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▽お笑い動画番組表▽
■ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!
▼対決&罰ゲーム
▼対決&罰ゲーム
∵罰ゲームダイジェスト
∵NYの坂本龍一宅までシャープペンを取りに行く
∵松本のおかんとタイタニック
∵今世紀最大夢のゴルフ対決2+24時間浜田雅功営業中
∵100m走対決+24時間耐久鬼ごっこ
∵競泳50mリベンジ対決+一人ぼっちの廃旅館一泊二日
∵世紀の走り幅跳び対決+早朝松本レンジャイショー
∵ノーリアクションパイ地獄
∵4対1変則ボウリング対決
+絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅
∵ウラジオストクのウラジオストク中学の
体育館裏で裏番長に裏拳で殴られてくる
∵わさび寿司ロシアンルーレット対決
+絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅in湯河原
∵ビリビリコンセント・ロシアンルーレット対決
+絶対に笑ってはいけないハイスクール
∵タライアンルーレット対決+絶対に笑ってはいけない警察24時
∵NYの坂本龍一宅までシャープペンを取りに行く
∵松本のおかんとタイタニック
∵今世紀最大夢のゴルフ対決2+24時間浜田雅功営業中
∵100m走対決+24時間耐久鬼ごっこ
∵競泳50mリベンジ対決+一人ぼっちの廃旅館一泊二日
∵世紀の走り幅跳び対決+早朝松本レンジャイショー
∵ノーリアクションパイ地獄
∵4対1変則ボウリング対決
+絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅
∵ウラジオストクのウラジオストク中学の
体育館裏で裏番長に裏拳で殴られてくる
∵わさび寿司ロシアンルーレット対決
+絶対に笑ってはいけない温泉旅館一泊二日の旅in湯河原
∵ビリビリコンセント・ロシアンルーレット対決
+絶対に笑ってはいけないハイスクール
∵タライアンルーレット対決+絶対に笑ってはいけない警察24時
▼ハイテンション
∵第一回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第ニ回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵年末恒例・紅白ハイテンション合戦
∵お笑いドラフトハイテンションバトル
∵第五回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第六回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第七回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第八回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第九回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵ハイテンションスペシャル
∵第ニ回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵年末恒例・紅白ハイテンション合戦
∵お笑いドラフトハイテンションバトル
∵第五回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第六回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第七回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第八回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵第九回ハイテンション・ザ・ベストテン
∵ハイテンションスペシャル
▼七変化
■ダウンタウンのごっつええ感じ
∵ダウンタウン松本人志七変化
∵板尾創路勝手に七変化
∵ヘイポーホラー七変化
∵次長課長河本七変化
∵ボブ・サップ七変化
∵構成作家堀部圭亮七変化
∵千原兄弟千原靖史七変化
∵ココリコ田中直樹七変化
∵くりぃむしちゅー有田哲平七変化
∵フットボールアワー後藤輝基七変化
∵腰フリおばちゃん七変化
∵FUJIWARA藤本敏史七変化
∵フットボールアワー岩尾望七変化
∵ふかわりょう七変化
∵大友有一ディレクター七変化
∵木村祐一七変化
∵雨上がり決死隊宮迫博之七変化
∵千原兄弟千原ジュニア七変化
∵磯俣拓生マネージャー七変化
∵雨上がり決死隊蛍原徹七変化
∵ココリコ遠藤章造七変化
∵菅賢治プロデューサー七変化
∵品川庄司品川祐七変化
∵ジャリズム山下しげのり七変化
∵山崎邦正七変化
∵つっつん八変化
∵中村喜伸プロデューサー七変化
∵構成作家高須光聖七変化
∵板尾創路勝手に七変化
∵ヘイポーホラー七変化
∵次長課長河本七変化
∵ボブ・サップ七変化
∵構成作家堀部圭亮七変化
∵千原兄弟千原靖史七変化
∵ココリコ田中直樹七変化
∵くりぃむしちゅー有田哲平七変化
∵フットボールアワー後藤輝基七変化
∵腰フリおばちゃん七変化
∵FUJIWARA藤本敏史七変化
∵フットボールアワー岩尾望七変化
∵ふかわりょう七変化
∵大友有一ディレクター七変化
∵木村祐一七変化
∵雨上がり決死隊宮迫博之七変化
∵千原兄弟千原ジュニア七変化
∵磯俣拓生マネージャー七変化
∵雨上がり決死隊蛍原徹七変化
∵ココリコ遠藤章造七変化
∵菅賢治プロデューサー七変化
∵品川庄司品川祐七変化
∵ジャリズム山下しげのり七変化
∵山崎邦正七変化
∵つっつん八変化
∵中村喜伸プロデューサー七変化
∵構成作家高須光聖七変化
■ダウンタウンのごっつええ感じ
麒麟 (きりん) は、田村裕と川島明による吉本興業・大阪本社所属のお笑いコンビ。漫才コンビ。2006年9月30日の単独ライブ「麒麟デシタ」を最後にbaseよしもとを卒業。当面はどこの劇場及び団体にも拠点を置かずに活動する模様。(ヨシモト無限大より)
メンバー
田村裕 (たむら ひろし、1979年9月3日 - 。大阪府吹田市出身) ツッコミ担当。立ち位置は向かって左。
川島明 (かわしま あきら、1979年2月3日 - 。京都府宇治市出身) ボケ担当。立ち位置は向かって右。
概要
1999年10月結成。(1999年12月、1997年10月、12月等諸説あり)。共に大阪NSC第20期生。同期にアジアン、 ソラシド、吉本新喜劇の西科仁らがいる。
互いの第一印象は、川島→田村「アホ」、田村→川島「気持ち悪い」とあまり良いものではなかった。
しかし川島のネタの発想を気に入った田村が悩んだあげく声を掛けたのがコンビ結成のきっかけである。
川島は明るくてどんどん前に出る人間が苦手だった為、当初田村の積極性がイヤだったが断る勇気もなくズルズルとコンビを続けていた。
川島は高校時代ずっと空想していたシュールな世界をコントで表現しようとNSC入りしたものの仲間うちにはウケても講師にはまったくウケなかった。コンビ結成後もNSCのクラス分けでは最低のCクラスを最後まで死守。講師に「お前ら、やめた方がええで」とまで言われた。
なんとかNSCを卒業し、自分たちを馬鹿にした講師を見返してやるという思いからしばらくコントを続けたがどうにもしっくりこない。そんな時オーディションの為にその場しのぎで作ったネタがかなりウケたのが漫才との出会い。それまで「コント=自由」「漫才=制約があり不自由」という固定概念が2人を漫才から遠ざけていたが、型にはめることで自分たち独自の発想が観客にも分かりやすく伝わるということがわかり、この時初めて観客というものを意識したとも言える。
舞台登場の挨拶時に必ず、川島がマイクに口を近づけ低音ボイスで言う「麒麟です」が掴みのギャグ。最近では、いきなり川島が無関係な話を始め、肝心な所で「麒麟です」と言い本題に入るというスタイルも行う(怖い話を始め、「振り向くと、そこには……あ、忘れてた。麒麟です」など)。馬のモノマネをしてからの「麒麟です」、普通の声での「麒麟です」、大きく息を吸って勢いをつけての「麒麟です」、低い声だけど「麒麟です、よろしくお願いします」まで言ってしまう、「えっ、麒麟って誰?」、「麒麟さんです。(賞レースで「続いては麒麟さんです。」と紹介を受けて)」など様々なパターンがある。非常に安定感のある漫才が特徴的。また、短めの漫才をパターンを変えて繰り返す二部構成、三部構成の漫才もある。(小説・コンビの仲など)余談ではあるが、タモリがこの掴みのギャグのツボにはまったのか、笑っていいとも!などでよく麒麟が出る度にマネをしている。
田村は中学時代に実家が差し押さえられ、家族が離れ離れになった。当時は公園に住み、そこの水を飲んで飢えを凌いだとのこと。(ナンバ壱番館で公表)。芸人の間では『HB(ハード・ビンボー)』(明石家さんまは、宮川大助、メッセンジャー黒田を上回る貧乏チャンピオンといった)と呼ばれているとか。そのため、漫才のネタにも田村の貧乏をいじったものがある。
ネタの中で、川島は田村をよく茶色いものに例える(無印のノート、かりんとう、コルクボード、さんまの苦いとこ、カステラのはがした皮、玄米、糠味噌、排泄物、ピスタチオ、ひじき、カブト虫の裏、十円玉、茶封筒、甲子園の土、コロッケ、マッチの擦る所、ハムナプトラ、泥人形、泥の棒(泥スティック)、チャーリーブラウン(茶色をチャ(茶)とブラウンにかかっている)スティックパン、ケニア人、仏壇(観音開き)、生駒トンネル、ライオンズマンションの壁、亀の産卵シーン、中指、チャーシューの側面、ものすごく勉強した後のココ《手の小指の付け根》の色など)。悩み事が「二本脚で立てたらいいな」や、服を着ていて「珍しい」、「早く人間になりたい」など、人間じゃないような言い方をする。更には、後頭部がえのきに似ているなどで「妖怪えのき小僧」、「妖怪小豆小僧(人に迷惑をかけるちょっぴり乾燥肌の妖怪。塩は肌にしみる)」と呼んだこともある。
結成当初はコント中心の活動であまり認められなかったが、漫才中心にしてから徐々に頭角を現し、2000年ごろから baseよしもとの舞台に出演し始めるようになる。そして、2001年12月の第1回M-1グランプリで、吉本興業社員にも知られていなかった無名のダークホースとして決勝に進出(以降、M-1でノーマークの無名コンビの枠は「麒麟枠」と呼ばれることになる)。その後はM-1の常連となり、2002年には準決勝敗退、2004年には敗者復活を果たすなど、M-1においては数々の経歴を持つ。現在第3回から第6回まで4年連続で決勝進出を果たしている。また、第4回から第6回まで3年連続で最終決戦進出も果たしているが、残念ながら最終決戦ではまだ1票も入れられたことはない。そのため、M-1では『2本目(最終決戦)のネタが弱い』(特に第5回では、決勝1回戦の時点では笑い飯に大差を付けて2位だったが、最終決戦では逆転して3位になってしまった)と言われ続けている。
コンビ名の由来は、2人とも長身・面長でどことなくキリンっぽい風貌を持つことと、結成時に自分たちの知っている一番難しい漢字であったことから(しかし、田村が麒麟と書こうとして書けなかったり、間違って麟麟と書いてしまったことがある)。また、三国志に登場する麒麟児からとったが、ミュージシャンのキリンジと被ってしまう為「児」を取り、「麒麟」となったとも話している。田村曰く「コンビ名はカタカナが多いため漢字で目立とうとした」らしいが、本人が考えたコンビ名は「月と砂」「銀色の鈴」という簡単な漢字ばかりの名前だったらしい。そこで知っている中で一番難しい漢字を組み合わせていき、最終候補となったのが「薔薇園」「侮辱」「醤油愛好家」「麒麟児」。その中から「麒麟児」を選び「麒麟」となったのは前述の通りである。
ネタ中は川島がボイスを、田村がジェスチャーを担うことが多い。川島が田村をいじり倒すようなボケを放ち、それに田村が抵抗のツッコミをする、といった形が多い。
ネタは全て川島が考えている。一度だけ単独ライブで田村が考えたネタ(漫才)をやったことがあるが、あまりにウケなかった。そのためネタ終了後に「もうこんなことしないようにね」と川島から説教された。因みにオープニングの「麒麟です」は田村がやった(田村がすごくやりたかったから)。
川島は電気グルーヴのファンということもあり、出囃子に「Shangri-La」を使用している。また、東京進出を見込んで引っ越した(「お笑いオーケストラ」「爆笑ヒットパレード」での発言)。なお、田村は資金不足で東京進出失敗し大阪に残留していたが(川島は「お笑い芸人の東京進出失敗は少なくないが、資金不足で失敗したのは前代未聞。」と語っている)、『笑いの金メダル』の企画で強引に都内のアパートに引越しをさせられた。
かつて同じbaseよしもとのトップ組だった笑い飯・千鳥とは非常に親交が深く、よくつるんでいる模様。ちなみにこの三組で「ワラキチ」(笑麒千)となる。しかしその「ワラキチ」をタイトルにしたイベントの時、笑い飯は字の形的に「キ」を「モ」だと思っていたというボケをかまされてしまった。
田村は最近、川島も誰だか知らないようなbaseの超若手とバスケをして楽しんでいるらしい。
受賞歴
第2回笑わん会 優秀賞(2001/5)
第23回ABCお笑い新人グランプリ 優秀新人賞(2002/1)
第32回上方お笑い大賞 新人賞(2003/12)
第34回NHK上方漫才コンテスト 優秀賞(2004/3/12)
NHK新人演芸大賞(演芸部門) 大賞(2004/10/11)
第33回上方お笑い大賞 最優秀新人賞(2004/12/18)
第40回上方漫才大賞 新人賞(2005/4/30)
第3回MBS新世代漫才アワード 優勝(2005/8/28)
その他
M-1グランプリ2001 決勝進出 - 5位
M-1グランプリ2003 決勝進出 - 8位
M-1グランプリ2004 決勝進出 - 3位
M-1グランプリ2005 決勝進出 - 3位(決勝1回戦の時点では2位)
M-1グランプリ2006 決勝進出 - 3位
爆笑オンエアバトル 第6回チャンピオン大会 (2004年) 6位
爆笑オンエアバトル 第7回チャンピオン大会 (2005年) 6位
テレビ
なにわ人情コメディ 横丁へよ〜こちょ!(朝日放送)
なるトモ!(隔週出演、よみうりテレビ)
クイズ!紳助くん(隔週出演、朝日放送)
よしもとサンサンTV(不定期出演、サンテレビ。犬井ヒロシのコーナーでは川島が冒頭ナレーションも。)
笑いの金メダル(不定期出演、テレビ朝日系)
過去の番組
働くおっさん劇場 副音声 (フジテレビ)
爆笑オンエアバトル 成績 オンエア率11/12 最高KB 513KB
オモシロ好奇心☆どろんぱ!(よみうりテレビ)
っちゅ〜ねん! 金曜日(毎日放送)
ワイ!ワイ!ワイ!(ヨシモトファンダンゴTV)
お叱りください!(朝日放送)
チャンネル☆ロック!(TBS)
麒麟・千鳥の二笑流TV(GAORA)http://www.gaora.co.jp/yoshimoto/nisho.html
ダイ麒千飯(関西テレビ)
ラジオ
ゴーK!(MBSラジオ)
過去の番組
グーグーモンキーズ(MBSラジオ)[1]
ゴーゴーモンキーズ 木曜日(MBSラジオ)[2]
麒麟のオールナイトニッポン(ニッポン放送)
CM
資生堂 uno
ケンタッキーフライドチキン ガーリックペッパーチキン(川島のみ)
CD
ガチコラ
小室哲哉と多数芸人のコラボレーションCD。田村の貧乏時代を歌詞にした「rice to life」が入っている。
サイクリング リサイクル
テレビ東京系アニメ『ケロロ軍曹』7代目エンディング曲(第117話〜)。ひらがな表記の「きりん」という名での発売である。作詞も担当(作詞のクレジットは漢字で「麒麟」と表記されていた)。プロデュースは小室哲哉。こちらにもカップリングとして「rice to life」が入っている。
DVD
『キリン!キリン!キリン!』(2004年)…同年7月に大阪MIDシアターで行われた単独ライブを収録。
『キリリン!』(2006年)…2005年8月に大阪のなんばHATCHで行われた単独ライブを収録。
『新風baseよしもとネタトウタ2004』(2004)…2004年秋、Zeep OSAKAで行われた新生baseよしもとを記念するライブを収録。
『ガチコラ』(2006年)…小室哲哉と多数芸人のコラボレーションDVD。田村の貧乏時代を歌詞にした「rice to life」が入っている。
バトルオワライヤル (YOSHIMOTO WORKS)
ダイナマイト関西2006 ~オープントーナメント大会~(R and C 2006年12月6日 )
ライブ
2003年
10月15日 - 「麒麟です」 (baseよしもと/大阪)
12月14日 - 「麒麟どす」 (baseよしもと/大阪)
2004年
02月29日 - 「麒麟だど」 (baseよしもと/大阪)
04月25日 - 「麒麟ザマス」 (baseよしもと/大阪)
05月21日 - 「キリンタン」 (baseよしもと/大阪) ※1Hトークライブ
07月27日 - 「キリン!キリン!キリン!」 (baseよしもと/大阪)
11月04日 - 「麒麟ナス」 (baseよしもと/大阪)
2005年
08月16日 - 単独ツアー「キリリン!」 (SHIBUYA-AX/東京)
08月23日 - 単独ツアー「キリリン!」 (なんばHatch/大阪)
09月19日 - 単独ツアー「キリリン!」 (都南文化会館 キャラホール/岩手)
09月21日 - 単独ツアー「キリリン!」 (徳島市立文化センター/徳島)
09月22日 - 「田村・西川のペラペラ うすっぺら〜ほんとはもっとしゃべりたいねん 明日、祝日やしよってって〜」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
2006年
01月03日 - 「田村・西川のペラペラ うすっぺら〜ほんとはもっとしゃべりたいねん お年玉残っているうちにみにきてや〜」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
03月03日 - 「第一回田村裕」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
03月28日 - 「いちねんぶ麟」 (baseよしもと/大阪)
05月05日 - 「第二回田村裕」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
09月30日 - 「麒麟デシタ」 (baseよしもと/大阪) ※base最後の舞台
10月16日 - 「麒々麟々」 (なかのZERO 大ホール/東京)
10月17日 - 「麒々麟々」 (御堂会館/大阪)
11月15日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
2007年
01月24日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
02月21日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
03月19日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (SPACE107/東京)
04月22日 - 「ルミネ麒麟ルミネ麒麟」 (ルミネtheよしもと/東京)
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メンバー
田村裕 (たむら ひろし、1979年9月3日 - 。大阪府吹田市出身) ツッコミ担当。立ち位置は向かって左。
川島明 (かわしま あきら、1979年2月3日 - 。京都府宇治市出身) ボケ担当。立ち位置は向かって右。
概要
1999年10月結成。(1999年12月、1997年10月、12月等諸説あり)。共に大阪NSC第20期生。同期にアジアン、 ソラシド、吉本新喜劇の西科仁らがいる。
互いの第一印象は、川島→田村「アホ」、田村→川島「気持ち悪い」とあまり良いものではなかった。
しかし川島のネタの発想を気に入った田村が悩んだあげく声を掛けたのがコンビ結成のきっかけである。
川島は明るくてどんどん前に出る人間が苦手だった為、当初田村の積極性がイヤだったが断る勇気もなくズルズルとコンビを続けていた。
川島は高校時代ずっと空想していたシュールな世界をコントで表現しようとNSC入りしたものの仲間うちにはウケても講師にはまったくウケなかった。コンビ結成後もNSCのクラス分けでは最低のCクラスを最後まで死守。講師に「お前ら、やめた方がええで」とまで言われた。
なんとかNSCを卒業し、自分たちを馬鹿にした講師を見返してやるという思いからしばらくコントを続けたがどうにもしっくりこない。そんな時オーディションの為にその場しのぎで作ったネタがかなりウケたのが漫才との出会い。それまで「コント=自由」「漫才=制約があり不自由」という固定概念が2人を漫才から遠ざけていたが、型にはめることで自分たち独自の発想が観客にも分かりやすく伝わるということがわかり、この時初めて観客というものを意識したとも言える。
舞台登場の挨拶時に必ず、川島がマイクに口を近づけ低音ボイスで言う「麒麟です」が掴みのギャグ。最近では、いきなり川島が無関係な話を始め、肝心な所で「麒麟です」と言い本題に入るというスタイルも行う(怖い話を始め、「振り向くと、そこには……あ、忘れてた。麒麟です」など)。馬のモノマネをしてからの「麒麟です」、普通の声での「麒麟です」、大きく息を吸って勢いをつけての「麒麟です」、低い声だけど「麒麟です、よろしくお願いします」まで言ってしまう、「えっ、麒麟って誰?」、「麒麟さんです。(賞レースで「続いては麒麟さんです。」と紹介を受けて)」など様々なパターンがある。非常に安定感のある漫才が特徴的。また、短めの漫才をパターンを変えて繰り返す二部構成、三部構成の漫才もある。(小説・コンビの仲など)余談ではあるが、タモリがこの掴みのギャグのツボにはまったのか、笑っていいとも!などでよく麒麟が出る度にマネをしている。
田村は中学時代に実家が差し押さえられ、家族が離れ離れになった。当時は公園に住み、そこの水を飲んで飢えを凌いだとのこと。(ナンバ壱番館で公表)。芸人の間では『HB(ハード・ビンボー)』(明石家さんまは、宮川大助、メッセンジャー黒田を上回る貧乏チャンピオンといった)と呼ばれているとか。そのため、漫才のネタにも田村の貧乏をいじったものがある。
ネタの中で、川島は田村をよく茶色いものに例える(無印のノート、かりんとう、コルクボード、さんまの苦いとこ、カステラのはがした皮、玄米、糠味噌、排泄物、ピスタチオ、ひじき、カブト虫の裏、十円玉、茶封筒、甲子園の土、コロッケ、マッチの擦る所、ハムナプトラ、泥人形、泥の棒(泥スティック)、チャーリーブラウン(茶色をチャ(茶)とブラウンにかかっている)スティックパン、ケニア人、仏壇(観音開き)、生駒トンネル、ライオンズマンションの壁、亀の産卵シーン、中指、チャーシューの側面、ものすごく勉強した後のココ《手の小指の付け根》の色など)。悩み事が「二本脚で立てたらいいな」や、服を着ていて「珍しい」、「早く人間になりたい」など、人間じゃないような言い方をする。更には、後頭部がえのきに似ているなどで「妖怪えのき小僧」、「妖怪小豆小僧(人に迷惑をかけるちょっぴり乾燥肌の妖怪。塩は肌にしみる)」と呼んだこともある。
結成当初はコント中心の活動であまり認められなかったが、漫才中心にしてから徐々に頭角を現し、2000年ごろから baseよしもとの舞台に出演し始めるようになる。そして、2001年12月の第1回M-1グランプリで、吉本興業社員にも知られていなかった無名のダークホースとして決勝に進出(以降、M-1でノーマークの無名コンビの枠は「麒麟枠」と呼ばれることになる)。その後はM-1の常連となり、2002年には準決勝敗退、2004年には敗者復活を果たすなど、M-1においては数々の経歴を持つ。現在第3回から第6回まで4年連続で決勝進出を果たしている。また、第4回から第6回まで3年連続で最終決戦進出も果たしているが、残念ながら最終決戦ではまだ1票も入れられたことはない。そのため、M-1では『2本目(最終決戦)のネタが弱い』(特に第5回では、決勝1回戦の時点では笑い飯に大差を付けて2位だったが、最終決戦では逆転して3位になってしまった)と言われ続けている。
コンビ名の由来は、2人とも長身・面長でどことなくキリンっぽい風貌を持つことと、結成時に自分たちの知っている一番難しい漢字であったことから(しかし、田村が麒麟と書こうとして書けなかったり、間違って麟麟と書いてしまったことがある)。また、三国志に登場する麒麟児からとったが、ミュージシャンのキリンジと被ってしまう為「児」を取り、「麒麟」となったとも話している。田村曰く「コンビ名はカタカナが多いため漢字で目立とうとした」らしいが、本人が考えたコンビ名は「月と砂」「銀色の鈴」という簡単な漢字ばかりの名前だったらしい。そこで知っている中で一番難しい漢字を組み合わせていき、最終候補となったのが「薔薇園」「侮辱」「醤油愛好家」「麒麟児」。その中から「麒麟児」を選び「麒麟」となったのは前述の通りである。
ネタ中は川島がボイスを、田村がジェスチャーを担うことが多い。川島が田村をいじり倒すようなボケを放ち、それに田村が抵抗のツッコミをする、といった形が多い。
ネタは全て川島が考えている。一度だけ単独ライブで田村が考えたネタ(漫才)をやったことがあるが、あまりにウケなかった。そのためネタ終了後に「もうこんなことしないようにね」と川島から説教された。因みにオープニングの「麒麟です」は田村がやった(田村がすごくやりたかったから)。
川島は電気グルーヴのファンということもあり、出囃子に「Shangri-La」を使用している。また、東京進出を見込んで引っ越した(「お笑いオーケストラ」「爆笑ヒットパレード」での発言)。なお、田村は資金不足で東京進出失敗し大阪に残留していたが(川島は「お笑い芸人の東京進出失敗は少なくないが、資金不足で失敗したのは前代未聞。」と語っている)、『笑いの金メダル』の企画で強引に都内のアパートに引越しをさせられた。
かつて同じbaseよしもとのトップ組だった笑い飯・千鳥とは非常に親交が深く、よくつるんでいる模様。ちなみにこの三組で「ワラキチ」(笑麒千)となる。しかしその「ワラキチ」をタイトルにしたイベントの時、笑い飯は字の形的に「キ」を「モ」だと思っていたというボケをかまされてしまった。
田村は最近、川島も誰だか知らないようなbaseの超若手とバスケをして楽しんでいるらしい。
受賞歴
第2回笑わん会 優秀賞(2001/5)
第23回ABCお笑い新人グランプリ 優秀新人賞(2002/1)
第32回上方お笑い大賞 新人賞(2003/12)
第34回NHK上方漫才コンテスト 優秀賞(2004/3/12)
NHK新人演芸大賞(演芸部門) 大賞(2004/10/11)
第33回上方お笑い大賞 最優秀新人賞(2004/12/18)
第40回上方漫才大賞 新人賞(2005/4/30)
第3回MBS新世代漫才アワード 優勝(2005/8/28)
その他
M-1グランプリ2001 決勝進出 - 5位
M-1グランプリ2003 決勝進出 - 8位
M-1グランプリ2004 決勝進出 - 3位
M-1グランプリ2005 決勝進出 - 3位(決勝1回戦の時点では2位)
M-1グランプリ2006 決勝進出 - 3位
爆笑オンエアバトル 第6回チャンピオン大会 (2004年) 6位
爆笑オンエアバトル 第7回チャンピオン大会 (2005年) 6位
テレビ
なにわ人情コメディ 横丁へよ〜こちょ!(朝日放送)
なるトモ!(隔週出演、よみうりテレビ)
クイズ!紳助くん(隔週出演、朝日放送)
よしもとサンサンTV(不定期出演、サンテレビ。犬井ヒロシのコーナーでは川島が冒頭ナレーションも。)
笑いの金メダル(不定期出演、テレビ朝日系)
過去の番組
働くおっさん劇場 副音声 (フジテレビ)
爆笑オンエアバトル 成績 オンエア率11/12 最高KB 513KB
オモシロ好奇心☆どろんぱ!(よみうりテレビ)
っちゅ〜ねん! 金曜日(毎日放送)
ワイ!ワイ!ワイ!(ヨシモトファンダンゴTV)
お叱りください!(朝日放送)
チャンネル☆ロック!(TBS)
麒麟・千鳥の二笑流TV(GAORA)http://www.gaora.co.jp/yoshimoto/nisho.html
ダイ麒千飯(関西テレビ)
ラジオ
ゴーK!(MBSラジオ)
過去の番組
グーグーモンキーズ(MBSラジオ)[1]
ゴーゴーモンキーズ 木曜日(MBSラジオ)[2]
麒麟のオールナイトニッポン(ニッポン放送)
CM
資生堂 uno
ケンタッキーフライドチキン ガーリックペッパーチキン(川島のみ)
CD
ガチコラ
小室哲哉と多数芸人のコラボレーションCD。田村の貧乏時代を歌詞にした「rice to life」が入っている。
サイクリング リサイクル
テレビ東京系アニメ『ケロロ軍曹』7代目エンディング曲(第117話〜)。ひらがな表記の「きりん」という名での発売である。作詞も担当(作詞のクレジットは漢字で「麒麟」と表記されていた)。プロデュースは小室哲哉。こちらにもカップリングとして「rice to life」が入っている。
DVD
『キリン!キリン!キリン!』(2004年)…同年7月に大阪MIDシアターで行われた単独ライブを収録。
『キリリン!』(2006年)…2005年8月に大阪のなんばHATCHで行われた単独ライブを収録。
『新風baseよしもとネタトウタ2004』(2004)…2004年秋、Zeep OSAKAで行われた新生baseよしもとを記念するライブを収録。
『ガチコラ』(2006年)…小室哲哉と多数芸人のコラボレーションDVD。田村の貧乏時代を歌詞にした「rice to life」が入っている。
バトルオワライヤル (YOSHIMOTO WORKS)
ダイナマイト関西2006 ~オープントーナメント大会~(R and C 2006年12月6日 )
ライブ
2003年
10月15日 - 「麒麟です」 (baseよしもと/大阪)
12月14日 - 「麒麟どす」 (baseよしもと/大阪)
2004年
02月29日 - 「麒麟だど」 (baseよしもと/大阪)
04月25日 - 「麒麟ザマス」 (baseよしもと/大阪)
05月21日 - 「キリンタン」 (baseよしもと/大阪) ※1Hトークライブ
07月27日 - 「キリン!キリン!キリン!」 (baseよしもと/大阪)
11月04日 - 「麒麟ナス」 (baseよしもと/大阪)
2005年
08月16日 - 単独ツアー「キリリン!」 (SHIBUYA-AX/東京)
08月23日 - 単独ツアー「キリリン!」 (なんばHatch/大阪)
09月19日 - 単独ツアー「キリリン!」 (都南文化会館 キャラホール/岩手)
09月21日 - 単独ツアー「キリリン!」 (徳島市立文化センター/徳島)
09月22日 - 「田村・西川のペラペラ うすっぺら〜ほんとはもっとしゃべりたいねん 明日、祝日やしよってって〜」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
2006年
01月03日 - 「田村・西川のペラペラ うすっぺら〜ほんとはもっとしゃべりたいねん お年玉残っているうちにみにきてや〜」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
03月03日 - 「第一回田村裕」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
03月28日 - 「いちねんぶ麟」 (baseよしもと/大阪)
05月05日 - 「第二回田村裕」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
09月30日 - 「麒麟デシタ」 (baseよしもと/大阪) ※base最後の舞台
10月16日 - 「麒々麟々」 (なかのZERO 大ホール/東京)
10月17日 - 「麒々麟々」 (御堂会館/大阪)
11月15日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
2007年
01月24日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
02月21日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
03月19日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (SPACE107/東京)
04月22日 - 「ルミネ麒麟ルミネ麒麟」 (ルミネtheよしもと/東京)
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