはこの時間枠(月〜金の25時〜27時帯のJUNKという枠)をニュースソースとすることもしばしば。山本のチン事件や女性との不祥事などの事件が重なり、極楽とんぼの危機であるということから、加藤は本来はあまり公開したくない結婚や出産などをテレビでネタにして好感度アップを図ったとされている。加藤の絨毯訴訟の顛末もラジオで語られ、リスナーからは好評だった。
尚、解散直前での2人のピン活動としては、加藤の方が多く、山本の方は数少なくなっていた。
また、山本は2005年9月9日放送、ウッチャンナンチャン司会の番組、『史上最強の人間ドック"ザ・快傑ドクター3"』で「寿命・あと3年」と診断され、ショックを受けた。その後にやった『極楽とんぼの吠え魂』で、オープニングトークから加藤にけちょんけちょんにされた。更に山本はラジオの生放送中に加藤がハマッてるという脳力トレーニングソフトをやりだしたが、結果が散々なものでまたショックを受けた。
2006年7月16日、山本が茨城ゴールデンゴールズの一員として、北海道函館市に遠征中、未成年の少女数名をチームの仲間と宿泊するホテルに連れ込み酒を飲ませた上、強姦したとして7月18日に所属する吉本興業を解雇される。相方の加藤は、司会を務める朝の情報番組『スッキリ!!』の7月19日放送の冒頭で号泣しつつ相方の不祥事をファンや関係者に謝罪した。同日中に吉本興業が会見で極楽とんぼの解散を公式に発表(会見に山本本人は現れていない)。茨城GGの萩本欽一監督はこの件を受けてその日のうちにマスコミと会見し解散まで示唆する声明を発表した(解散については後日撤回された)。
メンバー
加藤浩次(かとう こうじ、本名:加藤浩二 1969年4月26日 - )
北海道札幌市生まれの同道小樽市育ち。通称:「コージ」、「カトちゃん」
北海道小樽潮陵高等学校卒業。
山本圭一(やまもと けいいち、本名:同じ 1968年2月23日 - )
東京都生まれの広島県広島市育ち(厳密には東京には3歳までしか住んでいなかったため雑誌などのプロフィールでは「広島県出身」と表記されることが殆ど)。大の広島カープファンである。通称:「山さん」、「紅の豚」、「デブハゲ」。
瀬戸内高校卒業。同校出身の後輩にプロゴルファーの田中秀道がいる。瀬戸内高校が何度か甲子園に出場した時、スポーツ新聞に載る「甲子園出場校一覧」の主なOBの欄が、いつも田中秀道なので毎回悔しい思いをしている。なお野球部在籍は20日間である。
出演していた番組
極楽とんぼとしての出演番組を記載。個別での出演番組は加藤浩次、山本圭一を参照。
テレビ
新しい波 (フジテレビ系)
とぶくすり(フジテレビ系)
殿様のフェロモン(フジテレビ系)
とぶくすりZ(フジテレビ系)
めちゃ×2モテたいッ!(フジテレビ系)
最大公約ショー(TBS系)
タモリのネタでNIGHTフィーバー!
マチャミの全部いただきっ!!(日本テレビ系)
森田一義アワー笑っていいとも!(フジテレビ系)
ジパング大決戦!(TBS系)
つよチャン堂本舗(日本テレビ系)
恋ボーイ恋ガール(フジテレビ系)
極楽とんぼのとび蹴りヴィーナス(テレビ朝日系)
今田・極楽のエンタ(毎日放送)
極楽とんぼのとび蹴りゴッデス(テレビ朝日系)
ミナミ極楽堂(朝日放送)
本能のハイキック!(フジテレビ系)
天才てれびくんワイド(NHK)※山本の事件により降板させられる
極楽とんぼのバスコーンだろ!(テレビ朝日)
極楽とんぼのバスコーンつってんだろ!(テレビ朝日)
ぶちぬき(テレビ東京系)
トリハダ 〜感じるボロ〜ン〜(朝日放送)
スキバラ・極楽とんぼのこちらササキ研究所(テレビ東京)
めちゃ×2イケてるッ!(フジテレビ系)
ハジメちゃん〜あなたの大人年齢は?〜(朝日放送)
単発
ハゲタカウォーズ!!(テレビ東京)
ラジオ
オレたち×××やってま〜す月曜日(1998年4月〜2001年3月:毎日放送)
もうすぐオレたち×××やってま〜す月曜日(2000年4月〜2001年3月:毎日放送)
オレたち×××やってま〜すネクスト月曜日(2000年4月〜2001年3月:毎日放送)
MBSオレたちやってま〜す月曜日(2001年4月〜2002年3月:毎日放送)
MBSオレたちやってま〜す金曜日(2002年4月〜2002年9月:毎日放送)
(4〜9月)TBSラジオ ザ・ベースボール
おしゃべりやってまーす月曜日(インターネットラジオ K'z Station)2003年5月〜2005年10月
極楽とんぼの吠え魂(2000年10月6日〜2006年7月21日:TBS系)全301回
ゴチャ・まぜっ! 火曜日(MBSラジオ)(2006年7月12日まで)
映画
ゴジラ×メガギラス G消滅作戦
ONE PIECE THE MOVIE カラクリ城のメカ巨兵
ビデオ
極楽とんぼのテレビ不適合者 上下巻
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キャイ〜ンは、日本のお笑いコンビ。浅井企画所属。
メンバー
ウド鈴木(1970年1月19日 - )山形県鶴岡市出身。ボケ担当。本名は鈴木 任紀(すずき ひでき)。愛称は「ウドちゃん」「ウッディー」。
天野ひろゆき(1970年3月24日 - )愛知県岡崎市出身。ネタ作り・ツッコミ担当。本名は天野 博之(あまの ひろゆき)。愛称は「天野君」、「アマノッチ」。日本大学国際関係学部卒。
来歴
2人共にお笑い芸人として浅井企画に入る。当初はそれぞれ別々にコンビを組んでいたが、解散・単独活動を経て、山中伊知郎の助言により1991年にキャイ〜ンを結成。捕らえ所の無いウドのボケと、それを転がす天野のコンビネーションにより、キャイ〜ン独自の笑いのスタイルを作り上げる。登場する時に行う「キャイ〜ンポーズ」で一般によく知られるようになり、数々のバラエティ番組に出演。
コンビ名は漫画のセリフからとったもので、天野が命名。「〜」の部分だけウドが考えたという。
ウドの天野に対する溺愛ぶりが有名で、「お笑い界一仲の良いコンビ」と称される(詳細はウド鈴木の項を参照)。
デビューしたての頃にテレビで競演したことがきっかけで出川哲郎と親しくなり、今でも「隊長」と呼び、 自分たちのことを「出川ファミリー」と称するほど慕っている。
「キャイ〜ン」の言い方だが、初期はキャイ〜ンポーズをする瞬間に言っていた。しかし2000年代に入り、「キャ」と「イ〜ン」のあいだに間を置くようになり、「イ〜ン」を言いながらキャイ〜ンポーズをするようになった。現在では「キャッイ〜ン」という感じである(ライブビデオやDVDを見ると明らかである)。
現在出演中の番組
火曜
はなまるマーケット(TBS系 8:30〜9:55) ※天野のみ
リンカーン(TBS系 22:00〜22:54)
マンガノゲンバ(NHK衛星第2 23:30〜24:00) ※天野のみ
プレミアの巣窟(フジテレビ 26:08〜26:33) ※天野のみ
木曜
徳光和夫の感動再会"逢いたい"(TBS 18:55〜20:00) ※天野のみ
金曜
いまあま(日本テレビ 25:54〜26:09)
土曜
ウドちゃんの旅してゴメン(メ〜テレ 9:30〜10:00) ※ウドのみ
もしもツアーズ(フジテレビ系 18:30〜19:00)
日曜
特上!天声慎吾(日本テレビ系 16:25〜16:55)
※『プレミアの巣窟』と『いまあま』は放送時間を変更する日が多い。
過去に出演していた番組
テレビ
ウッチャンナンチャンのウリナリ!!(日本テレビ系) 1995年4月〜2002年3月
天才てれびくん(NHK教育) 1996年4月〜1998年3月
新装開店!SHOW by ショーバイ!!(日本テレビ系)
新装開店!SHOW by ショーバイ2
小園総研(中京テレビ)
めざせ!総・楽・天(中京テレビ) 1996年10月〜1997年9月
森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビ系) 1997年〜1998年
これがキャイ〜ンだ!?(フジテレビ系) 1997年10月〜1998年9月
キャイ〜ンのギャロンパ(中京テレビ) 1997年10月〜2000年9月
アイドルハイスクール 芸能女学館(フジテレビ系) 1998年4月〜1998年9月
これがキャイ〜ンだろ!?(フジテレビ系) 1998年10月〜2000年3月
100%キャイ〜ン!(フジテレビ系) 2000年4月〜2002年3月
MUSIX!(テレビ東京系) 2000年12月〜2003年3月
ザ・レターズ〜家族の愛にありがとう(フジテレビ系) 2002年5月〜2002年9月
恋のバカヤロー!(TBS系) 2002年10月〜2003年9月
ミラクルC(テレビ東京系) 2003年10月〜2006年3月
LIVE BANG!(テレビ東京系) 2005年10月〜2006年3月
ラジオ
ヤンマガ伝説キャイ〜ンDAあ゛〜ん(TBSラジオ) 1995年〜2003年3月
キャイ〜ン天野ひろゆきのMEGAうま!ラジオバーガー!!(ニッポン放送) 1995年 ※天野のみ
雑誌
こちらもしもツアーズ(TVぴあ)
もしツアまんが?道場!!
もしツアについて僕らが語ろうか
キャイ〜ンライブに出張 ※フジテレビ系列の番組を題材にしたコラムシリーズ。過去には「100%に賭けるキャイ〜ンの戦記」「ザ・レターズ〜みんなの愛にありがとう」を連載。
映画
2001年 天野ひろゆきがオムニバス映画『マネーざんす』の6作品のうちの1つ『B5』で映画監督デビュー。
2002年 ウド鈴木は映画『ナースのお仕事 ザ・ムービー』に出演。
2004年 天野ひろゆき監督作品『CAGE』(ウド鈴木出演)が夕張映画祭に入選。
2006年 ウド鈴木は映画「ピーナッツ」に出演。
2006年秋 天野ひろゆき監督作品『一億の猫』(『-PET BOX-』の6作品の1つ)、2006年11月18日〜同年11月24日テアトル新宿にて上映。
『一億のネコ』出演者 - 純名りさ、宮本真希、吉井怜、高橋克典、哀川翔
舞台
キャイ〜ンLIVE
カンコンキンシアター『クドい!』(関根勤主宰)
2003年 天野ひろゆきはミュージカル『天使は瞳を閉じて』に出演。
2006年 『現代狂言』(東京:2006年8月6日・8月29日・8月30日 / 大阪:2006年7月2日)
ビデオ・DVD
キャイ〜ンライブフルエアロバージョン
キャイ〜ンLIVE2004 キャイ〜ンがシークレットライブやりました
キャイ〜ンLIVE2005 キャイ〜ンがまたシークレットライブやりました
キャイ〜ンLIVE2006 キャイ〜ンがまたまたシークレットライブやりました
その他
1995年に、ウドはウッチャンナンチャンの内村光良と千秋とともにユニット「ポケットビスケッツ」を、1997年に、天野はウッチャンナンチャンの南原清隆とビビアン・スーとともにユニット「ブラックビスケッツ」をそれぞれ結成。1998年には、「ポケビ&ブラビ スペシャルユニット」として『NHK紅白歌合戦』に出場した。代表曲は「イエローイエローハッピー」・「レッドエンジェル」(ポケットビスケッツ)と「スタミナ」・「タイミング」(ブラックビスケッツ)。現在は両者共に活動休止中。
1995年に、谷口宗一とユニット「3LDK」を結成し、マキシシングルをリリースしている。
2002年〜2006年に、小池栄子と共に競輪の統一CMキャラクターを務めていた。
同年代のお笑い芸人
くりぃむしちゅー
ナインティナイン
ネプチューン
よゐこ
など
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メンバー
ウド鈴木(1970年1月19日 - )山形県鶴岡市出身。ボケ担当。本名は鈴木 任紀(すずき ひでき)。愛称は「ウドちゃん」「ウッディー」。
天野ひろゆき(1970年3月24日 - )愛知県岡崎市出身。ネタ作り・ツッコミ担当。本名は天野 博之(あまの ひろゆき)。愛称は「天野君」、「アマノッチ」。日本大学国際関係学部卒。
来歴
2人共にお笑い芸人として浅井企画に入る。当初はそれぞれ別々にコンビを組んでいたが、解散・単独活動を経て、山中伊知郎の助言により1991年にキャイ〜ンを結成。捕らえ所の無いウドのボケと、それを転がす天野のコンビネーションにより、キャイ〜ン独自の笑いのスタイルを作り上げる。登場する時に行う「キャイ〜ンポーズ」で一般によく知られるようになり、数々のバラエティ番組に出演。
コンビ名は漫画のセリフからとったもので、天野が命名。「〜」の部分だけウドが考えたという。
ウドの天野に対する溺愛ぶりが有名で、「お笑い界一仲の良いコンビ」と称される(詳細はウド鈴木の項を参照)。
デビューしたての頃にテレビで競演したことがきっかけで出川哲郎と親しくなり、今でも「隊長」と呼び、 自分たちのことを「出川ファミリー」と称するほど慕っている。
「キャイ〜ン」の言い方だが、初期はキャイ〜ンポーズをする瞬間に言っていた。しかし2000年代に入り、「キャ」と「イ〜ン」のあいだに間を置くようになり、「イ〜ン」を言いながらキャイ〜ンポーズをするようになった。現在では「キャッイ〜ン」という感じである(ライブビデオやDVDを見ると明らかである)。
現在出演中の番組
火曜
はなまるマーケット(TBS系 8:30〜9:55) ※天野のみ
リンカーン(TBS系 22:00〜22:54)
マンガノゲンバ(NHK衛星第2 23:30〜24:00) ※天野のみ
プレミアの巣窟(フジテレビ 26:08〜26:33) ※天野のみ
木曜
徳光和夫の感動再会"逢いたい"(TBS 18:55〜20:00) ※天野のみ
金曜
いまあま(日本テレビ 25:54〜26:09)
土曜
ウドちゃんの旅してゴメン(メ〜テレ 9:30〜10:00) ※ウドのみ
もしもツアーズ(フジテレビ系 18:30〜19:00)
日曜
特上!天声慎吾(日本テレビ系 16:25〜16:55)
※『プレミアの巣窟』と『いまあま』は放送時間を変更する日が多い。
過去に出演していた番組
テレビ
ウッチャンナンチャンのウリナリ!!(日本テレビ系) 1995年4月〜2002年3月
天才てれびくん(NHK教育) 1996年4月〜1998年3月
新装開店!SHOW by ショーバイ!!(日本テレビ系)
新装開店!SHOW by ショーバイ2
小園総研(中京テレビ)
めざせ!総・楽・天(中京テレビ) 1996年10月〜1997年9月
森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビ系) 1997年〜1998年
これがキャイ〜ンだ!?(フジテレビ系) 1997年10月〜1998年9月
キャイ〜ンのギャロンパ(中京テレビ) 1997年10月〜2000年9月
アイドルハイスクール 芸能女学館(フジテレビ系) 1998年4月〜1998年9月
これがキャイ〜ンだろ!?(フジテレビ系) 1998年10月〜2000年3月
100%キャイ〜ン!(フジテレビ系) 2000年4月〜2002年3月
MUSIX!(テレビ東京系) 2000年12月〜2003年3月
ザ・レターズ〜家族の愛にありがとう(フジテレビ系) 2002年5月〜2002年9月
恋のバカヤロー!(TBS系) 2002年10月〜2003年9月
ミラクルC(テレビ東京系) 2003年10月〜2006年3月
LIVE BANG!(テレビ東京系) 2005年10月〜2006年3月
ラジオ
ヤンマガ伝説キャイ〜ンDAあ゛〜ん(TBSラジオ) 1995年〜2003年3月
キャイ〜ン天野ひろゆきのMEGAうま!ラジオバーガー!!(ニッポン放送) 1995年 ※天野のみ
雑誌
こちらもしもツアーズ(TVぴあ)
もしツアまんが?道場!!
もしツアについて僕らが語ろうか
キャイ〜ンライブに出張 ※フジテレビ系列の番組を題材にしたコラムシリーズ。過去には「100%に賭けるキャイ〜ンの戦記」「ザ・レターズ〜みんなの愛にありがとう」を連載。
映画
2001年 天野ひろゆきがオムニバス映画『マネーざんす』の6作品のうちの1つ『B5』で映画監督デビュー。
2002年 ウド鈴木は映画『ナースのお仕事 ザ・ムービー』に出演。
2004年 天野ひろゆき監督作品『CAGE』(ウド鈴木出演)が夕張映画祭に入選。
2006年 ウド鈴木は映画「ピーナッツ」に出演。
2006年秋 天野ひろゆき監督作品『一億の猫』(『-PET BOX-』の6作品の1つ)、2006年11月18日〜同年11月24日テアトル新宿にて上映。
『一億のネコ』出演者 - 純名りさ、宮本真希、吉井怜、高橋克典、哀川翔
舞台
キャイ〜ンLIVE
カンコンキンシアター『クドい!』(関根勤主宰)
2003年 天野ひろゆきはミュージカル『天使は瞳を閉じて』に出演。
2006年 『現代狂言』(東京:2006年8月6日・8月29日・8月30日 / 大阪:2006年7月2日)
ビデオ・DVD
キャイ〜ンライブフルエアロバージョン
キャイ〜ンLIVE2004 キャイ〜ンがシークレットライブやりました
キャイ〜ンLIVE2005 キャイ〜ンがまたシークレットライブやりました
キャイ〜ンLIVE2006 キャイ〜ンがまたまたシークレットライブやりました
その他
1995年に、ウドはウッチャンナンチャンの内村光良と千秋とともにユニット「ポケットビスケッツ」を、1997年に、天野はウッチャンナンチャンの南原清隆とビビアン・スーとともにユニット「ブラックビスケッツ」をそれぞれ結成。1998年には、「ポケビ&ブラビ スペシャルユニット」として『NHK紅白歌合戦』に出場した。代表曲は「イエローイエローハッピー」・「レッドエンジェル」(ポケットビスケッツ)と「スタミナ」・「タイミング」(ブラックビスケッツ)。現在は両者共に活動休止中。
1995年に、谷口宗一とユニット「3LDK」を結成し、マキシシングルをリリースしている。
2002年〜2006年に、小池栄子と共に競輪の統一CMキャラクターを務めていた。
同年代のお笑い芸人
くりぃむしちゅー
ナインティナイン
ネプチューン
よゐこ
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小木 博明(おぎ ひろあき(本名の読み方は「こぎ」)、男性、1971年8月16日 - )は、お笑い芸人でおぎやはぎのボケ担当。相方は矢作兼。
プロフィール
東京都板橋区ときわ台出身。血液型B型。
東京都立北野高等学校卒
2006年10月10日に元歌手の森山奈歩と結婚・入籍。森山良子は義母、森山直太朗は義弟になる。
人物
1995年コンビ結成。変わった芸風で、コンビ両方が眼鏡をかけている。苗字の発音は「おぎ」で通しているが、本来は「おぎ」ではなく「こぎ」である(子供時代、父親がコギという発音だと小汚いからオギに改めようと提案したことによる)。
コント(ライブやリチャードホールなど)でホモキャラを演じることが多かったが、実際は女遊びが激しい。
現在の所属事務所である人力舎に所属する前は会社員でテレビで言えないような仕事もしていたらしい。
過去に大手CDショップに就職した際は、面接で「クラシックが大好きです」とハッタリをきかせて見事就職した。(実際にはクラシックはほとんど聞かないらしい)
事務所内では相方以外にアンジャッシュの児嶋一哉と仲がいいらしいが、渡部建やアンタッチャブルの柴田英嗣など人力舎の芸人には楽屋でふざけたりするいたずら好きが多い為、特に何もしてこない児嶋を下に見ていることもあるらしい。
最近はいろんな種類の眼鏡をかけている。
加藤浩次に嫌われている。(第一印象が悪かったらしい)
同期に北陽がいる。
趣味はゴルフ。ベストスコアは87。
特技はフォークボールと言い張り、今までも何回かテレビで披露したことがある。サッカーも上手い。
リンカーンのロケで眼鏡が壊れたので昔の眼鏡などを色々かけている。
ボードゲームスコットランドヤードを「ボードゲームの王様」として愛してやまない。(さんまのまんまより)
「小木じらし」「小木45度」「一人おぎっち」など、数多くの得意技があることを番組内で告白している。
品川祐は、小木と矢作の見分け方を「(人間として)ダメな方が小木、ちゃんとしてるのが矢作」だと某番組で発言していた。
バナナマンと出演している「epochTV square vol.1」や、バナナマン・ラーメンズと出演している「ライヴ!君の席」でバク転を披露している。本人曰く「“何か”をいきなり挑戦しても、一度も失敗したことがない」
爆笑問題の検索ちゃんではあまりにも珍解答ばかり出す為、井上聡、庄司智春とともに「バカ3人組」と呼ばれている。矢作が「小木が答え出した後に俺に説明を求めるのはやめてくれ。」と言ったほど。
2006年10月10日、歌手森山良子の長女で元ミュージシャンの奈歩と結婚したことを報告。(10月13日のTBSラジオJUNK「おぎやはぎのメガネびいき」にて。)
最初に知り合ったのは吉本興業とのジョイントライブで、まちゃまちゃから紹介されたことからである。
お付き合いから結婚まで6年かかっての入籍となった。
「さんまのまんま」で以前恋人がパグ似だと発言していたが、それは奥さんのことであることも暴露。
小木は新居が見つかるまで森山家に「居候」(いわゆる「マスオさん」)している。
小木の部屋は森山直太朗が以前に使用していたものであり、CS放送が見放題だという。(そのため新居にはCSアンテナが設置できることが条件らしい。)
その森山家での居候のため、森山家に婿入りしたと何人かに勘違いされた。
小木は森山良子を「ママ」と呼んでいる。
森山良子が「オレオレ詐欺」に遭いそうになった。直太朗は(ギャグであるが)小木を犯人と疑っている。
2007年3月9日にFRIDAYに宝月ひかるとの密会している所を撮られる。以前から宝月ひかるとはアンジャッシュ児嶋の紹介で仲が良かったもので何も無かったと弁明した。これについて森山家の皆からブーイングを買い、森山良子からは「脇が甘い」、森山直太朗からは「ダサい」と言われた。
実家は開業医で芸能人の常連も多いという。
「リンカーン」のドッキリ企画ではトイレに置き忘れられていた(設定の)100万円入り封筒を見事ネコババした。その後楽屋にいる相方のところに持っていって「どうしようか」と尋ね矢作が「山分けしよう」という会話もしていた(冗談であるが)。その後置き忘れた設定の人が封筒を探しに楽屋へ入り無事阻止した。
主な出演番組
大人のコンソメ
笑いの金メダル
くりぃむナントカ
リチャードホール
リンカーン
ゴッドタン
X'smap〜虎とライオンと五人の男〜
くりぃむしちゅーのたりらリラ〜ン
ポイチョ!
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プロフィール
東京都板橋区ときわ台出身。血液型B型。
東京都立北野高等学校卒
2006年10月10日に元歌手の森山奈歩と結婚・入籍。森山良子は義母、森山直太朗は義弟になる。
人物
1995年コンビ結成。変わった芸風で、コンビ両方が眼鏡をかけている。苗字の発音は「おぎ」で通しているが、本来は「おぎ」ではなく「こぎ」である(子供時代、父親がコギという発音だと小汚いからオギに改めようと提案したことによる)。
コント(ライブやリチャードホールなど)でホモキャラを演じることが多かったが、実際は女遊びが激しい。
現在の所属事務所である人力舎に所属する前は会社員でテレビで言えないような仕事もしていたらしい。
過去に大手CDショップに就職した際は、面接で「クラシックが大好きです」とハッタリをきかせて見事就職した。(実際にはクラシックはほとんど聞かないらしい)
事務所内では相方以外にアンジャッシュの児嶋一哉と仲がいいらしいが、渡部建やアンタッチャブルの柴田英嗣など人力舎の芸人には楽屋でふざけたりするいたずら好きが多い為、特に何もしてこない児嶋を下に見ていることもあるらしい。
最近はいろんな種類の眼鏡をかけている。
加藤浩次に嫌われている。(第一印象が悪かったらしい)
同期に北陽がいる。
趣味はゴルフ。ベストスコアは87。
特技はフォークボールと言い張り、今までも何回かテレビで披露したことがある。サッカーも上手い。
リンカーンのロケで眼鏡が壊れたので昔の眼鏡などを色々かけている。
ボードゲームスコットランドヤードを「ボードゲームの王様」として愛してやまない。(さんまのまんまより)
「小木じらし」「小木45度」「一人おぎっち」など、数多くの得意技があることを番組内で告白している。
品川祐は、小木と矢作の見分け方を「(人間として)ダメな方が小木、ちゃんとしてるのが矢作」だと某番組で発言していた。
バナナマンと出演している「epochTV square vol.1」や、バナナマン・ラーメンズと出演している「ライヴ!君の席」でバク転を披露している。本人曰く「“何か”をいきなり挑戦しても、一度も失敗したことがない」
爆笑問題の検索ちゃんではあまりにも珍解答ばかり出す為、井上聡、庄司智春とともに「バカ3人組」と呼ばれている。矢作が「小木が答え出した後に俺に説明を求めるのはやめてくれ。」と言ったほど。
2006年10月10日、歌手森山良子の長女で元ミュージシャンの奈歩と結婚したことを報告。(10月13日のTBSラジオJUNK「おぎやはぎのメガネびいき」にて。)
最初に知り合ったのは吉本興業とのジョイントライブで、まちゃまちゃから紹介されたことからである。
お付き合いから結婚まで6年かかっての入籍となった。
「さんまのまんま」で以前恋人がパグ似だと発言していたが、それは奥さんのことであることも暴露。
小木は新居が見つかるまで森山家に「居候」(いわゆる「マスオさん」)している。
小木の部屋は森山直太朗が以前に使用していたものであり、CS放送が見放題だという。(そのため新居にはCSアンテナが設置できることが条件らしい。)
その森山家での居候のため、森山家に婿入りしたと何人かに勘違いされた。
小木は森山良子を「ママ」と呼んでいる。
森山良子が「オレオレ詐欺」に遭いそうになった。直太朗は(ギャグであるが)小木を犯人と疑っている。
2007年3月9日にFRIDAYに宝月ひかるとの密会している所を撮られる。以前から宝月ひかるとはアンジャッシュ児嶋の紹介で仲が良かったもので何も無かったと弁明した。これについて森山家の皆からブーイングを買い、森山良子からは「脇が甘い」、森山直太朗からは「ダサい」と言われた。
実家は開業医で芸能人の常連も多いという。
「リンカーン」のドッキリ企画ではトイレに置き忘れられていた(設定の)100万円入り封筒を見事ネコババした。その後楽屋にいる相方のところに持っていって「どうしようか」と尋ね矢作が「山分けしよう」という会話もしていた(冗談であるが)。その後置き忘れた設定の人が封筒を探しに楽屋へ入り無事阻止した。
主な出演番組
大人のコンソメ
笑いの金メダル
くりぃむナントカ
リチャードホール
リンカーン
ゴッドタン
X'smap〜虎とライオンと五人の男〜
くりぃむしちゅーのたりらリラ〜ン
ポイチョ!
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有田 哲平(ありた てっぺい、1971年2月3日 - )は、熊本県熊本市出身のお笑いタレント。くりぃむしちゅーの主にボケ担当(デビュー当時はツッコミ担当)。血液型はO型。相方は上田晋也。プライム所属。身長173cm、体重70kg。
来歴
熊本大学教育学部附属中学校卒。熊本県立済々黌高等学校卒。在学中、ラグビー部の同輩として現在の相方上田晋也と出会う。現役時に明治大学二部に合格していたが、上田に「一緒に早稲田に入ろう」と言われ浪人。一浪を経て、上田は早稲田大学に合格するも、有田は不合格。有田は上田がまた浪人してくれると思っていたが「お前は立教がいい」と言われ立教大学法学部に入学。一旦は弁護士を目指したが、芸能界に進む為中退(共にお笑いへ進む為、上田が一方的に有田の退学届けを出したらしい)。幼少の頃は裕福な家庭で育っていたが、この時父親が営んでいた広告代理店が経営破綻に追いこまれた事から大学の授業料を滞納しており、それに関する父親の報告と有田の中退の報告(父親は厳格な人物であった為有田本人は勘当覚悟の報告であったが「学費を納めなくていいなんてお前は孝行息子だ。それにやりたい事を見つけるなんて素晴らしい! 」となぜか絶賛されてしまう。後で考えるとその時点で会社が傾いていたということらしい)とが重なったと言われ、何度かネタにしている。また、弁護士を目指したのは元々父親の影響によるものだったからと言う。因みに、広告代理店の経営破綻後両親が離婚し、有田が実家へ帰ると有田家の表札が「長谷川」にいきなり変わっていたという。更にこれだけではなく同時期に祖母の病死、カード破産、セクハラで訴訟を起こされると身内で不運が連続し、止めを刺すかのように父親も亡くなる。そして上田晋也からの誘いを受けお笑いコンビ・『海砂利水魚』を結成。
コント山口君と竹田君の付き人としてスタートする。
後にTBS『ウンナンの気分は上々。 』にてさまぁ〜ずと改名を掛けた3度目の対決に敗れ、ウッチャンナンチャンの内村光良に『くりぃむしちゅー』と命名され改名、現在に至る。
人物
中学2年生のときにアメリカにホームステイしていたことがある為、日常会話程度の英会話なら出来る。だがズバリ言うわよ!(TBS系)では細木数子によく馬鹿呼ばわりされる。しかし、それはお笑いでのキャラであり実際は秀才で、熊本有数の進学校である済々黌を卒業、大学は中退したとはいえ立教大学出身である。実際ズバリ言うわよ!でも他の売れないお笑い芸人の相談の際に細木は『あんたも上田や有田みたいに本当に馬鹿になれたらきっと売れるようになるわよ』と言うように細木も彼の馬鹿については十分承知しているようである。
初体験は高校1年生の夏。
相方上田とはラグビー部で知り合ったが、試合では上田がレギュラーで有田はベンチ要員だったらしい。しかも、ラグビーのルールをよく理解しておらず、ある試合で上田がボールを持ちトライする為ラインに向かって走ると、有田は何を思ったかチームメイトである上田にタックルをしてきたと言うエピソードがある。
『笑いの金メダル』(テレビ朝日系)で笑金オールスターズとしてCDデビューが決まって『HEY!HEY!HEY! MUSIC Champ』(フジテレビ系)に出演した際、高校時代にラグビー部の皆で将来の夢を話していたという話題になり、他の部員は真面目に将来の夢を語っていたが、有田にいたっては「俺は光GENJIに入る」と真顔で言っていたという。その時、ダウンタウンの浜田雅功が笑った後に有田の顎を掴み「この顎でか! この顎でか! 」と詰め寄った。そして、有田は浜田に「すいません浜田さん、顎は急所です。」とツッこんだ。
高校時代、上田が応援団長で有田が副団長だった。
『海砂利水魚のオールナイトニッポンスペシャル』で上田と対決し負け、勅使川原昭によって放送終了後、丸坊主にされる(2005年7月からは『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』としてレギュラーパーソナリティに昇格)。
母は水泳のオリンピック候補になる程の選手だった。現在も熊本県内にある室内プールの管理者の傍ら、子供達に水泳の指導を行なっている。
3人兄弟の次男。弟は放送作家の有田真平。兄は熊本で教師をやっている。
主な持ち芸はアニマル浜口、長州力や高田延彦、アントニオ猪木などプロレスラーのものまね。大のプロレスファンで多くのプロレスグッズを所有し、毎週欠かさず週刊プロレスを愛読(第一号から全て)している。2006年6月18日に開催された「ハッスル・エイド2006」では、オープニングで自前の「高田総統」のコスプレをして登場した。
テレビ番組『銭形金太郎』(テレビ朝日系)で、相方・上田のプライベートを暴露し司会の名倉潤の風貌を痛烈に批判する歌を歌い(今現在11曲)、同番組のエンディングテーマにもなっていた。また名倉潤の事を細身の顔立ちから時々ガイコツ・ラクダ・ナシゴレン・パクチー等と言う。
クリームシチューが大好きと豪語していたが、『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日系)の“1週間でクリームシチューを500杯食べきるコンビ”でかなりの野菜嫌いだったことが判明(人参、ブロッコリー、南瓜、椎茸、マッシュルーム)し、クリームシチューの殆どを相方・上田に食わせていた。
ラジオ番組でニッポン放送での通称は「有田先生」(2005年6月24日放送『目からウロコ!24』まで)、TBSラジオの番組(『極楽とんぼの吠え魂』)では「タップ哲平」とも呼ばれたこともある。
テレビやラジオ等でたまにTake2(主に東貴博)の悪口を言ったりしている。
顎が年々、左の方へと曲がっている。
好きな音楽ジャンルはヒップホップ。その為ヒップホップアーティストZEEBRAとも親交がありZEEBRAが司会として放送する番組『シュガーヒルストリート』では一緒に「ALI-T」という名前で司会として参加する。また、ZEEBRAのStop Playin’A WallではPVにも出演している。
ネタ的によく語られる「親戚にいる大学教授のオジサンを見習えと言われていたが、その人セクハラで訴えられた」というのは、政治学者の矢野暢(日本初のノーベル賞の選考委員・スウェーデン王立アカデミー会員を務めた人物)。
いとこは小説家の鵜波美布で代表作『武運』等。
パワプロ9のサクセスモードを熱く語っていた為、パワポケ7には有田をモデルにした、「有田修吾」が登場した。また、サカつくも好きなようである。
中学時代の2年先輩にラジオパーソナリティの荘口彰久がいる。
「H/K(話変るけど)」という若者言葉を作った人物。『銭形金太郎』(テレビ朝日系列)の深夜放送時代にVTRの前フリで使用していた。芸能人が作った言葉は数あれど、若者限定で広まったその様な言葉は珍しい。
最近痔らしい。
アンタッチャブルの山崎弘也と住んでいるマンションが同じである(山崎は後輩のため有田より下の階に住んでいる)。
仮面合コンに参加したことがある。
指1本でタクシー代を請求されたことがある。
エピソード
アントニオ猪木の引退試合の観戦の際、入場時に熱いエールを送っていたが肝心の試合の時、居眠りをしていた事をダウンタウンDXのコーナー「視聴者は見た」で暴露される。ちょうどその収録に猪木本人も参加していたため、すぐにビンタ制裁を受けた。
2001年6月、相方と共にMCとして出演していた瀬戸内海放送(KSB)の若者向け人気深夜番組ばちこい!内の企画でBachicco!という地域限定アイドル(ロコドル)をプロデュースし、見事デビューさせた。なおデビュー曲『ばっちり恋しよう!』には彼のラップパートが収録されている。現在もBachicco!のプロデューサーを務めている。
2004年8月、深田恭子とのお泊まりデートが写真週刊誌にスクープされ、更に8月19日発売の週刊誌で山崎弘也と合コンを行った帰りにラブホテルに入る所を撮影され、別の女性とも同棲しているとも言われ、ルックスに似合わずプレイボーイとして有名。しかし深田恭子との一件以来モテなくなったと発言している。これは業界内で「有田には気をつけろ」と言われ始めアイドル事務所が所属アイドル達に事前注意を行い始めたからである。
写真週刊誌の一件以来、合コンなどを自粛する一方で何故か相方の上田晋也の2人の姪っ子にハマり、二人と遊ぶ為に休みの日にわざわざ熊本まで帰っているという(上田抜きで)。理由としては「どんなにユルいことを言ってもウケるから気分がいい」とのこと。因に二人とも小学校低学年で、有田のことを「ありぶす」と呼び、「ありぶすお前顎伸びたな〜。」等散々なことを言われるらしい。
『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)において、以前番組内で天然パーマをストレートパーマにさせられた相方・上田が「合コン好きの有田を懲らしめてほしい」と番組に依頼し、騙しの合コンをセッティング。この企画は3回行われたが、全て番組が仕掛けた落とし穴に落下している。女の子と2人きりになった時、「クルトンって呼んで♥」と言ったことから、ロンドンハーツでは「クルトン」(クルトン有田、因みに悪いワルトンもいる)と呼ばれるようになった。因みに現在は裏番組である『ズバリ言うわよ!』に出演中の為、『ロンドンハーツ』の出演はない。
『内村プロデュース』(テレビ朝日系)において、性格診断テストを受けた結果、内村光良に対してライバルである、番組を乗っ取ろうとしている等と診断された。その後『内村プロデュース』のレギュラー放送が終了し、『くりぃむナントカ』がその時間に時間変更されて、本当に番組を乗っ取ったようにも見える。
2005年6月11日深夜に放送されたテレビ朝日の深夜番組『くりぃむ・鶴瓶・ロンブーのゆく年くる年への道SP』によると上田に対して「『おしゃれカンケイ』終わらせやがって、お前は……」と言ったのに対し、上田に「いや、別に俺が終わらせたわけじゃねーし」と言われたり、「(おしゃれカンケイを)とったんですよ、こいつ。」と言って上田に「とったわけじゃないよ。」と返されていることから、相方の上田が『おしゃれイズム』に出演しているのが信じられないらしい。
2005年7月5日、山崎弘也、矢作兼と共に夜に中華料理屋へ行き、後輩のその2人から酒を勧められ、その後の仕事で『オールナイトニッポン』(この日が初回放送だった。)があるからと言い断ろうとしたが、後輩のその言葉に負け、その後仕事があるのにもかかわらず、飲み、オールナイトの本番で相方の上田に叱られる。
2006年4月5日放送の『くりぃむしちゅーのたりらリラ〜ン』特番『ガンバレくりぃむ!恋の赤恥ベタベタSP』内で公開された有田哲平監督・脚本・主演『ベタドラマ』『101回目のベタポーズ』では、意外に高い演技力を見せた。
2006年8月3日放送の『Qさま!』で、山崎チームとして参加したもののプレッシャーに弱く、情けない姿をさらした。
番組収録の合間に後輩芸人(山崎弘也やおぎやはぎ、次長課長等)を集めて芸に対するアドバイスやダメ出しを行う事が多いが(「有田塾」と呼ばれている)、内容は「全くタメにならない話ばかり」しているらしい(『アメトーク』で土田晃之が暴露していた。因みに土田は有田に「『銭形金太郎』のロケで泣け」というアドバイスを受けたことも話していた)。
アンタッチャブルの山崎が大便をすると有田に「しました。」とメールが来る。(2006年内に終了)
単独の出演番組
目からウロコ!21→目からウロコ!24(ニッポン放送) - 出演終了
内村プロデュース(テレビ朝日)
とんねるずのみなさんのおかげでした 博士と助手 〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜(フジテレビ)
ピーナッツ(映画 内村光良監督作品 2006年公開)
テキトーTV(テレビ朝日、単発・深夜)
ぐるぐるナインティナイン(日本テレビ系)主に「かぶっちゃや〜YO!」など
シュガーヒルストリート(日本テレビ)
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来歴
熊本大学教育学部附属中学校卒。熊本県立済々黌高等学校卒。在学中、ラグビー部の同輩として現在の相方上田晋也と出会う。現役時に明治大学二部に合格していたが、上田に「一緒に早稲田に入ろう」と言われ浪人。一浪を経て、上田は早稲田大学に合格するも、有田は不合格。有田は上田がまた浪人してくれると思っていたが「お前は立教がいい」と言われ立教大学法学部に入学。一旦は弁護士を目指したが、芸能界に進む為中退(共にお笑いへ進む為、上田が一方的に有田の退学届けを出したらしい)。幼少の頃は裕福な家庭で育っていたが、この時父親が営んでいた広告代理店が経営破綻に追いこまれた事から大学の授業料を滞納しており、それに関する父親の報告と有田の中退の報告(父親は厳格な人物であった為有田本人は勘当覚悟の報告であったが「学費を納めなくていいなんてお前は孝行息子だ。それにやりたい事を見つけるなんて素晴らしい! 」となぜか絶賛されてしまう。後で考えるとその時点で会社が傾いていたということらしい)とが重なったと言われ、何度かネタにしている。また、弁護士を目指したのは元々父親の影響によるものだったからと言う。因みに、広告代理店の経営破綻後両親が離婚し、有田が実家へ帰ると有田家の表札が「長谷川」にいきなり変わっていたという。更にこれだけではなく同時期に祖母の病死、カード破産、セクハラで訴訟を起こされると身内で不運が連続し、止めを刺すかのように父親も亡くなる。そして上田晋也からの誘いを受けお笑いコンビ・『海砂利水魚』を結成。
コント山口君と竹田君の付き人としてスタートする。
後にTBS『ウンナンの気分は上々。 』にてさまぁ〜ずと改名を掛けた3度目の対決に敗れ、ウッチャンナンチャンの内村光良に『くりぃむしちゅー』と命名され改名、現在に至る。
人物
中学2年生のときにアメリカにホームステイしていたことがある為、日常会話程度の英会話なら出来る。だがズバリ言うわよ!(TBS系)では細木数子によく馬鹿呼ばわりされる。しかし、それはお笑いでのキャラであり実際は秀才で、熊本有数の進学校である済々黌を卒業、大学は中退したとはいえ立教大学出身である。実際ズバリ言うわよ!でも他の売れないお笑い芸人の相談の際に細木は『あんたも上田や有田みたいに本当に馬鹿になれたらきっと売れるようになるわよ』と言うように細木も彼の馬鹿については十分承知しているようである。
初体験は高校1年生の夏。
相方上田とはラグビー部で知り合ったが、試合では上田がレギュラーで有田はベンチ要員だったらしい。しかも、ラグビーのルールをよく理解しておらず、ある試合で上田がボールを持ちトライする為ラインに向かって走ると、有田は何を思ったかチームメイトである上田にタックルをしてきたと言うエピソードがある。
『笑いの金メダル』(テレビ朝日系)で笑金オールスターズとしてCDデビューが決まって『HEY!HEY!HEY! MUSIC Champ』(フジテレビ系)に出演した際、高校時代にラグビー部の皆で将来の夢を話していたという話題になり、他の部員は真面目に将来の夢を語っていたが、有田にいたっては「俺は光GENJIに入る」と真顔で言っていたという。その時、ダウンタウンの浜田雅功が笑った後に有田の顎を掴み「この顎でか! この顎でか! 」と詰め寄った。そして、有田は浜田に「すいません浜田さん、顎は急所です。」とツッこんだ。
高校時代、上田が応援団長で有田が副団長だった。
『海砂利水魚のオールナイトニッポンスペシャル』で上田と対決し負け、勅使川原昭によって放送終了後、丸坊主にされる(2005年7月からは『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』としてレギュラーパーソナリティに昇格)。
母は水泳のオリンピック候補になる程の選手だった。現在も熊本県内にある室内プールの管理者の傍ら、子供達に水泳の指導を行なっている。
3人兄弟の次男。弟は放送作家の有田真平。兄は熊本で教師をやっている。
主な持ち芸はアニマル浜口、長州力や高田延彦、アントニオ猪木などプロレスラーのものまね。大のプロレスファンで多くのプロレスグッズを所有し、毎週欠かさず週刊プロレスを愛読(第一号から全て)している。2006年6月18日に開催された「ハッスル・エイド2006」では、オープニングで自前の「高田総統」のコスプレをして登場した。
テレビ番組『銭形金太郎』(テレビ朝日系)で、相方・上田のプライベートを暴露し司会の名倉潤の風貌を痛烈に批判する歌を歌い(今現在11曲)、同番組のエンディングテーマにもなっていた。また名倉潤の事を細身の顔立ちから時々ガイコツ・ラクダ・ナシゴレン・パクチー等と言う。
クリームシチューが大好きと豪語していたが、『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日系)の“1週間でクリームシチューを500杯食べきるコンビ”でかなりの野菜嫌いだったことが判明(人参、ブロッコリー、南瓜、椎茸、マッシュルーム)し、クリームシチューの殆どを相方・上田に食わせていた。
ラジオ番組でニッポン放送での通称は「有田先生」(2005年6月24日放送『目からウロコ!24』まで)、TBSラジオの番組(『極楽とんぼの吠え魂』)では「タップ哲平」とも呼ばれたこともある。
テレビやラジオ等でたまにTake2(主に東貴博)の悪口を言ったりしている。
顎が年々、左の方へと曲がっている。
好きな音楽ジャンルはヒップホップ。その為ヒップホップアーティストZEEBRAとも親交がありZEEBRAが司会として放送する番組『シュガーヒルストリート』では一緒に「ALI-T」という名前で司会として参加する。また、ZEEBRAのStop Playin’A WallではPVにも出演している。
ネタ的によく語られる「親戚にいる大学教授のオジサンを見習えと言われていたが、その人セクハラで訴えられた」というのは、政治学者の矢野暢(日本初のノーベル賞の選考委員・スウェーデン王立アカデミー会員を務めた人物)。
いとこは小説家の鵜波美布で代表作『武運』等。
パワプロ9のサクセスモードを熱く語っていた為、パワポケ7には有田をモデルにした、「有田修吾」が登場した。また、サカつくも好きなようである。
中学時代の2年先輩にラジオパーソナリティの荘口彰久がいる。
「H/K(話変るけど)」という若者言葉を作った人物。『銭形金太郎』(テレビ朝日系列)の深夜放送時代にVTRの前フリで使用していた。芸能人が作った言葉は数あれど、若者限定で広まったその様な言葉は珍しい。
最近痔らしい。
アンタッチャブルの山崎弘也と住んでいるマンションが同じである(山崎は後輩のため有田より下の階に住んでいる)。
仮面合コンに参加したことがある。
指1本でタクシー代を請求されたことがある。
エピソード
アントニオ猪木の引退試合の観戦の際、入場時に熱いエールを送っていたが肝心の試合の時、居眠りをしていた事をダウンタウンDXのコーナー「視聴者は見た」で暴露される。ちょうどその収録に猪木本人も参加していたため、すぐにビンタ制裁を受けた。
2001年6月、相方と共にMCとして出演していた瀬戸内海放送(KSB)の若者向け人気深夜番組ばちこい!内の企画でBachicco!という地域限定アイドル(ロコドル)をプロデュースし、見事デビューさせた。なおデビュー曲『ばっちり恋しよう!』には彼のラップパートが収録されている。現在もBachicco!のプロデューサーを務めている。
2004年8月、深田恭子とのお泊まりデートが写真週刊誌にスクープされ、更に8月19日発売の週刊誌で山崎弘也と合コンを行った帰りにラブホテルに入る所を撮影され、別の女性とも同棲しているとも言われ、ルックスに似合わずプレイボーイとして有名。しかし深田恭子との一件以来モテなくなったと発言している。これは業界内で「有田には気をつけろ」と言われ始めアイドル事務所が所属アイドル達に事前注意を行い始めたからである。
写真週刊誌の一件以来、合コンなどを自粛する一方で何故か相方の上田晋也の2人の姪っ子にハマり、二人と遊ぶ為に休みの日にわざわざ熊本まで帰っているという(上田抜きで)。理由としては「どんなにユルいことを言ってもウケるから気分がいい」とのこと。因に二人とも小学校低学年で、有田のことを「ありぶす」と呼び、「ありぶすお前顎伸びたな〜。」等散々なことを言われるらしい。
『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)において、以前番組内で天然パーマをストレートパーマにさせられた相方・上田が「合コン好きの有田を懲らしめてほしい」と番組に依頼し、騙しの合コンをセッティング。この企画は3回行われたが、全て番組が仕掛けた落とし穴に落下している。女の子と2人きりになった時、「クルトンって呼んで♥」と言ったことから、ロンドンハーツでは「クルトン」(クルトン有田、因みに悪いワルトンもいる)と呼ばれるようになった。因みに現在は裏番組である『ズバリ言うわよ!』に出演中の為、『ロンドンハーツ』の出演はない。
『内村プロデュース』(テレビ朝日系)において、性格診断テストを受けた結果、内村光良に対してライバルである、番組を乗っ取ろうとしている等と診断された。その後『内村プロデュース』のレギュラー放送が終了し、『くりぃむナントカ』がその時間に時間変更されて、本当に番組を乗っ取ったようにも見える。
2005年6月11日深夜に放送されたテレビ朝日の深夜番組『くりぃむ・鶴瓶・ロンブーのゆく年くる年への道SP』によると上田に対して「『おしゃれカンケイ』終わらせやがって、お前は……」と言ったのに対し、上田に「いや、別に俺が終わらせたわけじゃねーし」と言われたり、「(おしゃれカンケイを)とったんですよ、こいつ。」と言って上田に「とったわけじゃないよ。」と返されていることから、相方の上田が『おしゃれイズム』に出演しているのが信じられないらしい。
2005年7月5日、山崎弘也、矢作兼と共に夜に中華料理屋へ行き、後輩のその2人から酒を勧められ、その後の仕事で『オールナイトニッポン』(この日が初回放送だった。)があるからと言い断ろうとしたが、後輩のその言葉に負け、その後仕事があるのにもかかわらず、飲み、オールナイトの本番で相方の上田に叱られる。
2006年4月5日放送の『くりぃむしちゅーのたりらリラ〜ン』特番『ガンバレくりぃむ!恋の赤恥ベタベタSP』内で公開された有田哲平監督・脚本・主演『ベタドラマ』『101回目のベタポーズ』では、意外に高い演技力を見せた。
2006年8月3日放送の『Qさま!』で、山崎チームとして参加したもののプレッシャーに弱く、情けない姿をさらした。
番組収録の合間に後輩芸人(山崎弘也やおぎやはぎ、次長課長等)を集めて芸に対するアドバイスやダメ出しを行う事が多いが(「有田塾」と呼ばれている)、内容は「全くタメにならない話ばかり」しているらしい(『アメトーク』で土田晃之が暴露していた。因みに土田は有田に「『銭形金太郎』のロケで泣け」というアドバイスを受けたことも話していた)。
アンタッチャブルの山崎が大便をすると有田に「しました。」とメールが来る。(2006年内に終了)
単独の出演番組
目からウロコ!21→目からウロコ!24(ニッポン放送) - 出演終了
内村プロデュース(テレビ朝日)
とんねるずのみなさんのおかげでした 博士と助手 〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜(フジテレビ)
ピーナッツ(映画 内村光良監督作品 2006年公開)
テキトーTV(テレビ朝日、単発・深夜)
ぐるぐるナインティナイン(日本テレビ系)主に「かぶっちゃや〜YO!」など
シュガーヒルストリート(日本テレビ)
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よゐこ(よいこ)は、松竹芸能所属のお笑いコンビである。ともに大阪府大阪市出身。両名とも大阪市立汎愛高等学校卒。
メンバー
有野晋哉(ありの しんや、1972年2月25日 - 、ボケ担当)
濱口優(はまぐち まさる、1972年1月29日 - 、ツッコミ担当)
概要
濱口と有野は同級生。中学生の時に仲良くなり、有野の方が成績が良かったため濱口は必死で勉強して同じ高校に進学する。1990年コンビ結成。初舞台当時のコンビ名は「有野&濱口」。その後コンビ名を「なめくぢ」にするが、それでは売れないと事務所と北野誠に改名を促された。「ゐ」の字を使ったのは事務所へのささやかな反抗。
「ゐ」の字についてイジられることがあり、「クレヨンしんちゃん」では主人公の野原しんのすけに「よぬこ」と言われ、「笑っていいとも!」の「テレフォンショッキング」に出演したときにはタモリからは「よるこ」と言われた。
1992年1月、第13回ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞。
一般にコントにおいてはボケとツッコミという構成が定式であり、よゐこの場合、本来は濱口がツッコミ担当なのだが、彼自身が極度の“天然ボケ”であるため、結果的に「よゐこには、ボケ・ツッコミの観念が無い」との認識がなされており、それが彼ら独自の芸風になっている。現在ではほとんどライブでしか見ることができないが、質はやはり一流である。なお、よゐこ自身は「有野がボケ、濱口がそれに対する戸惑い」であることを公言しているが、世間的には「濱口がボケで有野がツッコミ」という認識が広くなされている。テレビに徐々に映り始めた頃には不仲を売りにし、すぐコンビを解消してやるとお互い言い合っていたが現在はその芸風を引っ込めた。今は「いきなり!黄金伝説。」などでも見られるように、むしろ絆の深さを表に出している。
あまり売れてない頃には「ラスタとんねるず'94」のジャイアント将棋に主に濱口が出場していたことがあった。有野は顔出し程度だったが2度出場がある(1度目は「スモウ」対決で女子プロレスラーの井上京子に勝利。2度目は「ドロレス」対決で同じく女子プロレスラーの神取忍に濱口と2人がかりで挑むも敗北)。由来は不明だが番組内で濱口を「よゐこ・弟」有野を「よゐこ・兄」と呼ばれることもあった。これについてはアニメ「クマのプー太郎」にて双子の兄弟の声優をやっていた為だと思われる。
また、ある日大阪に来ていたスチャダラパーがよゐこの存在を知り、生で見たいという理由から友人である渡辺満里奈のラジオ番組にゲストで呼ばせた。この後「満里奈がファンらしいから使ってみるか」という風になり、全国ネット進出の足がかりを掴んだ。
テレビでは「気配を消す達人」と言われていた彼らだがラジオのトークには定評があり、MBSラジオ「MBSヤングタウン」(ヤンタン)や同「オレたちやってま〜す」等で固定のファンを掴んでいる。特に「オレたち-」では様々な伝説を残している。最も有名なのが番組で共演していた椎名へきるへの番組本番中告白事件である。それ以外にも、ラジオ業界では一番力を入れるスペシャルウイーク(聴取率調査週間)であるにもかかわらず、濱口は彼女とのデートのために生放送を遅刻してくるという伝説も残している。
更に「オレたちやってま〜す」では有野以外のメンバーが酒に弱いのに本番中に飲酒。苦情が殺到し、翌週の放送では反省会をやるつもりが放送自体を無かったことにされたことも。
また、“ヤンタン”時代からの友人であるaikoが休業中によゐこは「aikoの@llnightnippon.com」(また、この番組は仲の良いナインティナインもパーソナリティを務めている。)で一夜限りのパーソナリティを務めた事もある。「悪口」の音源をオンエア中に、有野が得意の茶々を入れた。すると、数通の「面白い」「最高!!」のメールやファックスを除いて、大半のリスナーから「よゐこ最低!!」「aikoの声が聴けないからせめて曲くらい聴きたいのに…」「aikoの歌の邪魔をするな!!」などバッシングが殺到、有野はベコベコに凹んだ。
1998年 テレビ連続ドラマテレビ朝日系「スマートモンスターズ」を主演。よゐこ初主演ドラマ。だが当時の有野は演技があまりにも下手すぎたらしく、当時のスタッフにけずられたこともあるらしい。
よゐこの漫画・アニメ好きは、かなり有名で最新アニメの人気ランキング番組などでもなんなく付いていき、更には解説まで入れられるためその手の番組に呼ばれることも多い。また、単独ライブのコントのネタのテーマを、全てアニメ絡みにする程。特に「ガンダム」のファンであることは加藤浩次とともに芸能界でも有名。
更に、アイドル好きで知られる有野は、アイドル雑誌「BOMB」(学習研究社)で連載記事を書いている。
1999年12月25日に、コナミから二人がプロデュースしたゲームボーイ用ソフト『おわらいよゐこのげえむ道〜オヤジ探して3丁目〜』が発売。セールスについては「びっくりするほど売れなかった(ゲームセンターCX内での有野のコメント)」。
2001年ごろまではテレビ番組に出演の際、登場時には「はいはいはいはい!すべりましたよ!」と言って登場していた。(すべった時の挽回用ギャグとして使用)
ちなみに売れない時代にテレビ番組の企画で当時無名だった、オセロ・Take2・オアシズと共に無人島生活を共同で行ったことがある。
2005年2月27日、有野は北村祐子と入籍。3月1日に披露宴。この模様はめちゃイケで放送された。
2005年5月16日、ニッポン放送「デーモン小暮 ニッポン全国 ラジベガス」において、ミュージカル出演中のデーモン小暮の代理で出演。新婚生活をのろける有野に対して濱口が「糖尿病になっちまえ」と発言し、放送中ニッポン放送へ猛抗議が殺到。番組の最後に謝罪した。もっとも、ニッポン放送に出入り禁止となったわけではない(平成18年10月10日更新の「おしゃべりやってまーす火曜日」)。
2005年10月3日から毎日放送でスタートのゴチャ・まぜっ!金曜日で久々によゐことして地上波ラジオに復帰。
有野はナインティナインのマネージャーやナインティナインのオールナイトニッポン(ナインティナインの@llnightnippon.com)(木曜25:00-27:00)のディレクターあだ名の名付け親でもある。
ゲームボーイアドバンス用ソフト「クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ オマケの都ショックガーン!」において、CMキャラ&ミニゲームのキャラとして登場。また、これに伴い2006年4月14日のクレヨンしんちゃんスペシャルに声優として特別出演した。
昔、陸上のスタートの時のポーズで「位置について、よ〜い…こ!」と言うギャグがあった。最近は使わなくなったが2006年6月と9月に「笑っていいとも!」に出演した時に久々に披露した。また、濱口が「まんとら」にゲスト出演した際にも行った。
2006年8月10日放送のクレヨンしんちゃんスペシャルに声優として特別出演した。
2006年8月24日、濱口優と小倉優子の親密交際が発覚した。週刊誌「女性セブン」が2人のデート現場を報じている。また、その記事の中では、以前よゐこが出演していたMBSラジオのオレたちやってま〜す番組内のコーナー、よいこの芸能日記で取り上げた濱口と小倉との会話を引用している。
2006年12月15日放送のクレヨンしんちゃんスペシャルに声優として特別出演した。
2007年1月16日のTBS系で放送された「リンカーン」の一コーナーであるフレンドリーダウンタウンに「機動戦士ガンダム」のコスプレ姿で登場。二人の好みのスポットである秋葉原に招待し、親交を深めようとしたが、濱口は自分の方向オンチや猫舌ぶりを松本人志にからかわれたり、また有野は濱口がトチるごとに浜田雅功(実質的には松本・浜田双方から)からビンタをくらったりと、散々な目に遭った。
主な出演番組
よゐことしての出演番組を記載。個別での出演番組は濱口優、有野晋哉を参照。
出演している番組
テレビ番組
めちゃ2イケてるッ!(フジテレビ系)
アッコにおまかせ!(準レギュラー TBS系)
いきなり!黄金伝説。(濱口のみ)(有野は特番週間などの大型企画の時のみ担ぎ出される テレビ朝日系)
よゐこのボロキャス(ドスペ2枠、テレビ朝日系)
虎の門(テレビ朝日系)※不定期
よゐこのKIDSぱらだいす!(CS276chキッズステーション)
よゐこ人物伝! (CS276chキッズステーション
ラジオ番組
おしゃべりやってま〜す火曜日(K'z Station)
ゴチャ・まぜっ!(MBSラジオ)
よゐこのアキパラ(ラジオ日本)
過去の出演番組
テレビ番組
おはスタ(テレビ東京系)
ウッチャンナンチャンのウリナリ!!(出演は1996 - 2001年 日本テレビ系)
森田一義アワー笑っていいとも!(出演は1995 - 1997年 フジテレビ系)
めちゃ×2モテたいッ!(フジテレビ系)
ラスタとんねるず・ジャイアント将棋(フジテレビ系)
とぶくすり → とぶくすりZ(フジテレビ系)
スマートモンスターズ(テレビ朝日系)
クマのプー太郎(声優(双子の兄弟の役を担当)、フジテレビ系アニメ)
UN FACTORY カボスケ(フジテレビ系列)
てんこもり(テレビ朝日系)
前略ヒロミ様(フジテレビ系)
怒涛のくるくるシアター(よみうりテレビ)
よゐこのわるぢえ(TBSテレビ)
よるこ (毎日放送)
ラジオ番組
MBSヤングタウン(MBSラジオ)
オレたちやってま〜す(MBSラジオ)
オレたちのヒーロー(MBSラジオ)
チベットそろばん塾(TOKYO FM)
YOUNG PARK2(濱口のみ MBSラジオ)
シャカリキ!延長戦V3(濱口のみ MBSラジオ)
よゐこのおもしろ革命ィ〜ッ!委員会(文化放送)
連載
よゐことよいこのせいぎのみかた!(小学三年生 小学館) 2006.04 〜
よゐこのクイズアドベンチャー(漫画:嵩瀬ひろし 小学一年生 小学館) 2006.04 〜
それゐけ!アリ☆ハマ!!(原作:よゐこ/漫画:いかりん 小学六年生 小学館) 2006.04〜
よゐこの名作文學(小学六年生 小学館) 2005.04 〜 2006.03
よゐこのギョーカイ王(キング 小学三年生 小学館) 2005.05 〜 2005.09
よゐこのよい子の作り方っ!!(小学三年生 小学館) 2005.11 〜 2006.03
書籍
よゐこの芸能日記(学研 BOMB特別編集) ISBN 4054033245
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メンバー
有野晋哉(ありの しんや、1972年2月25日 - 、ボケ担当)
濱口優(はまぐち まさる、1972年1月29日 - 、ツッコミ担当)
概要
濱口と有野は同級生。中学生の時に仲良くなり、有野の方が成績が良かったため濱口は必死で勉強して同じ高校に進学する。1990年コンビ結成。初舞台当時のコンビ名は「有野&濱口」。その後コンビ名を「なめくぢ」にするが、それでは売れないと事務所と北野誠に改名を促された。「ゐ」の字を使ったのは事務所へのささやかな反抗。
「ゐ」の字についてイジられることがあり、「クレヨンしんちゃん」では主人公の野原しんのすけに「よぬこ」と言われ、「笑っていいとも!」の「テレフォンショッキング」に出演したときにはタモリからは「よるこ」と言われた。
1992年1月、第13回ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞。
一般にコントにおいてはボケとツッコミという構成が定式であり、よゐこの場合、本来は濱口がツッコミ担当なのだが、彼自身が極度の“天然ボケ”であるため、結果的に「よゐこには、ボケ・ツッコミの観念が無い」との認識がなされており、それが彼ら独自の芸風になっている。現在ではほとんどライブでしか見ることができないが、質はやはり一流である。なお、よゐこ自身は「有野がボケ、濱口がそれに対する戸惑い」であることを公言しているが、世間的には「濱口がボケで有野がツッコミ」という認識が広くなされている。テレビに徐々に映り始めた頃には不仲を売りにし、すぐコンビを解消してやるとお互い言い合っていたが現在はその芸風を引っ込めた。今は「いきなり!黄金伝説。」などでも見られるように、むしろ絆の深さを表に出している。
あまり売れてない頃には「ラスタとんねるず'94」のジャイアント将棋に主に濱口が出場していたことがあった。有野は顔出し程度だったが2度出場がある(1度目は「スモウ」対決で女子プロレスラーの井上京子に勝利。2度目は「ドロレス」対決で同じく女子プロレスラーの神取忍に濱口と2人がかりで挑むも敗北)。由来は不明だが番組内で濱口を「よゐこ・弟」有野を「よゐこ・兄」と呼ばれることもあった。これについてはアニメ「クマのプー太郎」にて双子の兄弟の声優をやっていた為だと思われる。
また、ある日大阪に来ていたスチャダラパーがよゐこの存在を知り、生で見たいという理由から友人である渡辺満里奈のラジオ番組にゲストで呼ばせた。この後「満里奈がファンらしいから使ってみるか」という風になり、全国ネット進出の足がかりを掴んだ。
テレビでは「気配を消す達人」と言われていた彼らだがラジオのトークには定評があり、MBSラジオ「MBSヤングタウン」(ヤンタン)や同「オレたちやってま〜す」等で固定のファンを掴んでいる。特に「オレたち-」では様々な伝説を残している。最も有名なのが番組で共演していた椎名へきるへの番組本番中告白事件である。それ以外にも、ラジオ業界では一番力を入れるスペシャルウイーク(聴取率調査週間)であるにもかかわらず、濱口は彼女とのデートのために生放送を遅刻してくるという伝説も残している。
更に「オレたちやってま〜す」では有野以外のメンバーが酒に弱いのに本番中に飲酒。苦情が殺到し、翌週の放送では反省会をやるつもりが放送自体を無かったことにされたことも。
また、“ヤンタン”時代からの友人であるaikoが休業中によゐこは「aikoの@llnightnippon.com」(また、この番組は仲の良いナインティナインもパーソナリティを務めている。)で一夜限りのパーソナリティを務めた事もある。「悪口」の音源をオンエア中に、有野が得意の茶々を入れた。すると、数通の「面白い」「最高!!」のメールやファックスを除いて、大半のリスナーから「よゐこ最低!!」「aikoの声が聴けないからせめて曲くらい聴きたいのに…」「aikoの歌の邪魔をするな!!」などバッシングが殺到、有野はベコベコに凹んだ。
1998年 テレビ連続ドラマテレビ朝日系「スマートモンスターズ」を主演。よゐこ初主演ドラマ。だが当時の有野は演技があまりにも下手すぎたらしく、当時のスタッフにけずられたこともあるらしい。
よゐこの漫画・アニメ好きは、かなり有名で最新アニメの人気ランキング番組などでもなんなく付いていき、更には解説まで入れられるためその手の番組に呼ばれることも多い。また、単独ライブのコントのネタのテーマを、全てアニメ絡みにする程。特に「ガンダム」のファンであることは加藤浩次とともに芸能界でも有名。
更に、アイドル好きで知られる有野は、アイドル雑誌「BOMB」(学習研究社)で連載記事を書いている。
1999年12月25日に、コナミから二人がプロデュースしたゲームボーイ用ソフト『おわらいよゐこのげえむ道〜オヤジ探して3丁目〜』が発売。セールスについては「びっくりするほど売れなかった(ゲームセンターCX内での有野のコメント)」。
2001年ごろまではテレビ番組に出演の際、登場時には「はいはいはいはい!すべりましたよ!」と言って登場していた。(すべった時の挽回用ギャグとして使用)
ちなみに売れない時代にテレビ番組の企画で当時無名だった、オセロ・Take2・オアシズと共に無人島生活を共同で行ったことがある。
2005年2月27日、有野は北村祐子と入籍。3月1日に披露宴。この模様はめちゃイケで放送された。
2005年5月16日、ニッポン放送「デーモン小暮 ニッポン全国 ラジベガス」において、ミュージカル出演中のデーモン小暮の代理で出演。新婚生活をのろける有野に対して濱口が「糖尿病になっちまえ」と発言し、放送中ニッポン放送へ猛抗議が殺到。番組の最後に謝罪した。もっとも、ニッポン放送に出入り禁止となったわけではない(平成18年10月10日更新の「おしゃべりやってまーす火曜日」)。
2005年10月3日から毎日放送でスタートのゴチャ・まぜっ!金曜日で久々によゐことして地上波ラジオに復帰。
有野はナインティナインのマネージャーやナインティナインのオールナイトニッポン(ナインティナインの@llnightnippon.com)(木曜25:00-27:00)のディレクターあだ名の名付け親でもある。
ゲームボーイアドバンス用ソフト「クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ オマケの都ショックガーン!」において、CMキャラ&ミニゲームのキャラとして登場。また、これに伴い2006年4月14日のクレヨンしんちゃんスペシャルに声優として特別出演した。
昔、陸上のスタートの時のポーズで「位置について、よ〜い…こ!」と言うギャグがあった。最近は使わなくなったが2006年6月と9月に「笑っていいとも!」に出演した時に久々に披露した。また、濱口が「まんとら」にゲスト出演した際にも行った。
2006年8月10日放送のクレヨンしんちゃんスペシャルに声優として特別出演した。
2006年8月24日、濱口優と小倉優子の親密交際が発覚した。週刊誌「女性セブン」が2人のデート現場を報じている。また、その記事の中では、以前よゐこが出演していたMBSラジオのオレたちやってま〜す番組内のコーナー、よいこの芸能日記で取り上げた濱口と小倉との会話を引用している。
2006年12月15日放送のクレヨンしんちゃんスペシャルに声優として特別出演した。
2007年1月16日のTBS系で放送された「リンカーン」の一コーナーであるフレンドリーダウンタウンに「機動戦士ガンダム」のコスプレ姿で登場。二人の好みのスポットである秋葉原に招待し、親交を深めようとしたが、濱口は自分の方向オンチや猫舌ぶりを松本人志にからかわれたり、また有野は濱口がトチるごとに浜田雅功(実質的には松本・浜田双方から)からビンタをくらったりと、散々な目に遭った。
主な出演番組
よゐことしての出演番組を記載。個別での出演番組は濱口優、有野晋哉を参照。
出演している番組
テレビ番組
めちゃ2イケてるッ!(フジテレビ系)
アッコにおまかせ!(準レギュラー TBS系)
いきなり!黄金伝説。(濱口のみ)(有野は特番週間などの大型企画の時のみ担ぎ出される テレビ朝日系)
よゐこのボロキャス(ドスペ2枠、テレビ朝日系)
虎の門(テレビ朝日系)※不定期
よゐこのKIDSぱらだいす!(CS276chキッズステーション)
よゐこ人物伝! (CS276chキッズステーション
ラジオ番組
おしゃべりやってま〜す火曜日(K'z Station)
ゴチャ・まぜっ!(MBSラジオ)
よゐこのアキパラ(ラジオ日本)
過去の出演番組
テレビ番組
おはスタ(テレビ東京系)
ウッチャンナンチャンのウリナリ!!(出演は1996 - 2001年 日本テレビ系)
森田一義アワー笑っていいとも!(出演は1995 - 1997年 フジテレビ系)
めちゃ×2モテたいッ!(フジテレビ系)
ラスタとんねるず・ジャイアント将棋(フジテレビ系)
とぶくすり → とぶくすりZ(フジテレビ系)
スマートモンスターズ(テレビ朝日系)
クマのプー太郎(声優(双子の兄弟の役を担当)、フジテレビ系アニメ)
UN FACTORY カボスケ(フジテレビ系列)
てんこもり(テレビ朝日系)
前略ヒロミ様(フジテレビ系)
怒涛のくるくるシアター(よみうりテレビ)
よゐこのわるぢえ(TBSテレビ)
よるこ (毎日放送)
ラジオ番組
MBSヤングタウン(MBSラジオ)
オレたちやってま〜す(MBSラジオ)
オレたちのヒーロー(MBSラジオ)
チベットそろばん塾(TOKYO FM)
YOUNG PARK2(濱口のみ MBSラジオ)
シャカリキ!延長戦V3(濱口のみ MBSラジオ)
よゐこのおもしろ革命ィ〜ッ!委員会(文化放送)
連載
よゐことよいこのせいぎのみかた!(小学三年生 小学館) 2006.04 〜
よゐこのクイズアドベンチャー(漫画:嵩瀬ひろし 小学一年生 小学館) 2006.04 〜
それゐけ!アリ☆ハマ!!(原作:よゐこ/漫画:いかりん 小学六年生 小学館) 2006.04〜
よゐこの名作文學(小学六年生 小学館) 2005.04 〜 2006.03
よゐこのギョーカイ王(キング 小学三年生 小学館) 2005.05 〜 2005.09
よゐこのよい子の作り方っ!!(小学三年生 小学館) 2005.11 〜 2006.03
書籍
よゐこの芸能日記(学研 BOMB特別編集) ISBN 4054033245
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やるせなすは、ワタナベエンターテインメント所属のお笑いコンビ。 結成は1995年。日本大学櫻丘高等学校の同級生で結成。最近ではお互いに単独での活動が多い。
プロフィール
石井康太 1975年3月16日生まれ 東京都出身 ボケ担当。通称「石井ちゃん」血液型はB型
日本大学卒業。
持ちギャグ「どうも、石井ちゃんです!」で有名。
ドラえもんの声優オーディションに応募したが、見事に落選した。
ドラマにも出演しており、2000年「合い言葉は勇気」、2002年「人にやさしく」にレギュラー出演していた。
視力が悪く、コンタクトレンズを使用している。
中村豪 1975年3月22日生まれ 東京都出身 ツッコミ兼ネタ担当。血液型はO型
日本大学経済学部卒業。
芸人で最も霊感が強いことで有名。数々の心霊現象を体験している。江原啓之も認める憑依されやすい体質らしい。そのため心霊スポットなどのロケで本当に憑依されしまったことが数多くあり、最近はほとんど参加していない。
合コン必勝法をまとめたコミュニケーション本も出版している。
世界的に有名なアコーディオン奏者coba主催のライブ[BellowsLoversNight]に友情出演している。
出演番組
バラエティ
爆笑オンエアバトル(NHK)
給与明細(テレビ東京)
晴れたらイイねッ!Let'sコミミ隊(フジテレビ)※中村のみ
いきなり!黄金伝説。(テレビ朝日) ※石井のみ
ばちこい!(瀬戸内海放送)
世界バリバリ★バリュー(毎日放送)
やるヌキッ!(テレビ東京)
明石家マンション物語(フジテレビ)
クーパカポカポ(テレビ神奈川)
なまおん(札幌テレビ)※中村のみ(準レギュラー)
テレビドラマ
※すべて石井のみ
合い言葉は勇気(フジテレビ)
人にやさしく(フジテレビ)
美女か野獣(フジテレビ)
火消し屋小町(NHK)
銭湯の娘!?(毎日放送)
次郎長背負い富士(NHK)
ダンドリ。〜Dance☆Drill〜(フジテレビ)
きらきら研修医 第5話(TBS)
翼の折れた天使たち 第1夜「衝動」(フジテレビ)
ラジオ
L.A.V.(JFN)※中村のみ
CM
資生堂「uno」
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プロフィール
石井康太 1975年3月16日生まれ 東京都出身 ボケ担当。通称「石井ちゃん」血液型はB型
日本大学卒業。
持ちギャグ「どうも、石井ちゃんです!」で有名。
ドラえもんの声優オーディションに応募したが、見事に落選した。
ドラマにも出演しており、2000年「合い言葉は勇気」、2002年「人にやさしく」にレギュラー出演していた。
視力が悪く、コンタクトレンズを使用している。
中村豪 1975年3月22日生まれ 東京都出身 ツッコミ兼ネタ担当。血液型はO型
日本大学経済学部卒業。
芸人で最も霊感が強いことで有名。数々の心霊現象を体験している。江原啓之も認める憑依されやすい体質らしい。そのため心霊スポットなどのロケで本当に憑依されしまったことが数多くあり、最近はほとんど参加していない。
合コン必勝法をまとめたコミュニケーション本も出版している。
世界的に有名なアコーディオン奏者coba主催のライブ[BellowsLoversNight]に友情出演している。
出演番組
バラエティ
爆笑オンエアバトル(NHK)
給与明細(テレビ東京)
晴れたらイイねッ!Let'sコミミ隊(フジテレビ)※中村のみ
いきなり!黄金伝説。(テレビ朝日) ※石井のみ
ばちこい!(瀬戸内海放送)
世界バリバリ★バリュー(毎日放送)
やるヌキッ!(テレビ東京)
明石家マンション物語(フジテレビ)
クーパカポカポ(テレビ神奈川)
なまおん(札幌テレビ)※中村のみ(準レギュラー)
テレビドラマ
※すべて石井のみ
合い言葉は勇気(フジテレビ)
人にやさしく(フジテレビ)
美女か野獣(フジテレビ)
火消し屋小町(NHK)
銭湯の娘!?(毎日放送)
次郎長背負い富士(NHK)
ダンドリ。〜Dance☆Drill〜(フジテレビ)
きらきら研修医 第5話(TBS)
翼の折れた天使たち 第1夜「衝動」(フジテレビ)
ラジオ
L.A.V.(JFN)※中村のみ
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宮川 大輔(みやがわ だいすけ、1972年9月16日 - )は、吉本興業所属のお笑いタレント、俳優。京都府京都市出身。身長172cm、血液型B型。
略歴
1991年3月に星田英利(現・ほっしゃん。)とチュパチャップスを結成。同年より吉本興業の若手6組によるグループ「吉本印天然素材」に参加。
1999年にコンビ解散。解散後も元相方・ほっしゃん。とは舞台やテレビで共演をしている。
大阪NSC9期生でナインティナインとは同期である。
現在はルミネtheよしもとの吉本新喜劇など舞台に出演している。
『やりすぎコージー・土曜婦人』のルミネの楽屋隠し撮りコーナーで、後輩芸人をハンガーで吊るし、プロレス技をかけまくるという相当なSぶりを隠し撮られている。
父親が桑原征平(元関西テレビアナウンサー)の同級生。父親は喫茶店を経営していた。「人志松本のすべらない話」シリーズでは、得意の擬音やアクションを巧みに利用し父親の話など多数すべらない話を披露している。
また、事務所の先輩である宮川大助・花子の宮川大助とは同音異字である。しかし、爆笑問題の検索ちゃんに出演した際には、太田光に「宮川大助・花子さん」と呼ばれる。
母校が甲子園に出た際応援団だった彼は、NHKのアナウンサーにインタビューされ、お名前はと聞かれて「宮川大輔」ですと真面目に答えたら、ふざけないで下さいと突っ込まれた経験あり。
2006年の年明けにテレビ東京系で放送された「2006年最も売れる吉本NO.1伝説」にて、占い芸人小笠原まさやによる占いで「2006年最も売れる芸人1位」に選ばれた。
最近はメガネをかけることが多い。
黒縁セルフレームでレンズが大きく、若干ゴーグルのような形をしている。ちなみに、なんでんかんでんフーズの川原ひろし社長も同型の眼鏡をプライベートで愛用している。
2002年1月1日に放送されたドラマ「救命病棟24時 新春スペシャル」に、記者の一人として出演している。
人物
自他共に認めるドSで、元ナメリカの安住をよく殴ったりしたりする。ゲイではない(既婚である)のだが、男性の体を衝動的に触りたくなるときがあるらしく、元相方のほっしゃん。とネタ作りをしてきた時に、ほっしゃん。の家に泊まることになり一緒に寝ていたところ、寝ているほっしゃん。の顔を見て「こいつ、がんばっとんなぁ」と思い、ほっしゃん。にキスをした。また、憧れの先輩だった宮迫(雨上がり決死隊)と吉本印天然素材で一緒に活動することになり、仲良くなって家に誘われ、初めて宮迫の家に泊まったときに、隣で寝ている宮迫を見て「これが、宮迫さんかぁ」と思い、たまらなくなりチンコを触ってしまった事があるらしい(その時宮迫はまだ起きていて、気づいていたらしい)。宮迫の影響を強く受けており、後輩を殴ったり激しく罵倒したりとその手の話題には事欠かない。
「新どっちの料理ショー・腹ペコ芸人SP 豚肉の生姜焼き定食VSレバニラ炒め定食」(2006年3月9日放送)に出演。これはタイトル通り芸人たちが48時間断食した後で参加するというもので、結果は〔8-1〕で宮川を除く全員一致で終了。一人だけ食べられなかった。負けた腹いせに「馬鹿野郎!!」と暴言を吐いた。即刻謝罪した。
擬音師匠
あるエピソードに「擬音」をつけて話すのが宮川の特徴だが、その擬音の当て方と発音、しゃべり方の独特のセンスでいつしか「擬音師匠」と呼ばれるようになり、同氏の展開する話は「擬音話(ぎおんばなし)」と言われている。
「やりすぎコージー」にて「擬音師匠」として数々のシチュエーションにて秀逸な擬音を当てることを披露した。
千原兄弟のトークイベント「チハラトーク」ではワンコーナー設けられた。
発せられた擬音の例は以下の通り。
「バグ〜ン」→バッファロー吾郎の竹若元博がガードレールの柱にぶつかった時の音
「バイクから降りようとしてバランス崩した竹若さんがガードレールの柱に”バグ〜ン”ってぶつかって…」
「ジュシュウ〜」→小学生のとき、友達が木から滑り降りる時に枝に引っ掛けてしまった腕が傷つく音。
「(木の上から)シュルシュルシュルシュル〜と下りてきたときに、手を“ジュッシュウ〜”切りよったんです」
松本人志が2006年に発表したコント「Zassā」にも出演。擬音をあてる「SE」として参加している。
テレビ
地上波
(上記以外)
めちゃ²イケてるッ!(フジテレビ系列)
人志松本のすべらない話(フジテレビ系列)
Channel a(tvk等UHF系列)
浜ちゃんと!(日本テレビ)
みこん六姉妹(TBS系列)
上海大腕(テレビ東京系列)
タモリ倶楽部(テレビ朝日系列)※不定期
世界の果てまでイッテQ(日本テレビ)
CS
ヨシモト∞(CSヨシモトファンダンゴTV)
CM
タウンワーク
映画
岸和田少年愚連隊(1996年)
集い(1999年)
インターネット配信
ザッサー(2006年、第2日本テレビ)
舞台
吉本新喜劇(ルミネtheよしもと)(2001年〜)
BOYS TIME(2000年、2001年)演出:宮本亜門
THE WINDS OF GOD(2000年)キンタ役
贋作・桜の森の満開の下(2001年)演出:野田秀樹
MAKOTO"〜ゆく年くる年 Hello,X'mas〜(2002年)主演:今井雅之
0.5ミリの遠距離恋愛(2003年)主演:一色紗英
パルコ劇場プロデュース GOOD(2004年)主演:西村雅彦
だめんずうぉ〜か〜(2006年)演出:鈴木おさむ
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略歴
1991年3月に星田英利(現・ほっしゃん。)とチュパチャップスを結成。同年より吉本興業の若手6組によるグループ「吉本印天然素材」に参加。
1999年にコンビ解散。解散後も元相方・ほっしゃん。とは舞台やテレビで共演をしている。
大阪NSC9期生でナインティナインとは同期である。
現在はルミネtheよしもとの吉本新喜劇など舞台に出演している。
『やりすぎコージー・土曜婦人』のルミネの楽屋隠し撮りコーナーで、後輩芸人をハンガーで吊るし、プロレス技をかけまくるという相当なSぶりを隠し撮られている。
父親が桑原征平(元関西テレビアナウンサー)の同級生。父親は喫茶店を経営していた。「人志松本のすべらない話」シリーズでは、得意の擬音やアクションを巧みに利用し父親の話など多数すべらない話を披露している。
また、事務所の先輩である宮川大助・花子の宮川大助とは同音異字である。しかし、爆笑問題の検索ちゃんに出演した際には、太田光に「宮川大助・花子さん」と呼ばれる。
母校が甲子園に出た際応援団だった彼は、NHKのアナウンサーにインタビューされ、お名前はと聞かれて「宮川大輔」ですと真面目に答えたら、ふざけないで下さいと突っ込まれた経験あり。
2006年の年明けにテレビ東京系で放送された「2006年最も売れる吉本NO.1伝説」にて、占い芸人小笠原まさやによる占いで「2006年最も売れる芸人1位」に選ばれた。
最近はメガネをかけることが多い。
黒縁セルフレームでレンズが大きく、若干ゴーグルのような形をしている。ちなみに、なんでんかんでんフーズの川原ひろし社長も同型の眼鏡をプライベートで愛用している。
2002年1月1日に放送されたドラマ「救命病棟24時 新春スペシャル」に、記者の一人として出演している。
人物
自他共に認めるドSで、元ナメリカの安住をよく殴ったりしたりする。ゲイではない(既婚である)のだが、男性の体を衝動的に触りたくなるときがあるらしく、元相方のほっしゃん。とネタ作りをしてきた時に、ほっしゃん。の家に泊まることになり一緒に寝ていたところ、寝ているほっしゃん。の顔を見て「こいつ、がんばっとんなぁ」と思い、ほっしゃん。にキスをした。また、憧れの先輩だった宮迫(雨上がり決死隊)と吉本印天然素材で一緒に活動することになり、仲良くなって家に誘われ、初めて宮迫の家に泊まったときに、隣で寝ている宮迫を見て「これが、宮迫さんかぁ」と思い、たまらなくなりチンコを触ってしまった事があるらしい(その時宮迫はまだ起きていて、気づいていたらしい)。宮迫の影響を強く受けており、後輩を殴ったり激しく罵倒したりとその手の話題には事欠かない。
「新どっちの料理ショー・腹ペコ芸人SP 豚肉の生姜焼き定食VSレバニラ炒め定食」(2006年3月9日放送)に出演。これはタイトル通り芸人たちが48時間断食した後で参加するというもので、結果は〔8-1〕で宮川を除く全員一致で終了。一人だけ食べられなかった。負けた腹いせに「馬鹿野郎!!」と暴言を吐いた。即刻謝罪した。
擬音師匠
あるエピソードに「擬音」をつけて話すのが宮川の特徴だが、その擬音の当て方と発音、しゃべり方の独特のセンスでいつしか「擬音師匠」と呼ばれるようになり、同氏の展開する話は「擬音話(ぎおんばなし)」と言われている。
「やりすぎコージー」にて「擬音師匠」として数々のシチュエーションにて秀逸な擬音を当てることを披露した。
千原兄弟のトークイベント「チハラトーク」ではワンコーナー設けられた。
発せられた擬音の例は以下の通り。
「バグ〜ン」→バッファロー吾郎の竹若元博がガードレールの柱にぶつかった時の音
「バイクから降りようとしてバランス崩した竹若さんがガードレールの柱に”バグ〜ン”ってぶつかって…」
「ジュシュウ〜」→小学生のとき、友達が木から滑り降りる時に枝に引っ掛けてしまった腕が傷つく音。
「(木の上から)シュルシュルシュルシュル〜と下りてきたときに、手を“ジュッシュウ〜”切りよったんです」
松本人志が2006年に発表したコント「Zassā」にも出演。擬音をあてる「SE」として参加している。
テレビ
地上波
(上記以外)
めちゃ²イケてるッ!(フジテレビ系列)
人志松本のすべらない話(フジテレビ系列)
Channel a(tvk等UHF系列)
浜ちゃんと!(日本テレビ)
みこん六姉妹(TBS系列)
上海大腕(テレビ東京系列)
タモリ倶楽部(テレビ朝日系列)※不定期
世界の果てまでイッテQ(日本テレビ)
CS
ヨシモト∞(CSヨシモトファンダンゴTV)
CM
タウンワーク
映画
岸和田少年愚連隊(1996年)
集い(1999年)
インターネット配信
ザッサー(2006年、第2日本テレビ)
舞台
吉本新喜劇(ルミネtheよしもと)(2001年〜)
BOYS TIME(2000年、2001年)演出:宮本亜門
THE WINDS OF GOD(2000年)キンタ役
贋作・桜の森の満開の下(2001年)演出:野田秀樹
MAKOTO"〜ゆく年くる年 Hello,X'mas〜(2002年)主演:今井雅之
0.5ミリの遠距離恋愛(2003年)主演:一色紗英
パルコ劇場プロデュース GOOD(2004年)主演:西村雅彦
だめんずうぉ〜か〜(2006年)演出:鈴木おさむ
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松本 人志(まつもと ひとし、男性、1963年9月8日 - )とは、日本のお笑い芸人である。通称は「松ちゃん」、子供の時のあだ名は「まっつん」。兵庫県尼崎市出身。血液型B型。左利き。3人兄弟の末っ子(次男)。現在、独身であり未婚。身長172cm。
お笑いコンビ・ダウンタウンのボケ担当。相方は「浜ちゃん」こと浜田雅功。1983年デビュー。吉本興業(大阪本社)所属で、吉本総合芸能学院(NSC)の第1期生。
概要
1990年代以降、お笑い界のみならず世間一般の「お笑い」そのものに対する考え方や価値観に大きな変革をもたらし、今なお絶大な影響力を与え続けるお笑い芸人。その攻撃的かつアーティスティックな笑いを職人の様に作り出す姿勢から、同業の芸人にはもちろんのこと、ミュージシャンや俳優、作家など各界著名人にも多くの熱烈なファンを持つ。
瞬間的な発想力に長け、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ)でのフリートークにおける、視聴者からの質問にその場で思いついた解答を出して笑いを取るというスタイルは、いわゆる創作的なニュアンスが強い「漫才」そのものの概念を壊し、立川談志や笑福亭鶴瓶から「ダウンタウンが漫才を殺した」と逆説的な賛辞を受けた。また、同番組の制作会議ではスタッフとの何気ない会話から自身が思いついたことを次週の企画として決定することがしばしばあり、同番組プロデューサー・菅賢治は自著(「菅ちゃんの笑ったもん勝ち」1996年/ごま書房)の中で「色んな芸人さんを見てきたけど、彼(松本)は別次元の芸人」と評している。また、漫才出身だがコントの評価も高く、演じ方にも身が入っており、そのスタイルを自らのラジオで「憑依芸」「憑依芸人」と名づけて語った。他に志村けん、内村光良の名を挙げている。
既存の言葉を独自の意味・用法で使うセンスに優れる。松本が広めたと言われる「笑えない、面白くない」意味での「寒い(サブい)」や「落胆する」意味の「ブルーになる」、自分の非を咎められキレることを意味する「逆ギレ」、痛々しい様や哀れを意味する「イタイ」、また性癖に限らず人をとSとMに分ける発想などは、今や日常レベルの日本語として定着しつつある。
自身のレギュラー番組や舞台などには演者としてだけでなく、制作にも積極的に関わる。「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ)やその他ソロで行ったコント制作においては、放送作家が書いた台本を基にして内容を構築していくという従来のコント制作とは一線を画し、松本の発想により作り上げられたものが多い。数々の共演を果たした東野幸治によると、作られた台本も現場において更に変更され、共演者は事前に台本は読まず、松本の口伝により台詞を覚えるという事が、松本コントの常道であったと語る。
過度の編集によりウソで形作る番組制作の手法(いわゆる「やらせ」の一種)を嫌っている。かつて演芸番組に出演した際、ある若手の芸人がネタが滑っていたのにも関わらず「ダウンタウンのライバル」扱いされており、本放送の中でもダウンタウンがネタをやったときと同じくらいの拍手が編集で足されていたことや、1994年10月に放送された「FNS番組対抗!なるほど!ザ・秋の祭典スペシャル」(フジテレビ)の編集で映像をつなげて他の芸人のネタに松本が爆笑しているかのように見せる編集などに憤りを感じた、と自著の中で語っている。
また、時折身内をネタにし、自身の出演するテレビ・ラジオ番組にも出演させることがあり、漫才やコントまで披露した事もある。
略歴
1982年に兵庫県立尼崎工業高等学校を卒業後、中学時代からの友人であった霤腸躙に誘われ、開校間もない吉本興業のタレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)に入学。同校の1期生となる。霤弔肇灰鵐咾魴訐し、1983年にデビュー。NSCの同期にトミーズ・ハイヒール・内場勝則らがいる。
デビュー後数年はなかなか芽が出ず、同期の芸人たちに遅れをとったものの、1987年から始まったレギュラー番組「4時ですよーだ」(毎日放送、関西地区ローカル)で人気を博した。それから程なくして東京に進出し、フジテレビの深夜番組「夢で逢えたら」などを経て全国区の知名度を得る。
1989年10月から「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ系列)、1991年からは「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ系列)と冠番組が次々スタート。松本自身は出演のほか番組の企画・構成も担当し、お笑い芸人としての腕を磨いていった。
1994年から1995年にかけて、松本が週刊朝日に連載していたエッセイを単行本化した「遺書」「松本」がタレント本としては異例のベストセラーになった。「遺書」は250万部、「松本」も200万部の売り上げを記録。これにより1994年度の高額納税者番付でタレント部門の1位に輝く。それ以来現在も、相方・浜田と共に番付の常連として毎年必ず上位に顔を出している。
1990年代後半にはコンビを離れて個人での活動も目立った。テレビ番組「一人ごっつ」シリーズ(フジテレビ系)、入場料1万円のコントライブ「寸止め海峡(仮)」、観覧後観客に値段を決めてもらうという異例の料金後払い制ライブ「松風'95」、オリジナルコントビデオ作品「松本人志VISUALBUM」など、精力的に作品を作り続けていった。
1997年10月、「ダウンタウンのごっつええ感じ」スペシャルが、プロ野球・ヤクルトスワローズの優勝決定試合の生中継に急遽差し替えられた。出演者に全く事前連絡がなかったことに対して、松本はフジテレビ側に強く抗議し、「番組に対するボルテージが下がった」として自ら突然の打ち切りを発表。これ以降、フジテレビとの関係悪化も懸念されたが、他の仕事に影響はなかった。この事件に関して松本は「最終的には打ち切ったのは自分。これでおあいこ。フジに恨みは無い」と語っている。
1998年夏、「ガキの使い」内のトークコーナーにおいて「髪を坊主にしたい」と宣言し、その直後に実際に頭を丸め周囲を驚かせた。これ以降松本は坊主頭がトレードマークとなっている。これ以降、著書などでついてしまったイメージを良くも悪くも一新した。
相方の浜田が時折テレビドラマに出演する一方で、松本はドラマに出ない姿勢を貫いていたが、2000年に自身の原案で『伝説の教師』(日本テレビ系、SMAPの中居正広と共演)に主演。松本本人のキャラクターと重なる型破りな教師を演じ、高い評価を得た。
2001年10月12日、復活スペシャルと題して放送された「ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル」が9.0%という低視聴率に終わり、雑誌等のインタビューで「本当に面白い事はテレビではもう出来ないと悟った」「需要がないのにやっても仕方ない」と語った(ちなみに同番組は後にDVD化されヒットセールスを記録)。また、2006年4月から第2日本テレビにおいてVODにて新作コント「Zassa(ザッサー)」を配信している。
近年は、構成作家の高須光聖と出演しているラジオ番組「放送室」(TOKYO FM)において、私生活や自身の昔話などを赤裸々に語っている。中でも2003年12月には「高須ちゃん生誕40周年祭り」として武道館での公開録音(無料)を行い、共通の幼馴染3人(サプライズで浜田も登場)も参加し、3週に渡って放送された。
2006年1月、さまぁ〜ずの三村と組んでコントを披露したが、シュールなネタであり、会場の客に女性客が多かったためか、ブーイングを受けた。当人は勿論、審査員であった志村けんも何故ブーイングが起こったのかわからない様子であった。
お笑い芸人としての原点
少年時代に漫画「天才バカボン」(赤塚不二夫作)が大好きで、自身も真似して漫画を描いていた。また赤塚の弟子であるとりいかずよしの「トイレット博士」にも影響を受けたという。
父親の仕事の関係上、様々な公演チケットがよく手に入る環境にあり、吉本新喜劇などの舞台をよく観に行っていた。テレビのバラエティ番組も好きで、ザ・ドリフターズなどの番組もよく観ていたほか、笑福亭仁鶴らの落語も聴き、これらでお笑いの基礎を自然に学んでいった。また観るだけでなく学校の友人と漫才コンビを組んで実際に人前で演じるなど、小中学校の多感な時期をお笑い漬けの環境で過ごした。
あまり裕福な家庭ではなかったため、家庭の用事を手伝うなど手が掛からない子供であり、限られたものを使って自分で遊びを発明するなど創意工夫の中で発想力や想像力が鍛えられた。また兄の影響で早い時期から大人の文化に触れる機会が多かったという。
高校卒業後は印刷会社への就職が決まっていたものの、友人であった浜田が競艇選手の試験に落ち、その同時期にNSCの開校という偶然が重なり、お笑いの世界に飛び込んだ。吉本に入った当初は漫才ブームの過渡期であったこともあり、様々な舞台で多くの先輩らの漫才を見て学んでいった。
人物像
特技は自動車の運転、縦列駐車。趣味はビリヤード、ゲーム。
フィンセント・ファン・ゴッホとアンネ・フランクを敬愛している。事実、松本に密着したドキュメンタリー番組『松本人志の本当』(1999年/NHKBS)では実際にオランダへ出向き、アムステルダムにあるゴッホ美術館とアンネが実際に「アンネの日記」を綴った場所であると言われている隠れ家を訪れている。
尊敬する芸人は志村けん、島田紳助、大竹まこと、そして相方の浜田雅功。志村けんについては「年をとってもコントが出来るんだから凄い」「お笑い一筋で浮気をしない」、島田紳助については「引き芸だから損はしているだろうが他人を面白く見せる技術は凄い」と絶賛している。大竹まことに関しては、「あの犯罪者のような毒気、畳の上では往生できないような雰囲気は芸人として見習うべきだ」と述べた。また、自身の著書「遺書」には「ダウンタウンDX」で紳助と共演した際に「ダウンタウンに漫才では負けた」と素直に負けを認めたところが格好良い、と書かれている。また「松本」に藤山寛美を絶賛する記述も見られる。
アダルトビデオ好き。写真週刊誌FLASHにてアダルトビデオを借りる姿が掲載されたこともある。掲載された写真がカメラマンが撮影したものではなく、店舗の監視カメラ映像を掲載したことに怒り、FLASHの発行元の光文社らを訴え、2006年3月31日に勝訴した。監視カメラの映像で報道される前例を作ると、芸能人は完全にプライバシーを失ってしまうため訴えた、とプレイボーイで連載しているコラムでその理由を述べた。松本紳助でも「テレビでアダルトビデオを買ったりしているのも言っているのに撮る意味がわからない」と怒りを露にした。
AV女優・松本コンチータの名付け親(松本のファンである本人が「松本」姓をもらう許可を得た。コンチータは”立チンコ”を並び替えたもの)である。松本コンチータの名前の一件は「ダウンタウンの素」に素人としてハガキを送ってきたコンチータのネタが採用され、生電話で決まったもの。
風俗好き。1日に3軒をハシゴして自己嫌悪に陥ったことがあるとガキのトークでギャグにしている。しかしながら、ソープランド等の女性と直接性交渉をすることを目的とする風俗は好まず、性感マッサージ一辺倒で、性感嬢は職人だと絶賛している。また、以前コントの衣装から毛じらみをうつされた経験があり、一時期自身の番組などで何度もネタにしていたためか、「毛じらみ」が彼の代名詞になった。完治したはずの今でも、ごくたまに毛じらみを発見する事があるらしい。
売れる芸人の三要素、として「ネクラ」「貧乏」「女好き」を挙げている。「自分はこの三つを満たしているからここまで凄い芸人になった」、という発言もしている。
若手時代にやすし司会のザ・テレビ演芸に出演したところ、親を小馬鹿したネタについてやすしに壁に叩きつけられ「そんなもん漫才やない。チンピラの立ち話やないか!」と言われた事に対して、自著で「あの時殴っておけば良かった」と発言。後に「ごっつええ感じ」においてコント「やすしくん」が好評となり、シリーズ化されたものの、最終話放送数日後にやすし死去。このため、やすしの芸を認めるファンや、やすしの身内から、コント「やすしくん」が松本によるやすしへの報復と敵視され、マスコミからも大変なバッシングを受けた。テレビ番組のひとつのコントに対して、制作著作のフジテレビでもなく、同じく制作著作にかかわる吉本興業でもなく、冠であり所属するダウンタウンでもなく、発案者であり演技者であるとはいえ、一出演者に過ぎない一個人である松本人志が集中砲火を浴びたというのも、彼の存在感ゆえの出来事だったと言える。ちなみに当時、この件については一切ノーコメントを貫いた。後に「どんなに論理的に説明することができても、一度生まれた悪意は消えないから」と対マスコミに対して会見をひらかなかった心情を吐露している。
いわゆる「長者番付」の常連でありながら、安価な食べ物を好み、どん兵衛とペヤングソース焼きそばが大好物。また、後輩芸人たちと食事に行き、数百円のチャーハンを食べて「世界一うまいなぁ」と感動し、雨上がり決死隊の宮迫博之から「やっすい舌!」と呆れられた事もある。後輩たちと旅行に行った先での夕食がどん兵衛だったこともある。これを逆手に取って「超ドケチ芸人」「おちょこ」(器が小さいという意味)と自虐ネタも披露している。ガキの使いで「松本ドケチ裁判」が開かれ、松本のドケチぶりが暴露、その裁判で自腹で百万円分の打ち上げ花火を購入し打ち上げることになった。その背景には、幼い頃、裕福な家庭ではなかった事や「4時ですよ〜だ。」でブレイクするまで苦労があった為である。しかし一方では、高級車を2週間で買い換えたり、イタリアの高級家具カッシーナの数百万円のソファーを購入したり、後輩への引っ越し祝い(テレビ、冷蔵庫、洗濯機、ソファー等)は欠かさない。また大先輩西川きよしの新築祝いには、一枚ものの立派な卓を送り、大変感激したときよし師匠自らテレビで発言している。また島田紳助が出資しているお好み焼き屋の開店祝いには、紳助から請われた名前入り青海苔を進呈している。
プロ野球嫌いで有名だが、小学生の頃は中日ドラゴンズの帽子を被っていた。これは、周囲の子どもが皆巨人の帽子を被っていたからという天邪鬼な性格故の理由のほかに、当時中日で活躍していた“まつもとるきつら”という自分と同じ苗字で変わった名前の投手の、捕手からボールを受けたらすぐに投げる投球スタイルが好きだったから。ちなみに“まつもとるきつら”とは松本幸行(まつもとゆきつら)のことである。
どちらかというとインドア派だったが、2005年の誕生日にメールが一件しか来てなかったことにショックを受け、一念発起。「これからはアウトドアになる」という松本の発言に島田紳助は「やっと来たか!」と感動していた。
ファッションについてもこだわりがあるようで、夏はBVDの白いTシャツにジーンズだけという非常にシンプルなもの。番組では相方浜田のラフな服装に対して、松本はスーツを着用することが多く、ネクタイの先をズボンに入れるのが独自のスタイルとなっている。1995年には、番組が用意したアディダスのジャージを着用する松本を、爆笑問題太田光が「アディダスの広告塔」と揶揄したことがあり、今田耕司や板尾創路らが激怒。太田を呼び出し「土下座するか、芸人を辞めるか、今すぐ鉄パイプイスで殴られるか、どれか選べ!」と三択をせまり、土下座させたと週刊誌に書かれたこともある(週刊誌に書かれた記事については、太田夫人であり爆笑問題が所属する芸能プロダクションタイタンの社長でもある光代夫人自ら、記事内において完全否定)。デビュー当時は、当時流行っていたDCブランドのスーツが大好きで、ラジオ番組でファンと登山に行くという企画のときもスーツで現れ、スタッフやファン、浜田を引かせたという逸話がある。東京進出のころからジーンズにジャンパーなどのラフな服装にシフトし、その後は「ガキの使い〜」の収録などではジャージ姿で出演することも少なくない。坊主にしてからは、BVDのTシャツにジーンズが、彼のトレードマークにもなっている。冬季にはBVDの上にアディダスやナイキのジャージがおなじみである。しかしながら2006年夏、7年続いたBVDファッションも少し変えて行きたいと発言している。
かつてはヘビースモーカーとして有名で、嫌煙家協会から毎年禁煙啓蒙のために発表される喫煙者ランキングの常連であり、著書などにも禁煙に対しての激しい怒りをつづっていたが、心機一転2003年に禁煙成功。禁煙のきっかけを、一時期禁煙に成功していた島田紳助の勧めと勘違いされてるが、本当のきっかけは日本テレビの土屋氏。ちなみに2006年現在紳助氏、土屋氏ともに禁煙を断念したが、松本は現在も全くタバコを吸っていない。また、2005年には嫌煙家協会から卒煙表彰の申し出があったが、松本からのリアクションは全くない。
THE HIGH-LOWS(元THE BLUE HEARTS)の甲本ヒロトと親交がある。滅多にテレビに出ない甲本と自身の番組中で何度も共演しており、また松本も、ハイロウズのアルバムジャケットのデザインを手がけたり、CMに出演するなどしている。ヒロトが作詞した「日曜日よりの使者」は松本のことを歌っているといわれている。
佐野元春について自身のラジオ番組で「(日本の音楽界への貢献を)もっと評価されていい人」と語り、TV番組「4時ですよーだ」では佐野の楽曲「Young Bloods」を歌唱するなど好意的。またデビュー間もない頃の舞台での出囃子に同じく佐野の楽曲「ダウンタウンボーイ」を用いていたことがあるなど、少なからず関わりがある。
好きなアニメは「怪獣王ターガン」(特にヒューヒュー・ポーポー)「宇宙の騎士テッカマン」「科学忍者隊ガッチャマン」。特撮では「仮面ライダー」「スペクトルマン」「超人バロム・1」。バロム・1については、懸賞で実物大ポスターが当たり部屋に貼ったところ、「これチンコふくれとるがな」と父親に指摘されたことが心の傷となる。
あだち充作の野球漫画「タッチ」もお気に入り。描かれている世代がちょうど同世代の為、わが青春を彷彿すると語る。
好きではないカラオケだが、付き合いで行くと必ず歌うのが、さだまさしの道化師のソネット。詩に共感を覚えると語っている。
いがらしみきお作品については自分に似た世界観を認め、「似てると言われるのもわかる」「ぼのぼのみたいな路線に行ってしまったのもしょうがない」と理解を示している。
作品
松本人志個人での出演、監督作品を記載。ダウンタウンとしての出演作品はダウンタウンの作品の項目を参照。
アニメ
きょうふのキョーちゃん
フジテレビ系の番組ダウンタウンのごっつええ感じ内で放送されたアニメ。詳細は別項目で参照。
映画
サスケ(2001年)
日本テレビ系のバラエティ番組「進ぬ!電波少年」にて企画されたショート・ムービー。あるアメリカの一般家庭にベビーシッターとしてやって来た、松本扮する忍者「サスケ」が一騒動巻き起こすというもの。アメリカ人を笑わせる事を目的として制作されたため、松本自身が求めているお笑いとは全く異なる作品であり、松本自身も全編英語で話している。そのことを松本自身は「自分の力の65%くらいでやるとちょうど良い。ただ、手を抜いてという事ではなくて、65%を本気でやる」と語っており、たとえ外国向けであっても松本の笑いに対する真摯な姿勢がうかがえた。この「サスケ」は現地のアメリカ人200人に向けて上映し、「個性的で面白い」「今までに見たことのない笑い」と好評を得た。
松本人志と高須光聖が出演するラジオ番組「放送室」によると松本が監督を務める映画が進行中であるが、詳細は伏せられたままである。すでに判明してる事項は以下の通り。
クランクインは2005年12月、東京タワーで撮影。
監督の松本も出演し、放送作家の倉本美津留、高須光聖らも参加。
公開は遅くても2008年以前。
インターネット配信
ザッサー (2006年)
第2日本テレビで配信されるVODオリジナルコント。企画構成・松本人志。出演は松本人志、板尾創路、宮川大輔。
ビデオ
ダウンタウン松本人志の流 頭頭(とうず)(1993年7月9日)
オリジナルビデオ作品。松本が監督・主演を担当。
寸止め海峡(仮)(1995年1月20日)
同名の松本人志1万円ライブのビデオ。
松本人志のひとりごっつ 其ノ一〜其ノ九(1997年)
松本人志 VISUALBUM Vol.りんご「約束」(1998年)
松本人志 VISUALBUM Vol.バナナ「親切」(1998年)
松本人志 VISUALBUM Vol.ぶどう「安心」(1999年)
わらいのじかん(2000年)
わらいのじかん2(2000年)
DVD
松本人志自選集「スーパー一人ごっつ」Vol.1〜5(2002年 - 2003年)
HITOSI MATUMOTO VISUALBUM 「完成」(2003年)
松本人志のオリジナルコント集「VISUALBUM」全3巻をDVD化。メイキングや会議風景、「ZURU ZURU」ロングバージョン、「日影の忍者勝彦」のPVなどを収めた特典ディスク「Vol.メロン」と合わせて4枚組の限定版BOX仕様。
HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.りんご「約束」
「VISUALBUM」第1弾。「システムキッチン」「げんこつ」「古賀」「都…」「ミックス」を収録。
HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.バナナ「親切」
「VISUALBUM」第2弾。「ZURUZURU」「マイクロフィルム」「む゛ん」「いきなりダイヤモンド」「ゲッタマン」を収録。
HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.ぶどう「安心」
「VISUALBUM」第3弾。「診療室にて…」「寿司」「巨人殺人」「荒城の月」「園子」を収録。
働くおっさん人形(2003年)
人志松本のすべらない話(2006年6月28日)
音楽作品
作詞家としてデビュー作は夢で逢えたらで作られた「甘茶でかっぽれ」
1993年に番組の企画で作詞し、所ジョージが作曲したバラード・「ラブハンター」を唄・浜田雅功でCDリリース。
坂本龍一・テイトウワのプロデュースで相方の浜田雅功と「GEISHA GIRLS (KEN&SHO)」として、1994、1995年にCDを発売する。
浜田が小室哲哉と組んだユニット「H jungle with t」で「NHK紅白歌合戦」に出演した際、松本が突如GEISHA GIRLSの衣装で現れ、思わぬ紅白初出場を果たす。ちなみにギャラは5万円だったらしい。
1997、1998年にはダウンタウンを中心としたユニット「エキセントリック少年ボウイオールスターズ」「日影の忍者勝彦オールスターズ」で作詞を担当。
2001年には吉本興業所属のお笑い芸人によるユニット「Re:Japan」の一員として、CD「明日があるさ」を発売する。
2004年11月17日、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(フジテレビ系)から生まれたユニット「浜田雅功と槇原敬之」のデュエット曲「チキンライス」の作詞を担当。歌詞は松本が幼少時代の出来事を歌詩にしている(作曲は槇原敬之が担当)。この歌詞の内容を見た槇原は、感動して泣いたほど。
食玩
松本人志 世界の珍獣(2003年)
キャラクター
サザエボン
サザエさんとバカボンのパパが合体したキャラクターを「4時ですよーだ」のワンコーナーで考案。数年後、このキャラクターを無断で使って商売をする心無い業者が現れ、この業者は長谷川町子・赤塚不二夫サイドに著作権法違反で訴えられた(この裁判と松本は関係ない)。このほか、松本は大喜利コーナーなどでぐったりしたパンダを書いたこともあるが、その数年後に「たれぱんだ」というキャラクターが商品化され、「あれは絶対オレのパクリや!」と激怒したが、「本当に訴えるのも恥ずかしいな」と訴訟はしていない。ちなみにその回で松本が回答したネタは「ぐったりパンダ」「首とれかけパンダ」「パンダの半ちゃん(内臓が見えている)」
出演
松本人志個人での出演作品を記載。ダウンタウンとしての出演作品はダウンタウンの出演の項目を参照。
テレビドラマ
竜馬におまかせ!(1996年、日本テレビ、「町娘」役;友情出演)
伝説の教師(2000年、日本テレビ、南波次郎役)
明日があるさ(2001年、日本テレビ、「謎の男」役)
バラエティー
一人ごっつ(1996年 - 1997年、フジテレビ)
新・一人ごっつ(1997年、フジテレビ)
松ごっつ(1998年、フジテレビ)
わらいのじかん(1999年 - 2000年、テレビ朝日)
わらいのじかん2(2000年、テレビ朝日)
松本紳助(2003年4月から松紳)(2000年 - 2006年、広島テレビ→日本テレビ)
M-1グランプリ(2001年 - 、朝日放送)
サイボーグ魂(2002年 - 2003年、TBS)
働くおっさん人形(2002年 - 2003年、フジテレビ)
モーニングビッグ対談(2003年、フジテレビ)
人志松本のすべらない話(2004年 - 、フジテレビ系)
ちちんぷいぷい(スタジオ乱入)
舞台
寸止め海峡(仮)(1994年)
入場料1万円の「演者が客を選ぶ」ライブ。今田耕司・板尾創路らが出演。
松風'95 (1995年)
スライド写真にコメントを付ける形式の単独ライブ。入場料を観客の評価に委ね、見終わった後に出口で払ってもらう「料金後払い制」をとった。
ラジオ
放送室(2001年 - 、JFN)
CM
コカコーラ、缶コーヒー「ジョージア ZOTTO」(1996年)
ツーカーカンパニーイメージキャラクター(2003年 - )
サントリー、ビール「スーパーブルー」(2005年)
玉姫殿
ザ・ハイロウズ、ベストアルバム「FLASH 〜BEST〜」(2006年)
著書
遺書(1994年、朝日新聞社)ISBN 4022568097
松本(1995年、朝日新聞社)ISBN 4022568984
松風'95 HITOSHI MATSUMOTO 4D-EXPO(1996年、朝日出版社)ISBN 4255960097
「松本」の「遺書」(1997年、朝日新聞社、上記2作の文庫化)ISBN 402261191X
松本人志 愛(1998年、朝日新聞社)ISBN 4022573007
松本坊主(1999年、ロッキング・オン)ISBN 4947599626
伝説の教師(2000年、ワニブックス)ISBN 4847013506
図鑑(2000年、朝日新聞社)ISBN 4022575506
松本紳助(2001年、ワニブックス)ISBN 4847014154
テレビ番組「松本紳助」50回分の放送内容を収録。
松本シネマ坊主(2002年、日経BP社)ISBN 4822217337
日経エンタテインメントで連載する映画批評を単行本化
哲学(2002年、幻冬舎)ISBN 4344001664
松本紳助の第2弾。
松本裁判(2002年、ロッキング・オン)ISBN 4860520025
裏松本紳助(2002年、ワニブックス)ISBN 4847014731
テレビ番組「松本紳助」51回〜103回分の放送内容を収録。
プレイ坊主 松本人志の人生相談(2002年、集英社)ISBN 4087803643
放送室(2003年、TOKYO FM出版)ISBN 4887450834
2001年10月開始。高須光聖をパートナーに現在も続くラジオ「放送室」のトーク集。
放送室の裏(2003年、ワニブックス)ISBN 4847015150
トークに頻繁に登場した尼崎の同級生3人が、人間・松本人志を語る。高須光聖が徹底取材。
定本「一人ごっつ」(2003年、ロッキング・オン)ISBN 4860520246
松紳(2004年、ワニブックス)ISBN 4847015592
好きか、嫌いか - 松本人志の二元論(2004年、集英社)ISBN 4087804011
放送室 その2(2005年、TOKYO FM出版)ISBN 4887451199
シネマ坊主2(2005年、日経BP社)ISBN 4822217442
好きか、嫌いか2 - 松本人志の最終裁判(2005年、集英社)ISBN 4087804224
関連書籍
吉本興業・松本人志未公認
怪人・松本人志の謎(1995年、コアラブックス)ISBN 4876932611
怪人・松本人志のホンマごっつ(1998年、コスミックインターナショナル)ISBN 4885328500
松本人志ショー(1999年、河出書房新社)ISBN 4309263712
松本人志 尼崎青春物語(2003年、コアハウス)ISBN 4898091393
連載
松本人志のプレイ坊主(週刊プレイボーイ、集英社)
松本人志のシネマ坊主(日経エンタテインメント!、日経BP)
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お笑いコンビ・ダウンタウンのボケ担当。相方は「浜ちゃん」こと浜田雅功。1983年デビュー。吉本興業(大阪本社)所属で、吉本総合芸能学院(NSC)の第1期生。
概要
1990年代以降、お笑い界のみならず世間一般の「お笑い」そのものに対する考え方や価値観に大きな変革をもたらし、今なお絶大な影響力を与え続けるお笑い芸人。その攻撃的かつアーティスティックな笑いを職人の様に作り出す姿勢から、同業の芸人にはもちろんのこと、ミュージシャンや俳優、作家など各界著名人にも多くの熱烈なファンを持つ。
瞬間的な発想力に長け、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ)でのフリートークにおける、視聴者からの質問にその場で思いついた解答を出して笑いを取るというスタイルは、いわゆる創作的なニュアンスが強い「漫才」そのものの概念を壊し、立川談志や笑福亭鶴瓶から「ダウンタウンが漫才を殺した」と逆説的な賛辞を受けた。また、同番組の制作会議ではスタッフとの何気ない会話から自身が思いついたことを次週の企画として決定することがしばしばあり、同番組プロデューサー・菅賢治は自著(「菅ちゃんの笑ったもん勝ち」1996年/ごま書房)の中で「色んな芸人さんを見てきたけど、彼(松本)は別次元の芸人」と評している。また、漫才出身だがコントの評価も高く、演じ方にも身が入っており、そのスタイルを自らのラジオで「憑依芸」「憑依芸人」と名づけて語った。他に志村けん、内村光良の名を挙げている。
既存の言葉を独自の意味・用法で使うセンスに優れる。松本が広めたと言われる「笑えない、面白くない」意味での「寒い(サブい)」や「落胆する」意味の「ブルーになる」、自分の非を咎められキレることを意味する「逆ギレ」、痛々しい様や哀れを意味する「イタイ」、また性癖に限らず人をとSとMに分ける発想などは、今や日常レベルの日本語として定着しつつある。
自身のレギュラー番組や舞台などには演者としてだけでなく、制作にも積極的に関わる。「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ)やその他ソロで行ったコント制作においては、放送作家が書いた台本を基にして内容を構築していくという従来のコント制作とは一線を画し、松本の発想により作り上げられたものが多い。数々の共演を果たした東野幸治によると、作られた台本も現場において更に変更され、共演者は事前に台本は読まず、松本の口伝により台詞を覚えるという事が、松本コントの常道であったと語る。
過度の編集によりウソで形作る番組制作の手法(いわゆる「やらせ」の一種)を嫌っている。かつて演芸番組に出演した際、ある若手の芸人がネタが滑っていたのにも関わらず「ダウンタウンのライバル」扱いされており、本放送の中でもダウンタウンがネタをやったときと同じくらいの拍手が編集で足されていたことや、1994年10月に放送された「FNS番組対抗!なるほど!ザ・秋の祭典スペシャル」(フジテレビ)の編集で映像をつなげて他の芸人のネタに松本が爆笑しているかのように見せる編集などに憤りを感じた、と自著の中で語っている。
また、時折身内をネタにし、自身の出演するテレビ・ラジオ番組にも出演させることがあり、漫才やコントまで披露した事もある。
略歴
1982年に兵庫県立尼崎工業高等学校を卒業後、中学時代からの友人であった霤腸躙に誘われ、開校間もない吉本興業のタレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)に入学。同校の1期生となる。霤弔肇灰鵐咾魴訐し、1983年にデビュー。NSCの同期にトミーズ・ハイヒール・内場勝則らがいる。
デビュー後数年はなかなか芽が出ず、同期の芸人たちに遅れをとったものの、1987年から始まったレギュラー番組「4時ですよーだ」(毎日放送、関西地区ローカル)で人気を博した。それから程なくして東京に進出し、フジテレビの深夜番組「夢で逢えたら」などを経て全国区の知名度を得る。
1989年10月から「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ系列)、1991年からは「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ系列)と冠番組が次々スタート。松本自身は出演のほか番組の企画・構成も担当し、お笑い芸人としての腕を磨いていった。
1994年から1995年にかけて、松本が週刊朝日に連載していたエッセイを単行本化した「遺書」「松本」がタレント本としては異例のベストセラーになった。「遺書」は250万部、「松本」も200万部の売り上げを記録。これにより1994年度の高額納税者番付でタレント部門の1位に輝く。それ以来現在も、相方・浜田と共に番付の常連として毎年必ず上位に顔を出している。
1990年代後半にはコンビを離れて個人での活動も目立った。テレビ番組「一人ごっつ」シリーズ(フジテレビ系)、入場料1万円のコントライブ「寸止め海峡(仮)」、観覧後観客に値段を決めてもらうという異例の料金後払い制ライブ「松風'95」、オリジナルコントビデオ作品「松本人志VISUALBUM」など、精力的に作品を作り続けていった。
1997年10月、「ダウンタウンのごっつええ感じ」スペシャルが、プロ野球・ヤクルトスワローズの優勝決定試合の生中継に急遽差し替えられた。出演者に全く事前連絡がなかったことに対して、松本はフジテレビ側に強く抗議し、「番組に対するボルテージが下がった」として自ら突然の打ち切りを発表。これ以降、フジテレビとの関係悪化も懸念されたが、他の仕事に影響はなかった。この事件に関して松本は「最終的には打ち切ったのは自分。これでおあいこ。フジに恨みは無い」と語っている。
1998年夏、「ガキの使い」内のトークコーナーにおいて「髪を坊主にしたい」と宣言し、その直後に実際に頭を丸め周囲を驚かせた。これ以降松本は坊主頭がトレードマークとなっている。これ以降、著書などでついてしまったイメージを良くも悪くも一新した。
相方の浜田が時折テレビドラマに出演する一方で、松本はドラマに出ない姿勢を貫いていたが、2000年に自身の原案で『伝説の教師』(日本テレビ系、SMAPの中居正広と共演)に主演。松本本人のキャラクターと重なる型破りな教師を演じ、高い評価を得た。
2001年10月12日、復活スペシャルと題して放送された「ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル」が9.0%という低視聴率に終わり、雑誌等のインタビューで「本当に面白い事はテレビではもう出来ないと悟った」「需要がないのにやっても仕方ない」と語った(ちなみに同番組は後にDVD化されヒットセールスを記録)。また、2006年4月から第2日本テレビにおいてVODにて新作コント「Zassa(ザッサー)」を配信している。
近年は、構成作家の高須光聖と出演しているラジオ番組「放送室」(TOKYO FM)において、私生活や自身の昔話などを赤裸々に語っている。中でも2003年12月には「高須ちゃん生誕40周年祭り」として武道館での公開録音(無料)を行い、共通の幼馴染3人(サプライズで浜田も登場)も参加し、3週に渡って放送された。
2006年1月、さまぁ〜ずの三村と組んでコントを披露したが、シュールなネタであり、会場の客に女性客が多かったためか、ブーイングを受けた。当人は勿論、審査員であった志村けんも何故ブーイングが起こったのかわからない様子であった。
お笑い芸人としての原点
少年時代に漫画「天才バカボン」(赤塚不二夫作)が大好きで、自身も真似して漫画を描いていた。また赤塚の弟子であるとりいかずよしの「トイレット博士」にも影響を受けたという。
父親の仕事の関係上、様々な公演チケットがよく手に入る環境にあり、吉本新喜劇などの舞台をよく観に行っていた。テレビのバラエティ番組も好きで、ザ・ドリフターズなどの番組もよく観ていたほか、笑福亭仁鶴らの落語も聴き、これらでお笑いの基礎を自然に学んでいった。また観るだけでなく学校の友人と漫才コンビを組んで実際に人前で演じるなど、小中学校の多感な時期をお笑い漬けの環境で過ごした。
あまり裕福な家庭ではなかったため、家庭の用事を手伝うなど手が掛からない子供であり、限られたものを使って自分で遊びを発明するなど創意工夫の中で発想力や想像力が鍛えられた。また兄の影響で早い時期から大人の文化に触れる機会が多かったという。
高校卒業後は印刷会社への就職が決まっていたものの、友人であった浜田が競艇選手の試験に落ち、その同時期にNSCの開校という偶然が重なり、お笑いの世界に飛び込んだ。吉本に入った当初は漫才ブームの過渡期であったこともあり、様々な舞台で多くの先輩らの漫才を見て学んでいった。
人物像
特技は自動車の運転、縦列駐車。趣味はビリヤード、ゲーム。
フィンセント・ファン・ゴッホとアンネ・フランクを敬愛している。事実、松本に密着したドキュメンタリー番組『松本人志の本当』(1999年/NHKBS)では実際にオランダへ出向き、アムステルダムにあるゴッホ美術館とアンネが実際に「アンネの日記」を綴った場所であると言われている隠れ家を訪れている。
尊敬する芸人は志村けん、島田紳助、大竹まこと、そして相方の浜田雅功。志村けんについては「年をとってもコントが出来るんだから凄い」「お笑い一筋で浮気をしない」、島田紳助については「引き芸だから損はしているだろうが他人を面白く見せる技術は凄い」と絶賛している。大竹まことに関しては、「あの犯罪者のような毒気、畳の上では往生できないような雰囲気は芸人として見習うべきだ」と述べた。また、自身の著書「遺書」には「ダウンタウンDX」で紳助と共演した際に「ダウンタウンに漫才では負けた」と素直に負けを認めたところが格好良い、と書かれている。また「松本」に藤山寛美を絶賛する記述も見られる。
アダルトビデオ好き。写真週刊誌FLASHにてアダルトビデオを借りる姿が掲載されたこともある。掲載された写真がカメラマンが撮影したものではなく、店舗の監視カメラ映像を掲載したことに怒り、FLASHの発行元の光文社らを訴え、2006年3月31日に勝訴した。監視カメラの映像で報道される前例を作ると、芸能人は完全にプライバシーを失ってしまうため訴えた、とプレイボーイで連載しているコラムでその理由を述べた。松本紳助でも「テレビでアダルトビデオを買ったりしているのも言っているのに撮る意味がわからない」と怒りを露にした。
AV女優・松本コンチータの名付け親(松本のファンである本人が「松本」姓をもらう許可を得た。コンチータは”立チンコ”を並び替えたもの)である。松本コンチータの名前の一件は「ダウンタウンの素」に素人としてハガキを送ってきたコンチータのネタが採用され、生電話で決まったもの。
風俗好き。1日に3軒をハシゴして自己嫌悪に陥ったことがあるとガキのトークでギャグにしている。しかしながら、ソープランド等の女性と直接性交渉をすることを目的とする風俗は好まず、性感マッサージ一辺倒で、性感嬢は職人だと絶賛している。また、以前コントの衣装から毛じらみをうつされた経験があり、一時期自身の番組などで何度もネタにしていたためか、「毛じらみ」が彼の代名詞になった。完治したはずの今でも、ごくたまに毛じらみを発見する事があるらしい。
売れる芸人の三要素、として「ネクラ」「貧乏」「女好き」を挙げている。「自分はこの三つを満たしているからここまで凄い芸人になった」、という発言もしている。
若手時代にやすし司会のザ・テレビ演芸に出演したところ、親を小馬鹿したネタについてやすしに壁に叩きつけられ「そんなもん漫才やない。チンピラの立ち話やないか!」と言われた事に対して、自著で「あの時殴っておけば良かった」と発言。後に「ごっつええ感じ」においてコント「やすしくん」が好評となり、シリーズ化されたものの、最終話放送数日後にやすし死去。このため、やすしの芸を認めるファンや、やすしの身内から、コント「やすしくん」が松本によるやすしへの報復と敵視され、マスコミからも大変なバッシングを受けた。テレビ番組のひとつのコントに対して、制作著作のフジテレビでもなく、同じく制作著作にかかわる吉本興業でもなく、冠であり所属するダウンタウンでもなく、発案者であり演技者であるとはいえ、一出演者に過ぎない一個人である松本人志が集中砲火を浴びたというのも、彼の存在感ゆえの出来事だったと言える。ちなみに当時、この件については一切ノーコメントを貫いた。後に「どんなに論理的に説明することができても、一度生まれた悪意は消えないから」と対マスコミに対して会見をひらかなかった心情を吐露している。
いわゆる「長者番付」の常連でありながら、安価な食べ物を好み、どん兵衛とペヤングソース焼きそばが大好物。また、後輩芸人たちと食事に行き、数百円のチャーハンを食べて「世界一うまいなぁ」と感動し、雨上がり決死隊の宮迫博之から「やっすい舌!」と呆れられた事もある。後輩たちと旅行に行った先での夕食がどん兵衛だったこともある。これを逆手に取って「超ドケチ芸人」「おちょこ」(器が小さいという意味)と自虐ネタも披露している。ガキの使いで「松本ドケチ裁判」が開かれ、松本のドケチぶりが暴露、その裁判で自腹で百万円分の打ち上げ花火を購入し打ち上げることになった。その背景には、幼い頃、裕福な家庭ではなかった事や「4時ですよ〜だ。」でブレイクするまで苦労があった為である。しかし一方では、高級車を2週間で買い換えたり、イタリアの高級家具カッシーナの数百万円のソファーを購入したり、後輩への引っ越し祝い(テレビ、冷蔵庫、洗濯機、ソファー等)は欠かさない。また大先輩西川きよしの新築祝いには、一枚ものの立派な卓を送り、大変感激したときよし師匠自らテレビで発言している。また島田紳助が出資しているお好み焼き屋の開店祝いには、紳助から請われた名前入り青海苔を進呈している。
プロ野球嫌いで有名だが、小学生の頃は中日ドラゴンズの帽子を被っていた。これは、周囲の子どもが皆巨人の帽子を被っていたからという天邪鬼な性格故の理由のほかに、当時中日で活躍していた“まつもとるきつら”という自分と同じ苗字で変わった名前の投手の、捕手からボールを受けたらすぐに投げる投球スタイルが好きだったから。ちなみに“まつもとるきつら”とは松本幸行(まつもとゆきつら)のことである。
どちらかというとインドア派だったが、2005年の誕生日にメールが一件しか来てなかったことにショックを受け、一念発起。「これからはアウトドアになる」という松本の発言に島田紳助は「やっと来たか!」と感動していた。
ファッションについてもこだわりがあるようで、夏はBVDの白いTシャツにジーンズだけという非常にシンプルなもの。番組では相方浜田のラフな服装に対して、松本はスーツを着用することが多く、ネクタイの先をズボンに入れるのが独自のスタイルとなっている。1995年には、番組が用意したアディダスのジャージを着用する松本を、爆笑問題太田光が「アディダスの広告塔」と揶揄したことがあり、今田耕司や板尾創路らが激怒。太田を呼び出し「土下座するか、芸人を辞めるか、今すぐ鉄パイプイスで殴られるか、どれか選べ!」と三択をせまり、土下座させたと週刊誌に書かれたこともある(週刊誌に書かれた記事については、太田夫人であり爆笑問題が所属する芸能プロダクションタイタンの社長でもある光代夫人自ら、記事内において完全否定)。デビュー当時は、当時流行っていたDCブランドのスーツが大好きで、ラジオ番組でファンと登山に行くという企画のときもスーツで現れ、スタッフやファン、浜田を引かせたという逸話がある。東京進出のころからジーンズにジャンパーなどのラフな服装にシフトし、その後は「ガキの使い〜」の収録などではジャージ姿で出演することも少なくない。坊主にしてからは、BVDのTシャツにジーンズが、彼のトレードマークにもなっている。冬季にはBVDの上にアディダスやナイキのジャージがおなじみである。しかしながら2006年夏、7年続いたBVDファッションも少し変えて行きたいと発言している。
かつてはヘビースモーカーとして有名で、嫌煙家協会から毎年禁煙啓蒙のために発表される喫煙者ランキングの常連であり、著書などにも禁煙に対しての激しい怒りをつづっていたが、心機一転2003年に禁煙成功。禁煙のきっかけを、一時期禁煙に成功していた島田紳助の勧めと勘違いされてるが、本当のきっかけは日本テレビの土屋氏。ちなみに2006年現在紳助氏、土屋氏ともに禁煙を断念したが、松本は現在も全くタバコを吸っていない。また、2005年には嫌煙家協会から卒煙表彰の申し出があったが、松本からのリアクションは全くない。
THE HIGH-LOWS(元THE BLUE HEARTS)の甲本ヒロトと親交がある。滅多にテレビに出ない甲本と自身の番組中で何度も共演しており、また松本も、ハイロウズのアルバムジャケットのデザインを手がけたり、CMに出演するなどしている。ヒロトが作詞した「日曜日よりの使者」は松本のことを歌っているといわれている。
佐野元春について自身のラジオ番組で「(日本の音楽界への貢献を)もっと評価されていい人」と語り、TV番組「4時ですよーだ」では佐野の楽曲「Young Bloods」を歌唱するなど好意的。またデビュー間もない頃の舞台での出囃子に同じく佐野の楽曲「ダウンタウンボーイ」を用いていたことがあるなど、少なからず関わりがある。
好きなアニメは「怪獣王ターガン」(特にヒューヒュー・ポーポー)「宇宙の騎士テッカマン」「科学忍者隊ガッチャマン」。特撮では「仮面ライダー」「スペクトルマン」「超人バロム・1」。バロム・1については、懸賞で実物大ポスターが当たり部屋に貼ったところ、「これチンコふくれとるがな」と父親に指摘されたことが心の傷となる。
あだち充作の野球漫画「タッチ」もお気に入り。描かれている世代がちょうど同世代の為、わが青春を彷彿すると語る。
好きではないカラオケだが、付き合いで行くと必ず歌うのが、さだまさしの道化師のソネット。詩に共感を覚えると語っている。
いがらしみきお作品については自分に似た世界観を認め、「似てると言われるのもわかる」「ぼのぼのみたいな路線に行ってしまったのもしょうがない」と理解を示している。
作品
松本人志個人での出演、監督作品を記載。ダウンタウンとしての出演作品はダウンタウンの作品の項目を参照。
アニメ
きょうふのキョーちゃん
フジテレビ系の番組ダウンタウンのごっつええ感じ内で放送されたアニメ。詳細は別項目で参照。
映画
サスケ(2001年)
日本テレビ系のバラエティ番組「進ぬ!電波少年」にて企画されたショート・ムービー。あるアメリカの一般家庭にベビーシッターとしてやって来た、松本扮する忍者「サスケ」が一騒動巻き起こすというもの。アメリカ人を笑わせる事を目的として制作されたため、松本自身が求めているお笑いとは全く異なる作品であり、松本自身も全編英語で話している。そのことを松本自身は「自分の力の65%くらいでやるとちょうど良い。ただ、手を抜いてという事ではなくて、65%を本気でやる」と語っており、たとえ外国向けであっても松本の笑いに対する真摯な姿勢がうかがえた。この「サスケ」は現地のアメリカ人200人に向けて上映し、「個性的で面白い」「今までに見たことのない笑い」と好評を得た。
松本人志と高須光聖が出演するラジオ番組「放送室」によると松本が監督を務める映画が進行中であるが、詳細は伏せられたままである。すでに判明してる事項は以下の通り。
クランクインは2005年12月、東京タワーで撮影。
監督の松本も出演し、放送作家の倉本美津留、高須光聖らも参加。
公開は遅くても2008年以前。
インターネット配信
ザッサー (2006年)
第2日本テレビで配信されるVODオリジナルコント。企画構成・松本人志。出演は松本人志、板尾創路、宮川大輔。
ビデオ
ダウンタウン松本人志の流 頭頭(とうず)(1993年7月9日)
オリジナルビデオ作品。松本が監督・主演を担当。
寸止め海峡(仮)(1995年1月20日)
同名の松本人志1万円ライブのビデオ。
松本人志のひとりごっつ 其ノ一〜其ノ九(1997年)
松本人志 VISUALBUM Vol.りんご「約束」(1998年)
松本人志 VISUALBUM Vol.バナナ「親切」(1998年)
松本人志 VISUALBUM Vol.ぶどう「安心」(1999年)
わらいのじかん(2000年)
わらいのじかん2(2000年)
DVD
松本人志自選集「スーパー一人ごっつ」Vol.1〜5(2002年 - 2003年)
HITOSI MATUMOTO VISUALBUM 「完成」(2003年)
松本人志のオリジナルコント集「VISUALBUM」全3巻をDVD化。メイキングや会議風景、「ZURU ZURU」ロングバージョン、「日影の忍者勝彦」のPVなどを収めた特典ディスク「Vol.メロン」と合わせて4枚組の限定版BOX仕様。
HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.りんご「約束」
「VISUALBUM」第1弾。「システムキッチン」「げんこつ」「古賀」「都…」「ミックス」を収録。
HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.バナナ「親切」
「VISUALBUM」第2弾。「ZURUZURU」「マイクロフィルム」「む゛ん」「いきなりダイヤモンド」「ゲッタマン」を収録。
HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.ぶどう「安心」
「VISUALBUM」第3弾。「診療室にて…」「寿司」「巨人殺人」「荒城の月」「園子」を収録。
働くおっさん人形(2003年)
人志松本のすべらない話(2006年6月28日)
音楽作品
作詞家としてデビュー作は夢で逢えたらで作られた「甘茶でかっぽれ」
1993年に番組の企画で作詞し、所ジョージが作曲したバラード・「ラブハンター」を唄・浜田雅功でCDリリース。
坂本龍一・テイトウワのプロデュースで相方の浜田雅功と「GEISHA GIRLS (KEN&SHO)」として、1994、1995年にCDを発売する。
浜田が小室哲哉と組んだユニット「H jungle with t」で「NHK紅白歌合戦」に出演した際、松本が突如GEISHA GIRLSの衣装で現れ、思わぬ紅白初出場を果たす。ちなみにギャラは5万円だったらしい。
1997、1998年にはダウンタウンを中心としたユニット「エキセントリック少年ボウイオールスターズ」「日影の忍者勝彦オールスターズ」で作詞を担当。
2001年には吉本興業所属のお笑い芸人によるユニット「Re:Japan」の一員として、CD「明日があるさ」を発売する。
2004年11月17日、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(フジテレビ系)から生まれたユニット「浜田雅功と槇原敬之」のデュエット曲「チキンライス」の作詞を担当。歌詞は松本が幼少時代の出来事を歌詩にしている(作曲は槇原敬之が担当)。この歌詞の内容を見た槇原は、感動して泣いたほど。
食玩
松本人志 世界の珍獣(2003年)
キャラクター
サザエボン
サザエさんとバカボンのパパが合体したキャラクターを「4時ですよーだ」のワンコーナーで考案。数年後、このキャラクターを無断で使って商売をする心無い業者が現れ、この業者は長谷川町子・赤塚不二夫サイドに著作権法違反で訴えられた(この裁判と松本は関係ない)。このほか、松本は大喜利コーナーなどでぐったりしたパンダを書いたこともあるが、その数年後に「たれぱんだ」というキャラクターが商品化され、「あれは絶対オレのパクリや!」と激怒したが、「本当に訴えるのも恥ずかしいな」と訴訟はしていない。ちなみにその回で松本が回答したネタは「ぐったりパンダ」「首とれかけパンダ」「パンダの半ちゃん(内臓が見えている)」
出演
松本人志個人での出演作品を記載。ダウンタウンとしての出演作品はダウンタウンの出演の項目を参照。
テレビドラマ
竜馬におまかせ!(1996年、日本テレビ、「町娘」役;友情出演)
伝説の教師(2000年、日本テレビ、南波次郎役)
明日があるさ(2001年、日本テレビ、「謎の男」役)
バラエティー
一人ごっつ(1996年 - 1997年、フジテレビ)
新・一人ごっつ(1997年、フジテレビ)
松ごっつ(1998年、フジテレビ)
わらいのじかん(1999年 - 2000年、テレビ朝日)
わらいのじかん2(2000年、テレビ朝日)
松本紳助(2003年4月から松紳)(2000年 - 2006年、広島テレビ→日本テレビ)
M-1グランプリ(2001年 - 、朝日放送)
サイボーグ魂(2002年 - 2003年、TBS)
働くおっさん人形(2002年 - 2003年、フジテレビ)
モーニングビッグ対談(2003年、フジテレビ)
人志松本のすべらない話(2004年 - 、フジテレビ系)
ちちんぷいぷい(スタジオ乱入)
舞台
寸止め海峡(仮)(1994年)
入場料1万円の「演者が客を選ぶ」ライブ。今田耕司・板尾創路らが出演。
松風'95 (1995年)
スライド写真にコメントを付ける形式の単独ライブ。入場料を観客の評価に委ね、見終わった後に出口で払ってもらう「料金後払い制」をとった。
ラジオ
放送室(2001年 - 、JFN)
CM
コカコーラ、缶コーヒー「ジョージア ZOTTO」(1996年)
ツーカーカンパニーイメージキャラクター(2003年 - )
サントリー、ビール「スーパーブルー」(2005年)
玉姫殿
ザ・ハイロウズ、ベストアルバム「FLASH 〜BEST〜」(2006年)
著書
遺書(1994年、朝日新聞社)ISBN 4022568097
松本(1995年、朝日新聞社)ISBN 4022568984
松風'95 HITOSHI MATSUMOTO 4D-EXPO(1996年、朝日出版社)ISBN 4255960097
「松本」の「遺書」(1997年、朝日新聞社、上記2作の文庫化)ISBN 402261191X
松本人志 愛(1998年、朝日新聞社)ISBN 4022573007
松本坊主(1999年、ロッキング・オン)ISBN 4947599626
伝説の教師(2000年、ワニブックス)ISBN 4847013506
図鑑(2000年、朝日新聞社)ISBN 4022575506
松本紳助(2001年、ワニブックス)ISBN 4847014154
テレビ番組「松本紳助」50回分の放送内容を収録。
松本シネマ坊主(2002年、日経BP社)ISBN 4822217337
日経エンタテインメントで連載する映画批評を単行本化
哲学(2002年、幻冬舎)ISBN 4344001664
松本紳助の第2弾。
松本裁判(2002年、ロッキング・オン)ISBN 4860520025
裏松本紳助(2002年、ワニブックス)ISBN 4847014731
テレビ番組「松本紳助」51回〜103回分の放送内容を収録。
プレイ坊主 松本人志の人生相談(2002年、集英社)ISBN 4087803643
放送室(2003年、TOKYO FM出版)ISBN 4887450834
2001年10月開始。高須光聖をパートナーに現在も続くラジオ「放送室」のトーク集。
放送室の裏(2003年、ワニブックス)ISBN 4847015150
トークに頻繁に登場した尼崎の同級生3人が、人間・松本人志を語る。高須光聖が徹底取材。
定本「一人ごっつ」(2003年、ロッキング・オン)ISBN 4860520246
松紳(2004年、ワニブックス)ISBN 4847015592
好きか、嫌いか - 松本人志の二元論(2004年、集英社)ISBN 4087804011
放送室 その2(2005年、TOKYO FM出版)ISBN 4887451199
シネマ坊主2(2005年、日経BP社)ISBN 4822217442
好きか、嫌いか2 - 松本人志の最終裁判(2005年、集英社)ISBN 4087804224
関連書籍
吉本興業・松本人志未公認
怪人・松本人志の謎(1995年、コアラブックス)ISBN 4876932611
怪人・松本人志のホンマごっつ(1998年、コスミックインターナショナル)ISBN 4885328500
松本人志ショー(1999年、河出書房新社)ISBN 4309263712
松本人志 尼崎青春物語(2003年、コアハウス)ISBN 4898091393
連載
松本人志のプレイ坊主(週刊プレイボーイ、集英社)
松本人志のシネマ坊主(日経エンタテインメント!、日経BP)
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矢作 兼(やはぎ けん、1971年9月11日 - )は、東京都豊島区池袋出身のお笑い芸人である。おぎやはぎのツッコミを担当し、相方は小木博明。血液型はA型。プロダクション人力舎に所属する。 東京都立北野高等学校卒。本名は松嶋 兼(まつしま けん、旧姓:矢作(母親の再婚相手が「松嶋」姓。「矢作」の姓は母親の実家の姓。3歳までは実父の「渡辺」姓だったので「渡辺兼(わたなべ けん)」であった)。3歳年上の姉が居る。
人物
1995年コンビ結成。彼も小木と同じで芸人になる前は会社員であり、英語が必須である海外と取引のある商社に勤務していた。だが英語が苦手で、両替の際、"Change my life"と言ったことがある。
役割はツッコミでネタ作りも行う。独特なスピードで展開されるので、低いトーンでつっこむのが特徴。お互いを褒めあう姿がよく見られる。
立ち位置は右で背の小さい方であり、滑舌の悪い方でもある。
眼鏡を外したら老けて見えるので一瞬誰だか分からないことがある。(風見しんごに微妙に似ている)だが、学生時代は意外にも端正な顔立ちであった。
実父は山梨県富士河口湖町在住。兼(けん)を「動物園に連れて行く。」と言って競馬場に連れて行く程のギャンブル好きで、それに愛想を尽かした母親が兼が3歳の時に離婚。
一時期、矢作の母親の再婚の際にコンビ名が「おぎまつしま」になりそうなことがあった。
母親によく「池袋でお母さんの恋人に会ってくれない?」と言われるそう。
須藤理彩が矢作のファンで、親友の寺島しのぶをライブに連れていったが、寺島はあまりのつまらなさにずっと寝ていた。
加藤浩次とは1990年代半ば以来の仲である。
加藤と仲良くなったきっかけは、素人時代に、行きつけの居酒屋でバイトしていた加藤に、矢作がいろいろ相談をしていた為である。
「おぎやはぎ」に「2人とも眼鏡をかけろ。」とアドバイスしたのは加藤である。
加藤のことを「コージ君」と呼んでいる。他には有田哲平らと仲が良い。
ゴルフ・サッカー・テニスも趣味にしていて、ゴルフのベストスコアは89(2006年11月現在)。
素人時代に、「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の「幸福の黄色いハンカチ」というコーナーに出演し、テレビで愛の告白をしたことがある。
極楽とんぼの吠え魂で「化けレポーター」として2000年12月に一度登場したが、2005年8月26日放送で再び登場し、心霊現象をリポートした。
上田晋也に対して陰口を言っている。チューボーですよ!に出演していた時に、堺正章に「俺、上田さん大嫌いなんですよ」と言った。その後、上田晋也から電話で「お前、あれはないだろう。俺がいる所で言え。」と怒られた。
また、ビリヤード暦18年でプロ級の腕前を持ち、リンカーンではビリヤードが趣味という松本人志に圧勝した。(浜田は一度も球を打てないまま終了。)
愛車はボルボ・XC90を所有。
2006年5月11日、彼女が出来た。出来る前は耳が汚れていたらしい。
彼女と日光に紅葉を見に行ったが、助手席で寝てしまい紅葉を見ることができず、ドライブしていた彼女に起こしてもらえなかったことを嘆いていた。
バナナマンの設楽統いわく「ナンバーワンのナンバー2」。「ナンバー2」とは自らが目立とうとするのではなく、他を光らせながらとてつもない存在感を出すことのできる芸人のこと。
準レギュラーの『くりぃむナントカ』ではプチドッキリのような形で何の前触れもなくビンタされたこともある。ナントカ1ミニッツに友近が挑戦したが失敗し、罰ゲームとして本来なら音声のスタッフによる強烈なビンタを喰らう所だが、有田哲平が友近は女性だから可哀想と判断し、別の話で寝て待っていた矢作(寝起き)は友近の代役としてビンタされた。
アメトークに出演した時、テレビ欄で「おぎ」と省略されて、不機嫌になったことがある。
2006年11月1日、第46回ACC・CMFESTIVAL テレビCM部門演技賞受賞(NTTドコモFOMAのCM演技に対して)。
「生まれ変わったら桜井さんになりたい」と発言する程Mr.Childrenの桜井和寿に憧れている。理由は、歌が上手くてカッコイイから。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONのファンでもあり、彼らのラジオ番組に出演したことがある。
2007年1月30日放映「リンカーン」(TBS)中の自らの企画・演出・プロデュース(という番組内での設定)のショートドラマで、水野美紀と40回キスをした。
アトピーを患っているが、自らそれをネタにする事がある。
単独の出演
テキトーTV(テレビ朝日、深夜単発枠)
怒りオヤジ3(テレビ東京、レギュラー)
ラブカツ(日本テレビ系、レギュラー)
とんねるずのみなさんのおかげでした(フジテレビ、オレとヤハギと、時々アンザイ・レギュラー)
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人物
1995年コンビ結成。彼も小木と同じで芸人になる前は会社員であり、英語が必須である海外と取引のある商社に勤務していた。だが英語が苦手で、両替の際、"Change my life"と言ったことがある。
役割はツッコミでネタ作りも行う。独特なスピードで展開されるので、低いトーンでつっこむのが特徴。お互いを褒めあう姿がよく見られる。
立ち位置は右で背の小さい方であり、滑舌の悪い方でもある。
眼鏡を外したら老けて見えるので一瞬誰だか分からないことがある。(風見しんごに微妙に似ている)だが、学生時代は意外にも端正な顔立ちであった。
実父は山梨県富士河口湖町在住。兼(けん)を「動物園に連れて行く。」と言って競馬場に連れて行く程のギャンブル好きで、それに愛想を尽かした母親が兼が3歳の時に離婚。
一時期、矢作の母親の再婚の際にコンビ名が「おぎまつしま」になりそうなことがあった。
母親によく「池袋でお母さんの恋人に会ってくれない?」と言われるそう。
須藤理彩が矢作のファンで、親友の寺島しのぶをライブに連れていったが、寺島はあまりのつまらなさにずっと寝ていた。
加藤浩次とは1990年代半ば以来の仲である。
加藤と仲良くなったきっかけは、素人時代に、行きつけの居酒屋でバイトしていた加藤に、矢作がいろいろ相談をしていた為である。
「おぎやはぎ」に「2人とも眼鏡をかけろ。」とアドバイスしたのは加藤である。
加藤のことを「コージ君」と呼んでいる。他には有田哲平らと仲が良い。
ゴルフ・サッカー・テニスも趣味にしていて、ゴルフのベストスコアは89(2006年11月現在)。
素人時代に、「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の「幸福の黄色いハンカチ」というコーナーに出演し、テレビで愛の告白をしたことがある。
極楽とんぼの吠え魂で「化けレポーター」として2000年12月に一度登場したが、2005年8月26日放送で再び登場し、心霊現象をリポートした。
上田晋也に対して陰口を言っている。チューボーですよ!に出演していた時に、堺正章に「俺、上田さん大嫌いなんですよ」と言った。その後、上田晋也から電話で「お前、あれはないだろう。俺がいる所で言え。」と怒られた。
また、ビリヤード暦18年でプロ級の腕前を持ち、リンカーンではビリヤードが趣味という松本人志に圧勝した。(浜田は一度も球を打てないまま終了。)
愛車はボルボ・XC90を所有。
2006年5月11日、彼女が出来た。出来る前は耳が汚れていたらしい。
彼女と日光に紅葉を見に行ったが、助手席で寝てしまい紅葉を見ることができず、ドライブしていた彼女に起こしてもらえなかったことを嘆いていた。
バナナマンの設楽統いわく「ナンバーワンのナンバー2」。「ナンバー2」とは自らが目立とうとするのではなく、他を光らせながらとてつもない存在感を出すことのできる芸人のこと。
準レギュラーの『くりぃむナントカ』ではプチドッキリのような形で何の前触れもなくビンタされたこともある。ナントカ1ミニッツに友近が挑戦したが失敗し、罰ゲームとして本来なら音声のスタッフによる強烈なビンタを喰らう所だが、有田哲平が友近は女性だから可哀想と判断し、別の話で寝て待っていた矢作(寝起き)は友近の代役としてビンタされた。
アメトークに出演した時、テレビ欄で「おぎ」と省略されて、不機嫌になったことがある。
2006年11月1日、第46回ACC・CMFESTIVAL テレビCM部門演技賞受賞(NTTドコモFOMAのCM演技に対して)。
「生まれ変わったら桜井さんになりたい」と発言する程Mr.Childrenの桜井和寿に憧れている。理由は、歌が上手くてカッコイイから。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONのファンでもあり、彼らのラジオ番組に出演したことがある。
2007年1月30日放映「リンカーン」(TBS)中の自らの企画・演出・プロデュース(という番組内での設定)のショートドラマで、水野美紀と40回キスをした。
アトピーを患っているが、自らそれをネタにする事がある。
単独の出演
テキトーTV(テレビ朝日、深夜単発枠)
怒りオヤジ3(テレビ東京、レギュラー)
ラブカツ(日本テレビ系、レギュラー)
とんねるずのみなさんのおかげでした(フジテレビ、オレとヤハギと、時々アンザイ・レギュラー)
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ますだおかだは岡田圭右と増田英彦からなる松竹芸能所属の漫才・お笑いコンビである。略称は「ますおか」。2002年M-1グランプリ王者。
メンバー
岡田圭右(おかだ けいすけ 1968年11月17日 - )大阪府大阪市中央区出身。血液型O型。
増田英彦(ますだ ひでひこ 1970年2月9日 - )大阪府守口市出身。血液型O型。
来歴
1988年大阪府枚方市にある関西外国語大学短期大学部穂谷学舎で同じクラスになり、出会う。
二人が2回生の時、増田が岡田を「芸能界」に誘うが、岡田が嫌がり、卒業後、増田は関西外国語大学に3年編入学、岡田は国際外語専門学校へとバラバラになる。
増田は4回生で学園祭実行委員となり、イベントの司会などをしているところを、松竹芸能のマネージャーの目に止まり、スカウトされる。再び岡田を芸能界に誘い、なんとか2人で松竹芸能タレント養成所に通うが、3ヶ月後、岡田がやはり嫌がり、増田は広告代理店「大広」、岡田は文具メーカー「クツワ」へと、内定していた就職先に就職し、再び2人はバラバラになる。
就職して4ヶ月たったある日、短大時代の友人の結婚パーティーで久しぶりに2人は再会。「サラリーマンの仕事がおもしろくない」ともらした岡田を増田が遂に口説き落とした。
1993年1月、2人は脱サラして、正式に松竹芸能タレント養成所に入所し、コンビを組む。
1994年1月、第15回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞。
1994年2月、第24回NHK上方新人コンテスト最優秀新人賞。
(松竹芸能の芸人初の最優秀新人賞獲得。)
1994年8月、GAHAHAキング(テレビ朝日)で10週勝ち抜き、第3代チャンピオンの座に輝く。グランドチャンピオン大会では爆笑問題と同点優勝し、「(関)西の爆笑問題」と呼ばれたことがある。
1994年4月8日、超若手の時代に特別番組としてオールナイトニッポンの2部(25:00〜27:00)を担当し、当番組のプロデューサーに「いいね!ますだおかだ!秋から2部のレギュラーパーソナリティをやろうか!」と言われ、それが初の東京でのレギュラー番組の仕事となるはずであった。ところが、プロデューサーが人事異動となり、オールナイトニッポンのレギュラーパーソナリティを逃している。さらに、1998年ごろにも特番として担当した際にもプロデューサーから「4月からやろうか」と言われたが、またもプロデューサーの人事異動によりレギュラーを逃しており、2006年4月にようやく念願のオールナイトニッポンのレギュラーパーソナリティーを務めることになった。
1996年、「ボキャブラブーム」や「吉本2丁目芸人ブーム」に挟まれ、東京移転や吉本興業移籍さえ真剣に考え始めた頃、スタートした爆笑オンエアバトル(NHK)に参戦し、正統派漫才を武器に連勝を重ね、1999年には史上初となるパーフェクト(545キロバトル)を達成。その後も高得点を連発し、17戦全勝の記録を樹立した(後にタカアンドトシが18戦全勝の記録を樹立)。
2001年、M-1グランプリ準決勝で、松竹芸能所属芸人として初めてなんばグランド花月の舞台に立つ。
2002年、本命と言われた第2回M-1グランプリの最終決戦でフットボールアワーを破り(決勝ではフットボールアワーに次いで2位通過だった)優勝。デビュー後10年以内の制限(現在は10年目までだが、当時のルールでは事実上9年目までだった)があり、これが最後のチャンスだった。優勝直後のシャンパンファイトでコメントを求められた増田は、「テレビに出てるだけが面白い芸人じゃありません。ライブにはいっぱいおもろい芸人がいます! テレビだけでなく、皆さんライブを見に来てください!」という熱い名言を残す。同年本格的に東京進出。
漫才の冒頭で「吉本興業のますだおかだです」とボケたり、「松竹芸能のますだおかだです」と皮肉っぽく自己紹介することがある。2001年、2002年M-1グランプリでもこれを連発し、審査員からは逆に好評だった。これは松竹芸能と吉本興業のライバル関係を意識したものであり、それだけに、吉本興業が主催するM-1グランプリで彼らが優勝したことは、松竹芸能にとっては記念碑的な出来事ともいえる。
安田大サーカスの名付け親でもある。結成当時の3人を見た岡田の「サーカスが来た」との発言がきっかけ。
餃子の王将堺浜寺店・若江岩田店に、彼ら考案の「ますおか丼」がある。
増田が浜田省吾の大ファンであり、浜田本人とも交流がある。浜田はますだおかだの漫才を「トラッドでラディカル」と評している。
バラエティー番組で島田紳助と共演すると「こいつら松竹やで」等と所属事務所が松竹芸能であることをよくネタにされる。
globeのKEIKOがますおかのファンで交友関係があり、小室哲哉との結婚披露宴に呼ばれ2人は出席したこともある。
aikoは昔、ますおかの出待ちをしたこともあるくらいファンだった。
2007年2月27日放送の第7回お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャルで、決勝で神奈月を破り、悲願の初優勝を果たす。
受賞歴
第15回「ABCお笑い新人グランプリ」最優秀新人賞(1993)
第24回「NHK上方漫才コンテスト」優秀賞(1994)
第29回「上方漫才大賞」新人奨励賞(1994)
第36回「上方漫才大賞」奨励賞(2001)
第30回「上方お笑い大賞」話題賞(2001)
平成13年度「咲くやこの花賞」大衆芸能部門(2001)
第37回「上方漫才大賞」大賞(2002)
その他
GAHAHAキング(テレビ朝日)第3代チャンピオン(1994)
爆笑オンエアバトルにて史上初となるパーフェクト(545キロバトル)達成(1999)
第1回「オートバックスM-1グランプリ」第4位(審査員票のみでは第2位)(2001)
第2回「オートバックスM-1グランプリ」優勝(2002)
爆笑オンエアバトルゴールドバトラー,最多連勝記録
出演している番組
テレビ番組
笑いの金メダル(ABC系列)
金曜かきこみTV(『B&S』(2005年までは「ボケル・スベル」と呼ばれた)で出演、NHK教育テレビ)
ますおかの完パケましょう(CS放送・ファミリー劇場)
晴れ・どきドキ晴れ(CBCテレビ、中京ローカル)
ますだおかだ角パァ!(ABC朝日放送)
野球狂のネタ(関西テレビ)
アッコにおまかせ!(準レギュラー、TBS)
双方向TV 地球☆ゴーラウンド(準レギュラー、NHK BShi)
小倉智昭の特命調査隊!国民は怒っているぞ!血税バラまき真相SP(特番、テレビ朝日)
岡田単独
ラジかるッ(月曜日、日本テレビ)
テキトーTV(深夜単発枠、テレビ朝日)
晴れたらイイねッ!Let'sコミミ隊(日曜日、フジテレビ)
ラジオ番組
ぷらっと☆ホーム(水曜日MBSラジオ)
ますだおかだのオールナイトニッポン(オールナイトニッポン金曜日、ニッポン放送)
岡田単独
目からウロコ!24(金曜日、ニッポン放送)
連載コラム
「ますだおかだ増田のセンターマイク」(毎週日曜日発売デイリースポーツ全国版)
出演していた番組
テレビ番組
爆笑オンエアバトル(NHK総合)※545KBパーフェクト達成、オンエア率17/17 ゴールドバトラー達成
ますだおかだとしては勿論の事、前述「金曜かきこみTV」の企画で「青空プレタポルテ」として挑戦した事も。
エンタの神様(日本テレビ、キャッチフレーズ:漫才界のエース)出演2回
ガハハKING(テレビ朝日)
BAN!BOO!ぱいん!!(よみうりテレビ)
いつでも笑みを!(関西テレビ)
ガラパゴス〜絶滅危惧品種保護委員会〜 (関西テレビ)
Jリーグ図鑑(関西テレビ)
森脇健児の切磋たく丸!(ABCテレビ)
にっぽん愉快家族(NHK総合)
F2スマイル(金曜日、フジテレビ)
ますだおかだのこれイチ!(よみうりテレビ)
っちゅ〜ねん!(金曜日、MBSテレビ)
銭形金太郎(テレビ朝日)
みんなの星(テレビ東京)
恋愛脳℃(TBS)
GIRLS A GOGO!(テレビ朝日)
テレビでラジオ!?土曜はパヤパヤ(チューリップテレビ)
ますだおかだの出たぁトコ勝負!(CSファミリー劇場)
テレビドラマ
メンバー
岡田圭右(おかだ けいすけ 1968年11月17日 - )大阪府大阪市中央区出身。血液型O型。
増田英彦(ますだ ひでひこ 1970年2月9日 - )大阪府守口市出身。血液型O型。
来歴
1988年大阪府枚方市にある関西外国語大学短期大学部穂谷学舎で同じクラスになり、出会う。
二人が2回生の時、増田が岡田を「芸能界」に誘うが、岡田が嫌がり、卒業後、増田は関西外国語大学に3年編入学、岡田は国際外語専門学校へとバラバラになる。
増田は4回生で学園祭実行委員となり、イベントの司会などをしているところを、松竹芸能のマネージャーの目に止まり、スカウトされる。再び岡田を芸能界に誘い、なんとか2人で松竹芸能タレント養成所に通うが、3ヶ月後、岡田がやはり嫌がり、増田は広告代理店「大広」、岡田は文具メーカー「クツワ」へと、内定していた就職先に就職し、再び2人はバラバラになる。
就職して4ヶ月たったある日、短大時代の友人の結婚パーティーで久しぶりに2人は再会。「サラリーマンの仕事がおもしろくない」ともらした岡田を増田が遂に口説き落とした。
1993年1月、2人は脱サラして、正式に松竹芸能タレント養成所に入所し、コンビを組む。
1994年1月、第15回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞。
1994年2月、第24回NHK上方新人コンテスト最優秀新人賞。
(松竹芸能の芸人初の最優秀新人賞獲得。)
1994年8月、GAHAHAキング(テレビ朝日)で10週勝ち抜き、第3代チャンピオンの座に輝く。グランドチャンピオン大会では爆笑問題と同点優勝し、「(関)西の爆笑問題」と呼ばれたことがある。
1994年4月8日、超若手の時代に特別番組としてオールナイトニッポンの2部(25:00〜27:00)を担当し、当番組のプロデューサーに「いいね!ますだおかだ!秋から2部のレギュラーパーソナリティをやろうか!」と言われ、それが初の東京でのレギュラー番組の仕事となるはずであった。ところが、プロデューサーが人事異動となり、オールナイトニッポンのレギュラーパーソナリティを逃している。さらに、1998年ごろにも特番として担当した際にもプロデューサーから「4月からやろうか」と言われたが、またもプロデューサーの人事異動によりレギュラーを逃しており、2006年4月にようやく念願のオールナイトニッポンのレギュラーパーソナリティーを務めることになった。
1996年、「ボキャブラブーム」や「吉本2丁目芸人ブーム」に挟まれ、東京移転や吉本興業移籍さえ真剣に考え始めた頃、スタートした爆笑オンエアバトル(NHK)に参戦し、正統派漫才を武器に連勝を重ね、1999年には史上初となるパーフェクト(545キロバトル)を達成。その後も高得点を連発し、17戦全勝の記録を樹立した(後にタカアンドトシが18戦全勝の記録を樹立)。
2001年、M-1グランプリ準決勝で、松竹芸能所属芸人として初めてなんばグランド花月の舞台に立つ。
2002年、本命と言われた第2回M-1グランプリの最終決戦でフットボールアワーを破り(決勝ではフットボールアワーに次いで2位通過だった)優勝。デビュー後10年以内の制限(現在は10年目までだが、当時のルールでは事実上9年目までだった)があり、これが最後のチャンスだった。優勝直後のシャンパンファイトでコメントを求められた増田は、「テレビに出てるだけが面白い芸人じゃありません。ライブにはいっぱいおもろい芸人がいます! テレビだけでなく、皆さんライブを見に来てください!」という熱い名言を残す。同年本格的に東京進出。
漫才の冒頭で「吉本興業のますだおかだです」とボケたり、「松竹芸能のますだおかだです」と皮肉っぽく自己紹介することがある。2001年、2002年M-1グランプリでもこれを連発し、審査員からは逆に好評だった。これは松竹芸能と吉本興業のライバル関係を意識したものであり、それだけに、吉本興業が主催するM-1グランプリで彼らが優勝したことは、松竹芸能にとっては記念碑的な出来事ともいえる。
安田大サーカスの名付け親でもある。結成当時の3人を見た岡田の「サーカスが来た」との発言がきっかけ。
餃子の王将堺浜寺店・若江岩田店に、彼ら考案の「ますおか丼」がある。
増田が浜田省吾の大ファンであり、浜田本人とも交流がある。浜田はますだおかだの漫才を「トラッドでラディカル」と評している。
バラエティー番組で島田紳助と共演すると「こいつら松竹やで」等と所属事務所が松竹芸能であることをよくネタにされる。
globeのKEIKOがますおかのファンで交友関係があり、小室哲哉との結婚披露宴に呼ばれ2人は出席したこともある。
aikoは昔、ますおかの出待ちをしたこともあるくらいファンだった。
2007年2月27日放送の第7回お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャルで、決勝で神奈月を破り、悲願の初優勝を果たす。
受賞歴
第15回「ABCお笑い新人グランプリ」最優秀新人賞(1993)
第24回「NHK上方漫才コンテスト」優秀賞(1994)
第29回「上方漫才大賞」新人奨励賞(1994)
第36回「上方漫才大賞」奨励賞(2001)
第30回「上方お笑い大賞」話題賞(2001)
平成13年度「咲くやこの花賞」大衆芸能部門(2001)
第37回「上方漫才大賞」大賞(2002)
その他
GAHAHAキング(テレビ朝日)第3代チャンピオン(1994)
爆笑オンエアバトルにて史上初となるパーフェクト(545キロバトル)達成(1999)
第1回「オートバックスM-1グランプリ」第4位(審査員票のみでは第2位)(2001)
第2回「オートバックスM-1グランプリ」優勝(2002)
爆笑オンエアバトルゴールドバトラー,最多連勝記録
出演している番組
テレビ番組
笑いの金メダル(ABC系列)
金曜かきこみTV(『B&S』(2005年までは「ボケル・スベル」と呼ばれた)で出演、NHK教育テレビ)
ますおかの完パケましょう(CS放送・ファミリー劇場)
晴れ・どきドキ晴れ(CBCテレビ、中京ローカル)
ますだおかだ角パァ!(ABC朝日放送)
野球狂のネタ(関西テレビ)
アッコにおまかせ!(準レギュラー、TBS)
双方向TV 地球☆ゴーラウンド(準レギュラー、NHK BShi)
小倉智昭の特命調査隊!国民は怒っているぞ!血税バラまき真相SP(特番、テレビ朝日)
岡田単独
ラジかるッ(月曜日、日本テレビ)
テキトーTV(深夜単発枠、テレビ朝日)
晴れたらイイねッ!Let'sコミミ隊(日曜日、フジテレビ)
ラジオ番組
ぷらっと☆ホーム(水曜日MBSラジオ)
ますだおかだのオールナイトニッポン(オールナイトニッポン金曜日、ニッポン放送)
岡田単独
目からウロコ!24(金曜日、ニッポン放送)
連載コラム
「ますだおかだ増田のセンターマイク」(毎週日曜日発売デイリースポーツ全国版)
出演していた番組
テレビ番組
爆笑オンエアバトル(NHK総合)※545KBパーフェクト達成、オンエア率17/17 ゴールドバトラー達成
ますだおかだとしては勿論の事、前述「金曜かきこみTV」の企画で「青空プレタポルテ」として挑戦した事も。
エンタの神様(日本テレビ、キャッチフレーズ:漫才界のエース)出演2回
ガハハKING(テレビ朝日)
BAN!BOO!ぱいん!!(よみうりテレビ)
いつでも笑みを!(関西テレビ)
ガラパゴス〜絶滅危惧品種保護委員会〜 (関西テレビ)
Jリーグ図鑑(関西テレビ)
森脇健児の切磋たく丸!(ABCテレビ)
にっぽん愉快家族(NHK総合)
F2スマイル(金曜日、フジテレビ)
ますだおかだのこれイチ!(よみうりテレビ)
っちゅ〜ねん!(金曜日、MBSテレビ)
銭形金太郎(テレビ朝日)
みんなの星(テレビ東京)
恋愛脳℃(TBS)
GIRLS A GOGO!(テレビ朝日)
テレビでラジオ!?土曜はパヤパヤ(チューリップテレビ)
ますだおかだの出たぁトコ勝負!(CSファミリー劇場)
テレビドラマ